◆4 そこには、確かに、一つだけ。
それが…。
それがどうしてこんな事に…。
表通りから1本通りを奥に入った、やはり薄暗い道路。
そのど真ん中で、私は言葉もなく突っ立っていた。
さすがに夜の風は肌に冷たく、私の体温を奪いながら頬を撫でて吹き過ぎていく。
そう、だーれの姿も見当たらない、住宅街の静かな静かな道路へと。
…見失った。
いや、完全に。
視界には、人っ子一人、野良犬一匹見当たらない。
「…ねえアル。ここ、で間違いないのね?」
首根っこを捕まえて連行してきたアルに、振り返らぬままにおそるおそると確認してみる。
「間違いないね。彼はこの通りに入って行ったよ」
のんびりと、眠そうな声が背後から返答を返す。
間違いであって欲しいな〜、などという私のささやかで控えめな願いは、この瞬間、儚くも砕け散った。
…ああ。
がくり、アルの首根っこを解放しながら、私は項垂れる。
尾行失敗。
アルの目撃談に従って曲がってきたこの通り。
表通りと同じような閑静な住宅街が通路の脇に軒を連ねる。
所々、スポットライトのように地面を映し出す街灯が、どこか寒々しく人のいない通りを照らしていた。
それまで尾行していた『彼』の歩行速度を考えれば、追いつけないはずはない。
それなのに、通りを曲がった途端、ぱたりと。
その彼の姿は消え失せていた。
気付かれたのか、はたまたさらに何処かの細い通りに入ってしまったのか。
どちらにせよ、今夜の尾行は失敗に違いない。
あああ…。
エイラにでかい事言った割には、私ったら…私ったら…。
ていうか。それよりも。私の貴重な睡眠時間、どうしてくれんのよ?
だいたい何なのよ、あの『彼』は。
あの歩き方は普通じゃないわよ?
ふらぁりふらぁり、あんなのと夜中ばったりご対面したら、間違いなく街の自警団に通報するわよ、私なら。
…やっぱり浮気じゃなくて、夢遊病なんじゃないのかしら?
「リィン」
首を傾げたその途端、耳慣れた声が私を呼んだ。
はた、と思考を止めて声の発生源を探す。
いつの間にやら私の後ろから前方数m地点に移動したアルが、後ろ姿のままひょいひょいと片手を振っていた。
「…何よ」
来い来いのジェスチャーにつられて、アルの隣へと並ぶ。
「あれ、何だと思う」
こっそりと、何か楽しいものを見つけた子供のように僅かに弾んだ声で、アルが言う。
「あれ…?」
私が身を乗り出すと、得意げに一つ笑みを私に向けてから、彼がその腕を先へと伸ばした。
アルが指し示す先、そこには先ほどまでと何ら変わりのない通路の景色。
全てが薄暗い闇の中、両脇には建物、通りには街灯、そして所々に植えられた街路樹。
石畳の整備された道は、深夜の空気に包まれて、どこか幻想的に静まり返っている。
「……何も」
ないじゃない。
言いかけて、私は思わず言葉を飲みこんだ。
…ある。
そこには、確かに、一つだけ。
普通では有り得ないはずのものが、ある。
「…なんで」
食い入るように闇の中を見つめて、私は小さく言葉を漏らした。
アルの指差した先、通路の脇に植えられた街路樹。
街灯からは僅かに離れて、闇色の濃いその幹の下。
ぼんやりと、良く目を凝らさなければ気付かない程度の光が淡く明滅していた。
そちらへと足を踏み出すアルに続いて、遅れまいと私も光を目指す。
辿りついた街路樹の下、私達は顔を見合わせた。
「フェアリーサークル――――」
アルが、確信を持った声でその名称を呟いた。