34:最強の戦い
Unknown
殺伐とした風景、正常な姿をした物が何もない荒地、しかし、そんな異様な風景をも似合うタナトス。
大鎌であるスケイルを担ぎながら歩くその姿は、まるで誘き出す側、地獄を見回る番人のようだ。
暫く歩くと人が立っている、赤黒いローブだけでも分かるその体の大きさ、そして屈強な体つき。
悪魔がフードを取ると、タナトスは思いっきり口角を上げる、悪魔は無表情のままタナトスを見ている。
「最高だぜ!これは大当たりだな!」
「大ハズレ」
「いや、大当たりだぜ、オーディンさんよ」
「否、エリゴス」
そう、タナトスの前に立っているのは元オーディン、そして現エリゴス。
「俺様は強いぜ?」
「同じく」
「テメェとは格が違うんだよ、俺様は本物の死神だぜ、俺様は最強なんだよ」
タナトスはスケイルを構える、エリゴスは腕輪に触れた、得物は十字槍、名はグングニル。
先に動いたのはタナトス、スケイルを片手で持って走り出した。
ぶつかり合うスケイルとグングニル、何度も繰り返し飛び散る火花、薄暗い荒地に火花が舞う度、得物が光るように反射する。
タナトスがスケイルで横薙に払おうとするが、エリゴスはグングニルを地面に突き立て防ぎ、がら空きのタナトスを殴ろうとする。
タナトスは体を回転させて拳を避けると、そのまま勢いを殺さずに上段回し蹴りでエリゴスの頭を蹴り飛ばした。
エリゴスは完全に倒れる前に、地面に手を着いてそのままタナトスとの間合いを取る。
「おいおい、随分弱いじゃねぇか、…………いや、俺様が強くなったのか?貴様は弱くねぇな」
「油断」
「あぁ、良い言い訳だな、油断っていうのは弱い奴がやる事だぜ、最強ならなら最弱相手にも全力を出すもんだ、違うか?」
タナトスの問いかけに初めて笑みを作ったエリゴス、タナトスも不気味に口を開けて笑う。
「悪い、戦うに値しなかった」
「あぁ?」
タナトスは怒りに任せて走り出した、片手で一本大きなスケイルを振り回すタナトス、しかしエリゴスもグングニルを片手で振り回す。
タナトスはエリゴスの足を斬り払おうと足首を狙い、スケイルを振るが、エリゴスは跳び上がりそれを軽々と避ける。
しかしタナトスはスケイルを切り返し、スケイルの背で殴るが、エリゴスは素手でスケイルを受け止め、グングニルをタナトスに向けた。
「エクステンション【延長】」
タナトスは横に避けたが間に合わず、脇腹を深く切り裂かれてしまった。
エリゴスと間合いを取って脇腹を抑える、額には汗を溜めてただでさえ白い顔を、青白くしてエリゴスを睨んでいる。
「弱者、ひれ伏せ」
「死なねぇ、俺様は死神だ!」
「死ぬ神か」
「違う、死を提供する神だ」
「関係ない、死ね」
エリゴスは空中にグングニルを放り投げた、タナトスはその何が起こるか分からない光景を、ただ眺める事しか出来ない。
「フロート【浮遊】」
グングニルは空中でピタリと止まり、動かなくなった。
「開始」
エリゴスが軽く腕を振ると、グングニルがタナトスめがけて飛んで来た。
タナトスはグングニルを軽々と打ち落とすが、グングニルはすぐに切り返してタナトスに襲いかかる、タナトスはギリギリで避けるが、グングニルの猛攻は止まらない。
「カット【切断】」
タナトスは黒く光るスケイルでグングニルを両断した。
「少し様子見てれば調子に乗りやがって!」
「同じく」
「はぁ?」
エリゴスはグングニルに取り出す、しかしそれは一つではなく、無数に浮遊するグングニル。
「さすが悪魔だな」
タナトスは冷や汗を浮かべながらスケイルを構えた。
グングニルはタナトスを包囲するようにに散らばると、一斉にではなく、徐々にタナトスに襲いかかる。
タナトスはグングニルを斬り刻むが、全てとはいかずに体に小さな傷を作る、エリゴスは一歩も動かずにタナトスを見ているのみ。
「動けよ!俺様が死ぬのを見てそんなに楽しいか!?」
「あぁ、楽しい」
タナトスは唇を噛んだ、このままでは確実に殺されてしまう、しかし今のタナトスには成す術が何もない。
タナトスが必死に斬り刻んでも、グングニルは全く減らずにタナトスに襲いかかる。
タナトスの体がボロボロになり、動いてるだけでも不思議な程の傷。
「死なないな」
「あたり、まえだ、しねない、……んだ、…………よ」
タナトスはそのまま倒れてしまった、グングニルは攻撃せずに包囲したまま止まる。
身体中から血を流しながら倒れているタナトス、しかしエリゴスは得物を消さない、それはタナトスの得物が消えていないからだ。
「起き上がれ、弱者」
「………………くねぇ」
タナトス指がピクリと動く、ゆっくりとスケイルを握り、体に近付けた。
フラフラになりながら立ち上がり、スケイルに支えられながら立っている。
「………死なねぇ、まだ、死ねねぇ、んだよ」
「そうか、最後だ」
「テメェには負けねぇって言ってるだろ!」
タナトスはスケイル刃の根本で持ち、切っ先を自分に向けてニヤリと笑った。
「自害か、愚かだ」
タナトスは力を入れ、スケイルを自分に突き刺した。
「シンクロ【同調】!」
スケイルは真っ黒な布のように大きく広がると、タナトスの全身を真っ黒に包み込んだ。
「何をした?」
波打つように震え始めたタナトス、そして、腕が真っ黒な腕が突起すると、大きく開き、手を開いた。
真っ黒な腕が肌の色に変わるのと同時に、真っ黒なスケイルが2つ現れ、タナトスの手が握った。
「コロシテヤル」
タナトスはグルリと回ると、ボロボロの真っ黒なローブをはおり浮遊しはじめた。
足は見えず、フードの奥は闇で何もない、腕だけが人間のものに思える。
「何だ、それは?」
「シンクロ【同調】、オレハシニガミニナッタ」
「ありえるのか?」
「チカヅキスギタンダナ」
「死神にか」
シンクロ【同調】、それは神徳に近付きすぎた者が、本物の神を体に顕現してしまい、限りなく神になる事だ。
つまり、タナトスは本当に死神になった、死というものに色々な意味で近付いた結果、死神と化してしまった。
「ハジメヨウゼ、コロシテヤルヨ!」
タナトスは浮遊したままエリゴスに近付く、しかしグングニルがタナトスに向かう。
タナトスは両手のスケイルでグングニルを斬り刻む、素早い動きに加え、自由に動くタナトス、それに当てるのは至難技だ。
「ドウシタ?モウオワリナノカ?」
「卑怯」
タナトスはグングニルを斬り刻み、避けながら笑った、声だけが笑っている不気味な状態。
「ヒキョウカ、マサカオマエカラソンナコトバガデルトハナ!」
「何故?」
「タシカニヨワイヤツカラシタラヒキョウダロウナ?ダガコレガオレノチカラダ」
「しかし、愚か」
タナトスが慌てて周りを見ると、グングニルに完全に包囲されていた、エリゴスに気を取られ、自分の置かれている状況を把握できなかったのだ。
「戦い中、気を抜くな」
「ソレデカッタツモリカ?」
一斉にグングニルがタナトスに向かう、花火が縮まるように、タナトスを襲うグングニル。
タナトスはスケイルを戻すと、ローブの中に腕をしまった。
そして、グングニルが当たる瞬間、タナトスから黒く細長い布のようなものが現れ、全てのグングニルに巻き付いた。
「何?」
「オレサマヲコロシタイナラ、シヲコエルンダナ」
その瞬間、グングニルが紫色になり、全てが崩れ落ちた。
全てを斬り刻み、全てを腐らせる、まさに死というものを体に宿した神、否、悪魔をもが恐る恐怖の存在であろう
「人間、捨てたか」
その瞬間タナトスが地面に叩き付けられたかと思うと、影のように地面に溶け込み素早く移動し、そしてエリゴスを這上がるように影のようなタナトスが伸びる。
顔だけエリゴスから出すと闇色の顔でエリゴスを見た。
「タシカニコッケイナスガタダゼ、デモタスケナキャイケナイヤツガイルンダヨ」
「落ちぶれた」
「オレサマノナニヲシッテル!?」
タナトスはエリゴスから離れてスケイルを両手に顕現した。
エリゴスもグングニルをいくつか浮遊させてタナトスの出方を伺う。
「来い、死神」
タナトスは凄まじい速さでエリゴスに近付く、エリゴスはグングニルを放ち応戦するが、腐らされたり斬り刻まれたりしてタナトスには到底及ばない。
そしてタナトスの体から無数のヒモが伸びる、全てがグングニルを無視してエリゴスに向かう。
エリゴスは足下に来たヒモをバックステップで避けるが、他のヒモがエリゴスの横から襲いかかる。
グングニルを盾にして逃げるが、逆側から来たヒモに足を掴まれてしまった。
「マダコロサネェヨ」
タナトスはそのままエリゴスを何度か地面に叩き付ける、エリゴスは受け身を取る余裕もなく吐血した。
そのままエリゴスを上空に投げ飛ばすと、エリゴスを追ってタナトスも上昇する。
「バラバラダ」
「フロート【浮遊】!」
タナトスがスケイルを振るが、エリゴスの体は不自然な動きをしてタナトスから離れた。
そして重力を無視して浮いている、タナトスはともかくエリゴスは人間だ。
「理解した」
「シンギノタイショウヲジブンニシタノカ」
「ご名答」
「カンケイナイ」
タナトスは気にせずエリゴスに向かう、エリゴスも出来る限りのグングニルでタナトスを止めようするがタナトスは止まらない。
「愉快、実に愉快だ」
「キグウダナ、オレサマモダ」
いくらホーリナーといえど常軌を逸した戦い、浮遊し、いくつもの得物が辺りを飛び回り、その得物の残骸が雨のように地面に降り注ぐ。
エリゴスの突きをタナトスはグングニルを斬り刻み防ぎ、エリゴスは素早く避けるが、タナトスはスケイルを投げた。
「甘い」
スケイルは不自然な動きをしてあらぬ方向に飛んで行った。
「テキニマデエイキョウヲアタエルノカ」
「否、神には通じぬ」
「ダカラオレサマフツウニタタカエルノカ」
タナトスは素早い動きで近付きスケイルを両手で振り上げた、エリゴスはそれをただ見つめることしか出来ない。
そしてタナトスが振り下ろそうとするがスケイルが全く動かない、タナトスは軽く首を傾げた。
「メンドウナコトヲオボエヤガッテ」
「勝利」
エリゴスはグングニルでタナトスを貫いた、確かな人を貫く感触、そしてフードの中の闇が徐々に晴れ、口から血を流して青白い顔をしたタナトスが現れた。
「まダ、死ねネェンだヨ」
タナトスの体からヒモが伸びてエリゴスの体を覆った、ほんの数秒、その後にタナトスを貫くグングニルが消え、ヒモが取れると原形が分からない粒のような物が落ちた。
完全に体を腐食されたエリゴス、そしてタナトスも力尽きたように落ちる。
落ちる途中でローブが剥がれ青く長い髪の毛のいつものタナトスが現れた。
「あ、………しゅ、ら」
人形のように地面に叩き付けられるのと同時に、世界が割れて白い世界と化す。
タナトスは腹から血を流して動かない、白い世界に一人倒れるタナトス。