37:魅せる
Unknown
華美で派手、必要以上、むしろ場違いなくらいに装飾された協会、その広さはまるでアリーナのような大きさ。
アルテミスはフルムーンを握りながら歩く、そこに警戒は無い、何故なら目の前には既に眼帯を付けたベルゼブブがいるからだ。
アルテミスはなるべく間合いを取って止まるとフルムーンを回し始めた、ベルゼブブは足を組んで棺の上に座ったまま動こうとしない。
「さて問題だ、この棺は―――」
「テメェの棺桶だよ!」
アルテミスは反対側の握り拳の中指を立てる、ベルゼブブはため息と共に頭を抱えた。
「無粋だ、品がない」
「棺桶に座るあんたも充分品が無いけどね」
「あぁ、そうかもしれない」
アルテミスは気が抜けてフルムーンを落としてしまった、まさかベルゼブブが認めるとは思わなかったからだ。
「棺に入る者がコレなら敬意をはらう必要は無い」
「少なくともアタイは入らないよ」
「我もそのつもりだ」
「ラチが明かないね、それなら―――」
「「力ずくで入れるまで」」
先に動き出したのはアルテミス、フルムーンを同時に4つ投げた。
ベルゼブブは素早く腕輪に触れる、得物は鎚、名はトゥールハンマー。
2つのトゥールハンマーを顕現すると軽々とフルムーンを打ち落とした。
「エクスペンション【拡大】!」
その先にもう一つのフルムーン、それはベルゼブブの一歩手前で大きくなる、ベルゼブブは体を退け反らせて何とか避けた、その時にベルゼブブの美しい金色の髪の毛が数本宙に舞った。
ベルゼブブはゆっくりと元の体勢に戻るとアルテミスを殺気が篭った目で睨む、先ほどまでの余裕なベルゼブブとは違い、感情を剥き出しにしている。
「一度のみならず二度までも我に傷を付けるとは」
「傷?髪の毛切れたくらいで何が傷だ、甘ったれも甚だしい」
「君は我が必ず殺す、この手でその顔を潰してやろう」
「じゃあアタイはあんたを3枚に卸してやるよ!」
今度は2人同時に走り出した。
「エクスペンション【拡大】!」
手元で大きくなるフルムーン、お互い得物を横薙に振ると激しい火花が飛び散る、まだ遠距離型のアルテミスの方が劣勢だが敗退に至る程ではない。
「さすがは最強と言ったところだな」
「アタイを誉めてるのかい?それは面白い事するね」
「君を誉めたところで我には何の影響もない、如何にしても我より弱いのは事実、それは不変の真理だ」
右手に持ったトゥールハンマーの横薙の攻撃が…………、否、両手のトゥールハンマーでアルテミスを挟み潰す用に振っている。
アルテミスは必要最低限のバックステップで避けると、お互いを殴りあってるトゥールハンマーにフルムーンを通した。
「チェンジ【転化】!リデューション【縮小】!」
あっという間に縮まり身動きの取れなくなったトゥールハンマー。
「なっ!?」
アルテミスはトゥールハンマーを踏みつけてそのままベルゼブブを殴り飛ばした。
ベルゼブブは何とか踏ん張ると腕輪に触れずにトゥールハンマーを顕現する。
「ナメるなよ!」
そしてアルテミスを全く見ずにアルテミスの頭を薙払った、アルテミスは派手に転がると椅子に突っ込んで止まる。
ゆっくり立ち上がるアルテミスのバンダナは自身の血で赤く染まっている、ベルゼブブの頬は腫れ上がり口から血が流れている。
「実に馬鹿力だ、腹立たしいくらいの馬鹿力だ!」
「ククルカンよりまマシだよ、それよりレディーの顔を殴るあんたも紳士じゃないね」
「レディー?答えはアマだ」
「まぁナルシスト野郎よりはマシだね」
今度はベルゼブブが走って来る、両手には各々にトゥールハンマー。
ベルゼブブの上段からの振り下ろしをアルテミスは横に転がり避けるが、もう一つのトゥールハンマーが薙払うようにアルテミスに向かう、アルテミスはトゥールハンマーに足をつき、ショックを軽減しながら吹き飛ばされた。
そして空中で体を立て直すと、フルムーンを4つベルゼブブに投げる、ベルゼブブはトゥールハンマーを投げて全てを打ち落とした。
それだけではない、壁に足を付いて一瞬静止したアルテミスに向かっている、アルテミスは迷わずに壁を蹴ってトゥールハンマーに向かった。
トゥールハンマーを持つと自らの体を軸にしてベルゼブブに投げ付ける、アルテミスが着地するのと同時にベルゼブブが片手でトゥールハンマーを掴んだ。
「さすがさい―――!」
ベルゼブブが余裕の笑みでアルテミスを賞賛しようとした時、ベルゼブブの背中に熱く鈍い痛みが走った、ベルゼブブが背中に手を当てると血がついている、そしてアルテミスの指に戻って来る血の付いたフルムーン。
「いつだ!?何故我が気付かなかった!?」
「あんたの得物と一緒に、あんたの得物とは全く違う軌道で投げさせてもらったよ、最強ってのは近距離と遠距離が万能だからじゃない、飛び道具では不可能と思われていた方向転換が可能なんだよ」
「ココまでナメられたのは初めてだ、我に屈辱を与えた事、とくと後悔させてやろう」
ベルゼブブの表情から冷静さが消えた。
「レイン【降雨】」
ココは室内だというのに雨雲天井を覆い、激しい雨が降り始めた。
「だからどうしたってんだよ?」
「ライトニング【落雷】」
アルテミスの表情が一瞬にして険しいものとなり、アルテミスが横に避けた瞬間、アルテミスがいた場所に雷が落ちた。
アルテミスは当たらずに済んだが、何故か地面に伏している、ゆっくり近付くベルゼブブを睨むだけで、全く反撃しようとはしない。
「雨を降らせた理由はコレだったんだね、水で万が一外れても通電で相手を仕留める、かなりえげつないやり方じゃないか」
「それだけではない、もし当たったならその力は絶大、例え鍛錬をしたホーリナーといえど死を免れる事は出来ないだろう」
「確かにそうかもね、直接当たってもないのに足が痺れて立てない」
「さぁ、我に歯向かった事を詫びろ、そして後悔しろ」
「断る!」
アルテミスは中指を立ててニタリと笑った。
「はぁ、何とも愚かだ、しかしコレで君の愚かな顔を見るのも最後だ」
ベルゼブブはトゥールハンマーを両手で持って振り上げた、アルテミスは伏したままベルゼブブを睨むように見上げる、ベルゼブブは嘲笑の笑みでアルテミスを見下している。
「さぁ、コレで最後だ、認めてやろう、君は我が戦った中でもトップクラスに強い、しかし、我の方がつよ―――」
「ルナティック【狂気】!」
アルテミスがベルゼブブに手の平を見せるとフルムーンが顕現される、そしてフルムーンは淡い光を放ちながら回転しはじめ、ベルゼブブの視界にそれが入ってしまった。
「あんたは一々話が長いんだよ、敵ならさっさと殺せ」
「な、…………ナにをシタ?」
「魅させてもらったよ」
ベルゼブブは頭を抑えながら悶え始めた、歯を食い縛り目を見開いて何かに耐えているように見える。
そう、耐えている、内から来る自らに対する狂気に、気を抜いたら内から何かに食われそうな恐怖、自分の体が違う何かに支配されそうになる恐怖。
「あたいの勝ちだね、そうなったらあんたに勝ち目は無いよ」
「ま、ま………ダだ、ワレは、…………まけ…………ナい」
ベルゼブブの顔には掻きむしった痕がある、ベルゼブブが内なる何かと戦っている痕、そして唇は強く噛み過ぎて血が滲出ている。
「もうそろそろあたいの痺れもとれてきたね」
アルテミスは多少ふらつきながらも立ち上がった、勝利を確信したアルテミスはベルゼブブの滑稽な姿を眺めている。
コレがアルテミス、遠距離型最強の力。
「よく粘るね、やっぱり人間とダークロードじゃ違うんだね」
「な、…………ナメるな!」
ベルゼブブは一瞬でトゥールハンマーを顕現して、ベルゼブブを眺めているアルテミスの頭を殴り飛ばした。
肩で息をしながらトゥールハンマーを握るベルゼブブ、そして頭を殴られて意識が飛びそうになるのを必死で堪えるアルテミス。
ベルゼブブは既に正気を取り戻しているようにも見える。
「あ、あんた、なんで、ふつうに、してられるんだい?」
「ダークロードと、同じに、するな、我に、敵うのは、ルシファー、様、のみだ」
ベルゼブブは再びトゥールハンマーを振り上げる、もうアルテミスに反撃する力は残っていない、指先まで動かせない程失血している。
「さぁ、終わりだ」
ベルゼブブはトゥールハンマーをアルテミスめがけて振り下ろした。
「今度は間に合ったな」
アルテミスの視界にはダグザがいる、そしてトゥールハンマーを受けているのは祝融。
「止血剤と増血剤だ、飲んでおけ」
「あんたが、何で、ココに?」
「もう誰も死なせたくないからだ」
波旬はベルゼブブの腹を蹴り飛ばして間合いを取る、そしてダグザは祝融の隣に立つとサラスヴァティーを構えた。
「波旬、君が何故そちらがわにいる?」
「波旬じゃないネ、祝融ネ」
「祝融はこちら側だ、そして貴様はココで死ね」
ダグザが走り出した、ダグザは低い姿勢からサラスヴァティーを突き出す。
「エクスプローション【爆発】」
ベルゼブブはトゥールハンマーで防ぐが、爆発の衝撃で吹っ飛んでしまう。
「ベロシティ【光速】」
吹っ飛んだベルゼブブを追うように一閃と化した祝融、一瞬でベルゼブブに追い付くとそのまま承影で殴り飛ばした。
ベルゼブブは何も出来ずに壁に叩き付けられた、口からは激しく吐血してトゥールハンマーに支えられながら何とか立っている。
「殺れ、祝融」
「ハイ」
「波旬!君はこっち側ではないのか?我々を裏切るのか!?」
「元から仲間なんて思った事はないヨ、ワタシの仲間はご主人様だけネ」
祝融は承影を振り上げ、殺意の眼差しと共に承影を力一杯振り下ろした。
しかし、ベルゼブブはトゥールハンマーを持ち上げて何とか承影を防ぐ、既に気力のみで立っているベルゼブブ、力押しすれば屈するものの力を入れようとしない祝融。
「インフェルノ【烈火】」
竜巻のような炎の渦がベルゼブブを飲み込んだ、ベルゼブブの悲痛な叫び声も炎の轟音に掻き消されてしまう、レイン【降雨】で濡れた床も一瞬にして乾いてしまうような炎。
あっという間に辺りの壁等はガラスのように砕け散り、真っ白な世界になった、そこにぽっかりと開く黒い穴。
「ベルゼブブは死にましたヨ、空間自体が支配を失ったんデス。
ご主人様、次は何処に行きマスか?」
「貴様にはもうココでの使用意義が無くなった」
「何故デスか!?ワタシを利用するだけして殺すというのデスか?」
懇願するようにダグザのジャケットを掴む祝融、ダグザはその左手をそっと掴み上げ、袖をまくってみせた。
そこには悪魔のものではない、ダグザ達と同じホーリナーの腕輪がある。
「神が神を殺した時に悪魔になるのなら、逆も然りだ」
「ワタシ、神に―――」
「ダグザ!なら阿修羅を救い出せるんじゃないのかい!?」
祝融の言葉を遮って叫ぶアルテミス、あまりの声量にダグザは片耳を塞いで怪訝な顔をする。
「その前に奴を正気に戻す必要があるだろ、話はそれからだ」
ダグザはアルテミスに肩を貸して立ち上がらせた、ゆっくりと黒い穴に向かう3人。