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◆2 あんたら、私にどうしろっての?

 そもそも、お嬢様である私がこんな真似をしているのには、聞くも涙語るも涙な訳がある。

そう、始まりは昨日のティータイムだった。


 一面大理石張りのテラス。

それなりに広い庭には、赤い花をつけた木々や背の低い植木。

テラスから一歩踏み出した芝生の上では、なんて鳥だろう、黄色い背中の小さな鳥が餌を啄ばんでいる。

風は穏やかで、春を目前にしたこの季節、柔らかな陽射しが昼下がりのテラスに降り注いでいて、なんとも心地よい。

 テラスに置かれたティータイム用の丸テーブルと一対の椅子。

そこに腰掛けてのんびりと陽射しを堪能しながら、私はぼんやり庭の様子を眺めていた。

隣では、私の世話係であるエイラが、そそくさとアフタヌーンティーの用意をしてくれている。

かすかに良い匂いが、私の鼻先に届いた。

うっとりと目を瞑る。

風が揺らす梢の音が耳に届いて…しかし、次の瞬間。

 がっちゃーん!!!

何の予告もなく、派手な音とともに、白い陶器の破片がこれまたド派手に散乱した。

「も、申し訳ありませんっ」

 目を丸くする私の斜め隣、エイラが顔面蒼白になってしゃがみ込んだ。

そのままつい今しがた彼女が落として割れてしまったティーポットの破片を拾い始める。

辺りには、カップに注がれることなく足元にぶちまけられた紅茶の芳しい香りがほんわかと広がった。

 ああ…、私のお気に入りのティーセット…。

しばし、呆然と愛用のティーポットの慣れの果てを見守っていた私。

「…ぃっ!」

 小さく上がった悲鳴にはたと我に返る。

「大丈夫、エイラ!?」

 椅子から飛び降り、彼女の横にしゃがんでエイラの手を取ると、その指先には小さく丸い血の粒が浮かび上がった。

素手で拾った陶器の破片で傷ついたらしい。

「…申し訳ありません。お嬢様の気に入ってらしたティーセットを…私…」

 ぽつりと、俯いたままそう言って、彼女は血の滲んだ手を引いた。

「それは別に構わないわ。それより指、大丈夫?」

「こんなのは、舐めてれば治ります」

 事も無げに言って、血の滲む指先をぺろりと舐める彼女。

そのまま、動きを止めてしまう。

「…エイラ?」

 ちょっと…?

どうしたっていうのよ?

しおしおと俯いて、じっと固まっているエイラを、私は隣にしゃがんだままこっそりと覗き込む。

ぎょっ!!!

「わ…私、別に怒ってなんていないからね?」

 思わずどもりながら、彼女の肩を軽く揺する。

ほろほろはらはら。

彼女の頬を伝って零れた涙が、足もとの紅茶の水溜りへと落ちていった。

な、な、なんで泣いてるのよ!?

「そ、そりゃ、確かにちょーっとお気に入りではあったけど!だけど、ほら、形あるものはいつかは壊れるっていうじゃない?!それがたまたま今日だっただけで!ほぉら、私のこの晴れやかな顔を見なさい。私の広い心にかかれば、あんたがティーセットを放り投げて全部割ろうが何だろうがこれっぽっちも…」

 半分錯乱しながらゆさゆさとエイラの肩を揺する私。

言っておくけど、私、エイラとは仲良くやってるのよ!?

間違っても、こんなティーポットが割れたくらいでひび割れるような関係ではないはず!

何てったってこのエイラ、私のお付きになって早4年。

お嬢様お嬢様と私のことも慕ってくれてるし。

私としても1歳違いの可愛い妹のような感じで、もちろん辛くあたったり苛めたりなんて事はしたことがない。…と思う。

それが何でまた、ティーポットを割ったくらいでこんなボロボロと。

「お、お嬢様…」

 揺さぶっていたエイラが僅かに顔を起すと、目が合った。

くりくりと真ん丸い目に大粒の涙が溢れて、頬を濡らしている。

「エイラ?」

 途端、『ふにゃっ』というか『くしゃっ』というか、エイラの表情が崩れてまたも大粒の涙。

あああああっ!!!

何だって言うのよっ!

 今度こそ肩を震わせて泣き出してしまった彼女を前に、私は途方に暮れた。

テラスには二人きり。

足元には無残に散らばるティーポット。

しゃがみ込んで泣きじゃくる世話係に、その横にしゃがむ主人。

…ちょっと。

これじゃ、まるで…。

「…何苛めてるんだよ、リィン」

 私の心の中を読んだかのように、上から場違いにのんびりとした言葉が降ってきた。

この声は…。

私はやはり途方に暮れた表情のままで顔だけを上げる。

「…アル」

 そこには予想通り、眠そうな表情でどこか呆れたように私達を見下ろすアルフリードの姿があった。

てか、いつのまにそこに立ったのよ、あんた。

私の真後ろに陣取りながら、アルが一つ欠伸をする。

「アルフリード様…」

 泣きじゃくりながら、エイラも顔を上げると、まだしゃくりあげながらもそそくさと目許を拭う。

「ち、違、うん、です…。違う、んで、すぅ…っ」

 しゃくり上げながらのため、言葉も切れ切れ、息も絶え絶え。

私は手を伸ばして彼女の背を撫でながら、言葉の続きを待った。

「そうじゃ、なく、て。か、彼…。彼が…」

 一生懸命、喉を鳴らしながらエイラ。

「う、う、うわ、浮気…、浮気、してるかも、しれないんですぅ〜」

 耐えきれない、というふうに再び大きくしゃくり上げる彼女に、私の手が止まる。

…か、彼?

う、う、浮気???

い、一体全体、何の話なのよ、それはっ!!!

言うだけ言って、俯くと盛大に泣きじゃくるエイラ。

 空いた口が塞がらぬままに、見上げた先、アルの眠そうな瞳と目が合った。

「そうなんだって」

 軽く肩を竦めながら、どうでも良さそうにアル。

…。

…いや。

…いやいや。

『そうなんだって』、と言われましても。

ねぇ…?

 目の前に泣き喚く世話係、背中には我関せずな幼馴染。

私はさらに途方に暮れた。

…あんたら、私にどうしろっての?

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