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◆25 どうやってでも、でしょう?

「…だからと言って、今から突然『こんばんわ』って訳にはいかないわよねえ…」

 深く息を吐き出しながら、私はソファの角へと背中をぶつけた。

窓の外、見える景色はすでに半ば闇に沈んでいる。

ラグに座ったまま、ずるずると身体をずらして楽な姿勢を取る。

 …なんかこう、どっと疲れた気がするわ。

斜めに傾斜する私の身体の上、白い髪が胸元に顔を埋めて眠っている。

その細い身体がずり落ちないように片手を回しながら、私はさらに一つ、ため息をつく。

「相手が、その辺の酒場で一杯引っ掛けてるような人なら話は早いんだけど…」

「ミラルド様は、そんな事しませんっ」

 何やら力一杯エイラの否定が飛んでくる。

ぐっと両手に拳を作って私を睨んでいるエイラを見返して、私は肩を落とした。

「――でしょうね」

 さすがに教会のお偉いサンが、その辺に転がってる訳はなく。

…となると、どうやってコンタクトを取るか、よ。

こちとら、教会の信徒でも何でもない上に、教会にコネクションも特にない。

カノーマー司教なら、私も何回かは見かけた事があるけど。

一人でふらふらしているような場面は一度たりとも見たことがない。

当然のように、彼の周りにはいつも護衛が付いていた。

そうすると、だ。

「正攻法は…」

「時間がかかると思うよ」

 言いかけた私の言葉を遮って、アルが憎らしい程ゆったりと口を挟む。

「用件を添えて謁見を申し込んでから、司教と実際に会えるまで、下手をしたら数ヶ月。…まあ、用件に向こうが反応してくれれば、もう少し早く会えるかもしれないけどね」

 足を崩して寛ぐアルの瞳が、フレアへと向けられた。

視線を上げて見遣った先の水色ピクシーが、僅かに身体を揺らす。

「…うむ」

 返ってくるのは生返事だ。

「他には…」

「あのー…」

 ちょこん、と視界の端でエイラが手を上げる。

目が合うと、何やらエイラの瞳がきらりと輝いた。

反射的に警戒を深めつつ、私は視線で先を促す。

「お説教の時間なんて、どうでしょう?」

「説教…?」

「はい。ミラルド様は週に2回、ご自分が教会に立たれて説教をされるんです。お忙しい中、時間を割いて、信徒の為にあの素晴らしいお声で教えを説かれて…。私、特にエルフレア教に興味はないんですけど、あのお姿を拝見したらついふらふらっと…」

 困ったように頬を染めてエイラ。

え、えー…っと。

「その説教は、いつ行われるんだい?」

 私の代わりに、アルがエイラを見遣った。

「それがちょうど明日なんですよね、ミラルド様のお説教」

 うふふ、と妙な笑いを含ませながらエイラの浮かれた声が続ける。

「午前中は、お城の教会での雑用兼執務をなさって…正午からがお説教。その後、15時頃に遅めのお昼をなさって、30分の休憩。それからお城で大臣様との対談、城下町の各教会への視察訪問をこなされて、お城に再び戻られるのは20時頃の予定ですね」

 サラサラサラ。

エイラの口から紡がれる司教の予定は淀みない。

思わず感心して聞いていた私は、はたと我に返る。

「ちょっと。なんで知ってるのよ、エイラ…?」

 それも、そんな詳細に。

司教のそんなスケジュール、街中に張り出されたり、ましてやビラになってお空をひらひらとんでいたりはしないわよ…!?

――いや、うん、当たり前なんだけど。

額に汗して尋ねた私に、良くぞ聞いてくれましたとばかり、エイラが胸を張った。

「常識ですよ、お嬢様!」

 キラリ、エイラの表情が鋭さを増す。

「城下町に住む乙女たるもの、今をときめく殿方のスケジュールくらいは網羅していて然るべきです!!…ちなみに、アルフリード様の明日のご予定は、城内での警備でしたよね?」

 乙女モード全開の視線を向けられて、アルが一瞬動きを止めた。

「…。…良く知っているね」

「周知の事実、ですわ」

 鼻を鳴らしてエイラ。

…どうやらアルのスケジュールは、乙女達の間では「周知の事実」らしい。

個人情報もくそもあったもんじゃない、恐るべし、乙女パワー。

いつもと変わらぬようにも見えるアルの、僅かにげっそりとしたように下がった眦に、思わず笑いがこみ上げた。

「…リィン」

 笑い事じゃないよ、とアルの低くなった声が私を窘める。

揺れた肩を慌てて止めて、私は一つ軽い咳払いで場を保つ。

「…それで。とりあえず、そのカノーマー司教は、明日のお説教の時間になら、皆の前に出てくるのね?」

 確認をとった私に、エイラが満面の笑顔で頷いた。

「はい」

「なら、その時にフレアを連れて――」

「いかん」

 頷きかけた私の言葉を、渋い声が短く遮った。

今まで黙って聞いていた水色ピクシーが、じっと私を見つめている。

「そこには、多くの人間が集まっておるのだろう?…どこで研究所の目が光っているとも限らんのじゃ」

「何とか、マスター・ミラルドとだけコンタクトを取れませんの…?」

 水色の隣に並んだ桃色が、首を傾げるかのように身体を斜めに動かした。

そ、そうは言ってもねぇ…。

思わず言葉を止めて、アルを見る。

アルの指が軽く顎先に添えられて、思案するように一つ顎を撫でた。

「…司教だけに、フレアの事が伝わればいいのかい?」

「うむ」

「…。…フレアの話を出せば、向こうにも伝わるのね?」

 水色と桃色の身体がしっかりと頷いた。

「――ちなみに、エイラ」

 突如話を振られたエイラが、微妙に背筋を正しながらこちらを見た。

「カノーマー司教と一対一で話ができる機会は?」

「一対一、ですか…。普段は護衛も付いてらっしゃる方ですし、お忙しい方だから無理だと思いますけど…」

 エイラが考えるように黙り込み、その視線が再び私へと戻ってくる。

「そうですね、懺悔の時間なら…」

「ザンゲ…?」

 聞き慣れない単語を反復した私に、アルの声が横槍を入れる。

「ちょうど良いんじゃないの、リィン。懺悔なら腐るほど…」

「――――」

 欠伸がてら言うアルを、半眼の眼差しでもって黙らせてから、エイラへと向き直る。

「――で。それは何時なの」

「お説教の時間の後はいつも懺悔の時間ですけど…。――でもっ」

 大げさに両手を顔の前で振りながら、頭までも振り出すエイラ。

「無理、無理ですよ、お嬢様!ミラルド様の懺悔ですよ?あの人気のミラルド様が、一対一でお話を聞いてくださるんですよ!?半年先まで、予約で一杯ですよっ」

 ちょっと…。

何なのよ、その、予約制の懺悔って。

思わず呆れてへの字に曲がった口を何とかこじ開けて、私はエイラを見返した。

「でも、カノーマー司教とタイで話せるのは、その位なんでしょう?」

 深く息を吐き出しながら言った私の言葉に、何かを察知したのかエイラが僅かに肩を縮めた。

「そ、それはそうですけど」

「――なら、しょうがないね」

 一つ、アルが欠伸とともに頷いた。

「そうね」

 こっくり、私も一つ首を振る。

エイラが私達を交互に見遣って、おそるおそる、といった風に首を竦める。

「…あのう。しょうがない…って…?」

「そりゃ」

「明日の予約者に、変わってもらうしかないだろうね」

 こういう時だけは、私達の息は見事にぴったりだ。

ごくり、エイラの喉が小さく上下した。

「変わってもらうって。ど…、どうやってですかぁ…」

 疑問系でないところが、エイラの成長を物語っている。

世にも情けない表情のエイラを見遣って、私とアルはにっこりと同質の笑みを浮かべた。

そりゃあ、ね。

どうやってでも、でしょう?


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