29:アスラ
Unknown
ベッドの上で死体と化しているヘリオス、阿修羅は涙を浮かべてヘリオスを見ている。
阿修羅がココに来て数日、腕輪の形は変わり、纏っているのは赤黒いローブと化した、そして悪魔としての名前はアスラ。
アスラの隣にはルシファーがいる、これがアスラの選んだ道、悪魔になって神選10階に刃を向ける、ヘリオスを生き返らせる、全てを捨てる程アスラの中でヘリオスは大きな存在となっていた。
アスラは腕輪に触れて夜叉丸を取り出した、夜叉丸の刃を握って力を入れる、滴り落ちる真っ赤な液体、悪魔と化した巫女の血だ。
「先に俺からだ」
ルシファーはアスラの手を取った、アスラはヘリオスに視線を向けたままルシファーを見ようとしない。
ルシファーはアスラの傷口から直接血を舐めとり、そのまま飲み込んだ。
アスラが横目でルシファーを見た瞬間、ルシファーが体を抑えて悶え始めた、アスラは無表情で床で苦しむルシファーを見下ろした。
「あ、熱い、ぐぅぅぅ、………がぁ」
冷や汗を大量に流しながらルシファーは立ち上がった、肩で息をしながら微笑む、外見だけでは何も変わっていないが、尋常でない反応からただ事でない事は分かる。
「は、はは、ハハハハハハハ!コレが永遠の命、コレで俺は生き続けるのか!」
歓喜に声を上げるルシファー、アスラはルシファーが言ってた事が信頼に値すると確認すると、ヘリオスの口を開けた、そして滴り落ちる血を何滴かヘリオスの口の中に入れた。
暫くすると、ヘリオスの体が脈を打ち始め、体温が急上昇する、そして目をカッと見開いた。
「うわああぁぁぁぁぁ!」
ヘリオスの叫び声にアスラは笑みを浮かべた、そして体を抑えながら肩で息をしている、苦しみながらベッドから落ち、ダウンジャケットを強く握りしめる。
「ヘリオス、私よ、分かる?」
アスラはヘリオスに手を差し出した、ヘリオスは誰かを確認する前に、悪魔の腕輪を確認してその手を弾いた。
「あ、阿修羅ぁ、苦しいッスよぉ」
「ヘリオス、ココにいるわよ」
ヘリオスはアスラの声に反応して目を開き、アスラの姿を確認した、悪魔の腕輪に赤黒いローブ、そして隣には嫌な笑い方をするルシファー。
「あ、しゅらッスか?」
「そうだよ」
「その、格好は何ッスか?」
「ヘリオスが死んだから、それを助けるためには仕方なかったの、ヘリオスなら分かってくれるよね?」
「嘘ッスよ、阿修羅が悪魔に?そんなのあり得ないッス」
ヘリオスは座りながらゆっくり後退りしている、目の前にいるのは神選10階の阿修羅ではなく、悪魔に堕ちたアスラ。
「阿修羅、ホーリナーに戻れるんスよね?」
「無理よ、もう戻れない、だからヘリオス、私達だけの世界を作ろう?私とヘリオスなら出来るよ」
「何言ってるんスか?阿修羅おかしいッスよ」
「おかしくないわよ、ヘリオスのためにココまでしたんだよ、ヘリオスなら分かっ―――」
「嘘だ!こんなの阿修羅じゃないッスよ、俺の知ってる阿修羅はこんな事しないッス、今の阿修羅はただの悪魔、俺の知ってる阿修羅はもういないんスね」
ヘリオスはアスラに背を向けて出口に向かって歩き始めた。
「ヘリオ―――!」
アスラが走ってヘリオスに近寄ろうとした時、喉元にレーヴァテインを突き付けられた、刃を向けるヘリオスの顔にいつもの笑顔はなく、アスラが初めて見る冷酷な顔、ダークロードに対してもこのような顔はした事ない。
「次に会った時は殺す、俺は阿修羅が大好きだったんスよ、でももう阿修羅はいない、お前のせいで阿修羅は消えちゃったんスよ!」
アスラはその場に崩れ落ちた、その光景をルシファーはただ見ているだけ、ヘリオスはそのまま出口に向かって走って行った。
「愚かな妹よ、救いようがない」
「うるさい!全て貴方のせいよ、ヘリオスが大好きなホーリナーも、貴方が引き込んだ悪魔達も全て私が壊す、そうしたらヘリオスと私だけの世界を作る、それまで利用してあげる」
「良かろう、刃を向ければ返すまでだ」
アスラは涙で視界を歪めながら、部屋から出ていくルシファーの後ろ姿を睨んだ。
アスラは全てを恨んだ、阿修羅を生んだホーリナーも、平穏を壊した悪魔も、ヘリオスと巡り会わせた神選10階も、悪魔に墜ちた自分自身も、全てを壊したいと強く願った。
数日後
Vatican VCSO headquarters
会議室に集まる神選10階と元帥、そしてそこにいる全員の顔が険しい。
憔悴しきったヘリオス、苛つきが激しいアルテミス、笑顔が崩れたメルポメネ、顔は見えないが空気が焦っているモリガン、考えこんでいるダグザ、意気消沈しているユピテル、今にも泣きそうなククルカン、長い髪の毛で顔を隠しているタナトス、目を真っ赤に泣き腫らしたアストライア、そして真剣な顔を見せている元帥が口を開いた。
「最悪、だよね?」
「俺様がいけないんだ、俺様があそこで………」
「それなら俺は目の前にいたんスよ、それで逃げて来た」
「貴様ら、悔やむ暇があったら打開策を考えろ」
ダグザが苛つきながらタナトスとヘリオスを一喝した。
「………………阿修羅」
「アストライア、もう彼女の事は忘れなさい、もう敵なんだから」
「阿修羅は仲間だぁ、絶対に連れ戻ず」
護衛の任務以来メルポメネとユピテルの確執は広まる一方、しかしココにいる者達はただでさえ精一杯のため、二人の異変には気付いていない。
「嘘よ嘘よ、阿修羅は悪魔に堕ちるような子じゃないよ」
「あんた現実を受け止めな、アタイだって信じたくないけど、全ては現実に起きてる事なんだよ」
『僕は絶対に許さない、僕達を裏切ったのは紛れもない事実、刃を向ければ潰すまでだよ』
重い空気が更に重くなる、呪われた第10階、それはただの迷信と言って笑ってられるような状況ではない。
「悪魔がどうやって攻めて来るのか僕達には分からない、敵の戦力は多少なりとも削ったけど、全容は分からない。
でも向こうには阿修羅ちゃんがいる、こっちの力はだだ漏れだ、ホーリナーラグナロクの方がまだましかもね、コレじゃあ全滅もありえるよ」
元帥は自傷気味にふざけてみせた、しかし冗談にしては質が悪すぎる。
「コイツの事は放っておいて、こちら側が理解出来る敵の戦力を把握しろ」
提案ではなく命令するダグザ。
「まずは俺が全力で戦い負けた波旬。
そしてモリガンとアストライア、そしてメルクリウスを持ってしてもやっとのアスモデウス。
ユピテルとほぼ同じくらいのベリト。
一番弱いと思われるアスタロト。
ホーリナー最強と言われた元オーディン
アルテミスとククルカン、そしてズルワーンを最後まで追い詰めたベルゼブブ。
ヘリオスとタナトスを完膚なきまでに圧倒的な力の差を見せて倒したルシファー。
リバイアサンは生死未確認だが、死んだと考えて間違いないだろう。
そして天竜の巫女として覚醒した阿修羅。
生きていると確認出来るのはそれだけだ、まぁ、正面からぶつかれば全滅は間違いないだろう」
ダグザはその場の空気を重くするだけ重くして口を閉じた、既に顔を上げている者は誰一人としていない、ダグザが言う事ほど信憑性のあるものは無いからだ。
「ま、まぁあれだね、悪魔が攻めてくるまで神選10階は無期限休暇、好きなように過して良いよ」
『死への一時を楽しめって事だね、最後の思い出を作らなきゃ』
モリガンが立ち上がるのと同時にぞろぞろとエレベーターに乗り込む。
たった2人を除いては、ヘリオスは机に伏したまま、タナトス机に足を乗せてうつ向いたまま動こうとはしない。
「おい、俺様達の任務は何だ?」
「阿修羅の護衛ッス」
「俺様はまた守れなかった」
「まだ終わってないッスよ、まだ、阿修羅は戻れるッスよ」
タナトスは髪の毛の隙間からヘリオスを睨んだ、青い瞳は冷たく悲しい、睨むというよりは殺気そのもの。
「俺様の汚点だ、アイツは俺様がこの手で殺す」
「阿修羅は俺が連れ戻すッスよ」
「俺様の邪魔をする奴は殺す」
「阿修羅を傷付ける奴は殺すだけッスよ」
ヘリオスがタナトスの目を見て、二人の視線が合わさった瞬間、二人は腕輪に触れて同時に斬りかかった。
お互い受け太刀して一歩も譲ろうとしない、力だけでジリジリと押し合う。
「テメェ、俺様に刃向けるとは良い度胸じゃねぇか」
「タナトスこそ、俺は本気ッスよ、阿修羅を傷付ける奴は皆殺しッス」
「アイツは元には戻れない、苦しむくらいなら俺様が殺すまでだ」
「殺したいだけなのに言い訳とはタナトスっぽくないッスね」
「あぁ、言い訳でもしなきゃアイツの事を殺せねぇよ、ただの仲間なら殺せるけど、阿修羅を殺すにはこっちも死ぬ程覚悟しなきゃ殺せねぇ」
どちらからともなく得物を戻した、ヘリオスはタナトスの気持ちに気付いてしまった。
しかしヘリオスは一歩も譲る気はない、二人は信念と阿修羅への想いだけで動いている、全ては悪魔である阿修羅を救うために。