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◆8 …冗談じゃないわよ!

 午前2時。

再び時刻は、草木も眠り泣く子も黙る丑三つ時。

集合住宅の薄い壁を通してかすかに聞こえていた隣の住人の生活音も、さすがにこの時間になれば聞こえてはこない。

明日に備えて、普通の人はおねんねなこの時間。

私達はひっそりと、ただひたすらに部屋の中で息を潜めていた。

 ベッドの上に横たわる縄でぐるぐる巻きのルクス青年は、どうやら非常に大らかな性格らしく。

そんな状況なのにも関わらず、大口を開けて高いびき。

息を潜める私達とは対照的に、定期的にグゴーグゴーと不協和音を奏でてくれる。

「…なんにも、起こらないですねぇ」

 ぽつり、エイラが呟いた。

リビングから椅子を引っ張ってきて、扉のところに腰掛けている彼女。

さっきからこっくりこっくり舟を漕いでは、なんとか持ちこたえていたのだが、ついに耐えきれなくなったらしい。

「もしかして、今日は何も起こらないんでしょうか…」

「…いや。もう少し、待ってみよう」

 エイラとは向かって逆の壁に背を預け、腕を組んで目を瞑っていたアルが、薄く目を開いてベッドの上を見遣る。

その声はやや潜められたものだ。

「昨日尾行した時の時間から考えると、もう少し待てば…何か変化があるかもしれないよ」

「…そうね。もうちょっと、待ってみましょう」

 いい加減、待つのも飽きてはいるけれど、だからと言ってこのまま諦めて引き下がるのはしゃくである。私はアルの言葉に小さく一つ頷いた。

 そりゃ、何も起こらない方がいいんだけどね、ほんとは。

だけど、ここ数日、毎晩のように彼は徘徊していたようだし。

今日に限って何もない、って事はないんじゃないかしら…?

 …それにしても、青年。

あんた、どうしてそんなに気持ち良さそうに寝てるわけ?

こちとら、あんたのせいで寝不足なのよ。

ちょっと…いや、かなり、殺意を覚えるわ、そのいびき。

…一発殴ってやれば静かになるかしら?

 腰掛け椅子に座ったまま、ぐ、と拳を握り締めた矢先。

カタン、と小さく物音が響く。

「…?」

 瞬間、3人の視線がベッドの上へと集まった。

「!!!」

 あ、と思った時には遅い。

ベッドが大きく跳ね上がり、ガタンっと床を踏み鳴らす。

そのまま2度、3度と、床が軋んで抜けそうな勢いで、ベッドが暴れ出した。

「ちょ、ちょっと…っ」

「抑えるんだ!!」

 暴れているのは、ベッドではなく、その上に縛りつけられた彼だった。

縛られ、自由にならない腕を動く範囲でばたつかせ、唯一動く頭は錯乱したようにガタガタと枕と宙を行ったり来たり。

3人同時に飛びかかって、もがき暴れるルクスの身体を押さえつける。

「ダ、ダーリン…!!」

 3人の体重が課せられてさえ、その下でもがくルクスの抵抗は収まらない。

「なによこれっ、聞いてないわよっ」

 何とか上半身に全体重をかけて、腹部分を抑え込む。

ベッドごとでも動こうとする彼の力は強く、気を抜けば、固く縛ったロープすらも引き千切って起き上がりそうな勢いだ。

「…っ、キツネはよほど…、彼に、ご執心のようだね…」

 上半身と頭を押さえ込んでいるアルが、舌打ちと共にそう言った。

アルの影から見えるルクスの表情は、今にも泡を吹かんばかりで、その目は完全に白目である。

…ぞわわ〜!!!

す、すでに人間の力じゃないわよ、これは!

「ダーリンっ、しっかりしてぇ!」

 ばたばたと縄を解こうと暴れる両足を押さえながらエイラが悲鳴に近い叫びを上げる。

「こっ、こんな夜中にっそんなに暴れたら、ご近所迷惑でしょうっ!?」

 …かなり錯乱している模様。

3人の力で必死に押さえ込んで、それでもまだベッドがぎしぎしと軋んで床を傷付ける。

…冗談じゃないわよ!

こんなの、長くは続かないわよっ!?

 暴れる彼の指先が、私の腕を引っ掻いて、思わず弱音を吐きそうになったその途端。

フ、と空気が軽くなる感覚。

――――え…?

床の軋む音が一瞬耳から遠のく。

視界の下方から、ふわりと光が立ち昇り、それは瞬く間に視界全てを埋め尽くした。

妙な浮遊感だけがある。

真っ白い世界では、目の前にあるはずのルクスの身体すら見る事はできない。

…ちょっとちょっとちょっとおっ!!!?

な、なんだっていうのよ――――…っ!?

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