09:波旬
America wasteland
荒れ果てた荒野をひたすら歩き続けるダグザとメルポメネ、埃が舞い上がり草は枯れ果てている。
今回の敵はスコル、北欧神話の狼、神話等はダークロードを伝説にするタメに作られた物語、VCSOが世の中に自然に風化させるタメだ、日本では自然災害や疫病に変えて風化させている、ヤマタノオロチや鬼が良い例だ。
「何でスコルなんでしょう?」
「スコル、古ノルド語で‘嘲るもの’を意味する、北欧神話と言われるくらいだからアメリカにいるのは不自然だな」
「何か引っかかりますね」
「俺達は任務を遂行するだけだ」
メガネの奥のポーカーフェイスのダグザと、ブロンドの髪の毛をなびかせながら目を細めて笑顔を作るメルポメネ、恐らく神選10階で二人程頭の回転が速い者はいない、それ故にこの違和感にも気付いてしまった。
「いませんね」
「本来ならこんな依頼が来る事自体がブルーローズなんだがな」
「あら、美しい表現ですのね」
詩的な表現するのはキザなダグザならでは、伊達に知識神の神徳を掲げている訳ではない。
二人が更に歩くこと10分、突然空中に黒い穴が空いた、二人は警戒して腕輪に触れる、ダグザの得物は2本のトンファー、名はサラスヴァティー、メルポメネの得物は1m四方の布と手袋、名はラフスキン、名の通り鮫肌のように荒れた布。
「何でこんな所に?」
「来ましたよ」
黒い穴から2m程の狼に似た生き物が飛び出してきた、コレがスコル。
ダグザは左手のサラスヴァティーをスコルの口に入れ閉じれないようにした、右手で顎から殴り上げて間合いを取る。
スコルは背中から落ちるがすぐに体制を立て直して二人を威嚇する、ダグザはサラスヴァティーを回しながら、メルポメネはラフスキンを引きずりながら近付く。
スコルが地面を蹴ると地面は深くえぐれている、そして人間のそれを遥かに超えるスピードで二人の後ろに回りこんだ。
「メルポメネ」
「ハードゥン【硬化】」
メルポメネがラフスキンを広げると正方形の壁となる、スコルがそれをひっかくと一瞬で爪が削れた。
全て削れる前にスコルは間合いを取るが、ダグザが横に先回りしてた、ダグザはスコルの下に入り込み肋骨を殴り上げる、骨が折れるような音と共にスコルの悲鳴がこだまする。
ダグザはスコルの動きが止まった瞬間スコルの目の前まで走り込む、スコルの顔が下がった瞬間、鼻の頭をサラスヴァティーで殴った、スコルの頭は地面に叩き付けられる。
ダグザは間合いを取りスコルの出方を伺う。
「弱い、神話になる程の生物がこれほどか?」
「語り継がれた物語ですよ、少しの誇張くらいは愛敬でしょ?」
ダグザが鼻で笑ってスコルを見るとそこにスコルはいなかった、気付いた時には眼前にスコルの前足がある。
「速い!?」
ダグザは何とかサラスヴァティーで防ぐが体制が不十分だったタメに吹き飛ばされた、ダグザの頭から爪の傷痕と流血。
そしてスコルは一瞬消えるとメルポメネの前に現れた。
「ハードゥン【硬化】!」
メルポメネは神技を放つ前にラフスキンの形を変えてそれで固めた、ラフスキンは剣に形を変える。
スコルは前足をメルポメネに振り下ろす、メルポメネは圧されながらも剣で前足を受ける、しかし傷付いてるのはスコルの前足、ラフスキンは全てを削り落とす言わば最強のヤスリ。
「触れる事すら出来ない相手、どんな感じですか?」
スコルは前足から血を流しながら間合いをとった、しかしメルポメネはその後を追う、スコルが止まった瞬間、メルポメネはスコルの前足に剣状のラフスキンを突き刺した。
「グギャァァァァ!」
「その汚い肌、変え時じゃないですか?」
ラフスキンの手袋を填めた手を手刀の形にする、そして足に突き刺すとそのままスコルの皮を剥いだ。
返り血を浴びてもその笑顔から付いた二つ名は‘鮮血’、メルポメネの事を恐れを込めて『鮮血のメルポメネ』と呼ぶ、鮮やかというのは半分は敵の醜さへの皮肉である。
悶絶するスコルはもう一方の前足を振り上げ、メルポメネに向かって振り下ろす、しかし前足とメルポメネの間には頭から流血するダグザがいる、ダグザはサラスヴァティーでしっかりと前足を受けた。
「あら、ありがとうございます」
「それより、もう少し返り血を浴びないで戦えないのか?」
「私という真っ白なキャンパスにダークロードの真っ赤な血、これこそ最高の芸術だとは思いませんか?」
「思わない」
ダグザは即答でサラリと答えた、戦いのえげつなさはモリガンと2分するだけある、初めてメルポメネの戦いを見た者は気分を害し戦闘不能になると言われている。
スコルは足に刺さったラフスキンを無理矢理引き抜くと間合いを取る、そして遠吠えをすると身体中の毛が逆立ち始めた。
「ヤバそうだな」
「まだ何かあるのかしら?」
「仕方ない」
ダグザは目を閉じた。
「フォーサイト【予知】」
ダグザは目を開いたが何の変化もない、そしてスコルは目の前から一瞬で消えた、そのスピードはベロシティ【光速】にも匹敵する。
メルポメネは完全に見失った、メルポメネが次にスコルを確認したのは、ダグザがスコルの前足を受けた時だった。
「やっぱり味方にすると頼もしいですね」
「死にたくなければそこから動くな」
フォーサイト【予知】、それは全てがスローモーションになる上に、相手の2秒後の行動が残像のように見える神技、つまりダグザの前ではどんなスピードも通用しない。
スコルは再び消えるが現れた時にはダグザに前足を受けられている、メルポメネはその光景をただ立ち尽くして眺めるだけ、恐らく今のスコルの動きを目で見えるのはダグザだけであろう。
しかしスコルのスピードは落ち始めてきた、既に攻撃の瞬間がメルポメネに確認出来るくらいに。
「幕引きだ」
ダグザは腰の辺りでサラスヴァティーを構える、そしてスコルを強く睨み腰を据える。
「エクスプローション【爆発】」
スコルの振り下ろした前足をダグザが殴ると、サラスヴァティーは爆発した、スコルの前足は千切れ吹っ飛ぶ。
「では私が最後に………」
「いや、俺がやるから―――」
「エクスペンション【拡大】」
ラフスキンは巨大化するとスコルの頭に巻き付いた、ダグザはそれを見たく無かった、そのおぞましさは郡を抜く。
メルポメネはスコルの頭に巻き付けられたラフスキンを引っ張った、スコルの物凄い悲鳴はすぐに納まり、真っ赤になったラフスキンがメルポメネの手に戻った時、スコルの原形を留めていない顔がそこにはある、削りに削られ半分以外の大きさになった頭。
「ムナクソ悪い」
「そうですか?」
ダグザは頭の血を拭いてスーツに付いた埃を叩き落とした、メルポメネは美しいブロンドの髪の毛も、真っ白な透き通るような肌も、カミゥムマーンの詩集の入った純白のドレスも真っ赤に染まっている。
メルポメネは顔や肌を拭いている時、空中に黒い穴が空いた、そこから赤黒いフードが頭を出す、そしてそこから赤黒いローブを着た悪魔が出てきた。
悪魔は顔がぐちゃぐちゃになったスコルを見ると顔を蹴り飛ばした。
「使えないネ、噛み殺せって言ったヨ」
頭を踏みつけながら言い放つ、あから様にイライラしている、そしてフードを取るとダグザとメルポメネを睨んだ、みつ編みの腰に掛かる髪の毛につり目のまだ幼さが残る女の子。
「フッ、怪我してるネ、弱いネ」
「言ってる事が矛盾してるぞ、弱い奴に俺達を殺させようとしたのか?」
「そうネ、お前ら弱いネ、だから雑魚でも殺せる思ったヨ」
ダグザは警戒して再び腕輪に触れる、サラスヴァティーを握り回しながら攻撃のタイミングを伺う。
「戦うネ?」
「貴様、悪魔だな?」
「正解ネ、波旬ヨ」
「チャイニーズだな?神の時の名前は?」
「火神、祝融」
「わざわざ言うとは、愚かだな」
「殺す相手ネ、知ってても無駄な事ヨ」
波旬は腕輪に触れた、得物は棍、名は承影、右手は腰の辺りで握り左手は胸の高さで伸ばして握った。
「貴様らの目的は何だ?」
「知る必要無いネ!」
波旬は地面を蹴った、素早く無駄の無い動きでダグザに向う、メルポメネが腕輪に触れようとしたがダグザがそれを阻む。
「俺一人で大丈夫だ」
「気をつけて下さい」
サラスヴァティーの回転が速まる、波旬はスピードを殺さずに喉元に承影を突き出す、ダグザは回転したサラスヴァティーで打ち落とす。
しかし波旬はその勢いを殺さずに半回転させて、承影をダグザの頭に振り下ろす、ダグザはもう一方のサラスヴァティーで防いだ。
「弱いネ」
波旬はダグザを蹴り飛ばすと、体制を崩したダグザの腹を突く。
「ガハッ!」
そのまま反対側を使ってダグザの頭を思いっきり打ち抜いた。
「グハァ」
ダグザは何とか踏ん張ると間合いを取る、頭からはとめどなく血が流れ出し、片目の視界がゼロになる。
「フォーサイト【予知】」
「それ知ってるネ」
「なら勝ち目が無い事も分かるな?」
「欠点がある事もネ」
波旬は素早い動きでダグザに近寄るがダグザには全てが見えている。
通常ならば常人離れした素早い連撃も全て受け流す、しかしダグザも波旬も気付いていた、これでも波旬が圧してる事に。
ダグザは受け流す事は出来てもカウンターする余裕が無い、悪魔だからとかそういう簡単な理由ではない、単純に武術が常人離れしているだけ。
「飽きたネ、コレで終わりヨ」
波旬は大きく振り被りダグザの頭めがけて承影を叩き込む、ダグザは右手のサラスヴァティーで防ぐが、承影の1/3が折れてダグザの背中を打ち抜いた。
「クハッ!」
ダグザはうつ伏せに波旬の前に倒れた、波旬は頭を踏み潰すと背中に承影を突き付ける、そこを突けば心臓が貫かれる。
「ダグザ!」
「来たら殺すヨ」
「何が目的だ?」
「目的?無いヨ、ただ殺しに来ただけネ」
波旬はダグザの頭を更に強く踏みつける、ダグザは苦痛に顔を歪ませ、再びスコルに付けられた傷口が開いた。
「そこでお前が見ててもコイツは死ぬけどネ」
「メルポメネ、逃げろ」
「ダメネ、生き残りたいなら片方殺して仲間なるネ」
「頼む、逃げてくれ」
「うるさい!黙るネ」
波旬は怒りに顔を歪めてダグザの頭を何度も踏みつけた、メルポメネは涙を浮かべて唇を噛み締めダグザから目を反らした。
「もう虐める飽きたネ、死ネ」
波旬は承影を振り上げた、しかし振り下ろそうとするが振り下ろせない、波旬の腕には誰かに握られている。
「ルシファー様はお怒りだ」
「その声はベルゼブブ!?」
「勝手な行動は慎め」
「神選10階殺す、何が悪いね!?」
「ルシファー様は望んでいない」
波旬は赤黒いフードを被っていて顔は分からないがベルゼブブと呼ばれた者の手を振りほどき、睨みつける。
「帰るぞ」
「何でネ!?」
「何度言わせる?ルシファー様の怒りに触れたいのか?」
「チッ、分かったネ」
二人はベルゼブブが出てきた黒い穴に帰って行った。
メルポメネは慌ててダグザに近寄ると上半身を抱き上げた。
「大丈夫?」
「死にはしない」
「今すぐ誰か呼ぶからそれまで待てますか?」
「大丈夫だ」
メルポメネはホーリナー専用の携帯でアメリカ支部の救護班に応援を求めた、そしてダグザの血でドレスを更に赤く染める。
ダグザはこんな中でも悪魔についてのデータをまとめた、ダグザが神技を使っても勝てなかった悪魔は神技すら使っていない、ダグザは鼻で笑うと拳を握り締めた。