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GAME -AYA-  作者: 転寝猫
2/9

12月19日

『やっと会えたね』

耳に響く、懐かしい優しい声。

誰だろう?

どきっとして顔を上げる。

夕日に染まった図書館では、私のような学生やお年寄りが静かに本を開いていた。

ズレたメガネを直しながら、小さく舌を出す。

「やっば…寝ちゃった」

週明けのテストの勉強、まだ全然出来てないのに…

昨夜はラジオに聴きいってしまい、寝たのが3時だったのだ。

録音してあるし、途中で寝ようと思ってたのに………ついつい。

時計を見ると、針は6時を回っている。

広げてあったテキストとノートをまとめて、帰り支度を始める。

と、その時。

ノートの端っこに張ってある付箋紙に気づく。

ボールペンの綺麗な字で書かれているのは、どうやら携帯の電話番号とメアドらしい。

私が寝てる間に、誰かが張っていったのだろうか?

まさか………ナンパ?

…いや、多分いたずらだろう。ナンパされた経験なんて、何を隠そう一度もないのだから。

花も恥らう女子高生、ちょっと悲しい気がしないでもない。

とりあえずそのままノートを閉じ、かばんにしまって立ち上がった。


家に帰ると、母は仕事帰りのスーツ姿のまま、台所に向かっていた。

「お帰り!文」

「ただいま…ごめんね、今手伝うから」

鞄を置いてエプロンを取ろうとする私を制して、母はにっこり笑う。

「いいわよ、テストがあるんでしょ?気にせずあなたは勉強しなさい」

「でも…」

「いいの!あなたがテストで一番になってくれると、ママは嬉しいんだから」

そう言われてしまうと…弱い。

「すずは部屋?」

「今日はまだよー。ゲームの発売日だとか言ってたから、お店寄ってくるんじゃない?」

…あはは。

我が妹すずは、自他共に認めるゲームオタクなのである。

学校のある日はまだいい。

休みの日なんか一日中家に閉じこもって、部屋でゲームに向かっている。

長期の休みなんて、このまま引き篭もりになっちゃったらどうしよう…と心配になるくらいの熱中ぶりだ。

「あの子もねぇ…文くらい勉強しろとは言わないけど、ちょっとは中学生らしいことしたらいいのに…」

ため息をつく母に、意を決して言う。

「私…言ってみようか?」

「…言っても聞かないでしょ?あの子」

「でも…私、そういうのいつもママにお願いしちゃってたし…もしかしたら、ちゃんと言えば聞くかもしれないでしょ?」

ありがとう、と笑って、母は小さくため息をつく。

「…文はいい子ねぇ。あなたがそんないい子に育ってくれて、ママ本当に助かってるわ」

少し寂しそうな色が瞳に浮かぶ。

「パパが亡くなった時ね…あなた達二人抱えて、ママどうしたらいいのかしらって途方にくれちゃったのよ。悲しくて、寂しくて、心細くて…」

…あら。

ママったら…感傷スイッチが入っちゃったみたい。

「仕事も忙しくなって、あなた達と一緒にいて上げられる時間も少なくなっちゃったし。でも…あなたは寂しいの我慢して、お手伝いもしてくれて、すずの面倒も看てくれて…」

「だって…私、お姉ちゃんだもの」

「お姉ちゃんのお陰で、ママはお仕事もおうちのことも頑張ろうって思えるのよ。ありがとね、文…」

じーんと胸が熱くなってきて、思わず涙ぐんでしまいそうになる。

「あ…私、勉強あるから部屋戻るね!」

慌ててそう言うと、私は二階への階段を足早に登った。


「………ふぅ」

シャープペンシルを机に置いて、うーん…と思いっきり背伸びをする。

駄目だ…全然分かんない。

壁に貼ってある、大判のポスターを見つめる。

「積分がねぇ…ちょっと捻るともう、全っ然駄目なんだよねぇ…」

ポスターの中のKEI君は、にっこり微笑んで私を見ている。

「だいたい、高3のこの時期にテストなんて、どうかと思わない?」

当然ながら、KEI君は何も答えてはくれない。

でも、その笑顔にちょっと癒されて、もう一度問題に向かう気持になれた。

そういえば。

『街はすっかりクリスマスムードだけど、ラジオ聴いてる皆の中には受験を控えた学生さんも沢山いるんじゃないかな?』

KEI君…昨日のラジオでそんなこと言ってたっけ。

『絶対夢は叶うから、諦めないで頑張ってね。僕も、いつも君の傍で応援してるよ!』

なぁんてね、と照れたように笑う彼の声………

思わず顔がにやけてしまい…恥ずかしくて顔が熱くなる。

高3でこれは…そりゃイタイって言われても仕方ないかも?

でも…いいじゃない、それがモチベーションになるんなら。

思いなおして大きく首を振り、シャープペンシルを握る。

と。

トントンと階段を登る足音が聞こえる。

………すずだ。

どうしよう。

でも…ママと約束したし…

私は…お姉ちゃんなんだから。

私は思い切ってドアを開け、おかえり、と彼女に笑いかけた。


ちょっと挑むような気持ちで言ってみる。

「またゲーム?」

「そうだけど…何か文句ある?」

強気な妹の言葉に少し戸惑う。

でも…ここは姉らしく威厳を見せなくては。

余裕をアピールしようと、取りあえず…かけていたメガネを外してみる。

「ママ嘆いてたわよ?すずのゲームオタクっぷりには困ったもんだって」

またその話?という顔をして、彼女は視線を床に落とす。

「そりゃ…私はお姉ちゃんみたいに成績良くないけどさ…」

「別にママもね、すずに勉強して欲しいって言ってるわけじゃないのよ?もうちょっと普通の中学生らしく、洋服とか音楽とか…そういうのに興味持ってくれたらいいのにって…」

「そんなこと言ったらさぁ」

私の言葉を遮るように、すずは仁王立ちで私を指差す。

「お姉ちゃんだって普通の高校生みたいじゃないじゃない!?ずっと図書館とうちで勉強ばっかしててさぁ、クリスマスも来るっていうのに彼氏の一人もいなくてさぁ…」

彼氏の一人も………

気にしてるのに。

ちょっと弱気になりながら反論を試みる。

「でも、私は休みの日友達と出かけたりとか…するじゃない?」

「たまーにね!ごくたまーに!でもそれ以外はずーっと家にいるじゃない?」

「だって休みの日は…家事とかもあるでしょ?」

う…と言葉に詰まるすず。

同時に、しまった…と私も思う。

家事の手伝いは私が勝手にやってることで、お母さんも別にやってほしいなんて言ってるわけじゃない。だからすずには強制しないようにしよう…と常々思っているのだが…

しばらく黙り込んだ後、話をリセットするように、彼女は大きく一つ深呼吸をする。

「お姉ちゃんさぁ…私のことゲームオタクっつったじゃない?」

「…認めるでしょ?」

そうだけどさ…と不満そうにつぶやいて、すずはじっと私を睨む。

「お姉ちゃんだってアイドルオタクじゃない?何なのよあのポスター、高校生にもなってあんなもんデカデカと貼ってさぁ、ちょっとやり過ぎなんじゃないの?」

「………え?」

ティーン向けの雑誌でモデルデビューしたKEIくんは、私より3つくらい年上で、若者からおばさままで幅広い人気を誇っている。

あまりそういうのに興味のなかった私がハマるくらいだから、相当な人気者であると言って間違いない。

最近はドラマやバラエティーやCMにも出演していて、テレビで彼を見ない日はない。

でも…特にお気に入りなのは、あの深夜ラジオ。

収録されたテレビでは見られない、時々覗く彼の素顔がたまらない…なんて。

男に興味なんてない!と断言しているすずには、きっと馬鹿にされてしまうだろう。

「でも…オタクっていうほどじゃないでしょ?追っかけやってるわけじゃないし、それに………」

「ドラマ録画して何回も観てるでしょー!?ゲーム何回もやる私とおんなじじゃん!」

「…そうなんだけど………」

逃げ出したい気持ちになったところで、すずがガチャ!と自分の部屋のドアを開けた。

「もう、いいでしょ!?ほっといてよもう!」

バタン、という苛立った音を残して、閉まるドア。

ちょっとほっとしてしまう自分が…ちょっとだけ情けない。

「すず…」

「何!!??」

「もうごはんだから…あんまり熱中しちゃだめだよ?」


食事中も、すずはむっつりご機嫌斜めだった。

多分私のせいかな…と思うと、話しかけるのも躊躇われる。

遠慮がちに、ママが口を開く。

「あらぁ…あなた達、珍しいわねぇ…喧嘩でもしたの?」

別に、とぶっきらぼうに答えて、すずは大きく切ったハンバーグを頬張る。

「せっかく、今日はすずちゃんの好きなハンバーグでしょ?機嫌直しなさいよぉ…」

「別に…機嫌悪くなんかないもん」

どうやら、虫の居所が悪いのは、私の所為だけじゃないみたいだ。

「ゲームが糞でさぁ…」

「こらっ、女の子がそういう言い方しないの」

「………だってぇ」

その時。

『KEIさん、クリスマスのご予定は?』

瞬間、テレビに吸い寄せられる。

そうですねぇ、と首を傾げるKEIくんの顔は、信じられないくらいチャーミングだ。

呆れた顔ですずが言う。

「…出たよ、アイドルオタク文」

「だから…違うってば」

赤くなって反論しつつも、テレビからは目が離せない。

涼しい目で、彼はじっと私を(…ではなくて、カメラを正面から)見つめた。

『特に予定はないんですよ、残念ながら』

本当ですかぁ!?と騒ぐインタビュアーの言葉に、彼は微笑んで答える。

『でも、まだ一週間ありますからね。一週間で僕、運命の人にめぐり会えたらなぁって思うんです…それで、クリスマスはその人と…二人きりで過ごせたらなぁって』

ほう、と感心した様子でママがため息をつく。

「うっまい事言うわねぇ、あの子…」

アイドルだもん、と呆れ顔で言い、またハンバーグを口に運ぶすず。

「一週間で、ねぇ…一体どんなかわい子ちゃんとめぐり会うつもりなのやら」

一週間…か。

来週は冬期講習が始まるから、ずっと学校に缶詰だもんなぁ。

めぐり会える可能性など…限りなくゼロに等しい。

思わずついたため息を、すずが見逃す筈もなかった。

「お姉ちゃん、まさかショック受けてんの!?あんな芸能人に本気で恋なんてしても、叶うわけないでしょ!常識的に考えて」

「………うるさいなぁ。そんなんじゃないわよ」

もう、とママは困り顔で笑う。

「文ちゃんもせっかく可愛いのに、そのメガネがねぇ…」

「そうそう!コンタクトにしたらいいのに」

「………怖いからヤダ」

何だそりゃ、と鬼の首でも取ったようにすずが笑う。

「医学部行ってお医者さんになろうって人がさぁ…怖いからとか何なの?一歩踏み出したら、お姉ちゃん、世界が変わるかもしれないよ?」

「今度、一緒に眼科行ってみましょうか!?」

コンタクトレンズ愛用者のママが、嬉しそうに尋ねる。

うーーーん………

「…考えとく」


「世界が変わる…ねえ」

部屋に戻ると、ポスターのKEIくんと目が合った。

「そんなことも…あるかなぁ」

でも…試験の第一関門まで、もう一ヶ月もないのだ。

「大学デビューってやつに…賭けるか」

ため息をついて、再び積分を戦うために机に向かう。

………あれ?

机に乗っていた携帯が、ない。

ちょっとびっくりしてきょろきょろすると、何のことはない…床に転がっていた。

ディスプレイには、メールのマーク。

バイブレーションにしていたので、きっと振動で下に落っこちたのだろう。

誰だろう?

開こうとした…その時。

「………きゃああああああ!!!!!」

思わず、椅子から飛び上がる。

…すず!?

慌てて隣の部屋のドアを開く。

「どうしたの、すず!?」

腰を抜かして、ピンク色のカーペットにぺたりと座り込んでいる、すず。

「あっ…あれ………」

震える指で、何か指差そうとしたが………

壁に向いた視線が、ぴたりと止まる。

ぽかんとした表情。

「すず!?」

鬼気迫る表情のママが、階下から走ってきた。

ママの顔をぼうっと見て、私の顔をぼうっと見て…

すずは、呆然とした表情のまま、つぶやいた。

「あ………ごめん、何でもない」

………え?

「………もお」

異常のないことを確認して安心したらしいママは、呆れ顔でため息をついている。

「また怖い動画でも見たの?」

「…また?」

この前ね、と笑いながら、私をちらりと見る。

「あなたが模試受けに行ってる時にこの子、パソコンで動画見てていきなり悲鳴上げて…」

かあっと顔を赤くしてすずが立ち上がり、ドアを閉めようとこちらにやってくる。

「もうっ、そんなことどうでもいいじゃない!大丈夫だからほっといて」

「えっ………でも…」

さっきの様子…何だかおかしかった。

違和感ていうか…

でも…今のはまぁ、いつものすずか。

「気のせいかな」

部屋に戻り、つぶやいて、放り出した携帯をもう一度手元に引き寄せる。

…見たことのないメールアドレス。

怪しいメールは開かないほうがいい…って、すずによく注意されるけど。

開いたノートに何気なく目をやる。

と………

さっきの…付箋紙。

このメールアドレスは…さっきの…

何で?

何でこの人…私のメアドを知ってるの?

でも………そうか。

さっき私が眠っている間に、携帯を開いてみたのだろう。

ああ…『使わない時は携帯にロックかけなさい』って、すずにいつも言われるのに。

ちょっと冷や汗をかきながら、でも…

好奇心が沸々と湧き上がってくる。

ちょっとだけ…見てみるか。

『はじめまして』

そんなタイトルのメールには動画が添付されていた。

ドキドキしながら…少しビクビクしながら…再生。

今度は叫ぶの…私の番だったりして。

………だが。

映っていたのは、イルミネーションに彩られた、街の風景。

サンタや、雪だるまを象った発光ダイオードのオブジェや、大きな眩しいクリスマスツリー。そして、金色にきらきら輝くアーチの中を歩いている様子。

「………綺麗」

思わずつぶやく。

その人はそのまま、細い路地に入る。

その時だ。

目の前に、大きな黒いお化けみたいなものが立ちはだかった。

どきんとして、思わず停止しそうになるが…ごくんと唾を飲み込んでぐっと堪える。

それは…泥のような土のような物で出来ているらしい。

そんな訳の分からない物に遭遇したというのに…その人はとても冷静だ。

ただ淡々と、ムービーを回している。

そして…お化けの巨大な手が、その人に迫る。

が………

突然小さな竜巻が起こり。

土のお化けは粉々に砕け散って…消えた。

「………よかったぁ」

ほっと安堵のため息をつく。

『お見事でした』

今までに聞いたことのない…美しい女性の声。

携帯のカメラが、ゆっくりと声の方に向く。

その女性は………

外国の映画に出てきそうな、長いブロンドヘアの美しい人だった。

『何をしているのですか?睦月』

………睦月?

彼は少し笑ったようだ。

画面が少し揺れ。

そして、ムービーは止まった。


しばらく、呆然とそのまま…携帯のディスプレイを見つめていた。

そして…もう一度、再生してみる。

同じ物が…映っているはずだった。

が………

映っていたのは…さっきの美しいイルミネーションだけ。

「………何だったの?」

誰も答えてはくれない。

夢でも見ていたのだろうか?

「………睦月」

つぶやいて、壁を見る。

ポスターの中のKEIくんは、一部始終を見ていたはずだ。

でも…彼はそんなことなどお構いなしに、ただ穏やかに微笑んでいた。

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