36:頑張る
Unknown
ジャングルを剣と盾、フリストとヒルドを持ってゆっくりと小さく歩くアストライア。
葉が光を隠して薄暗くなっている、木漏れ日はスポットライトのように細く、小さくアストライアを照らす。
そして暫く歩いていると一本の木が倒れてきた、アストライアは全く慌てず、幼い瞳で木を見ると、ギリギリまで引き寄せてあっという間に斬り刻んだ。
物凄い早業、一瞬で原型を無くした木、そして切株の向こうには髭切を持ったルシファーがいる。
「子供かと思ったら、中々だ」
「…………………誰?」
「人に名前を聞く時は自ら名乗る、それは当たり前だろう?」
アストライアは一瞬考える、その幼い無表情は本当に強き者とは思えない。
アストライアは軽くお辞儀をしたまま上目使いでルシファーを見た、マニアならば一瞬で逝くようなその視線、ルシファーは微動だにせずアストライアを睨む。
「………………エクステンション【延長】」
腰の辺りで構えられたフリストが素早く伸びる、完全に油断していたルシファーは慌てて髭切を構えるが、力が入りきらずに髭切を離してしまった。
「ミーティア【流星】」
ヒルドを振ると光の円盤が放たれる、完全に無防備になっていたルシファーは成す術がない。
光の円盤はルシファーのがら空きになった腹部を捉え、ルシファーを思いっきり吹き飛ばした。
ルシファーは太い木を一本折り、なんとか踏ん張って止まった。
口から血を流して殺気のみがこもった視線をアストライアにぶつけるが…………、50m以上遠くにいたはずのアストライアは目の前にいる。
右手には伸びたフリストが、左手のヒルドは体に巻き込まれて完全に殴る体勢に入っている。
「俺をナメるな!」
ルシファーはヒルドを素手で掴むと、腕輪に触れずに髭切を顕現した。
片手で髭切を振るがアストライアは髭切に乗ってバック宙でルシファーから遠ざかる、身軽なアストライアはクルクルと回って着地する。
「腐っても神選10階か、だが所詮は子供、力不足だ」
「………………頑張る」
「頑張るだ!?笑わせるな!」
高々と笑うルシファー、しかしアストライアは至って真剣な眼差し、否、殺気をも込めた歳不相応な視線、これが神選10階史上最年少と呼ばれたアストライアの目である。
「そのような目をしたところで俺は殺せない」
「………………何とか、なる、阿修羅、助ける」
「アスラは自分の意志で悪魔になったのだ、貴様ごときの説得で変わる訳がないだろう」
「………………頑張る」
アストライアは構えて走り出した。
「プロテクティブ【防護】」
フリストの攻撃をまともに体に受けるルシファー、しかし、まったく効いている様子は無く、傷一つついていない。
アストライアは構わずにもう一度フリストを振るが、やはり傷も何もついていない。
一先ず間合いを取って冷静に今の状況を考えるが、おかしな点は何一つない。
「そんなにおかしいか?」
「………………神技?」
「ご名答、それだけ気付けば自分に勝ち目が無い事くらい分かるな?」
アストライアは無言で構えた、それはルシファーの問いかけに対する抵抗、そして強い心を持った神選10階であるアストライアの意志そのものである。
ルシファーは両手に髭切を顕現し、アストライアに向かって走り出す。
お互い両手に獲物をもっているために息もつかせない素早い連撃、クレイモアという大剣を軽々と振り回すルシファー、体と獲物の身軽さを使い舞うように戦うアストライア。
どちらが攻撃でどちらが防御かも分からないような手数、素早い戦いならアストライアのフィールドらしい。
「エクスプローション【爆発】」
ルシファーは大きく振り上げた髭切を振り下ろす、完全に予期していなかったアストライアはヒルドで防ぐ形となった。
凄まじい爆発に押し潰されそうになるが、なんとか堪えてフリストの切っ先ルシファーに向けた。
「………エクステンション【延長】」
伸びたフリストをルシファーは何とか避けようとするが、避けきれずに肩口を切り裂かれてしまった。
神技の同時発動が出来るのはククルカンとベルゼブブのみ、つまりエクスプローション【爆発】を放った瞬間にプロテクティブ【防護】は解除されたという事。
しかし傷を見れば一目瞭然、身体中に火傷を負ったアストライアと肩を切られたルシファー、圧倒的に幼いアストライアの方が体力の消耗が激しい。
「俺に傷を与えたの誉めてやろう、だが、逆鱗に触れた事を後悔しろ!」
アストライアはその気迫に一瞬怯えてしまった、その隙に近寄るルシファー、アストライアはフリストを構えると再びルシファーに向ける。
「……エクステンション【延長】」
「学習をしろ」
ルシファーは伸びてきたフリストを軽く避け、素手で掴むと怪しい笑みを浮かべた。
「コラプス【崩壊】」
長くなったフリストにヒビが入り、ガラスのように粉々に砕け散った。
アストライアは絶望に顔を歪め、泣きそうになりながらもヒルドを体に巻き込む。
「…………ミーティア【流星】」
「だから甘いと言っているだろ!」
光の円盤は髭切によって軽々と打ち消されてしまった、コレが気迫と殺気の違い、アストライアに大きく欠如していたもの。
「…………………阿修羅、…………メルポメネ」
「戦いでは誰も助けには来ない、神選10階にもなってまだそんな甘えが残っていたのか」
ルシファーは髭切を振り下ろすと、アストライアはヒルドで何とか防ぐが、既に反撃をするだけの気合いも力も残っていない。
「弱かった自分を恨め」
ルシファーはアストライアの首を掴むとそのまま持ち上げた、アストライアの目からは涙が溢れ落ち、戦意どころか生に対する執着すら失われてるように思える。
ルシファーは近くにあった木にそのままアストライアを叩き付けた、押し付けるようにしてアストライアを睨む。
「アスラが貴様の死を知ったら悲しむと思うか?」
アストライアは頷こうとするが動けず、言葉を発する事も出来ない。
「今のアスラには男の事しか見えていない、一人の男のタメに世界を捨てたアスラが貴様ごときの死を悲しむと思うか?」
「…………あ、しゅら、やさ、しい」
「貴様の知っている‘阿修羅’はもういないんだよ、いい加減目を覚ませ」
ルシファーは更に妖しい笑みでアストライア睨んだ、そして、反対の手に持った髭切を体の後ろまで引く、それはアストライアからもしっかりと確認出来る。
「仲間達も貴様の後を追う事になるだろう」
ジャングルの中に黒い大きな穴が空いた、そこからはサラスヴァティーを握ったダグザと承影を握った祝融が出てきた。
二人とも警戒していつでも動けるような状態、臨戦体勢、そして黒い穴が閉じる
「誰もいないぞ」
「おかしいヨ、確かにルシファーココにいたハズ」
「そうか、過去形なのか」
「そ、それは………」
ダグザは踵を返して祝融を見ると顔が青ざめた、否、祝融の奥にある一本の木だ。
「あ、…………ぁあ、あ……ぁ」
「どうしたんデス――!?」
祝融がダグザの視線をたどって振り向くとそこには人、だったもの、つまり死体、木に磔にされた人。
それは先ほどまでルシファーと戦っていたアストライア、心臓を髭切で貫かれそのまま木に髭切ごと突き刺されている、まるで標本のように。
「クソがぁ!!!!」
ダグザが近くにあった木をサラスヴァティーで殴ると、サラスヴァティーは爆発をして木を薙ぎ倒した。
その光景に祝融は顔を驚きに歪める、怒りによる神技の暴発。
「だ、大丈夫デスか?」
「次に強い奴は誰だ!?」
ダグザの叫び声に祝融は怯んでしまった。
「…………答えろ」
「つ、次はベルゼブブネ」
「行くぞ」
「こ、コイツは!?」
「時間がない、早くしろ」
祝融は急いで穴を開けるとダグザは何も言わずに駆け込んだ、祝融も後を追って駆け込む。
そして穴は閉じて再びジャングルに静寂が戻った、磔にされたアストライアは息もせず、傷口から大量の血を流して静寂を守っている。