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◆27 あのオバサンにするわよ

 さて…、と。

まだまだカノーマー司教の耳に心地よい声が説教を続ける中、私は一人小さく首を廻らせて周囲を見遣る。

誰一人としてぴくりとも動かない。

前方にひしめく少女達は揃い揃って司教の説教に夢中のようだった。

 有難いお説教を、のんびり聴いてる場合じゃないのよね。

一つ深呼吸してから、一人頷く。

そう、何しろこのお説教の後が大事なのだ。

一日に4人の枠しかないらしい懺悔(情報提供・エイラ)、それをどうやって勝ち取るかだけど…。

 ちょいちょい、と隣のエイラを肘で突く。

「エイラ。…ちょっとエイラ」

 カノーマー司教に見惚れているのか、はたまたお説教を聞き逃すまいと集中しているのか、エイラの反応はない。

「エイラってば」

 ほんの僅か、声を大きくして呼び掛けてみても、やっぱり反応はなかった。

…ったく。

こっそり腕を伸ばして、油断しまくっているエイラの二の腕へと忍ばせて。

「!!」

 思いっきり、ぎゅっと抓ってやった私に、エイラの身体がびくりと飛び跳ねた。

ぎん、と不服そうな瞳がこちらを向くのに、にっこりと笑みを返す。

「立ったまま寝るもんじゃないわよ、エイラ」

「寝てませんっ」

 不満げに口を尖らせたエイラが食って掛かる。

できる限り声を潜めた私より、ほんの少し大きな声。

ちらちらと振り返る周囲の少女達、その瞳はいずれも「黙レ」とばかり鋭い。

小さく肩を萎縮させて、エイラがやはり不満顔のまま私を見つめた。

 絶対目的忘れてるわよね、この子…。

内心トホホと肩を落としながらも、予想の範疇なので表情はにっこり笑みのまま。

私はそっと指先を上げて正面を指差した。

「で、今日の懺悔の予約者は、中央最前列の4人なのね?」

 指差す先をエイラの視線が追って、言葉にしぶしぶといった風にエイラが頷いた。

「そうです。通路を挟んで中央の2人づつ。あれが今日の懺悔の予約者ですね」

 ふむ、と頷いて目を狭める私。

ここからではちょーっと見えにくくはあるけれど。

 向かって右から順に、茶髪の少女、栗色くるくる髪の…あれはオネーサンかしら?そんでもって、3番目に背の低い丸々としたオバサンが。4人目には…あら、男性もいるわけね。

考えてみりゃ懺悔なんだから男がいたって普通なんだけど。

…この雰囲気だもんねぇ。

普通の男は避けて通るわよ、これは。

まあどちらにしろ、男は除外。

「――あのオバサンあたり、チョロそうね」

 ぽつり、漏らした私の呟きに、エイラの肩先がぴくりと揺れた。

おずおずと、こちらを見るエイラの瞳。

「…お、おじょーさま…。な、なんですか…、その獲物を定めるような目つきは…」

 ごくり、生唾を飲み込む音がこちらまで聞こえてくる。

…ちょっと!

誰が獲物を定めるような目なのよっ。

これは良品を物色する時の清く正しく純粋な瞳よ!!

あのころころと肥えた肉厚そうな身体といい。

ずんぐりむっくり、動きのトロそうな姿かたちといい。

ちょっとばかし良いトコのオバサマかもしれないおっとりしてそうな雰囲気といい。

…これぞ良品。

――よし、決めたわ。

「エイラ。あのオバサンにするわよ」

 にんまり、目を細めて言った私に、エイラの情けなくなった声が追いかけてきた。

「何をですか…お嬢様ぁ…」

 いやだわエイラ。分かってるくせに。


 30分ほどに及んだカノーマー司教の説教が終わり、彼が控え室の方へと引き上げるまで、教会内は信じられない程に静かだった。

が、それも司教の姿が見えなくなるまでの話。

控え室のドアが司教を飲み込んで閉まる音が木霊した途端、教会内は一挙に熱気を取り戻した。

 阿鼻叫喚、と形容しても当たらずも遠からず、かもしれない。

騒ぎ出す、というよりは叫び出す、の表現が当て嵌まるような少女達の黄色い声。

果たしてココは教会なのかと、小一時間問い正したいくらいの騒ぎよう。

…ついてけないわよ、私には。

そう歳も変わらないだろう少女達のはしゃぎようを、ついつい遠い目で眺めながらそう思う。

 もとより、こういう集団は苦手だったりする。

小さい頃も、同じ年頃の女の子達と遊ぶより、アルとその兄サマと3人で剣に見立てた棒切れでじゃれてる方が多かったしね。

そういやあの頃は、何をやっても勝つのはアルより私。

泣きながら後をついて来ていたアルフリードを思い出して、私は小さく笑う。

…今その話を出すと、嫌がられそうだけど。

「お嬢様っ」

「…ん?」

 ほんの僅か、意識を飛ばしていた私は、呼ぶ声に我に返る。

見遣ればエイラが慌てた様子で前方を指差していた。

ひしめいていた人影は、それでも随分と数を減らしたように思う。

ま、カノーマー司教が目的なんだろうから、お説教が終わればさっさと帰るのは当たり前か。

 ややまばらになった人ごみの中、エイラの指差す先、「獲物」がのそり席を立ったところだった。

そのままのっしのっしと、人の合間を縫うようにこちらへと向かってくる。

小柄なカバのごとくこちらへと歩いてくるその姿は、なかなかに奇抜な紫の光沢ある布で織られた羽織を彼女が羽織っていなければ、人ごみに紛れてしまいそうだった。

「こ、こっちに来ますよ、お嬢様っ」

 どうしましょう、と袖を引く。

…いや、いやいや。

「大丈夫よ、エイラ。私達の狙いに気付いてるわけないでしょ」

 まさか私達の会話が聞こえていたわけではあるまいて。

妙に慌てるエイラを宥めつつ、視線でオバサンを追いかける。

近付いてきたオバサンはしかし、こちらに注意を払うことなく、すぐ傍の入り口から外へと消えた。

「懺悔はこのまま、教会の奥の懺悔室…よね?」

 小さく尋ねた私に、エイラが正面を確認しながら頷く。

「他の三人はあのまま座ってますし…、そうだったと思うんですけど」

 …という事は、だ。

――チャンス到来?

フレアの手を引いて、私は身を翻す。

「追いかけるわよ、エイラ」

「へ?…え、ま、待って下さいよ、お嬢様…!」

 慌てて追いかけてくる声を背に、私は前方の丸い背中を見失わぬよう追いかける。

教会から出た小柄なカバサン…もといオバサンは、私の視界の先、帰って行く少女達の波から逸れて教会裏手へと歩いていく。

その後姿は、どことなくそわそわと落ち着きがない。

気付かれぬよう、私はその後を追った。

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