◇25.5 〜命名しちゃいましょ〜
**いつも読んで下さってありがとうございます(礼)今回は準本編、ちょっぴり休憩編でございます。とは言っても一応本編に連なっているので、どうぞ読んでやって下さいまし(笑)それではそれでは。
夜の帳が降りる頃。
窓ガラスを通して小さく夜の鳥が啼く声が聞こえてくる。
室内に灯された明かりは闇を払う勢いで煌々と揺らめいて、私の影を色濃く壁に張り付かせている。
白い壁と、そう広くはない室内に小奇麗に並んだベッドが二つ。
その間にあるサイドテーブルと、部屋の端には小さなソファセットがひっそりと置かれている。
私の部屋…といいたいところだけど、ここはお隣、客室である。
柔らかな絨毯を足裏に踏み締めつつ、私は一つ頷いた。
「窓よし。壁よし。ドアもよし!」
指差し確認、くるりとその場で一回転。
後を追うように、ゆったりとした言葉が飛んでくる。
「壁良しって何なのさ。…だいたい、今からドアを閉めておく必要もないよ」
見遣れば、ベッドに脚を組んで落ち着いているアルが、欠伸がてらにこちらを見ていた。
寛ぐ彼の服装は、楽そうなパジャマだ。
薄青のそのパジャマはサイズが合わずに、半分肩がずり落ちていたりする。
…さすがに父様のパジャマは大きすぎたかしら?
「いいのよ、念には念を篭めておかなきゃ」
一息つきつつ、私はアルの傍まで歩み寄った。
その隣へと腰を下ろせば、ベッドのよろしく効いたスプリングが私の重みを受け止める。
一気に身体の力が抜けた。
「…それにしても、大丈夫なの?」
視線の先、目の前のもう一つのベッドには、やんわりとした膨らみ。
薄い布団の中には、夕方から昏々と眠り続けるフレアが横たわっている。
その横には、こちらを向いてふわり浮遊している二匹のピクシー。
「何が?」
眠そうなアルが、緩慢な動きで私へと顔を向けた。
「私もココにいなくて、大丈夫なのかって聞いてるのよ」
半分寝ぼけてそうなその瞳を覗き込みつつ、私は片眉を上げる。
「…ああ」
返事が返ってくるまでおよそ2秒。
――ちょっと。
ちゃんと起きてるんでしょうね?
じっと見つめた先、やる気のなさそうな様子のアルが、大欠伸を漏らした。
「…」
不可抗力にうつった欠伸に口を開けて、思わず沈黙。
…ほんと、大丈夫なのかしら…ねぇ?
そもそも、再襲撃を危惧して頑なにお泊りを譲らなかったのはアルだ。
そりゃまあ、確かに。
夕方の襲撃者サンたちには、家も知られているわけだし。
今日の夜に再び奴らがやってこないとも限らない。
…だからこそ、人数は多いほうがいいわけでしょ?
アルが泊まっていってくれるのは、正直助かるわよ。
さすがに、一人でフレアを守り切る自信は…、悔しいかな、あまりない。
だけど。
そうだからこそ、私も一緒にいるって言っているのに…。
アルの返答は、やはり頑なにこうだ。
『リィンは一応、女の子だろう?』
一応ってのに引っかかりは覚えるけど。
しかも疑問系なのが符に落ちなかったりもするけれど。
『さすがに、同じベッドで眠るのはどうかと思うよ』
さらりと言われれば二の句が告げない。
幼馴染で兄弟同然とはいえ、確かにそれはどうかとは思う。
…いや、もちろん間違いが起こるなんて事は、どうやっても有り得ないわよ?
そりゃあもう、天地がひっくり返ろうと、お星様がぜーんぶ落ちてこようと。
有り得ないけど…、やっぱりそこはそこ、一応ねえ?
私もアルも、一緒にお風呂に入っていた昔のようなガキんちょではないのだから。
ベッドの一つではフレアが寝息を立てているし、となれば残るベッドは一つ。
――あんたが床で寝れば問題ないじゃない。
なんて事はさすがに言えないわよ、この場合、いくら私でも。
しぶしぶ、私は隣の自分の部屋でご就寝って事になったんだけど…。
――やっぱり心配なのよね。
「リィンだって隣にいるし。それに、まあ、ピクシー達もいるしね」
「今のわしらにできる事なんぞ、限られておるがの」
のんびりと言うアルの言葉を遮って、水色ピクシーがこちらへとゆらり近付いた。
…てっきり寝てるのかと思ってたら。
「まだ、充電が十分じゃありませんの。一人では私たちは非力ですし…」
こちらは桃色ピクシー。
同じく空中を浮遊しながらこちらへと寄ってくる。
「起きてたのかい」
驚いたようにアルが言うのに、ピクシーたちが顔を見合わせた。
「わしらは睡眠を必要としないのじゃ」
「…今日の夕方まで思いっきり寝てたじゃないのよ」
思わず口を挟んだ私に、桃色ピクシーがずずい、と顔を寄せた。
反射的に仰け反る私に構わず、桃色の身体がぷるぷると揺れる。
「お恥ずかしい話ですわ。…あれは、いわゆるショートというやつですの」
「能力の使いすぎで、一時的に仮死状態に陥っておったのじゃ」
「仮死状態…」
うむ、と大仰に頷く水色ピクシーの黒い瞳がこちらを見やる。
「昨夜の空間跳躍の時じゃな。想定外の重量を一気に転移させてしもうたらしくてのう…」
しみじみと呟くように語る渋い声に、私とアルは一瞬目を見合わせた。
…いやその。
覚えがあるような、ないような。
昨夜っていうと、やっぱり、例の「ぎゅっと貼り付け大作戦」失敗の時…よね?
ルクスだけを運んでくるつもりが、私たちまで…さらにはベッドまで運んじゃったもんだから、重量オーバーしてしまったと…。
ていうか、あのテレポーテーション、この子達の仕業だったの?
案外、すごいんじゃないの、ヌイグルミもどき。
まじまじと見つめる私に気付いて、水色ピクシーと桃色ピクシーが揃って私の方を向く。
…そういえば。
ずっと気になってたんだけど。
「あんた達、名前とかってないわけ?」
柔らかいグリーンのパジャマに包まれた脚をのんびりと組みながら尋ねた私に、
「ありませんわ」
あっけらかんと桃色ピクシーが返答する。
あ、やっぱり。
どうりで一度も名前で呼び合わないわけね。
…だけどこう、名前がないってのは不便だわ…。
じぃっとピクシーたちを観察する。
その視線に気付いて、アルがぽつりと口を開いた。
「…もしかして、名前…」
「――ふに男、ふに子」
皆まで言わせず、私は水色、桃色の順にピクシーを指差した。
一瞬、二匹の身体が同時に竦み上がったような気がするけど、気にしない。
「二匹合わせて、ふにふにズ」
にっこり笑って言葉を続ける。
――うん。
我ながら、簡潔にして体を現す、これ以上にない素敵なネーミングだわ。
「…あ、あの…、ですわ」
会心の笑みを浮かべる私の鼻先、おずおずと近寄ってきたふに子が遠慮がちに身体を震わせた。
「なあに?」
「…その、もう少し…。もう少し、品のあるお名前が…」
ぴくり、片眉を上げた私に、ふに子の声が半ばで途切れる。
ピリピリと、その桃色の表面が波打った。
ほほう?
私がつけてやったありがたくもピッタリな名前が、気にいらないと?
「そ、…そうじゃの。も、もう少し…何というか、捻りがあった方が…」
これまた遠慮がち、ふに男がふに子の後ろから声を小さくして嘆願する。
「…――分かったわ」
そこまで言うのなら。
そのまますぅっと目を細めるのに従って、ふにふにズの身体がこれまたすぅっと細長くなる。
私はゆっくりと、ふに男とふに子を指差した。
「ヴィットーリオエマヌエーレ、スリジャヤワルダナプラコッテ」
「すまなんだ。わしが悪かった」
「ですわ」
瞬時に返って来たふにふにズの返答に、にっこり笑顔の私の隣、アルが遠い目で呟いた。
「…昔から変わらないよね、リィンのそのネーミングセンス」
かくして無事、ピクシーの命名も済み。
夜中の番は、眠らないらしい彼らにお願いし。
私は自分の部屋へと引き上げたわけだけど。
結局、その晩は拍子抜けする程に何もなく…。
やがて再び太陽が顔を見せる頃、私は気持ちよく目を覚ますことになるのだった――。
**さてはて、恒例・ここでクイズのお時間がやってまいりました♪リィンの命名中に出て来た「ヴィットーリオエマヌエーレ」「スリジャヤワルダナプラコッテ」さて、何の名前でしょう?(笑)大正が出会った横文字の中で、群を抜いて長ったらしい二つを使ってしまいました。息抜きしたところで、次は再びお話を進めます。どうぞ、お付き合いくださいませね(礼)