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GAME -AYA-  作者: 転寝猫
4/9

12月21日

『あなたは睦月のこと…よくご存知のはずです』

昨夜のシルフィードの言葉が、ぐるぐる頭の中を回っていた。

彼女が持ってきたチョコレートの箱は、机の引き出しにしまってある。

つまり…熱に浮かされて見た幻ではないっていうこと。

風の精霊?

ゲーム?

それに…パートナー?

それって…一体何なの?

あやー?と呼ぶママの声で…我に返る。

昨日と比べるとやや回復したものの、まだ微熱があってふらふらしていた。

「顔赤いわよ?大丈夫なの?」

ママが心配そうに私を見る。

寒い朝が苦手なすずは、不機嫌そうにぼそっとつぶやく。

「熱あるなら休めばいいのに」

「だって…今日、テストあるんだもん」

「この時期の学校のテストなんてどーでもいいじゃん。本番は年明けでしょ!?」

「その通り!」

すず良い事言った!という様子で、ママがすかさず言う。

「早く治さないと、1月の試験に障るわよ?補習期間中なんだし、一日くらい休みなさい」

「………でも」

『登校・出勤前の女性の皆さーん!KEIくんですよぉー!』

テレビから聞こえて来た女子アナの声に、ふっ…と視線が吸い寄せられた。

画面の中では、KEIくんがにこにこ笑って手を振っている。

昨日の夜ラジオの生放送にゲスト出演したばかりなのに、こんな朝早くから働いて…

うちのパパみたいに…倒れちゃわないかな、KEIくん。

ぼんやりそんなことを考えていたら、突然すずがテーブルを叩いた。

「ちょっと!!!お姉ちゃん聞いてんの!?」

「あ………ごめん」

ごめんじゃないでしょ!?とすずはイライラした様子で言う。

「あのねえ、昨夜も言おうと思ったんだけどさぁ…もういい加減『KEIくん』は卒業したら!?アイドルオタって、男がいっちばん嫌がる女のタイプなんだよ!?」

「………そうなの」

何とかなだめようと素直に話に乗ってみるが…どうやら怒りは収まらないらしい。

「彼氏いるんだったらさぁ、ちゃんと彼氏のことだけ見てあげなよ!じゃないと彼氏が可哀想だよ!?あんな非現実的な、アイドルなんかと天秤にかけられたらさぁ…」

彼氏彼氏って………

見ず知らずの『睦月』という男性。

高価なプレゼント。

携帯番号もメールアドレスも、住所も…チョコレートのことまで。

私のこと、何から何までお見通しみたいな…あの様子。

しかも………風の精霊とかいう、私の理解を超えるものまで現れて。

そのことで、私がどんだけ悩んでるか…何にもわからないくせに。

「だから………彼氏じゃないって言ってるでしょ、何度言ったらわかるのよ!?」

熱があって、余裕がなかったのかもしれない。

気づいたら私は…物凄く不機嫌そうな声を出していた。

ママもすずも、驚いたように目を丸くして私を見ている。

けど…と、若干怯んだ様子ながら、すずはまだ、噛み付こうとする。

「じゃあ…昨日のあのブレスレットは一体何なのよ?それに」

「あれは然るべき時にちゃんとお返しします!そんなこと、すずには関係ないでしょ!?」

きっぱりと言い切ってしまって………

青い顔をしたすずを見て…襲い来る後悔の波に押し潰されそうになる。

「………ごめんなさい」

俯いたすずは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

私は大いに動揺して…すずの肩にそっと手を置く。

「ご…ごめんねっ、私の方こそ…すずは私のことすごく心配してくれてるのに…ひどいこと言っちゃって、本当にごめんなさい!」

「でも………」

「いいの!すずは全っ然悪くないんだから!悪いのは全部私なの、だから…ね?すず…元気出して」

んー…と腑に落ちない顔で唸った後、すずはこくりと頷いてくれた。

…よかった。

ほっとして、見上げた時計に…思わず飛び上がる。

「いっけない、もうこんな時間…行かなきゃ!」

え?と二人はまた目を丸くする。

「文の…いつものバスの時間にはまだ、早いわよ?」

「今日は一本前のやつで行くの!昨日ずっと寝てたから、早めに行って勉強しないと…」

「お姉ちゃん………大丈夫なの?」

「だーいじょうぶ!じゃあね、行ってきまーすっ」

テレビの中では、KEIくんがいってらっしゃい、と笑顔で手を振っている。


バス停にダッシュして、ぎりぎりセーフで駆け込み…

ほっとしたら、くらっ…と眩暈がした。

幸い空いていた、バスのシートに沈み込む。

と。

バイブにしていた携帯が振動した。

鞄に隠してこっそり開く。

『風邪の調子はどう?あんまり無理しないでね。お大事に♪』

………睦月さんだった。

思わず…ため息をついてしまう。

チョコレートのお礼…言った方がいいかな。

でも…くださいなんて言った覚え、ないし。

でも………

これだけ色々交流してしまったのだ。今更シカトした所で、何になるわけでもないだろう。

バスを降りて、しばし考えた後………短く返信することにした。

『お陰さまで大分熱は下がりました。チョコレートどうもありがとうございました』

学校に向かって歩いていると…また携帯が鳴る。

メールの送り主は…やっぱり睦月さん。

『気に入ってくれた?』

………どうしよう。

変な事書いて送って、また返信が来ても…困るし。

『はい、ありがとうございました。これから学校なので返信出来ません。すみません』

なんてつっけんどんな返信だろうと…我ながら惚れ惚れする。

えい!と送信すると、すぐに返事が来た。

『朝早くから大変だね。いってらっしゃい、頑張ってね!』

………頑張ります。

別に大したことのない、ごく普通のメールなのに…

何だか、ちょっとだけ元気が出てきた。

考えてみたら、男の人とこんな風にメールのやり取りするのなんて…生まれて初めて。

なんか…ちょっと………

『彼氏でしょ!?』

すずの言葉が脳裏に蘇ってきて…ブンブンと大きく首を振る。

「そんな訳ないじゃない…『常識的に考えて』」


お昼休みになったが、熱が下がりきらないようで、あまり食欲がなかった。

「文大丈夫なの!?もう帰りなよー」

友達は心配してそんな風に言ってくれるが…

テストは5時間目。それが終わるまで、帰るわけにはいかない。

そんなことを話すと、友人達は頑固だねぇ…とため息をついた。

「じゃあ、せめてさ…お昼食べないんなら、休み時間中だけでも保健室で寝てきたら?」

「んー…そうねぇ」

試験勉強には不安が残るが、頭が痛いのには勝てない。

とりあえず、何か食べて薬飲みな!という世話好きの女の子に、おやつのクッキーをつまませてもらって、解熱剤と風邪薬を飲む。

「大丈夫?保健室一人で行ける?」

「…勿論」

本当に?と友人達はまだ心配そうな顔をしている。

「私…そんなに辛そう?」

「そうじゃないんだけどさぁ…」

運動部だった友達が困り顔で笑う。

「文って頭良いのはわかるんだけど、なーんか頼りないっていうか…心配なんだよねぇ」

他の子達もうんうん、と納得顔で頷いている。

………なんだそりゃ。

大丈夫?やっぱり一緒に行こうか?という有難い友達の申し出を丁寧に辞退して、私は一人ふらふらと教室を出た。


うちの学校は進学校の癖に、割と部活動が盛んだ。

私も妹のすずも帰宅部なので、それには一切貢献していないけど…

冬期講習期間に入り、中等部生は午前中で授業が全部終わるらしい。

保健室に続く渡り廊下には、運動部の中等部生達の活気に溢れた声が響き渡っていた。

吹く風の冷たさに…思わず首をすくめる。

…コート持ってくればよかったかも。

ふと思い立って、ポケットから携帯を取り出し、メールを確認してみるが…

問い合わせ結果、メール0件。

何だか…ちょっとだけがっかりする。

返信出来ませんって、メールするな、みたいなこと言ったのは私なんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。

それに、平日の昼間だし…きっと睦月さん、忙しいんだ。

睦月さんて………何してる人なんだろう?

昨日のシルフィードの話からは、結局彼の正体を窺い知ることは出来なかった。

私みたいな鈍臭い女子高生にちょっかい出そうなんて…その上、あんなプレゼントくれたりするなんて…酔狂としか思えない。

やっぱり、おじさんなのかなぁ。

でも…メールの様子からは割と若そうっていうか…うーん………

その時だ。

突然、遠くから仁くんの声がした。

「不知火先輩!危ない!!!」

「えっ………」

ダン!という衝撃と音。

近くにいた生徒達の悲鳴が聞こえる。

我に返ると…

私がいた渡り廊下のすぐ傍の柱に、一本の弓道の矢が突き刺さっていた。

「お姉ちゃん!!!」

すずの声が肩の辺りから聞こえてきた。

どこか遠くから駆け寄ってきたらしく、呼吸が少し乱れている。

「うわぁギリセーフ…もうちょっと歩くの早かったらマジ刺さってんぞ…」

「何あれ…誰がやったの!?」

周囲の生徒達の囁きが聞こえる。

呆然と、目の前に刺さっている矢を見つめる。

羽根の部分は…真っ白だ。

………白羽の矢、か。

「お姉ちゃん、大丈夫!?ねえ、お姉ちゃん!?」

すずが必死で私を呼ぶ声が………

段々…遠くなっていく。


白羽ノ矢ガ立ッタンダト。


アノ キリシタンノ家ラシイナ。

トイウコトハ アノ娘カ。

器量良シデ気立テモ良クテ 親思イノ良イ子ダヨ アノ娘ハ。

領主サマモ大層 気ニ入ッテオラレタヨウダガ

白羽ノ矢ガ立ッタトアラバ 仕方アルマイテ。

アア 領主サマハ 信心深イ御方ダカラナ。

カワイソウニ アノ娘。

数日後ニハ 綺麗ナ着物着テ 若サマニ輿入レスル手筈ダッタンダロ。

マサカ ヒトバシラニナッテ 土深クニ埋メラレチマウコトニナルナンテ

キット思イモヨラナカッタロウ。

父親モ隠レテ泣イテタヨ。

母親ハ倒レチマッタラシイナ。

ナノニ アノ娘トキタラ立派ナモンダ。

神様ノ思シ召シナラバ 喜ンデオ受ケシマス トカナントカ。

ソイデ 自分ガ生贄ニナッタ暁ニハ 父親ヲ土地持チノ百姓ニシテヤッテクレダト。

神主サマモ領主サマモ 涙ナガラニ承諾ナサッタソウナ。

何ダカ 仏サマノヨウナ娘ダネエ。

イヤ キリシタンダカラナ 自分ガ聖人ニデモナッタヨウナ気デ イルンジャナイノカ。

俺ニハサッパリ理解出来ンネ。

アア 全クダ。

ソレニシテモ


ホンニ気ノ毒ナノハ アノ若者サ


目が覚めると。

そこはさっき向かっていた、保健室のベッドだった。

すずが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

「お姉ちゃん………大丈夫?私、わかる?」

「…うん」

よかったぁ、と大きくため息をついて、すずは両手で顔を覆った。

そんなすずの肩に手をかける少年。

「…仁くん」

ひかりの弟の、水月仁くんだ。

「先輩、大丈夫ですか?…僕の声、聞こえてました?」

頷く。

「ありがとう…お陰で、助かった」

『不知火先輩、危ない!』という仁くんの声。

あの声で立ち止まらなかったら、多分あの矢が命中して………

想像しただけで鳥肌が立つ。

弓道部の中等部生が誤って放った矢が、防護用ネットの無い、的とはあさっての方向に飛んでいってしまったのだという。

泣きながら謝罪する男の子と顧問の女性の先生を、いいですよ…と慰める。

「熱もあるみたいだし…もう少し、休んでいったら?」

保健室の先生が優しくそう言ってくれるが…

時計を見ると、5時間目が始まるまであと5分しかない。

「…大丈夫です。5時間目テストなんで…行かないと」

「お姉ちゃん!!!」

すずが怖い顔をして、私の腕を掴む。

「そんなもんどうでもいいじゃない!お姉ちゃん顔真っ青だよ!?」

「………本当?」

「休んでなきゃ駄目だよ!テストだテストだって………馬鹿じゃないの!?」

「そうですよ…先輩」

仁くんも、心配そうに声をかけてくれる。

すずと仁くんて…仲良かったのかしら。

確か、隣のクラスだって言ってたと思ったけど。

「私…そんなに顔色悪い?」

二人は同時に大きく頷く。

その姿が可愛くて…なんだか少し、表情が緩んでしまった。

「お姉ちゃん、ショックで頭どうかしちゃったんじゃないの!?」

眉間に皺を寄せて怒鳴るすずに、大丈夫…と微笑みかける。

「さっきね…ちょっと怖い夢見ちゃって」

何だったんだろう…あれ。

昨日に引き続き…変な夢。

白羽の矢?ヒトバシラ?

何の事だか…さっぱり。

「だから…多分、顔色悪いのはそのせいだと思う」

んー…とすずは納得出来なそうに、低い声で唸る。

「確かに…何かちょっと、うなされてるみたいだったけどさ…」

「でしょ?だから…大丈夫」

立ち上がる時少しくらっとしたが…何とか誤魔化せたと思う。

「先生、ありがとうございました。教室戻ります」

また調子悪かったらちゃんと言うのよ…と心配顔の先生に深々と頭を下げ、保健室を出た。

振り返ると、心配そうにすずがこちらを見ている。

睦月さんのこと………

帰ったら、やっぱりすずに相談しよう。


教室に戻ると、さっきの騒動はもう知れ渡っていたらしく、クラス中がどよめいた。

で………大変な思いをして受けたテスト。

頭痛がして…という言い訳をしたくなるくらい、ひどい出来だった。

まあ、実際頭痛はしたけど。

何をどう書いたかさっぱり覚えていない。

一応最後まで目を通すだけ通して、余った時間は机に突っ伏して寝ていた。

終了のチャイムが鳴って、近づいてきた友達が悲鳴を上げる。

「あんた熱ひどいよ!?顔真っ赤だし!」

「…ほんと?」

うんうん、と友人達は頷いて、もう帰れ、ときっぱり私に命じた。

校門を出て、バスの時刻表を見ようと、鞄から携帯を取り出す。

…メールが来ていた。

『学校終わった頃かな?お疲れ様』

睦月さん………マメな人だなぁ。

『まだなんですけど早退しました』

そこまで書いて…消去。

こっちの状況を事細かに教えてあげる必要はないんだし…

迎えに来るとか言われたら困るし。

彼自身が来なかったとしても、シルフィードがこんな所に現れたら、きっと街中大パニックになってしまう。

代わりに………

『最近、怖い夢を見るんです。別に、それだけなんですけど…』

睦月さんに話したらどうにかなるかも…なんて、どうして思ったのだろう。

自分の想像を超えた存在、風の精霊シルフィード。

そんなものと一緒にいる人になら、何か分かるかもしれない。

そう思ってしまったのだ、多分。

今度は、返事はすぐには来なかった。

お仕事かな…それとも、学校なのだろうか。

ふと、正門の前に立っている中年の男性が、じっと私を見ていることに気づいた。

黒いスーツに黒いコート。シャツまで黒で、全身真っ黒だ。

若い頃はスポーツでもやっていたような、肩幅の広い体格のいいおじ様である。

怪訝に思って見つめ返すと、彼は気まずそうに笑って、失敬…とつぶやいた。

「何か御用ですか?」

「いや、私はここの卒業生でね…さっき体育館で講演をしたんだが」

「講演?」

そっか…思い出した。

卒業生で大学教授になった人がいるとかで、今日の午前中はその人を招いて、在校生向けの講演会があったのだ。すずや仁くんは、確かそれに参加したはず。

「君は…参加しなかったのかい?」

「…高等部3年生は受験を控えているので、ご遠慮させていただいたみたいです」

にしたって…何で私に声なんか掛けたんだろう。

でも…一応礼儀として、言っておくことにする。

「私、先生の大学を志望しているんです。医学部ですけど…」

「ほう…そりゃ優秀なんだな」

「いえ………ちょっと厳しいかなとは思ってるんですが」

でも、彼はそうかそうか、と愉快そうに頷く。

「まだ1月の試験の結果次第で、幾らでも変更出来るだろうからね…目標は高く設定しておいた方がいい」

「…そうですか。ありがとうございます」

少し間があって、彼は再び私に問いかけた。

「民俗学に興味はおありかな?」

「民俗学…」

申し訳ありませんが、私は理系なのであまり詳しくありません…と頭を下げる。

「一応日本史選択ですけど…文化とかはあんまり得意じゃなくて」

そう言う学生は多いね、と彼は目を細めて笑う。

「私の専門はそういった分野でね。中世この国に流れ着いた異国人によって、宗教、武器、文化…様々な物が伝えられた」

必死で暗記した年号が頭をよぎる。

宗教………

「異国からもたらされた様々の物、そのルーツや広がりを調査するのが私の仕事なんだ」

「………キリシタンというのは」

気づいたら、その言葉が口をついて出ていた。

「その頃…この辺りにもいたんでしょうか?」

「勿論だとも。南の方と比べると数は少なかったが、この辺りにも異国人は住んでいたからね…その中には宣教師も含まれていたし、それに」

『錬金術』

彼は確かに、そう言った。

「異国で名をはせた錬金術師の弟子が、この辺りに居を構えていたらしい」

「錬金術…ですか」

なんて…胡散臭い。

信じないかね?と彼は愉快そうに私に尋ねる。

「錬金術を通じて…化学は発達したのだと、昔どこかで聞いたことはありますけど…」

「異国の名錬金術師は同時に名医でもあり、そして、金以外にも様々な物を生み出したという」

うんざりしている私にはお構いなしで、彼は饒舌に語り続けている。

きっと自分の研究内容を人に話すのが、楽しくて仕方無いのだろう。

「人工生命体のホムンクルス、人に不老不死を与える賢者の石などなど。哲学にも秀でており、その他色々なことに関する本を著している。代表的な物として『妖精の書』」

「妖精!?」

思わず叫んだ私に、彼は目を輝かせた。

「左様。四大元素をそれぞれ精霊になぞらえて『四精霊』とすることを提唱したのが彼だ。炎の精霊サラマンドラ、水の精霊ウンディーネ、土の精霊ノーム、風の精霊シルフィード」

「………シルフィード」

「興味があるかね?」

「えっ………いえ…その………」

まずい。

このままでは話がどんどん長くなって、うちに帰れなくなってしまう。

でも…すごく気になる。

「うちの…妹が、その…ゲームとかファンタジーとかが大好きで…聞いたことがあって…それで………その錬金術師は、精霊と話をすることも出来たんでしょうか?」

「そうだなぁ…残っている文献によれば、そのようだが」

「呼び出したり…することも?」

「ああ、そう記されているよ。ただ…」

「………ただ?」

「この国に住んでいた弟子に、それほどの力があったかについては…定かではないがね」

「そうですか…」

睦月さんて…

その…錬金術師に関係があるんだろうか。

とりあえず…聞きたいことは聞けた。

「有難うございました。とても興味深くて…面白かったです」

にっこり笑って、その場を辞する。

「それは良かった」

先生はにっこり笑って、一枚の名刺を私に握らせた。

名前と大学名、研究室名とメールアドレス。

「もし何か聞きたいことがあれば、ここへ連絡してくれたまえ。可能な限りお答えするよ」


家に帰ると、すずが不機嫌な顔でテレビを観ていた。

ただいまーと声をかけるが、返事は無い。

…さっきのこと、怒ってるのかな?

「すず…話があるんだけど」

それでもやっぱり…すずは黙ったまま。

彼女が座っているソファーの隣に、ちょこんと腰掛けてみる。

ちらりと、横顔を覗き見る。

すずはだんだん、ママに似てきたような気がする。

いつの頃からか、大人びた顔つきになってきた。

昔は…あんなにちっちゃかったのに。あんなにいつも、にこにこしてたのに。

お休みの日はいつも、パパと並んでゲームをしていた。

パパもすずもすっごくはしゃいで、きらきら目を輝かせて…

目悪くなるからほどほどにしてよ、と呆れ顔でママが笑って。

私はいつも本を読みながら、そんな二つ並んだ背中を眺めていた。

私が…すずと一緒に、遊んであげられればよかったんだけど。

そうすれば、もっと…すずは笑ってくれるのかもしれない。

そんなことを考えていた。

「あのさ…何か言いたいことあるなら、言えば?」

どきっとして我に返ると、すずは眉間に皺を寄せて、口を尖らせて私を見ていた。

「えっと………さっきは…ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。最初に気づいたのは水月だもん」

「仁くんと…仲、良いのね」

勘違いしないでよ、と不愉快そうに口調を強める。

「あの時、たまたま一緒にいただけ。別に何でもないんだからね」

「…そっか」

「で………用事はそんだけ?」

「あ………」

そうだ。

コートのポケットから携帯を取り出して、メールを見せる。

それと、ノートに貼ってあった付箋紙も。

すずはそれを見るなり………怒鳴った。

「馬鹿じゃないの!?」

「………やっぱ…そうだよね」

「もしかして…あのプレゼントも!?」

その勢いにちょっと躊躇ったが…ここまで話しちゃったら仕方が無いので…頷く。

もう信じらんない!とすずは大きく首を振る。

「そんなの完っ全にストーカーじゃないの、常識的に考えて!!!相手してやるなんて、お姉ちゃん人が良いにも程があるわよ!?そういう輩はねぇ、こっちがリアクションしてくるのを楽しんでるんだから!女子高生にちょっかい出すなんて、変態よ変態!」

「でも………」

その言い方は余りに…睦月さんが可哀想な気がする。

「その…帰りに後つけられるとか…帰ってきたら『お帰り』ってメールが来るとか…さ。無言電話とか…そういうんじゃないし…なんて言うか………」

シルフィードのことが喉まで出掛かるが…慌てて飲み込む。

代わりに…『普通のストーカーとは違う気がする』と反論してみた。

が…勿論答えはいつもと同じ『馬鹿じゃないの?』。

「最初はみんなそんなもんだってば。だんだんエスカレートしてくるもんなの!本当にお姉ちゃんはお人よしなんだから…」

すずは仁王立ちで私を指差し、きっぱり言い放った。

「もう絶っ対に、その男と連絡取っちゃだめだからね!」


部屋に戻って…ため息をつく。

携帯取り上げられて…番号を消去されてしまった。

『着拒にしても、外しちゃうでしょ?どうせ』

『そんなこと、しないわよ…』

『もう、登録してある電話以外には出ちゃ駄目だからね!じゃないと…』

すずはぐっと声を低くして、私を睨んだ。

『このこと…ママに言うわよ!?』

…それだけは駄目。

付箋紙もビリビリに破かれて、ゴミ箱に捨てられてしまった。

「睦月さん…か」

KEIくんのポスターに視線を移す。

「仕方ないよね…本当は最初から、そうしなきゃいけなかったんだもん」

自分では出来なかったから…すずがきっぱりそうしてくれて、助かった。

ふう、と大きく一つため息をつく。

おでこに手を当てると…やっぱりまだ熱い。

布団に潜り込み、シーツの冷たさにぶるっと身震いした。

目を閉じると…ぐるぐる回るのは。

睦月さん。

風の精霊シルフィード。

あの奇妙な夢。

そして………錬金術。

少しうとうとして…携帯のバイブにびくっとして起き上がる。

ズキンと頭が痛む。

「…いたた………あれ?」

メールアドレス欄には、アルファベットが羅列されていて…

「………睦月さんだ」

そっか…さっき電話帳から削除したから。

『絶対出ちゃ駄目』

さっきすずに言われたけど…

………見るだけなら、いいかな。

メールを開いてみる。

『どんな夢だろう?そういうのって、すごく不安になるよね』

うんうん、と頷く。

『でも心配しないで。君のことは絶対に、俺が守るから』

………どきん、と胸が高鳴った。

「守る………」

『どんな時でも、必ず駆けつけて君のこと助けるから。だから安心して…』

ストーカー…か。

だんだんエスカレートするとか…そういうもんなのかな。

すず………

でも…どうしても、私にはそうは思えないの。

すずと約束したばかりなので、返信はしなかったけど。

もう一度布団に潜り込む。

また怖い夢、見るかな。

でも………睦月さんがいてくれるから、きっと大丈夫。

ふうっ…と大きく深呼吸して、もう一度目を閉じた。


夢を見た。

今度は怖い夢ではなくて、すごく気持ちの良い夢。

私は、大きなクリスマスツリーの下に立っている。

金銀の飾りは、明るい日の光を受けてきらきら輝いていた。

綺麗…と思わずつぶやくと。

『本当だね』

優しい声と、肩に置かれる大きな手。

『だから言ったでしょ?文は俺が守るって』

その人はそう言って、私の体を抱き寄せる。

『…睦月さん?』

その人は頷いて、優しい瞳で私を見つめる。

『………あなたは』


『We wish you a merry Christmas』に、心地よい眠りを妨げられる。

「………夢か」

そりゃそうだ。

携帯を取りに、ベッドからむっくりと起き上がる。

と。

ポスターのKEIくんと目が合った。

ちょっと動揺して、目を逸らす。

すずじゃないけど…『馬鹿じゃないの?』私。

「いくらなんでも…そんなことあるわけないじゃない」

光るサブディスプレイには、電話帳登録のない番号が表示されている。

これは…多分、睦月さんだ。

『絶っ対に駄目!!!』

さっきのすずの鬼のような形相が目に浮かんだが…

隣の部屋に向かって、手を合わせる。

「すずごめん…馬鹿なお姉ちゃんを許して」

えい!と携帯の通話ボタンを押す。

画面に案内メッセージが出て…

「テレビ電話だ」

どきどきしながら…通話OKのボタンを押す。

電話の主は、海に架かった橋の上を走る、車の中にいた。

車窓に映るのは、埋立地に立つ巨大な観覧車。

イルミネーションは色を変え形を変え、華やかな輝きを放っている。

「………綺麗」

前に、メールに添付されていた街のイルミネーションと同じで、この夜景を私に見せようとしているのだろうか。

車を運転しているのは、どうやら睦月さん本人ではないらしい。

ガタガタ車が揺れる音と、カーステレオから流れる賑やかなBGMに埋もれ、聞き逃してしまいそうになるが………低い男性の声が聞こえる。

途切れ途切れでよく聞こえないけど…

感謝する、とか、共通の目的がどうとか…

男性はぼそぼそ話すので、余計聞き取りにくい。

睦月さん!と呼んでみたら…どうなるだろうか。

隣の運転席の男性は、彼が携帯を通話状態にしていることに、気づいていない様子なので、きっと驚くだろうし…もしかしたら、話を他人に聞かれたことに慌てるかもしれない。

というほど…内容は聞き取れていないのだが。

…秘密の話だったりして。

『聞かれたからには生かしてはおかん!』とか…

いや…まさか。最近ちょっと、すずに感化されすぎかも。

そんなことはないにしても、動揺してハンドルを切りそこなって事故…なんてことになったら困るので、声を潜めて観察することにした。

しばらくそのまま頑張ってみるが。

相変わらず、カーステレオの重低音にかき消され、会話の内容はさっぱり。

しかし。

ふいに耳に入ってきた言葉に…思わず受話器を強く握り締める。

『シルフィード』

その男性は…確かにそう言った。

心臓の鼓動が速くなる。

どうしよう………これ、本当に『秘密の話』なんじゃないかな。

シルフィードの話なんて…そうそう赤の他人とする話じゃないだろう。

睦月さんは相槌を打つでもなく、ただ黙って窓の外の綺麗な夜景を眺めている様子。

と、その時。

『聞いているのか?風群…』

男性が、口調を強める。

どこかで…聞いたような声。

『………ああ、勿論』

ぼそりとつぶやいた声は…睦月さんの声だろうか。

携帯を運転席の足元に向ける。

男性の黒いコートの裾がちらっと写った。

『貴様、何を』

そこでぷつりと、電話が切れた。

ツーツーという音が響く。

「………風群」

男性は睦月さんのことを、そう呼んでいた。

「風群…睦月………か」

不意に、さっきの番号に…睦月さんに、電話を掛け直したい衝動に駆られるが…

ぐっと自分を抑え込む。

我慢するのは…我儘を引っ込めるのは…割と得意だ。

携帯を机に置いて、もう一度布団に入った。

ぎゅっと目を瞑るが………色々な謎が頭の中を巡る。

睦月さん…

あなたは誰?

それに…さっきの人は?

私に何を見せたかったの?

シルフィードは…ゲームって一体何?

それにあなたは………

私を『何から』守るというの?

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