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GAME -AYA-  作者: 転寝猫
5/9

12月22日

「物騒ねぇ」

ママが新聞を広げて眉をしかめる。

「すずちゃんの好きなあの街ね…何だか事故があったみたいよ」

地下に埋まったガス管の爆発事故。

水道管にも亀裂が入り、大通りは水浸しになったのだそうだ。

ガスに引火し周囲で火災も発生したが、幸い被害者は出なかったという。

「遅い時間帯だったみたいだけど、忘年会シーズンで人も沢山いただろうし…大事にならなくて本当に良かったわよね」

はあ、とため息をつくママ。

黙り込んでいるすずをちらりと見ると…

その表情は暗くて、お箸を持つ手も止まっていた。

「すず?」

「………あ…ごめん。何でもないの」

ほっぺたの…小さな切り傷に目が留まる。

「あら?これ…どうしたの?」

柔らかい頬に触れた私の手を、すずは慌てた様子で振り払い、曖昧に笑う。

「あ…これね…なんか、爪で引っかいちゃったみたいで………」

「…そう」

何か変だなぁ…と思わないでもなかったけど。

「お姉ちゃんこそ、熱下がったの?」

「んーーー………まあね」

…嘘。

さっき体温計で計ってみたけど…この所、37度2分を下回る気配がないのだ。

やっぱり…ちゃんと休まなきゃ、駄目なのかなぁ。

薬ちゃんと飲んでるし、食欲ないの我慢して、一生懸命ご飯も食べてるのに。

まぁ………いいや。

「………メールは?」

小声で訊くすずに…どきっとしつつ、平静を装ってにっこり笑う。

「あれから一回も来ないわよ?やっぱりいたずらだったみたい」

ママに聞こえないように、こそっと答える。

ごめんね、すず………これも嘘。

嘘つきさんは天国に行けないよって…小さい頃、パパに言われたのを思い出した。


「文ー?」

休み時間にぼーっと机に突っ伏していたら、友達ののりが声をかけてきた。

「ちょっとー…大丈夫なの?」

「ん…大丈夫。最近寒いから眠いだけ」

本当に寒いのか、寒気がするのかは…謎。

「ねえねえ、明日…暇?」

「明日って………あ、そうか。明日はお休みかぁ」

「そうかじゃないわよぉ、折角の休み忘れるなんて、あんたやっぱりちょっと変だよ!?」

まゆもやって来て、呆れた様子で言う。

「別に…何の予定もないけど」

そっか…じゃあ、明日はゆっくり寝よう。そしたらきっと、熱も下がるだろう。

「明日さ、街出ない?付き合って欲しいところがあるんだけど」

のりは、彼氏のクリスマスプレゼントを選びに行くのだと言う。

………いいなぁ。

具合悪いから、明日は寝てたいんだけど…って、本当は言いたいけど。

そんなこと言ったら…きっと昨日みたいに、まゆに『早退しなさい!』と追い返されてしまうに違いない。

しぶしぶという様子の私に、まゆが楽しそうに笑いかける。

「ねぇねぇ行かない!?おまけのイベントもあるんだけど」

「…まゆは行くの?」

まゆは彼氏もいないし、寂しいクリスマス仲間のはずなんだけど。

…イベント?

「明日ね、坂のところにスタジオあるじゃん?」

「…うん」

「あそこで…ラジオの公開録音あるんだけど………ゲスト、誰だと思う!?」

ぱっと目が輝くのが…自分でもわかった。

まゆは私と同じ…KEIくんのファンなのである。

「もしかして…KEIくん!?」

あったりー!と、まゆはピースサインをして笑う。

私達のはしゃぎように…呆れ顔でため息をつくのり。

「で…どうなの?行くの行かないの?」

そんなビックニュース聞いてしまったら…答えは勿論、決まってる。

「行く行く!絶対、行く!!!」


熱に浮かされながらぼんやり残りの授業も受けて…放課後。

剣道部が練習している道場の片隅に、珍しい人を見かけた。

「仁くん?」

仁くんは…今の時間なら、野球部のグラウンドにいる筈なのに。

「今日は野球の練習じゃないの?」

「あ………えっと」

何故か仁くんは、まずい所を見られた…みたいな、バツの悪そうな顔をする。

そして…しどろもどろに言い訳を始めた。

「ちょっと…気分転換というか、精神統一というか…今はオフシーズンで時間もあるんだし、野球以外のこともトレーニングに加えたらどうかって、先輩に言われたんです」

「…そうなの」

成程…そんなこともあるのね。

でも………

何だか、変な感じ。

仁くんの顔と、『なんでもないの』と笑った…今朝のすずが重なった。

すずも最近…こんな風に、何か隠し事をしてるみたいな時がある。

「先輩は…もう、授業終わったんですか?」

「ええ」

今日は何とか、ホームルームまで持ちこたえることが出来た。

でも…はっきり言って、昨日より体調は悪いような気もする。

「ちょっとだけ…見ててもいい?」

そう尋ねる自分に…自分でもちょっと驚いた。

「見てても…多分、面白くないですよ?俺、剣道はほぼ素人だし…」

「いいの。何となく…見ていたくて」

何でだか、自分でもよくわからない。

でも…無性に、見ていたくなったのだ。


背筋を伸ばし、まっすぐ竹刀を振り下ろす仁くん。

しなやかな筋肉は、野球で鍛えた賜物だろう。

運動神経が良くて羨ましい。

そういえば、ひかりもスポーツ万能だったな。

私は昔から鈍くさかったから、よく笑われたものだった。

『もう何やってんの!?文』って。

『早く来ないと置いてくよ…』

いつも彼はそんな風に言って…私の方を振り返って笑った。

あの…今にも吹き出しそうな笑顔。

馬鹿にされてるみたいで、ちょっとやだったけど…

その瞳は、本当に…私を気遣ってくれていた。

………そう。

こんなことも…よくあったわ。

こんな風に、彼は…寒空の下で、黙々と素振りをしていた。

『私にも出来るかな?』

そう言うと…彼は呆れ顔で、お前には無理だよと笑うのだった。

『出来るわよ、先生が良いもの』

口を尖らせる私に…

楽しそうに目を細めながら、ため息混じりに言うのだ。

『…言っとくけど』

俺は教えてやんないよ。

お前は刀の握り方なんて、覚える必要ないんだから。

だって。

お前のことはずっと………俺が守るんだから。


「誰のこと…ですか?」

仁くんが突然言い…

どきっとして我に返る。

「………え?」

「いや…その………俺、不知火先輩にそんな人がいたなんて…知らなくて」

………そんな人?

「………そんな人って…何?」

「…えっ!?いや………だから…先輩が今、素振りがどうとかって言ったから…」

仁くんは…あたふたしながらそんな事を言う。

「私………そんな事…言った?」

木枯らしが吹き抜ける。

今の………何だったの?

白昼夢?

だって………あの人は…誰?

何だか…悪寒がする。

しかも私…うわ言を言っていたらしい。

本当に………最近私…どうしちゃったんだろう。

話題を変えよう…という風に、仁くんが私をじっと見つめる。

「先輩。不知火から聞いたんですけど…ストーカーに遭ってるとかって」

………ストーカー。

そっか、睦月さんのことか。

「………そう」

すずってば………

「………すず、そんなこと言ってたの」

仁くんにまで…話しちゃったんだ。

…よっぽど心配してるんだろうなぁ。

やっぱり…話さないほうがよかったかもしれない。

「警察に…相談したほうがいいんじゃないですか?そういうのって…」

仁くんも…すごく心配してくれているみたいだ。

でも………

「でもね!」

仁くんは優しいから…

分かってくれるんじゃないかって、つい…思ってしまう。

「睦月さんって…すずには分かってもらえないかもしれないけど…悪い人じゃないと思うの。風邪引いた私のこと、気遣ってくれたり…怖い夢見て不安だったときに、すごく心配してくれたり…」

今朝も、昨日と同じ時間にメールが来た。

『今日は怖い夢見なかった?風邪の具合はどう?』って…

すずはあんな風に言うけど…

どうしても…睦月さんが悪い人には思えない。

「先輩………こんなこと言うの…あれですけど」

「騙されてるって…思う?」

辛そうな顔をして…彼は小さく頷いた。

やっぱりそんな風にしか…思ってもらえないよね。

「…そうかなぁ」

きっと…実際に接してみなきゃ、彼の本当の姿はわからないんだと思う。

でも…

そういえば、私も………

まだ直接…睦月さんに会ったことはないのだ。

「やっぱり、そうだよね………ありがとう、仁くん」

不本意な気持ちもあるけど…

この場はとりあえず…彼とすずを安心させてあげなくては、と思った。


うちに帰ると、暖かい部屋の空気に頭がぼーっとした。

ふらっ…と下駄箱にもたれた所で…携帯が鳴る。

メールボックスを開くと。

『熱下がった?あんまりひどいようなら、もう一度ちゃんと病院に行くこと!』

「………睦月さん」

思わず少し…笑顔になってしまって。

『熱、なかなか下がりません…白血病だったりして』

送信してしまってから…あまりに不謹慎で、我ながら大いに反省する。

ひかりのことを…思い出したのだ。

『なんか、熱っぽいんだよねぇ』

だるそうにため息をついて、そんな事を言っていたひかり。

何で私…『ちゃんとお医者さんに看てもらいなさい』って言わなかったんだろう。

あの時ちゃんと病院に行ってれば…

もしかしたら、ひかりは今でも元気で………

ぶんぶん首を振って悲しい空想を断ち切り、慌ててもう一度メールを送る。

『すいません…今のは冗談です。変なこと言ってごめんなさい』

部屋に戻った辺りで、携帯が再び鳴った。

ドキドキしながら開いてみると…それは、ママからのメールだった。

『今日は遅くなります。すずと何か食べてて。本当申し訳ないm(__)m』

…ママったら。

明日も休日出勤だって言ってたし…大変だなぁ。

ママに『無理しないでね』と返信して、すずに…

すずの部屋をノックしようとして…手が止まる。

『不知火から聞いたんですけど…』

仁くんの言葉が、脳裏に蘇ってきた。

…どうしよう。

これ以上、あの子に心配かけたくないし。

でも…睦月さんのことは、やっぱり気になるし。

………ちゃんと伝えなきゃ。

ノックして扉を開け、ママが遅くなると告げる。

ごはんどうする?と訊くと、コンビニで買ってきてくれるという。

でも、もう外は暗いし寒いし、一人で行かせるのは…ちょっと心配だ。

「………でも」

「いいから!具合悪いんでしょ!?私が食料調達してくるから、お姉ちゃんは寝てなさい!」

『一緒に行く』って…言おうと思ったんだけど。

気遣ってくれるのは有難いけど………

でも…これ以上言うと、もっと怒らせちゃうかな。

ただ、これだけは………どんなに怒らせても、言っておかなくちゃ。

「あの…すず?」

「もう…何!?」

「仁くんに…睦月さんのこと、話したの?」

すずは強張った顔で…じっと私を見つめる。

さっき、仁くんに話したのと同じ話をしよう…と思ったのだが。

口をついて出たのは、結局…朝とおんなじ嘘だった。

「ねえ、すず…この前は心配かけて、本当に申し訳なかったと思ってるんだけど…ただのいたずらだったんだし、あんまり大げさに話さないでほしいなって…思うんだけど」

もう睦月さんのことは忘れて欲しいから…わざとそんな風に言ったというのに。

すずの表情は…更に険しくなり。

額の血管が切れそうなくらいの勢いで…怒鳴った。

「お姉ちゃん!?」

「…はい」

「あのねぇ、ただのいたずらで、あんな高価なプレゼント持ってきたりするはずないでしょ!?今は何も接触してこなかったとしても…」

すずは湯気でも出そうな真っ赤な顔で、ふう…と大きく息継ぎをする。

「後々になって、何されるかわかったもんじゃないんだから…気をつけなきゃ駄目!!!」

何されるか…か。

騙されてるとか…後々何とかとか…

二人には………わかってもらえないか。

そりゃそうだよね…私だって、逆の立場だったら猛反対するもの。

その時…ふっと思い立つ。

もしかしたら…シルフィードの事を話したら、すずは分かってくれるかもしれない。

すずは私よりずっと、精霊とかファンタジーとかに詳しいのだから。

でも………

話しても、きっと『大丈夫?やっぱり熱あるんじゃないの?』って…言われるだろうな。

そんな事を考えていたら…

すずの机に載っている、ゲームのパッケージが目に留まった。

『Salamander』

サラマンダーって…

何気なく、手に取ろうとすると…

すずが、物凄く怖い顔で私の手を振り払った。

「…何するの?」

「え………あの」

「私がどんなゲームで遊ぼうが、お姉ちゃんには関係ないでしょ!?」

………ゲーム。

すずは特に深い意味もなく言ったんだろうけど…

不意に、シルフィードの言った『ゲームのパートナー』という言葉が…脳裏に蘇る。

「それ…どんなゲームなの?ちょっと…興味があって」

「……………どんなゲームでもいいでしょ?」

薬飲んでさっさと寝なさい!とぴしゃりと言い放ち、すずは私を部屋から追い出した。


『睦月さん

 質問があります。

 ゲームって一体何なんですか?

 シルフィードは私に、自分は『精霊』なんだって言ってました。

 精霊って他にもいるんですか?

 例えば…

 サラマンダーっていう精霊もゲームの中にいますか?

 私の妹、すずって言うんですけど…何だか最近変なんです。

 (多分、私のことも変だなぁって思ってると思うんですけど…)

 変なところをじっと見つめて独り言を言っていたり、

 あちこち怪我をしていたり…

 それで…部屋に『サラマンダー』って書いてあるゲームがあって。


 もしかして、すずもゲームに何か関係があるんですか?

 それって…危険じゃないんですか?

 すずに何かあったらって思うと………私、心配で』


メールの返事は、すぐには来なかった。

遠くにいるんだもの、仕方ないよね。

それに…あの人は忙しいんだもの。

力のある武家に召し上げられてからこっち、村に戻ることも滅多に無くなってしまった。

昨年お母様を病で亡くして、もうこの村に彼の家族は残っていないのだし。

仕方が無い。

全て、あの人の剣術の腕と才覚を認められてのことなのだから。

どんなに寂しくても…あの人のためなんだから。

我慢するのは…我儘を引っ込めるのは…割と得意だ。

だから………今度だって大丈夫。

私には神様がついてる。

ちゃんと最後まで…導いてくださるに違いない。

……………あれ?

「………何だっけ」

私…また何か、変な夢見てたみたい。

額に触れると、手が冷たいせいか、びっくりするほど熱かった。

寝なきゃ。

せっかくすずが、休ませてくれるって言うんだから。

すず………

何か…危ないことに巻き込まれてないといいんだけど。


うとうと眠っていたら携帯が鳴って、私は反射的に『通話』ボタンを押していた。

「睦月さんですか?」

相手は…何も答えない。

ディスプレイも見ずに出てしまったけど…

多分、睦月さんだと思う。

いや………絶対そうだと確信していた。

「睦月さん………私…また変な夢見ました」

布団にもぐったまま話す私の声は、寝ぼけてるみたいに聞こえているだろう。

「睦月さんがね…泣いてたんです。うちの近くに大きな椎の木があって…その下で、一人で隠れて泣いてました」

睦月さんは…やっぱり何も答えない。

「睦月さんが泣いてるのね…多分私のせいだと思うんです」

でも………

『ごめんね』って言いたかったけど…言えなかった。

彼の背中があまりに…痛々しくて。

「あの時は…ごめんなさい。『ごめんね』って…言えなくて」

『………文ちゃん?』

睦月さんの声…

ちゃんと聞くのは初めてのはずなのに…

何故かその声は、とてもよく知ってる人みたいに聞こえる。

「それに…それにね、私………ちゃんと『さよなら』も言ってなくて」

『文ちゃん!』

強い調子で名前を呼ばれて…はっと我に返る。

………あれ?

「ごめんなさい。私…何か変なこと…」

『また…変な夢でも見てたんじゃない?』

優しく諭すようなその声は…受話器を通して、耳から全身に染み渡るみたいに感じた。

声…やっと聞かせてくれた。

やっぱりそうだ………

悪い人だったら、こんな優しい声してないもの。

『すずちゃんのこと…心配してるの?』

「ご存知なんですか!?すずのこと…」

心臓が脈打つ音が大きくなる。

黙っている睦月さんに、もう一度問いかける。

「お願いします!教えてください…すず………何も言ってくれなくて」

私もシルフィードのこと…何も話してないから、おあいこと言えばおあいこなんだけど…

あんなに…私には『危ないから関わっちゃ駄目』って言ってたのに。

すずは………もしかしたら、もっと危ないことに関わっているんじゃないだろうか。

睦月さんと同じように、精霊が絡んでいるのだとすれば…

どんな危険な事がすずの身に起こっているのか、私には想像がつかない。

ひょっとしたら、命に関わるようなことも………

「睦月さん教えてください!すずは…『ゲーム』に何か」

『あの子は…プレイヤーだよ』

どきっとして………一瞬息が出来なくなった。

『俺と同じ、ゲームのプレイヤー…あの子はサラマンドラっていう、炎の精霊のパートナーだ』

「それ………」

何なの?パートナーって…

ゲームって………

「すずは………それで…一体…何をしてるんですか?」

睦月さんは…何も答えない。

「あの怪我…もしかして………ゲームのせいで負った傷なんですか?」

『その事は………弁解のしようがないな』

「あなたが………やったんですか?」

全身の血が…一気に引くのが分かった。

『君の妹さんを傷つけたりして…本当に申し訳なかった。けど…でもね?彼女だってやられっぱなしだったわけじゃない。すずちゃんも…自ら望んで、ゲームに関わってるんだ』

自ら望んでって………

「すずは…あなたにも…怪我をさせたってことですか?」

『いや………手傷を負ったのはシルフィードだけど』

「大丈夫なんですか!?シルフィード…」

思わずそう聞き返す…自分に少し、驚いた。

ふっ…と笑って、睦月さんは優しい声で答えてくれる。

『ああ。そう大した怪我じゃないし…大丈夫だよ』

………よかった。

何か…そんな風に思うのも、変な話なのかもしれないけど。

だって…この人達は、すずを傷つけるような人達なのに。

『優しいんだね…文ちゃんは』

「………え!?」

『だって…俺達のことまで、気遣ってくれるなんてさ』

「そんなこと………でも」

すずと睦月さんが…ゲームだか何だか知らないけど、傷つけあっているなんて。

信じられないし………信じたくない。

睦月さんは優しい人だ。

私は…ずっとずっと前から知ってる。

あれ?でも………

私が睦月さんと初めて会ってから…まだ、何日かしか経ってないのに。

私………何でそんな風に思うんだろう。

とにかく…そんなことは後回し。

「すずが『ゲーム』の『プレイヤー』だって…それ、確かなんですか?」

睦月さんは良い人だけど…

すずだって、とっても良い子だもの。

他人を傷つけるようなことを…少なくとも、『ゲーム』なんていう遊び半分の感覚で、出来るような子じゃない。

『信じられない?』

思い当たるふしは…実は色々ある。

あの夜…急に叫び声を上げて、虚空を見つめて呆然としていたすず。

一人でいるはずの部屋からも、時々話し声みたいなのが聞こえてきたし。

あの『サラマンダー』って書いてあるゲームソフトも、ムキになって隠そうとしたし。

それに………何より、あの傷。

爪で引っかいたくらいで、あんな傷…つくわけない。

でも………

「………はい。信じられません」

というより………

信じたくありません。

『分かった。じゃあ…証拠を見せよう』

さっきから…脈が速くて、心臓が口から飛び出してきそうな気がする。

ズキンズキンと頭も痛む。

「証拠って…」

『ちょっと待ってて…それを見て………後の判断は、文ちゃん…君に任せる』

じゃあね、と言って…

睦月さんは電話を切ってしまった。


隣の部屋をノックすると…返事はなかった。

思い切ってドアノブを回す。

真っ暗な部屋。

「すず?」

泣きそうになりながら、呼んでみるけど…返事は無い。

部屋は…空っぽだった。

ふらふらする足で階段を降りる。

リビングにも、すずの姿はなくて…

机の上には、コンビニの袋が置いてあった。

時計を見ると…もう、11時を回っている。

ママはまだ帰ってこない。

「すず………」

どこ行っちゃったの?

コンビニ行くから貸して、と言われたダッフルコートも見当たらない。

コンビニから帰ってきて、それを着たまま…また、どこかへ出かけてしまったのだろうか。

一体どこへ?

まさか…

『証拠を見せよう』

睦月さんの言葉が脳裏に蘇る。

「すず………」

その時…

携帯電話がメールの着信を告げる。

………睦月さんからだった。

…見たくなかった。

でも…思いきって、メールの内容を確認する。

無題のメールには、文章も何もなく。

一枚の写真が添付されていて。

震える指で…添付ファイルを開くと。

そこに写っていたのは………すずだった。

私のダッフルコートを着た…すずの姿。

隣には………

「………何で?」

仁くんの姿があった。

膝の力が抜けて…ペタンと床に座り込む。

二人の背後には…不思議な姿をした、二人の人物。

多分この人達が…精霊なのだろう。

浅黒い肌の精悍な雰囲気の男の人と。

そして、もう一人………

「………ひかり?」

その少女は………

私の…死んだ親友にそっくりだった。

しかも…

『銀色の肩くらいまでの髪の、青い瞳の女の子』

ひかりが言ってた…そのままの姿の少女。

「でも………やっぱり…ひかりだよね?これ………」

どうして?

なんでひかりが…こんなところにいるの?

それに…仁くんも…ゲームに関わってたなんて。

何よりも………

「すず………どうして?」

何で…何も言ってくれなかったの?

睦月さんのことも…知ってたんじゃない。

でも…そうか。

だから………あんなに怒ってたんだ、あの子。

よくよく考えてみたら…そうよ。

あの子のあの怒り方…見ず知らずの人に対する怒り方じゃないわ。

あの子がああいう顔するときは…

あんな風に鼻膨らませて怒るのは…

幼稚園のいじめっ子とか、小学校の男子とか、中等部の先生とか…

嫌いな人の話をする時。

私………何で気づかなかったんだろう。


素足にサンダルをつっかけて、呆然とした気持ちで玄関を出る。

すると………

遠くからとぼとぼと歩いてくる…すずと仁くんの姿が見えた。

「お…ねえ………ちゃん」

「どういうことなの?」

今にも泣き出しそうな顔のすず。

追及したらかわいそうだって…思ったけど。

「…一体どういうことなの?あなた達と一緒にいたの…あれ、精霊でしょ?ねえ………精霊って…ゲームって…一体何なの?あなた達は一体、何をしようとしているの!?」

聞かずには…いられないじゃない。

すずは…何も答えてはくれない。

黙って唇を噛んで…俯いた。

「先輩…」

仁くんが心配そうな声で私を呼ぶけど………

いつもみたいに『何でもないの、ごめんね』って…にっこり笑う余裕はない。

仁くんの手を振り払うと…ピシャリと、自分でもびっくりするくらいの音がした。

「このことがあったから…あなた達は私に、『睦月さんに近づくな』って言ったの?」

仁くんも…バツの悪そうな顔で俯いてしまう。

あの…ひかりみたいな姿の少女は、ここにはいないみたいだ。

そうだ………あの子は一体、何者なんだろう。

睦月さんは………何者なんだろう。

何にも知らないのは…私一人だけだ。

「…わからない」

寒くて、怖くて、悔しくて、悲しくて…気持ち悪くて、吐きそう。

「………お姉ちゃん」

気遣うようなすずの声に…私は声を荒げてしまう。

「わからないわよ!すずの考えてること…全然わかんないわ!」

『すずを泣かせちゃ駄目だよ』

パパは小さい頃、私に優しくそう言った。

『文はお姉ちゃんなんだから、すずには優しくしてあげなきゃ』

『だって、すずが…』

それでも、と笑って…パパは優しく私を叱った。

『すずは文より小さいんだ…知らないことも沢山ある。だからあんな風に、我儘な事したり言ったりするんじゃないかな?文は良い子だから…すずが我儘言っても、ちゃんとお姉ちゃんらしく、優しくしてあげられるよね?』

………出来ないよ、パパ。

知らないことが沢山あるのは私の方だもん。

文はお姉ちゃんなんだから…

文は良い子だから、良い子でいなきゃ…

そんなの………もう沢山。

もう疲れた。

もう知らない。

すずも仁くんも睦月さんも…勝手にすればいい。

………嫌い。

『汝隣人を愛せよ』

そんなの………出来ない。

私は聖人じゃないもの。良い子なんかじゃないもの。

大嫌い。

気づいたら、私は………

泣きながら…叫んでいた。

「もう私のことは放っといて!すずも仁くんも…大っ嫌い!!!」

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