35:リベンジ
Unknown
中国のお城のような場所、そこには日本で言うなら御前試合をするような広場。
そこをポケットに手を入れながらジャリジャリと小石が敷き詰められた広場を歩くダグザ、その目はただ一点を見ている。
目の前の悪魔、ダグザならそれが誰だから一瞬で理解出来た。
ダグザが滅多に見せない笑顔を作り悪魔に近付く、悪魔はフードを取る、吊り目気味で髪の毛は三編み、ダグザが一度完膚無きまでに負けた波旬。
ダグザは笑顔で腕輪に触れる、得物はトンファー、名はサラスヴァティー。
「またお前ネ?」
「感謝しろ、更に強くなって帰ってきた」
「それがどうしたネ、朕はまだまだ本気出してないヨ」
「貴様の得物が棍ではなく三節棍、それだけ分かれば充分だ」
波旬は計算済みと言わんばかりの笑顔で腕輪に触れた、得物は三節棍、名は承影。
波旬は承影を振り上げると地面に向かって振り下ろす、途中で承影は大きくしなり、否、3等分されて鎖で繋がれている。
そのまま地面に叩き付けると地面があり得ない程えぐれる。
「三節棍は力を倍増させるネ、分かっていても防げないヨ」
「そうか、なら戦う前に質問だ、貴様自分の事を『朕』と言ったな?貴様は女だからこの一人称はおかしい、何故だ?」
「知りたいなら教えるヨ、朕が悪魔になる前は一族の長の一人娘ヨ、親父が男として使えないから朕一人しか産まれない、でも中国は男じゃない長ダメネ、だから朕は男として育てられたヨ、その時のクセが抜けないだけネ」
ダグザは黙ってその事を聞いていた、そして構えて戦闘に移ろうとするが。
「待つネ、朕だけ話すは平等じゃないネ、お前も話せ」
「まぁ良いだろう、俺は国営のスパイをやっていた、表の裏の世界の深い部分に関与していた、貴様らチャイナや隣のジャパン、そしてUSAやロシア、UKフランス、それらの経済成長をコントロールしてうちの国が安定した位置を保つ事に関与していた」
「つまり影で世界を操ってたって事ネ?」
「まぁそうなるな」
「更に裏の世界に来た事後悔するネ!」
波旬は承影で片手で持つと走り出した、ダグザはサラスヴァティーを強く握って構える。
波旬が承影を振り上げると、承影は3等分に鎖で繋がり折れる、すさまじい勢いで振り下ろすが、ダグザは回転させたサラスヴァティーでいなすと、深く踏み込んで波旬のみぞおちに狙いを定める。
「遅いネ!」
波旬はダグザの腕を蹴り飛ばすと跳び上がり、蹴った後の遠心力を殺さずに軸足でダグザの頭を蹴ろうとした。
「貴様も甘い」
ダグザは両手を地面につくと、下から波旬の足を蹴りあげた。
「エクスプローション【爆発】」
素早く体勢を立て直すとサラスヴァティーを腰だめで構え、着地しきらない波旬を殴った。
凄まじい爆発と共に波旬は吹き飛ぶ、地面に体をこすりつけながら勢いが弱まり、最後は承影を地面に突き刺して止まった。
「痛いヨ」
波旬は立ち上がるとダグザを睨んだ、地面に叩き付けられたのに擦り傷が少なく、擦り傷以外の外傷は皆無。
つまりエクスプローション【爆発】によるダメージはゼロということ、その代わりに承影から煙が上がっている。
「まだまだネ」
「それくらい分かっていた」
「だからどうした?分かったからって変わらないヨ」
波旬は承影をぐるりと回して構える。
「インフェルノ【烈火】!」
承影は燃え上がる…………、というよりは承影の周りを薄い炎が纏ったような状態、承影が真っ赤に染まったように見える
「ヘリオスのとは違うな?」
「同じヨ、ただアイツは‘燃やす’事重視しただけ、朕は違うよ」
波旬は承影を片手で持って走り出す、今度はダグザも走り出して相対する。
先に仕掛けたのはダグザ、最後の一歩で深く沈み、全体重とダグザの脚力、そして腕力を乗せた一発を波旬に放つ。
恐らくこれほどの条件とダグザの無駄が省かれた動きから繰り出される一撃は相当なモノになるはずだ。
そして…………
「エクスプローション【爆発】!」
更に威力を増させる神技、恐らく防いだとしても腕が使い物にならなくなるだろう。
「だから甘いネ」
波旬がダグザのサラスヴァティーを受けると大きな爆発が起きる、波旬のインフェルノ【烈火】の炎を借りて勢いを増す爆破。
しかし波旬はその場に立っている、それどころかダグザの手に伝わる‘殴った’という感覚が鈍い。
ダグザは警戒して間合いを取ると、サラスヴァティーが視界に入った。
「…………そういう事か」
サラスヴァティーはドロドロに溶け、持ち手だけになっている。
「ヘリオスの‘燃やす’エネルギーを全て‘溶かす’エネルギーに集約したのか、だからディアンギットの鉄をも軽々と溶かす。
メルポメネのラフスキン並に面倒だ、だが得物が当てられない戦いはメルポメネで体験済みだ」
ダグザは持ち手だけになったサラスヴァティーを捨て、腕輪に触れて新たなサラスヴァティーを握った。
そして音もなく走り出すと波旬はそれに応じて構える。
ダグザは素早い一撃を放つが承影に当たる寸前で引く、そして反対のサラスヴァティーで再び素早い一撃を放つ。
波旬はまたかたという呆れた表情で波旬を押し出すように防御体勢に入るが、ダグザの手だけがその場で静止して、体は移動を続け波旬に近付く。
腰で構えたサラスヴァティーで波旬の頭を薙払おうとしたが、止めていた手がぶれたタメに一旦間合いを取った。
ダグザは不思議そうな顔をしてサラスヴァティーと波旬を交互に見る。
「どうしたネ?来ないならこっちから行くヨ!」
波旬は承影を持って走り出す、ダグザは仕方なく構えて波旬の動きに集中した。
波旬は跳び上がり、不必要なまでに承影を振り被る、ダグザは疑問に重いながらも、振り下ろされた承影を体をずらして避けた。
そしてがら空きになった波旬を殴ろうとしたその時、小さな炎の竜巻が承影から放たれた。
ダグザは急な出来事で避けきれず、右腕の肘から下を火傷しながらもなんとか波旬との間合いを取った。
「そういう、ことか、………熱による、気流の変化、そして、炎の、巻き上げる、力を、利用して、小さな、火災旋風を、起こした、訳だな?」
「カサイセンプウ?まぁそんなとこヨ、でもお前ボロボロネ、そんなんじゃ朕に勝てないヨ」
「あぁ、そうかもしれない」
ダグザは目を閉じた。
「フォーサイト【予知】」
何も変わらない外見、しかしダグザの見える世界と常識は確実に変わっている。
「それの弱点、それは知らない事は分からないネ、朕はまだ神技隠してるヨ」
「知らん、もう終らせる」
ダグザは火傷した右手でサラスヴァティーをしっかりと握り走り出した。
殴りかかるがそれは気流の流れであらぬ方向に曲がってしまう、しかしダグザの世界でそれは計算済み。
全てを計算して動いているダグザだが、波旬が圧倒的有利なのには変わりない。
触れたらならば得物が溶けてしまう、防いでもしかり。
「どうしたネ?そんなもんネ?」
「いや、今分かったところだ」
「何か分かったところで関係無いネ、朕の方が強いヨ!」
ダグザは瞬時に間合いを取った、しかしその間合いも波旬に簡単に埋められてしまう。
それに全く憶さずにむしろニヤリと笑っている。
「エクスプローション【爆発】」
ダグザは力の限りサラスヴァティーを地面に振り下ろした、凄まじい爆発は地面をエグって波旬の視界を砂塵で覆った。
「フォーサイト【予知】」
「卑怯ネ!」
「誰かがいつも言っていたな、卑怯とは弱者が使う言い訳だ、と」
ダグザは波旬の横に回るとサラスヴァティーを振り上げる、そしてダグザは頭を打ち抜こうとしたが、ダグザの目は波旬の僅かな動きを捉えた。
今殴れば急所を外すばかりではなくカウンターを受けるかもしれない、ダグザはコンマ1秒の世界で瞬時にそれを理解した。
そしてダグザは波旬の手を殴り、承影を叩き落とす。
「やっぱり一筋縄ではいかないネ」
波旬は素早い動きでダグザの両手を捻る、ダグザは耐えかねてサラスヴァティーを落とす。
ダグザは構わずにハイキックを放つが、波旬は体を退け反らせてかわし、体を前に出す反動を利用して掌でダグザの顎を打ち抜いた。
ダグザは後ろに倒れるが、手を着いて足を振り上げた、ダグザの足は波旬の顎を蹴り上げダグザバック転して着地する、波旬は何とか踏ん張りダグザを睨んだ。
お互い脳が揺れて意識が飛びそうだが、奥歯が砕けんばかりに噛み締めて何とか立っている。
「初めてネ、ココまで痛い初めてネ!」
「何もかも上手く行くと思うな、一度勝利した相手程恐ろしい相手はいない、理解しておけ」
「理解したヨ、だから今度こそ殺すネ」
波旬は腕輪に触れようと手を動かしたが、5m程の距離を一瞬で詰め、波旬の手を掴んで睨み、そのままお互いの目の距離が近付く。波旬がそれを理解した時にはダグザの額で波旬の額を打ち抜かれていた。
「ず、つき?」
波旬は完全に脳が揺れ、気を失ったまま後ろに倒れた。
波旬が目を覚ますまでそれほど時間はかからなかった、波旬の視界に最初に入ったのは額から血を流すダグザ。
波旬は諦めて体を動かそうとはしない、ダグザはあぐらをかいて波旬を見下している。
「さぁ、何が聞きたいネ?」
「聞きたい事はない、ただ他の奴らの所に行かせろ、一番強い奴の所だ」
「お前そんな奴だったネ?戦いあんまり好きじゃない思ったヨ」
ダグザは軽く鼻で笑った。
「あぁ、戦いってのはあまり好きではない、だが仲間は大切だ、助けに行く」
「そうネ、じゃあ一番はルシファー様ヨ」
波旬が軽く腕を上げると黒い穴が開く、ダグザは辛そうに立ち上がる、そしてそのまま何も言わずに立ち去ろうとしたが…………
「待つネ!」
波旬が片膝をついてダグザのズボンの裾を掴んでいる、ダグザはそのまま冷たい目で何かを求めるような波旬を見下ろす。
「何だ?まだ何か用か?」
「殺すネ、朕を殺すネ!」
ダグザの表情は変わらず、波旬の手を振りほどいて波旬に目線を合わせる。
「俺は人を殺さない」
「戦いに負けて生きて帰るの恥ネ!それなら死んだ方がましヨ!」
ダグザは若干顔をしかめた、無駄な事、不必要な事が嫌いなダグザに無駄な殺生とは頭が痛い事だ。
「………殺すネ、生き恥は、嫌ヨ」
「俺は殺さない、死にたいなら勝手に死ね」
「自分で死ぬの弱虫やる事ネ!朕は誇り高き一族の長ヨ!」
波旬は怒りをむき出しにしてダグザの胸ぐらを掴んだ、ダグザは全く気にせずに手を払い、立ち上がった。
「貴様のプライドなど知らん、俺のプライドが傷付く、その命好きに使え、もう一度俺に得物を向けるようなら、もう一度生かしたまま地にひれ伏させてやる」
ダグザはそのまま背を向けて黒い穴に向かった、そして波旬が立ち上がる音が聞こえる、じゃりじゃりと歩く音が…………遠ざからない。
ダグザはすぐに異変に気付き振り返るとやはり波旬がいる。
「背後から殺すか?確に誇り高き一族だな」
「違うヨ!」
波旬は初めてプラスの感情がこもった顔をする、その表情は‘恥じらい’。
「ち、朕の命、この体、お前自由に使うネ、お前は、朕のご主人様ヨ」
波旬は真っ赤な顔で伏し目がちに言う、ダグザは嫌な笑みを浮かべる。
「それが主人に対する態度か?」
波旬はハッとして片膝を地面に着けて頭を下げた。
「朕の―――」
「朕?貴様、いつまで高貴なご身分でいるつもりだ?」
ダグザはこのやりとりを楽しんでいるが、波旬は今にも泣き出しそうな顔でダグザを見上げる。
戦いの時とは全く違う、年相応の少女のような顔、悪魔というよりは天使の方が近い、そんな無垢な顔だ。
「ワタシの命、そしてこの肉体、自由に使って下サイ」
「俺の名前はダグザだ、行くぞ祝融」
「シュクユ?」
「貴様の神の名前だろう火神祝融、俺に神に戻る一つの仮説がある、だからもう波旬と名乗る必要はない、分かったな祝融?」
「…………祝融」
「返事が無いぞ?」
「は、はい!ダグザ様!」
祝融は涙を拭って歩き出すダグザの後ろを追った、その涙は忘れていた何かを取り戻した嬉し涙。
二人は黒い穴に入って行くと、世界が砕け散って真っ白な世界に変わった。