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◆22 この街に…あるっての?

夕刻の柔らな日差しが窓から差し込んできて、萌黄色の絨毯を橙色に染めている。

所変わって、ここは私の部屋だったりする。

…いや、だって、ねぇ?

さすがにあのまま芝生の上で話し込むってのは、ちょっとね。

 それに何より、あの襲撃の後だもの。

そりゃ、あいつらがすぐに再襲撃に戻ってくるとは考えにくいけど、あんな開けっぴろげ死角ありありな庭で暢気におしゃべりって訳にはいかない。

その点、ここなら周りに壁がある分、ちょっとはマシだと思われる。

さすがにあのウィングとかいう奴も、壁ぶち破っては突入してきたりはしないでしょ。

 視界の中、さわさわと風に揺らされて庭を彩る木立がざわめく。

のどか過ぎる庭の様子に密かに息をつきながら、私はしばし見遣っていた窓の外から視線を戻した。

 真中には、水色の物体がふうわりと浮遊して、私たちの動きを黙って見守っている。

その向かい、ちゃっかりしっかり持ってきたクッキー入りバスケットを隣に置いて寛ぐアルと、ソファからクッションを持ってきてようやくラグの上に腰を落ち着けたエイラ。

同じくラグの上に足を崩した私の膝には、相も変わらず白い髪の少女がちょこんと腰を下ろしている。

しっかりと私の服を掴んでいる少女の赤い瞳は、どこか眠そうに揺らいでいた。

「―――さて、それでは、話を始めてもよいかの」

 問いかけというよりは、確認のように言って、ピクシーが私たちの顔を見回した。

頷くでもなく、全員の視線が黒いつぶらな瞳に向けられる。

水色の身体が、ひとつ揺れて。

ワンテンポおいて、渋いその声が、事の顛末を話し始めた―――。


「ちょっと…、ちょっと待って」

 ピクシーの話を聞いていた私は、耐え切れなくなって手を上げた。

いや、どっちかって言うと頭を抱えたい気分なんだけど…。

なんじゃ、とばかり話の腰を折られたピクシーが、黒い瞳をこちらに向ける。

 だいたいにして、その話は、開口一番から耳を疑いたくなるものだった。

…実際、ここまで私が口を挟まずに静かに聞いてたのは奇跡に近い。

何しろその話始めの台詞というのが、

「わしらは、研究所から逃れて来たのじゃ」

 なんていう、ぶったまげた台詞だったんだから。

――研究所よ?研究所。

こいつが自分で自分を精霊だというのだから、言わずもがな、それは精霊の研究所なわけで。

 …あり得ないわよ。

少なくとも、常識的に考えれば、そんなものは有り得ない。

なぜなら、その研究対象となる精霊自体が、有り得ないモノなのだから。

しつこく言うけど、『精霊』なんてのは、遠い昔のおとぎ話なのよ。その存在を信じてる人がいたとしても、それはせいぜい変わり者か、夢見がちなお子様くらい。常識的かつ一般的な人間は、精霊なんてものは信じてはいない。

 それが、突然、その研究所ときた。

しかも話を聞けばその研究所、思いのほか本格的な施設のようだから、さらにたまげる。

精霊の生態についてや、その能力について。

主に研究されていたのは、その辺りのことだという。

そうして、その被検体となっていたのが彼等なのだと、ピクシーは言った。

「…実験、とか…されちゃったりするんですか?」

 恐る恐る、といった感じでエイラが上目遣いに水色もどきを見遣って尋ねる。

ただでさえ大きなその瞳が、怖いもの見たさの好奇心を映して真ん丸くなっている。

いや、と水色の身体が左右に数度ゆらゆらと揺れた。

「お前さんが思っているような、切ったり貼ったりはされておらん。…やつらにとって、わしらの存在は貴重なようだったからの」

 そりゃ、そうだろう。

精霊の存在が信じられていないのは、彼らが人の前に姿を現すことがないからだ。

そもそも、結界の外にいるはずの精霊が、結界の中に迷い込んでくる事自体が、多分非常に稀な例なのだと思う。ナッシェに関して言えば、自ら好んでこちらにやってきたらしいけど、彼の話を聞く限り、精霊が人間に対してよい感情を持っているとは思えない。

長命である彼らは、先の大戦…人間にとってははるか昔のおとぎ話なんだけど、その記憶を忘れていない者も多いという。

こちらにしてみれば、ぞっとしない話ではあるけどね。

 何にしろ、その本物の精霊を対象に研究を進めている施設が実際にあるなんて、はっきり言って寝耳に水。

というか、熟睡中に氷水、くらいの衝撃なわけで…。

 とりあえず黙ってその話を聞いていた私は、しかし、ついに耐え切れなくなった。

だって、だってよ。

その研究所――。

「この街に…あるっての?」

 信じられない思いをそのまま声にして、ピクシーに確認する。

いや、だって。

今さっき、さらりとのたまったのよ、この水色ヌイグルミもどきは。

こちらに向いた黒い瞳が私を映して、そうしてしっかりと肯定の頷きを返した。

「うむ、そうじゃ。そして逃れたわしらを追ってきたのが…」

「例の彼等、という訳だね」

 至極あっさり、さらりとアルが言葉を続けた。

こ、この街に…。

そんな有り得ないものがあるなんて。

…うう。

な、なんか、くらくらしてきたわ。

いったい誰が、何のために。

当然の問いかけは、ピクシーの一言でかわされる。

「分からん。…わしらとて、研究所内から出ることは許されておらなんだのでな」

「……」

 しばし、室内に沈黙が落ちた。

えーっと……。

 と、とりあえず、まとめてみましょう。

このピクシーと少女は精霊で、捕まっていた研究所から逃れてきた、と。

その研究所はこの街のどこかにあるけど、詳しい場所は分からず、さらに研究所についての詳しい事ははっきり言ってさっぱり分からない。

ただ、そこでは精霊についての研究が為されていた。

 そうして、…そう、重要なのは、ココからよ。

あの襲撃者たち、ウイングとラグウは、その研究所からの追っ手だろうと言う事。

彼らの言動を思い出す限り、彼等の目的はこの少女の奪取のようだった。

…つまり、私たちが少女を匿っている限り、再会は避けられないだろうという事だ。

 ま、分かりきっていた事、といえばそうなんだけど…。

彼等がその研究所とやらから送られてきた、という事とその目的が分かって、気分的にはちょっぴりすっきりではあるけどね。

事態は何ら改善されてはいない。

もちろん、何も分からない状況よりは、数段マシには違いないんだけど。

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