◆26 それが一番いいのよね…?
**やや間が空いてしまいましたが、ぼっちら続きを投稿します。前回のお答えは…1:スリジャヤワルダナプラコッテ→スリランカの首都、2:ヴィットーリオ・エマヌエーレ(2世)→イタリア「祖国の父」。イタリアを統一したサルディーニャ国王の名前、でございました。…ではでは、本編へどうぞ(笑)
これってば、どうなのよ――…?
足を一歩踏み入れて、最初の感想がそれである。
見上げれば、遥か高く尖塔型に尖った天井。
同じく高い位置にある縦長の窓からは、真昼の柔らかい日差しが差し込んでいる。
帯状になって薄暗い内部へと差し込む光の中で、ちらちらと細かい埃が舞っていた。
「たっのしみですねぇ〜」
んふふ、と奇妙な笑い声を交えて聞こえてくるエイラの声は、ざわめきに半ば埋もれている。
「…あんた、良く平気よね」
思わず遠い目になりながら、隣を見遣った視界の端、映るのは溢れ返らんばかりの人、人、人。
隣に佇むエイラが、再び妙な笑い声を交えて私を見遣った。
「うふふ、そりゃあもう!何てったって、生のミラルド様が拝めるんですよっ」
いつもよりテンション3割増、笑顔も煌き50パーセント増量中。
顔中を輝かせたエイラが飛び跳ねんばかりに頷いて、私は何度目かになるため息を吐き出す。
そのまま深く息を吸い込んだ。
…だって、酸欠になりそうなんだもの。
お察しの通り、今私達がいるのは、城内の教会だ。
それも、カノーマー司教の有難いお説教が始まる5分前。
――甘く見すぎてたわ。
教会の最後部、石造りの冷たい壁に背を預けながら、目の前に広がる光景にげっそりする。
これぞまさに、地獄絵図。
…もとい、乙女の花園。
いや、もう、ココはいづこ?状態なわけよ。
城下町一の大きさを誇る城内大教会、その広い敷地には、所狭しと乙女が集い…。
というと聞こえが良いけど、ようは所狭しと犇いちゃってるのよね、オトメが。
牛、牛、牛、と書いてヒシメク。
まさにそれ、そんな感じ。
見渡す限り、教会内に溢れ返る女の子の群れ。
教会に秩序良く並べられた木の長椅子なんか、まったく意味を為してはいない。
正面壇上から伸びた中央通路だって、下の赤い絨毯はかけらも見えやしない。
何よりもこの熱気。
まだまだ爽やかな季節だというのに、ここだけは真夏常夏。
今にも「ミラルドコール」を始めそうな少女達の熱気には、正直怖いものがある。
「…だいたい、お説教なんじゃなかったのかしら」
呆れて呟いた私の声は、ざわめきに掻き消される。
…まあ、逆に。
これだけ人が溢れ返ってれば、私達が目立つ事はないけど。
ちらり、視線を下に向ければ、私のズボンをしっかと握る小さい手。
「大丈夫?フレア」
軽く屈むように俯いた私を、目深にフードを被った少女が見上げてくる。
物言わぬ赤い瞳が僅かに揺らめいた。
その胸元には二つの膨らみ。
言わずもがな、そこにいるのはふにふにズ。
…さすがに、歌って踊れるヌイグルミもどきを人様の目に晒すわけにもいかないしね。
「……」
くん、とズボンを引く手に力が篭る。
「…うん。も少しの辛抱だから」
よしよし、とフードの上から頭を撫でて、私は息を吐き出した。
そう、ここに来ている「私達」。
つまり、私とエイラ、フレアとふに男ふに子のふにふにズ。
仕事に出ているアル以外は、結局全員集合だったりして。
…いや、だって。
家に置いてくるわけにもいかないじゃない?
ここに来るまでの道すがら、ウィングとラグウの襲撃に備えて、私の格好は今日も男装だ。
髪は纏めて、頭の上にくるくると乗っけ。
動きやすいチュニックに、ピタリとした細身のズボン。
腰からは、使いやすい…実は密かに手に馴染んでいるレイピアが一振り吊られている。
…こんな場所にこんな姿で出掛けた事を父様が知ったら、卒倒モンだろうけどね。
が、しかし。
心配を他所に、教会にたどり着くまで奴らの襲撃はなかった。
さすがにこの人ごみの中、仕掛けてきたりはしないだろうから、私の心配も杞憂に終わるのかもしれない。
…というか、その方がありがたい。
なんにしろ、この後出てくるはずのカノーマー司教へとこの子達を無事に届ければ、それで私はお役目御免。
…なんとなく、尻切れトンボな気もするけれど。
この子達が望んだ事だもの。
それが一番いいのよね…?
「――お嬢様!」
小さく、エイラが息を呑むように私を呼んで。
「?」
エイラを見遣った瞬間、一瞬にして教会内の空気が変わる。
立ち込めていた熱気が嘘のように潜まり、代わりに教会内を水を打ったように静けさが支配する。
…何?
思わず息を潜めながら、エイラの視線の先を見て、そうして私は息を呑んだ。
――ミラルド・カノーマー。
教会内の全ての視線が、彼へと向けられていた。
いつの間に控え室から出てきたのか、遥か前方にある壇上へと、白い姿がゆっくりと歩を進めていく。
ゆったりとした白い長衣は、彼の足元まで落ちていて、所々に刺繍の施された青が揺れる。彼が歩を進める度、肩から流れる銀色の髪が光を弾いた。
全員の目が、吸い付けられるように彼を見ている。
その視線をものともせず、カノーマー司教はゆっくりとした動作で祭壇前へと立った。
祭壇に祭られたエルフレア像の慈愛に満ちた眼差しが、司教を見下ろしている。
ふわり、軽い動作で、カノーマー司教の両手が持ち上がり、広げられた。
白い司教服の、衣擦れの音までも聞こえてきそうな静寂の中、柔らかな声が降って来る。
「――皆さん。今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
朗々と、良く響く声。
耳に心地よいその声音で彼が紡ぐ言葉は、ありきたりなものなのに、どこか特別に聞こえる。
これだけの人が犇めく中、しかし、彼の存在だけで場の空気は一変していた。
これぞ教会。
厳かな空気に、誰一人として声を上げる事ができない。
少女達も、エイラも、そしてそれは私すらも例外ではなく。
…こりゃ、本物だわ。
ゆったりと話しはじめる司教の姿を遠く眺めながら、漸く私はその呪縛から抜け出せた。
隣のエイラは、まだぽわわんとした眼差しで司教の姿に釘付けだ。
広い教会の最後部、さすがにここからでは司教の表情までは伺えない。
せいぜい、その背筋の正されたスラリとした姿を有難く拝むくらいだけど…。
それでも、何ていうか。カリスマっていうのかしら…?
目を惹きつけ、心を惹きつけるものを、確かにこの司教は持っている。
ふいに、ズボンが強く引かれる。
「…フレア?」
ごく小さく呼び掛けた私を、フレアが見ることはない。
フードの下、ただ懸命に、正面へと視線を向けて耳を澄ましている。
人ごみの中、彼女の身長ではとてもではないが、前で話すカノーマー司教の姿は捉えられないだろうに、その赤い瞳にはどこか必死な光が満ちていた。
――彼しかいない。
昨日の夜、そう言ったふに男の言葉が甦る。
「……」
再び視線を向けた祭壇。
白い姿で教義を語る司教の瞳は、エルフレア像の瞳と同じ暖かな慈愛を含んだ眼差しで、こちらへと向けているような気がした。