◆20 …乗りかかった船だからね
*前回投稿より半年近く…。こっそりひっそり続きを投稿。今後、スローペースで書き進めて参ります(礼)
静けさを取り戻した庭。
すでに襲撃者たちの姿はそこにはなく、ただ、緊張の冷めやらぬ空気だけが空間を満たしている。
剣を手にしたままのアル、ナイフ片手に芝の上に崩した体勢を手で支えた私と、その腕で震える精霊の少女。
テラスに仁王立ちで、引き攣った表情をその顔に張りつけたまま、こちらを見ていたエイラが、堪りかねたように口を開いた。
「…私、その…クッキーを…」
手にしているバスケットを、軽く掲げながら私達を交互に見る。
「…焼き上がったクッキーを、お持ちしたんですけど…」
ごくり、と生唾を飲む音がこちらまで聞こえる気がする。
怯えと驚愕とが入り混じった表情のエイラが、侵入者たちが消えていった壁の方をちらと見遣った。
「もしかして…お邪魔――…でした?」
今にも回れ右して室内へと戻っていきそうなエイラの様子に、私は一つ息を吐き出して緊張を解す。
アルを見上げれば、視線が合った。
今度こそ深々と息をつきながら、私は芝の上に座りこむ。
「…いえ。助かったわ、エイラ」
ナイフを横の芝上に落ちつけて、腕に庇っていた少女を膝の上に抱いて抱え直す。
僅かに顔を上げた少女の瞳はひどく怯えていた。
震えるその背を緩く撫でながら、エイラへと視線を向ければ、そのエイラが目を瞬く。
「――相当の使い手だね、あれは」
隣のアルが剣を一振り、鞘へと戻しながら言う。
ゆったりとしたいつもどおりの口調に反して、その表情はまだ固い。
「…私も剣を持ち歩こうかしら」
あんなヤツに、丸腰で狙われたんじゃ堪らない。
正直、ほんとに命の危険ってやつを感じたわよ、さっきのは。
「…な、何だったんですか…今の…?」
しっかり襲撃者たちを目撃したらしいエイラが、声までも引き攣り気味に尋ねてくる。
私は軽く肩を竦めた。
「お客サマよ。…招いたおぼえはないけどね」
「用があるのは僕達にじゃなくて、彼女に、だったみたいだね」
アルが、私の膝の上に縮こまっている少女を見下ろした。
少女は、私の肩に顔を押し付けながら震えている。
まだ辺りを警戒しながらも、私達の近くまで寄って来たエイラが、大事そうにバスケットを抱えながらアルの隣に並ぶ。
「…さっきの物騒な人達、この子を狙って…?」
言いながら私と少女を見比べると、首を捻る。
「…ど、どうしてでしょう…?」
「――それは、こっちが聞きたいわ」
ごもっともなエイラの問いに、私は軽く顔を顰めてみせた。
せめて、この子が何か話してくれればそれも分かるのかもしれないけど…。
視線を落として、しがみ付いている少女の背をゆるゆると撫でる。
アルとエイラの視線も、自然と少女に向けられた。
「…」
その視線を感じてか、少女が僅かに顔を上げる。
彼女の口許は閉ざされたまま、ただ赤い瞳だけがかすかに揺らいだ。
不安を感じ取ったのか、身体の震えが大きくなる。
…ふう。
撫でていた少女の背を、ぽんぽんと軽くあやすように叩く。
「安心なさい。…乗りかかった船だからね。大丈夫。あんな怪しい奴等に、あんたのコト、渡したりしないわよ」
少女を安心させるよう、顔を覗き込みながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
アルがしゃがみ込んで、視線の高さを少女と合わせる。
何か言おうと開かれた口から、開口一番漏れるのはお馴染み大欠伸。
…なんだか気が抜けるけど、考えてみれば、彼も寝不足なのだから仕方ないかもしれない。
「同感だね。…なんだか面倒な事になったけど…、こうなった以上、ますます放り出す訳にはいかないよ」
欠伸に涙の浮かんだ目許を軽く擦りながら、そう言う。
「…え、えーっと…」
私達を困ったように見下ろしていたエイラが、ややあって、意を決したように頷いた。
「わ、私も!私に出来る事があったら、お手伝いしますっ」
勢い良く言いながら、私達同様にその場にしゃがみ込む。
3人、少女を中心にしゃがみこむのに、囲まれた少女が不安そうに私を見上げた。
「――その言葉、信じてもよいか?」
どこかこもったような、渋い声での確認。
私たちは頷き…。
そのままぴたり、示し合わせたかのごとく、その動きを止める。
「……」
互いに目配せして、無言のままに探り合う。
――…ちょっと…。
今の、誰の声なのよ…?
一瞬の沈黙の後、全員の視線が私の腕の中、少女へと向けられた。
「おぬし等は…奴らとは少し、違うようじゃな」
ますます渋くなった、しかしやっぱりどこかくぐもった声。
例えるなら、シルバーグレイの超カッコイイおじ様が、風邪引きの病床で、布団を被ったままに喋っているような、そんな声。
そして、その声は…。
「――聞いてくれるか、わしの話を」
あろう事か、少女から聞こえてきたものだった――。