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◆33 旅は道連れ、世は情け、よ!!

こっそりと、ひっそりと、更新してみる。

本当にそーっと戻ってきてしまいました…。

今更ですが、ちょびっとだけ更新を…。

 ほんの数瞬だったのか、気を失う程に長い時間だったのか。

気がつけば、気味の悪い程の静寂。

静寂のせいか、先ほどまでの轟音のせいか、耳の奥が痛い。

朦朧とする意識の中、気配を探る。

唐突に、やけに穏やかな声が朧な世界に飛び込んできた。

「…いけませんね、制御ができていない」

 ぽつり、独白のように零された言葉は、しかし凪いだ湖面に一滴の水を落とすごとく、静まり返った室内には異質な響きでもって反響する。

その波紋が広がるごとく、私の意識は急速に立ち戻ってきた。

「――――」

 あちこちが、チリチリと痛い。

小さく、息を潜めるように呼吸を紡ぐ。

風によってか、その風に遊ばれた破片やらによってか、細かく傷ついたらしい肌が痛むのに僅か顔を顰めながら私は瞑っていた瞳を薄く開いた。

 目に入るのは、散乱するガラスが煌く床。

こんな時でも長閑な陽光が差し入ってきて、散らばるガラスの破片の上で踊る。

目の前にはテーブルの脚が、強い力でもがれたように一本、所在無げに転がっていた。

あちこちに元の位置から大幅に移動した家具が横倒しになって転がり、そうして視線の先、滅茶苦茶になった室内が嘘のように、全く乱れの無い白い服の裾。

視線を上げれば、何事も無かったかのように、そこに立つ司教の姿があった。

 そこに立ち尽くし、己の腕を首を傾げて見ている彼の姿は、ただただ異様だった。

室内に散らばる花瓶の残骸や、引き千切られた窓の脇のカーテン、窓はガラスが割れて、光を弾く破片が辺り一体に散りばめられている。

その中にあって、ただ一人、周りの空間とは切り離されたように無傷で立つカノーマー司教。

 ごくり、と喉が鳴った。

…今のは…、今のは何だったの――?

鈍い痛みを伴う身体を、両腕で支えながら半身を起こす。

視界の先のカノーマー司教は、そんな私の様子を意に介した風もなく、ただ自分の腕を眺めていた。

「…一応、貴方は人間だと、お聞きしていたんですがねぇ」

 どこか苦々しい響きは、背後から聞こえてくる。

視線を巡らせれば、私の背後、倒れたソファの斜め後ろに、片膝をついて蹲るウィングの姿があった。

その表情には、苦笑に近い笑みが浮かんでいる。

頬から流れる赤い血を手の甲で拭いながら、ウィングがゆっくりと立ち上がる。

その彼の服も、あちこちが細かく引き裂かれて血が滲み、なかなかに悲惨な状態だった。

…といっても、私にしても、状況はそう変わらないわけだけど。

ちらりと見遣った自分の服は、やはりあちらこちらが細かく裂けていた。

あちこちから滲んだ血が服を赤く染めてはいるけど…。

ざっと確かめて、僅かに息をつく。

それほど深い傷は、どうやら負っていないらしい。

 司教の視線が、悠然と言葉を発したウィングを見据える。

ぞっとする程に酷薄な笑みが、その口元を彩った。

壇上で話すカリスマ司教の面影も、さっきまでの、フレアを見守る温かな眼差しも、そこに見つけ出すことはできない。

まるで、別人だ。

「人間ですよ、一応ね。…そうじゃなかったら、貴方達はもう生きてはいないはず、でしたから」

 微笑みながらの言葉は、暗に、殺すつもりだったのだと告げている。

司教は今までと何ら変わらぬ微笑のままに、ウィングよろしく肩をすくめて見せた。

「まだまだ、思うようにいかないんですよ。この力も…状況もね」

 言った司教の視線が、ガラスの散らばる窓際へと寄せられる。

ス、と細くなった蒼い目が、枠だけになって揺れる窓の下、折り重なるようにして倒れる人影を映した。

 ラグウと、フレア。

力なく倒れるフレアの表情は、こちらからでは見えない。

けれど、細い腕はだらりとガラスの破片の上に伸ばされていて、あちこちに赤い筋が引っ掻き傷のように刻まれていた。

その肩が上下しているのかすら、分からない。

気絶をしているのか、それとも――。

一瞬及んだ考えに、不規則に鼓動が跳ねる。

そのフレアの身体を抱えるように、壁に背を預けて俯いたまま動かないのが、ラグウだ。

やはりあちこちに傷を負い、しかしフレアを守るように片腕を彼女の身体に回したまま、ぴくりとも動かない。

 司教の腕が振り下ろされて、藻屑のように跳ね飛ばされたフレアの映像が脳裏にちらつく。

あのまま壁に激突していたなら…。

想像して、そうして折り重なるフレアとラグウを見遣って、私は眉を顰めた。

…ラグウがフレアを庇った、という事だろうか?

この状況からすれば、そう判断するのが妥当だろう。

「ラグウ」

 短く呼びかけるウィングの声に、しかし当の少年に反応はない。

「死んでませんよ。今の力の出し方では、殺傷能力に関して言えば、全く役に立たないようですからね」

 どこか他人事のように口にする司教の淡々とした声を聞きながら、私は視線を巡らせる。

視界の端、ソファの背後に薄いグリーンが目について、私は身を起こすなり素早くソファの背後へと身を翻した。

そこにはエイラが、ソファに身を寄せるように蹲っている。

「エイラ…っ」

 小声で呼びかけた私の声に、きつくきつく瞑られていた彼女の瞳がうっすらと開いた。

エイラの服も、私達同様、あちこちが裂けて、柔らかそうな肌にも傷がついている。

倒れたソファが壁になったのか、見た感じ、傷はまだ少なそうだけれど…。

彼女の瞳が私を認めて大きく見開かれ、そのままみるみると茶色い瞳に涙が溜まった。

「お、お嬢様ぁ〜…」

 い、痛いっ!

痛いってば!!

ぐぁし、とばかり容赦なく私の腕を引っつかむ彼女の手に、声も無く、私は悶える。

そこ、傷直撃…!

「お、落ち着きなさい」

 小声で制する私に、エイラが大きく深呼吸をしながら何度何度も頷く。

もとよりのほほんとした普通の女の子なのだ。

私とは違い、自ら剣に手を伸ばすような事もない彼女だ。

傷は浅いとはいえ、その恐怖は私よりも遥かに大きかっただろう。

ぶんぶんと激しく縦に振られる彼女の頭に、その肩をぽんぽんと叩いてやる。

 人間、自分よりも混乱している相手が傍にいると、妙に冷静になったりするもんだけど。

今の私がまさにそうかもしれない。

だんだんと冷静になっていく頭の中。

フレアの安否と、司教と、そうしてふにふにズ…。

その姿を探す私の視線は、エイラの足元に水色と桃色の色彩を発見する。

考えるよりも先に、手が伸びていた。

「――ちょっとっ!」

 片手で身を寄せ合うピクシー達を鷲掴みにして、問答無用で自分の顔の前まで連行する。

意識があるのかないのかすら分からないつぶらな4つの瞳が、私を映した。

そのまま上も下もなくぶんぶんと乱暴に揺さぶって、さらに顔を近づける。

「どうなってるのよ、話が違うじゃない!!」

「リ、リィン殿…」

 揺さぶるコト数秒、ようやく呆けたような渋声が、ふに男から返ってきた。

ほんの僅か、ほっとする。

どうやら意識はあるらしい。

「説明なさいっ。司教は味方なんじゃなかったの…!?」

「…マ、マスターは…」

 詰め寄る私にふに男の声が途切れ、

「力になってくれる…はず…」

 この期に及んで、ふに子の声が哀願するような響きでそう言った。

容赦なく、私は二匹を一緒に引き伸ばす。

「はず、じゃないでしょ、はず、じゃ!じゃあこの状況は何なわけ…!」

 完全に呆けてしまっているらしい二匹の様子に、切れかかる堪忍袋の緒を何とか繋ぎとめて私はさらに言い募る。

頼むから、しっかりしてよね――!!?

フレアがこんな時に、あなた達がそんなんでどうするのよ!!!

ぐったりと倒れこんだフレアの姿。

早く、早く何とかしなければ…!

「このままじゃ、フレアが死んじゃうでしょ――!」

 焦りと共に飛び出した私の言葉に、しかし返ってきたのは以外にもウィングの間延びした声だった。

「それは困りますねぇ…。こんなところで彼女に死なれたら、任務は大失敗だ」

 こんな時でも、余裕しゃくしゃく。

…そう聞こえるのは、私の気のせいなのかしら?

ギン、と私はふにふにズを睨んでいた瞳をそのままソファの片端に立つウィングへと向ける。

「ちょっと!説明しなさいっ、あのマスターは何なのっ!!」

 ソファ越し、身を屈めたままに向こう側の司教を指差した私に、ウィングが眉を下げた。

「そんな…。俺に詰め寄られても」

 ごもっともな意見を述べるウィングは、しかし次の瞬間人好きのする笑みを浮かべて司教へと視線を戻した。

「――まあ、君達が助けを求めるのに妥当な人物じゃあない事だけは確かだよ。何しろ、彼こそが、あの子を一番消したがっている張本人なんだから」

 さらりと、ウィングがのたまう。

あの子…それは当然、フレアを差している訳で。

……。

…なんですと?

つまり、私は、一番の危険人物のもとへ、ほいほいフレアを預けに来たってわけ?

ど、どういう事よ…。

 ちらりとソファの端から覗けば、未だ窓の下にはフレアとラグウがぐったりとしていた。

私は小さく息を継いで、近くに立つウィングと、ソファの向こうに立つカノーマー司教とを眺める。

背後で、エイラが不安そうに私の服を引いた。

その手にまだ放心しているらしいふにふにズを強引に押し付ける。

頭を掻き毟りたくなる衝動を押さえ込んで、私は深く深呼吸をした。

――どうなってるのか、はっきり言ってさっぱりだ。

さっぱりだけど…。

分かることが一つだけ。

司教にしろ、ウィングにしろ、どちらに転んでも、フレアにとってはマイナスだ。

とすれば。

何とかして、彼らを出し抜いて、フレアを連れて逃げなければ――

幸い、ウィングとカノーマー司教は互いを見つめて対峙している。

私の存在は、どうやらアウトオブ眼中な様子。

そうして、この二人の目的は、真っ向から対立しているわけで。

多分、おそらく、チャンスはあるはず――

 視界の先、未だぴくりとも動く様子を見せないフレアの姿が映る。

頼り切った様子で司教の白い服を掴んでいた少女の姿を思い出して、私は唇を噛んだ。

…待ってなさい、フレア。

渡る世間は鬼ばかり、だなんて言わせやしないから。

旅は道連れ、世は情け、よ!!

必ず、ココから無事に連れ出してあげるからね――!!


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