15:力と疑惑
Vatican VCSO headquarters
報告書を書くのが終わり、やることが無いので、昼寝をしようと思った阿修羅は、ベッドに横になり石造りの天井を見上げた。
基本的にVCSOの各支部、本部共に全てが石造りになっている、神選10階の部屋や会議室も例外ではない。
阿修羅の部屋の木製の扉を誰かが叩いた、阿修羅はその主が誰だか容易に想像がつく。
アルテミスとククルカンは任務、メルポメネとアストライアは育成所で指導、モリガンとタナトスは任務終わりの帰路、ヘリオスとユピテルは毎度のパシリ。
そうなると残るのは、阿修羅と任務に行き、恐らく報告書を書き終えたであろう人物。
阿修羅はゆっくりと扉に向かい、開けて良いと一言言うと扉が開き、茶色いミディアムストレートの髪に眼鏡、そしてスーツの下に刺繍の入ったTシャツを着ているダグザが立っている。
「何?」
「付き合ってほしい」
「何に?」
「修業だ」
阿修羅は首を傾げると、ダグザは阿修羅を無理矢理部屋から引きずり出し、エレベーターに押し込んだ。
阿修羅は頭の上にクエスチョンマークを浮かべたまま、本部塔の地下にある多目的スペースに連れて行かれた。
そしてダグザは何も言わずに、阿修羅にディアンギットの腕輪よりも大きい腕輪を渡した。
それはホーリナーが練習に使う、ディアンギットの鉄に霊体を透過させる装着、腕輪の上に装着させる事により、本来は霊体に当たるはずのディアンギットの鉄からその能力を奪い、無機物にしか当たらないようにする(ホーリナーの団服は例外)。
それによりホーリナー同士が、神技抜きで本気で戦えるようになった、そしてそれにより任務成功率が30%も上がったというデータもある。
「俺と本気で手合わせをしろ」
「別に良いけど、何でそんな事?」
「負けたくないからだ」
そう言うと、ダグザは腕輪に触れた、得物は両手のトンファー、名はサラスヴァティー。
阿修羅も渋々腕輪に触れた、得物は長刀、名は夜叉丸。
ダグザはサラスヴァティーを回し始めると、阿修羅は右手一本で夜叉丸を持ち、腕から力を抜いた、そして体を前後に揺らし、前に倒れるのと同時に走り出した。
阿修羅はしなやかな動きで斬りかかる、ダグザは無駄の無い動きで受けると、素早くサラスヴァティーで殴りかかる。
完全にダグザに背中を向けている阿修羅だが、そのまま後ろ向きで蹴り飛ばす、ダグザのみぞおちにめり込むが、ダグザは踏ん張りサラスヴァティーを阿修羅の後頭部の寸前で止めた。
「本気を出せ」
「相討ちよ」
半身になったダグザの後頭部、死角となったところに逆手で持った夜叉丸が突き付けられている。
「ふっ、やるな」
阿修羅は間合いを取ると、それを追うようにダグザが走って来た、しかし、素早い動きでダグザの後ろに回り込み、上段から蹴り飛ばす。
ダグザは何とかサラスヴァティーで防ぐが、体勢を崩してしまった。
阿修羅は夜叉丸を両手で握り、振り下ろしたが、ダグザは体勢を立て直そうとはせず、片手を地面に付いて、そのまま阿修羅の手を蹴り飛ばした。
阿修羅は夜叉丸を離してしまい、再び素早い動きで間合いを取る。
「その動きは何だ?」
「ベロシティ【光速】よ」
「嘘を付け、技名など言っていないし、反応出来る、それがベロシティ【光速】なわけないだろ」
「技名を破棄した分速度は落ちるけど、相手に何も悟られずに出来る、私が神選10階に入って編み出した技よ」
阿修羅は感覚だけで、技名を言わない事により速度は落ちるが、通常よりも速い動きが出来るので、相手の意表を突く事が出来る。
「流石戦闘神、そんなの聞いた事がないぞ」
「ありがとう、じゃあ私にも質問させて、ダグザの神技は体術ってよりも策略タイプでしょ?なのに何でこんな事を?」
「それが通用しない敵が現れたから、単純な事だろ?」
あの時からダグザの頭には波旬に負けた事しかない、完敗どころの話ではない。
神選10階でも神技を使ったダグザには一目置いている、しかし波旬は本気のダグザ相手に圧倒的な力の差を見せ付けた。
「ククルカンのような真似は出来ない、それなら体術の底上げしかないだろ」
「まぁ良いわよ、私のタメにもなるし、付き合ってあげる」
「恩に着る」
再び阿修羅とダグザの乱戦が始まった、阿修羅の素早い攻撃を無駄無く返すダグザ。
そしてダグザの力のある攻撃をいなす阿修羅、その力は五分、体術タイプの阿修羅と神技タイプのダグザが五分、それは本気で戦えばダグザが優勢という事。
二人の修業は2時間以上にも及んだ、阿修羅とダグザは疲れきって壁にもたれかかっている。
「阿修羅、俺らに何か隠していないか?」
「私が隠し事?」
「そうだ、大きいなんてもんじゃない、阿修羅一人じゃ抱えこめないくらいのモノだ」
「はぁ、そんなのあるわけ無いでしょ」
阿修羅は軽くあしらうと、軽く笑ってダグザを見た、しかしダグザの顔は至って真面目、それによって阿修羅の笑みは苦笑いに変わった。
「‘天竜の巫女’じゃないのか?」
「私があの伝説の‘天竜の巫女’?あり得ないわね」
「神の名、得物の名、生まれた年、全て説明がつく」
阿修羅の顔が若干険しくなる、しかし阿修羅に身に覚えがない、あのダグザが嘘を付くわけがないし、不確かな情報を信じる事もない。
「‘天竜の巫女’の阿修羅には毘沙門天との間に、2人の子供がいた、そしてその子供はあの大戦以来消息を絶っている。
そして記録だとその5日後、阿修羅は日本で拾われている、その後子供が出来ない天獅子家に養子として貰われ、天獅子小町として16歳まで過した。
しかし16歳の時、当時の帝釈天、現ルシファーによりディアンギットの腕輪を取得する、それ以降は阿修羅として過ごし、新しいホーリナーが見つかったのと、元帥が日本支部への資金提供を放棄するという脅しにより、神選10階に入り今に至る」
阿修羅は絶句した、ダグザは阿修羅の事についても知りすぎている、全てと言っても過言では無いくらいに、しかも阿修羅が知らなかった事まで。
「それでも‘天竜の巫女’なんて知らない」
「そうか、しかしそうなると‘天竜の巫女’はもう一人いる事になる」
「もしかして緊那羅とか?私と同じくらい強いし」
「あり得ないとは言いきれないな」
阿修羅とダグザが神妙な顔をしていると、エレベーターが止まり、扉が開くと、中からは金髪に黒い肌、刺繍の入ったベストにポケットの多いハーフパンツ。
「「ヘリオス?」」
満面の笑みの太陽のようなヘリオスが立っている、しかしヘリオスの笑顔は一瞬で膨れっ面になった、阿修羅はその顔にすら愛敬を感じた。
「ダグザばっかりずるいッスよ」
「これからやるか?」
「違うッスよ、俺も阿修羅と一緒にいたいって事ッス」
ダグザは呆れてため息をついたが、阿修羅の目はホーリナーから女になった、その事に阿修羅もヘリオスも気付いていない。
「最近任務ばっかりですれ違いッスからね、話したかったッスよ」
「俺は戻るぞ」
「ダグザがいても良いッスよ」
「俺が嫌なだけだ」
ダグザはそのままエレベーターに乗り込んだ、二人だけになった阿修羅とヘリオスは笑みになる。
ヘリオスは阿修羅の隣に座ると、少しだけ近付く、阿修羅はそれに笑顔で応えると、ヘリオスは更なる笑顔を作った。
「何か最近のダグザ怖くないッスか?」
「そうかな?」
「戦ってる時だけタナトスに似てるんスよね、戦いに駆られてるというか、力を欲してるみたいな感じッスね」
二人は覚えがある、ダグザが波旬に負けてから、ダグザの全てはそこから狂い始めた。
「でもそれが本来の私達の姿でしょ?力を求め、それを行使する、成りたくないけど、私はタナトスやダグザは間違って無いと思う」
「そうッスけど、…………阿修羅は違うッスよね?」
「私は運動よ、体を動かす場がココしか無いだけ」
ヘリオスの不安な顔は満面の笑みに戻った、阿修羅は優しい顔でそのヘリオスを見る。
二人の笑顔、永遠ではないその笑顔が崩れた時、世界は破滅へと向かう。




