33:信頼
Unknown
大きな道が果てしなく続いている、その脇には歪な形をしたビル郡が隙間だらけで建っている。
そしてそこを凛とした姿勢で歩くメルポメネ、その視線の先には黒いローブを着た悪魔がいる。
メルポメネの歩いて来た後にはラフスキンで削られた跡が残っている、全てを削りながら歩いて来るメルポメネ。
悪魔はメルポメネが立ち止まるとフードを取った、メルポメネと同じようにブロンドの髪をした、メルポメネのとは違いキツイ印象のベリトだ。
ベリトは若干の落胆と共に腕輪に触れる、得物は無定形、名はグラム。
腕輪に触れたのに何も出ないのを不信に思い、メルポメネはラフスキンを握る手に力が入る。
「得物は何処ですか?」
「定形がないだけだ」
「そんなのがありえるんですか?」
ベリトの手には銀色の液体が流れ出し、一瞬にして形を成した、その形は三叉の矛。
「そういう事ですか、それなら私も同じですね」
「そんな布きれと同じにするな」
「ハードゥン【硬化】」
メルポメネはラフスキンを軽く動かしてラフスキンの形状を変える、そのまま固まった時、ラフスキンは棒の形を成していた。
「真似事だ」
「そうだとしても私は全てを削るヤスリ、それに貴女も真似事じゃないんですか?」
ベリトの顔が引き吊る、そう、ベリトが持っている三叉の矛はユピテルのトライデント、神選10階であるメルポメネが気付かないはずもない。
ベリトにとってユピテルは僅かな希望でもあり、完全な悪魔になる条件でもある、少からずベリトにとってユピテルは特別だった。
「貴女を殺したらユピテルは憤怒するでしょうね」
「生かすのか?それとも奴の逆鱗に触れるのか?」
「殺します、貴女は私に刃を向けている、そしてユピテル最大の弱点、彼に非情さを教えるためにも私は貴女を殺します」
「奴は私が殺す、でなければ私が生きた意味がない、故に貴様は私が殺す」
二人の得物を握る手に力が入った瞬間、同時に走り出した、激しい火花を散らせて交わる得物、徐々に徐々に削れるグラム、それを察知してベリトは一旦間合いを取った。
「厄介だ」
グラムはすぐに修復されるが、ほんの一瞬交わっただけでこれだけの損傷、長期の打ち合いは劣勢に立たされるだけと理解した。
「どうしました?顔色が悪いですよ」
「貴様のその張り付けたような笑顔に吐き気がしただけだ」
メルポメネの顔が若干引き吊る、常に笑顔のメルポメネに常に無表情のベリト、心情が分からないのはどちらも同じ。
ベリトは三叉の矛を片手で持つと、若干短くなり同じ長さの矛をもう一つ作り出した。
「始めよう」
「そうですね」
二人は同時に走り出す、ベリトは二振りの三叉の矛で交互に攻撃し、削られた得物を修復する時間を作る。
メルポメネはなるべく力を込め、出来るだけベリトの得物を削ろうとする。
「即席なのによく得物を使いこなしますね」
「貴様の真似事とは違うからな」
そう、削られさえしなければベリトの圧倒的優勢、メルポメネが圧してるようにも見えるが、ベリトがあと一歩踏み込めないだけ。
しかしベリトもこれ以上削られると修復が間に合わなくなる、気を抜いた方が負ける。
自然とお互いの額には汗が溜っていく、精神的疲労に押し潰されそうになりながらも、生きるため殺すために負けられない。
「ユピテルが来るのを待ってるんですか?」
「―――――!」
メルポメネの一言で同様し、ベリトの体に切り傷とも言い難い痛々しい傷が出来る。
ベリトは慌てて間合いを取ると、メルポメネは不適な笑みを浮かべてベリトを見る、明らかな同様が分かる。
「この戦いでユピテルは生き残れませんよ」
「…………………………」
「彼は優しすぎる、だから甘すぎる、敵と味方の区別もつかない子供にこの戦いは重すぎたのよ」
「………だからどうした、私は奴を信じる」
「は、はは、ハハハハハハハハハ!」
メルポメネは声高々に笑い始める、ベリトは殺気を込めてメルポメネを睨むが、メルポメネの笑いは納まるところをしらない。
「敵を信じるなんて、貴女も愚かですね」
「誰も信じられない貴様よりは数倍ましだ」
メルポメネの笑い声が張り付いた笑顔に変わる、それを好機と思い、ベリトは更に追い討ちをかけた。
「人を信じれない奴は自分をも信じられん、ただ、正義というモノを信じるのはさぞ楽だろうな、任務をこなす、それだけで良いのだからな」
「何が言いたいんですか?」
「正義など曖昧なものにすがりつくくらいなら、自分の力や敵を信じた方がましだという事だ」
メルポメネの顔から笑顔が消えた、確かにベリトが言ってる事は的を射ている。
神選10階という、一方的な正義だけにすがりつき、任務や元帥、元老が全てになっている。
「貴女に何が分かるんですか?人は信じれば裏切られます!でも、正義だけは決して裏切らない!」
「弱いな、人を信じられない人間に人は守れない」
「私が守りたいのは人じゃない」
「自分自身か、何とも愚かだ」
メルポメネは唇を噛んだ、そして悔しさを隠そうと走り出す、しかしその動きはワンパターン且つぎこちない、動き一つ一つが躊躇っているように思える。
ベリトはメルポメネの得物を左右に振りながら、メルポメネの出方を伺う。
そして、メルポメネに出来た大きな隙、それを見計らってラフスキンで出来た棒を三叉の矛で絡み付け、遠くへ弾き飛ばした。
「終わりだ」
得物がラフスキンの手袋だけになったメルポメネにベリトの突きを防ぐ術はない、真っ直ぐ心臓に向かう三叉の矛。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」
三叉の矛が三叉の矛を叩き付け、絡み合って地面に突き刺さる三叉の矛、そしてその横に落ちるように着地したユピテル。
その瞬間ベリトの顔から初めて笑顔が作り出された。
「また失敗だぁ、まぁギリギリ成功でもあるなぁ」
「ユピテル、何故貴方がココに?」
「約束を守りに来だんだぁ」
ボロボロの体のユピテル、それが物語るのは壮絶な戦いの後、体は火傷やら打撲やらで痛々しい、所々筋肉が切れて内出血し、それが皮膚から滲出ている。
「誰だ?貴様誰と戦った?」
「アナンガ、今はアスモデウスだったかぁ?」
メルポメネとベリトの顔が一瞬で変わった、そう、それほどアスモデウスは強い、近付かれたら誰も勝ち目が無いくらいだ。
「貴様、そこまでして………」
「当たり前だぁ、約束したべ?絶対にオメェをホーリナーに連れ戻すって」
ユピテルはメルポメネに背を向けてベリトの涙を拭った、ベリトは意地を張って振り払おうとするが、本当に払おうとはせず、当てるだけに等しい。
メルポメネはベリトを羨んだ、敵を信じた末に助けられた、そして、ユピテルが救ったのは信じたベリトだけではない。
あのままだったらメルポメネの命は無かったであろう、ユピテルは一瞬で全てを救ってしまった。
しかしそれがあらぬ方向へ歪んでしまう、憎悪と羨望が入り混じる不思議な感覚に。
「さぁ、帰るべ、元帥にも話をつけてあるがら大丈夫だぁ」
「ユピテル、何を考えてるんですか?そこにいるのは敵ですよ、殺すのが妥当じゃないんですか?」
「まだそんな事言ってるのかぁ?ベリトはもう敵じゃねぇ、メルポメネもベリトもお互い傷付けるんでねぇぞ」
「仕方がない、罰でも何でも受け―――」
「嫌です」
メルポメネはユピテルを押し退け、ベリトに向かう、ベリトは反応出来ずにただ呆然と目の前の光景を見るだけ。
メルポメネのラフスキンの手刀はベリトの赤黒いローブと共に、心臓を貫いて、文字通りその手でベリトの鼓動を絶った。
「ベリト!」
辺りの風景がガラスのように砕け散り、辺り一面が真っ白な空間になる、その中には黒い穴で出来た出口が口を開けている。
ユピテルは走ってベリトに向かい、軽く抱き上げた、即死、胸にぽっかりと空いた穴から血が流れ出す、心臓が無いので鼓動も何も無い。
「な、何んて事をしたんだ!?」
「敵を殺しただけですよ?何でそんな怖い顔をするんですか?」
「許さない、お前がやってる事は絶対に間違ってる!」
ユピテルは地面に刺さった三叉の矛、トライデントを抜いて構えた、その光景を目を見開いて見るメルポメネ。
ユピテルの髪の毛は逆立ち白い眼が露になる、雷神の力が怒りに呼応し、バチバチとユピテルの体から漏電しはじめた。
「何で仲間の俺の言う事が信じられない!?何で俺を信じなかった!?」
「貴方が甘いからですよ」
「おかしい、お前の考え方はおかしい!」
ユピテルはトライデントを握る手に力を入れた、メルポメネは歩いて近くに飛ばされた棒を取る。
「私に刃を向けるなら、返すまでです」
メルポメネも構える、お互い信念を突き通した結果、仲間同士で刃を向ける事になった。
先に走り出したのはユピテル、常軌を逸した速さで動くユピテル、トライデントの動きも普通ではない。
ユピテルの上段からの振り下ろしを防ぐが、がら空きになった腹を蹴り飛ばされた、そのままトライデントを横薙に払う、メルポメネは体を翻してギリギリで避けたため、腹を軽く切ってしまった。
「流石アナンガを殺しただけありますね」
「殺してない!動けなくしただけだ」
メルポメネの動きが一瞬止まった、故にユピテルの突きを避けきれずにトライデントが肩を貫いた。
「殺さなくても戦いは終わる!そんなのも知らないお前は殺しを楽しむタナトスよりも残酷だ!」
「違います、私にとって敵は敵なだけです」
「敵なのはダークロードだけだ!人を平気で殺せるのは正義でもなんでもない!」
ユピテルとメルポメネの攻防はユピテルが圧倒的有利だ、しかしユピテルも気付いている、体が徐々に動かなくなっている事に。
怒りに身を任せてるユピテルは相手を生かすという事を忘れている、メルポメネの体は傷付き、全てメルポメネが避けているため、致命傷は避けられているが、このままだとユピテルはメルポメネを殺すであろう。
「貴方が、私を殺しては、矛盾してませんか?」
「殺さねぇよ、ただ、死の恐ろしさを知れ」
ユピテルはメルポメネの突きを避けようと足に力を入れた瞬間だった。
“ブチッ”
嫌な音、それはユピテルの筋肉が限界を超え、完全に切断された音だ。
「何で、今頃?」
メルポメネの突きは途中で止まったが、ユピテルの体は自由がなくなり、体がラフスキンに吸い込まれるように倒れる。
「……………ククルカン」
ユピテルはそのままラフスキンで心臓を貫かれ、メルポメネがラフスキンを抜くと、ユピテルは下にいたベリトに抱きつくように倒れた。
「私が正義です、私に刃を向けるのは正義に刃を向けるのと同じですよ」
メルポメネは再び笑顔になると黒い穴に向かった、まだメルポメネは気付いていない、自分の腕輪が倒れているベリトと同じ腕輪になった事に。