◆5 …うわあ、事態は思わぬ展開だわ
私達の足元で、さっきはぼんやりと薄かった光が、今ははっきりと浮かび上がって瞬いている。
それは、薄い緑を帯びた光で形作られた、円だった。
直径1m程。
人が一人、立って収まる程度の円だ。
光は、地面から立ち昇り、まるで空気に溶けていくように揺らめきながら薄れて消える。
しばし呆然と、淡い光を見下ろしていた私は、ようやく口を開く事に成功した。
「フェアリーサークルね…」
まごうことなく、それは、そう呼ばれるものだった。
一応、補足しておくけど。
私がこうやって驚いてるのには、ちゃんとした訳がある。
普通、こんな街のど真ん中で、フェアリーサークルなんぞを見掛ける事は断じてない。
というか、生まれてこのかた17年。
一度として私は街中でフェアリーサークルを見た事はない。
それはアルにしても同じはずで。
「何でまた、こんな所にあるんだろうね?」
どこか楽しんでいるらしいアルの口調に、私も軽く首を傾げた。
「こんな結界の真っ只中に、しかもこんな街のど真ん中に、ね」
「これがあるって事は、精霊がいるって事だよね」
「…この、街の中に?」
訝しげにアルを見遣る。
『精霊』は普通、こんなところにはいない。
だからと言って、ここにフェアリーサークルがあるのは間違いのない事実。
それは結局、『精霊』の存在を示しているに他ならないわけで…。
「だってそうだろう?フェアリーサークルが残るっていう事は、ここには何らかの精霊の力が働いたんだ。他には考えられない」
「だけど…、ここは結界の中なのよ?」
食い下がる私に、アルは目を細めた。
欠伸魔のいつもと違って、興味引かれるものを発見したアルの目はキラキラと輝いている。
「じゃあ、精霊以外にフェアリーサークルが残せると思うのかい?」
「それは…そうだけど」
会話を区切って、再び足元へと視線を落とす。
フェアリーサークルの淡い光は、やはりそこにあった。
ちなみに。
さらなる補足を加えておくと。
今の会話、多分、普通の人にはちんぷんかんぷんだと思われる。
何しろ、精霊だの結界だの、神話と伝承の中にしか出てこないような単語だし。
フェアリーサークルに至っては、その言葉すら知らないんじゃないかしら。
ついでに言えば、普通の人に、フェアリーサークルを見る事はできない。
…こう言うと、どうも私とアルが特殊な人間みたいだけど。
なんの事はない。
ちょっと普通と違う知識を持ってて、これまたちょっと普通とは違うものが見えるだけ、である。
どうしてそうなったか、は…まあ、後々話すとして。
今は、このフェアリーサークル、よねぇ。
「リィン。もし、この街に精霊が紛れ込んでいたとして、だよ」
アルが、同じく足元を凝視しながらゆっくりと言う。
「彼等がすることは、何だと思う」
すでに答えを持っているのであろう問い掛けを、私に投げ掛けてくる。
私は横目でアルを見遣って、そして考えた。
都会の真ん中に紛れ込んだ精霊。
彼等の生命を保つのは自然の発するエネルギーだと聞いた。
自然からエネルギーを取りこんで、自らのエネルギーへと変換する。
…が、都会であれば、その自然のエネルギーは極端に少ないはず。
だから、人と精霊は相容れない。
おそらく、とてもではないが、こんな街中で彼等はのほほんと生きてはいけないだろう。
そんな彼等が、敢えてフェアリーサークルを残している。
つまり、ただでさえエネルギー不足なところに、さらにエネルギーを消費する能力を使用したという事だ。
その目的は…。
「…ねえ、もしかして」
私は軽く眉間に皺を寄せながらアルに顔を向ける。
ある考えに思い至って、自然と表情が強張る。
「うん。僕も同じ考えに辿りついた」
この後に及んで、そう言うアルの顔は楽しげだ。
「昔、ナッシェが言ってたよね。生体エネルギーを取り込んで、自らのエネルギーに変換できる精霊のこと」
つまりは、人の生気を吸い取って、生き長らえることのできる精霊。
…うわあ、事態は思わぬ展開だわ。
私は額に手を当てながら、長い息を吐き出した。
「こう言いたいのね?…私達の見失ったエイラの彼は、その精霊に何らかの形で関わってるんじゃないか、と」
さらに言えば。
「彼は精霊のお食事に呼び出されて、夜毎まな板の上まで散歩してるのかもしれないね」
こともなげに言い切って、アルはいきいきとフェアリーサークルをその目に映した。
精霊は様々な能力をその身に持つという。
エイラの彼が、夜毎抜け出す記憶がないのも。
フラフラと危うい足取りで夜中の通りを徘徊するのも。
それが彼の意識外での事ならば頷ける。
そうしてエイラがいくら尾行をしても、彼を見失うのも。
精霊の力が関与しているとなれば。
…確かに、それなら納得がいくのよね。
消えた彼の姿。
出来すぎた場所に、有り得ないフェアリーサークル。
「さしずめ、彼は精霊のディナーなわけね」
ぽつり、呟いた私に、アルは普段見せた事のないような晴れやかな笑みで私を見返した。
「面白くなってきたね」
…って。
そーいう事じゃないでしょお!?
当の被害者は、知らず知らずの間に生気吸われてんのよ?
そんなのが、毎晩続いたら、寝不足だけじゃ済まないわよ?絶対。
下手したら、そのまま御陀仏…なんてこともないとは限らないじゃないのよ?
何そんな無邪気そうな顔で無責任発言かましてんのよ!
俄然、やる気が出てきたらしいアルの様子に、私は密かに息をつく。
あーあ…。
何でこう、ややこしい方へと事態が転がっていくのか。
言っとくけど、私の日ごろの行ないはスペシャル良好よ?
ええ、それはもう、神様でさえ土下座するほどに。
彼の『浮気』相手はおそらく多分、精霊さん。
…エイラになんて言ったらいいのかしらね、コレ…?