表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/36

◆24 思い立ったが吉日、ってね

「ある人の、所…?」

 思わずオウム返しに問い返した私に、水色ピクシーの黒い瞳がこちらを映す。

「――…なんじゃ、意外そうじゃの?」

「そりゃ…、まあ、ね」

 あいまいに頷いて、私はアルを見遣った。

「僕達はてっきり、結界間際の森までの護衛かと思っていたからね」

 私の代わりに、クッキーを口に放り込みながらアル。

その隣に置かれたバスケットの中身は、すでに壊滅状態だ。

「護衛には、変わりありませんわよ」

 桃色の身体が空中で跳ねる。

「やつらも…おそらく黙ってはいないでしょうから」

 ウィングとラグウ。

あの瞳を思い出して、背筋を嫌なものが伝う。

こうなった以上、まず間違いなく合間見える事になるんでしょうけど…。

できるなら、再会したい相手ではないのよね。

「それで、そのある人っていうのは?」

 最後の一枚になったクッキーを、遠慮なく齧りながらアル。

桃色の身体が膨らんで、一歩、アルの真正面へと移動した。

「マスター・ミラルド。ミラルド・カノーマーをご存知?」

 出てきた名前に、私達は示し合わせるでもなく、視線を交わす。

ミラルド・カノーマー。

城下町に住んでいれば、一度は耳にした事があるはずの名前だ。

「ミラルド様…。教会の司教様、ですよね?」

 エイラの言葉に、水色ピクシーが不思議そうに身体を揺らした。

「なんじゃ、皆、知っておるのか」

「だって有名人…だもの」

 特に、女の子に大人気。

心の中で付け足しつつ、ちらりと見遣ったエイラの表情に思わず一歩後退する。

そのエイラ、うっとりまったり、頬に手を宛ててあらぬ方を見つめていたり。

「ええ、そりゃあ、もう」

 ほぅ、と熱い吐息なんぞを漏らしながら、「そりゃあ」と「もう」の間はたっぷり3秒。

壁なのか、天井なのか。

焦点の定まっていない潤んだ乙女の瞳が、うっとりと中空を見つめている。

その瞳が、突如強い輝きとともにキッと私に向けられた。

「城下町に住んでいて、彼を知らない女はモグリですよね!?」

 …い、いや、私に言われても。

さらに半歩退きながら、勢いに押されて微妙に頷く。

「何しろ、あのお姿でしょう…?白い司教服に身を包まれて、祭壇前に立たれるお姿の麗しさと言ったら…。流れるような銀糸の髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳、優しげな風貌と、包まれるような美声…。何よりあの、穏やかで、それでいて威厳に満ちた…」

「――城の教会のカノーマー司祭なら、僕もお見かけした事があるね」

 まだまだ続きそうなエイラの声を問答無用に遮って、アルののんびりとした声が響く。

ゆったりと小首を傾げたアルが水色ピクシーを見遣った。

「ちなみに君達の言う、ミラルド・カノーマーは、銀髪に蒼眼なのかい?」

「うむ…、間違いないのう」

「――会いに行かれんですか!?」

 水色ピクシーへとずずい、と顔を近づけながら眼を輝かせてエイラ。

さっきまでの怯えはどこへやら。

むんずとその身体を捕まえそうなエイラの勢いに、本能的に危険を察知してか水色の身体が一回り小さく縮んだ。

「そりゃ、そのカノーマー司教の所にこの子を連れて行くのがご要望とあらば…ね」

 連れて行くしかないでしょう。

すっかり私に身体を預けて眠っているフレアの背を緩く撫でる。

…あまり、気が進まないけど。

ちらり視線を上げれば、お星様を散りばめたエイラの瞳が私を見ていた。

聞くまでも無く、「期待」とその顔に書かれている。

…間違いなく、ついて来る気だわね、これは。

「よろしくお願いしますわ」

 エイラに迫られて縮こまっている水色ピクシーの代わりに、桃色ピクシーから返事が返ってくる。

私より先に、エイラが満面の笑みで大きく頷いた。

 それにしても…だ。

「――なんでまた、カノーマー司教なの?」

 フレアと、このピクシー達、そしてカノーマー司教。

はっきり言って、私の中では全く繋がらない。

 ミラルド・カノーマー。

我がシュヴァイツ王国、国教である聖エルフレア教、王城内の大教会。

その管理を任されているのが、カノーマー司教なのだ。

つまりは、教会のお偉いサン。

現王の覚えもめでたく、民衆からの支持も高い。

その容姿と才覚で、若くして教会をまとめるエリート司教だ。

確か、歳だって30前なんじゃないかしら…?

「…フレアを。安心して任せられるのは、もはや彼しかおらんのじゃ」

 小さく、水色ピクシーが呟いた。

「彼ならば、きっと――。…お願いですわ、無事に、フレアを彼の所まで送り届けてやって下さいな」

 言葉を重ねるように、高い声が哀願する。

4つの黒い瞳に物言わず見つめられて、私はそれ以上の言葉を飲み込んだ。

「…――分かったわ」

 小さく吐息しながら、頷く。

なんだか良く分からないけど…。

とりあえずは、彼らの要求に従って動くしかないわけで。

見下ろした少女は、その胸元が呼吸に上下していなければ、まるで死んでいるかのような顔色だ。

 そう、不安要素は多い。

フレアの体調にしても、ウィングとラグウ…例の襲撃者達のことにしても、ね。

となれば、迅速に行動あるのみ。

やる事さえ決まれば、後はさっさと動くべし。

思い立ったが吉日、ってね。

「頑張りましょうね、お嬢様!」

 妙に弾んだ声が聞こえてきて、私の思考は現実に引き戻された。

何を頑張るつもりなのか、輝きと希望に満ち溢れたエイラが、満面の笑みでこちらを見ている。

…しまった。

不安要素、一件追加。

うう、観光でもなけりゃ、人気者に会いに行こうツアーでもないのよ?

分かってんのかしらね、この子…?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ