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◆1 夜更かしは、お肌に悪いのよ!?

「怪しいわね」

 私はぽつりと呟いた。

暗い裏路地は、高い建物に挟まれて人一人がやっと通れる横幅しかない。

その壁に張りつきながら、私はそこから見える表通りを覗っていた。

 表通り、と言っても、ここは住宅街。

ただ今時刻は、午前2時30分。

泣く子も黙る丑三つ時というやつだ。

こんな時間にそうそうと人通りもあるわけはなく。

等間隔に並んだ街灯だけが、闇に沈む石畳の通りをぽつぽつと照らしている。

通りの家々はすでに眠りに沈んでいるらしく、物音一つ聞こえてはこない。

 静まり返った真夜中の道り。

そんな中を、たった一つ、ふらりふらりと移動する影がある。

足音さえなく軽やかに、だけどどこか奇妙に力の抜けた動きで、その人影は通りを歩いて行く。

 目を鋭くして、私はそれを凝視した。

「怪しいわ」

 もう一度、息を潜めながら私。

途端、

「何言ってるんだい。怪しさなら、僕らも負けてないよ、リィン」

 耳もとに場違いにスローモーな声が落ちてきた。

勢い良く顔だけで振り向くと、目の前には私を覗き込むようにしてアルの顔。

…ちょっと。

なんなのよ、そのぼやあっとした顔は!

「あんた、ちょっとは緊張感ってモンはないわけ?」

 思わず半眼になりながら、アルのいつもに増してとぼけた顔を片手でむぎゅっと押し返す。

顔が近い、顔が。

私の掌に押し返されるままに一歩退きながら、アルの表情がさらに崩れた。

その大きな欠伸が返答代わりらしく。

「だってさ、今何時だと思ってるんだい」

 欠伸の為に涙のたまった青い双眸で私を見ながら、文句を言うでもなく呟く。

「良い子は夢の中にいる時間」

 しれっと答えた私に、アルは微かに目を細めるともう一度欠伸を漏らした。


 アルフリード・グライアン。

私の幼馴染で、腐れ縁。

今年で16になる男だとはとても思えない程、その表情はあどけない。

闇夜にも浮かび上がりそうなほど白い肌と、闇に溶け込む漆黒の髪。

少女と見まごう愛らしい容貌。

私とそう変わらないであろう体格。

 断言してもいい。

女装したアルと私が並んだら、間違いなくナンパされるのはアルだろう。

…自分で言っててちょっと腹立たしいわね、なんか。

 そんな彼が、今や騎士団でもちょっとした注目株で、貴族のおねー様方からキャーキャー言われる存在だっていうんだから、世の中分からない。

そりゃ、顔が良いのは認めるわよ?

だけどね、本質を見なきゃ駄目よ、本質を!

だってアルなんて、いっつもこのおとぼけ顔で、欠伸が挨拶のようなヤツなのよ?

…おねー様方に言わせりゃ、そこもまた良いらしいんだけど。

……まあ、剣技の方も、確かに筋はいいんだけど。

が、しかし!

サロンで会うおねー様方に、うっかりぽっかり頬なんて染められて、

『いいわね、リィンディアード様は。あのアルフリード様と幼馴染なんでしょう?』

なあんて言われた日には。

私の記憶にあるアルなんて、欠伸に大口開けた間抜け底抜けな姿のみ。

昔から変わらない、私の後をちょこまかと追っかけてくるアルフリード。

とてもじゃないけど、おねー様方に合わせてうっとりと、

『ええ、近頃ますます素敵になって…』

なんつー事は言えやしない。

だって、ねぇ。

 視線の先、三度目になる欠伸を漏らしてぼんやりと通りに目を向けているアルを見つけて、私は思いっきり溜息をついた。

これのどこらへんが、素敵なんだろーねえ…?


 かくいう私、リィンディアード・エルブラント。

このシュヴァイツ王国の貴族の端くれ、エルブラント家の次女。

花も恥らう17歳。

豊かに波打つ金髪は、今はくるくるとまとめて頭の上に乗っかっている。

昔はよく、アルと並んでお人形さんのようだと大人達に言われたものだけど。

今となっては揃いも揃って両親が嘆く。

曰く、『どうしてこんな事に…』。

…失礼しちゃうわよね?

そりゃ、多分…いや、確かに。

私はお姉様のような理想の娘には育たなかったんだろうけど。

 何しろ私の趣味は乗馬に剣術、おまけに男装。

いや、男装は趣味じゃないか。

ほら、こう、ひらひらしてるスカートとかって…不便でしょ?

走るのだって一苦労、間違っても木に登ったりできないし、馬にだって乗れない。

ちなみに、今現在もこの男装中。

…もちろん、時と場合は使い分けてるわよ。

一応、貴族の端くれだし、そのへんはね。

周りの目ってもんがあるから。

あーあ、私ったら、なんで女に生まれちゃったんだろ。

「リィン」

 どうせなら、堂々と馬にも乗れて剣も振りまわせる男に生まれたかったわね。

私とそう変わらない、女の子みたいなアルだって、性別が男ってだけで、私が出来ない事を堂々と出来ちゃうわけでしょ?

私だって、騎士団でかっこよく剣術にでも励みたいわよ。

…あ。

なんか、アルが憎たらしくなってきた。 

「リィン」

 剣呑な瞳で見つめる私を、アルが逆に覗き込んで名を呼ぶ。

「聞いてるかい?リィン」

 小首を傾げる仕草が、妙に可愛くきまっている。

「何よ」

 片眉を上げながら聞き返した私に、アルは無言で通りの先を指差した。

そこには街灯の下、ゆらり歩いて行く影が…。

影が……。

影がないじゃない!!!

「ちょっとっ!?あいつはドコ行っちゃったのよ!」

 ぐあばっと壁に張りついて、通りを探す私に、アルが目許を擦りながら答える。

「だから、彼ならさっき向こうの通路を曲がってったよ。さっきからそう言ってるのに…」

 ご丁寧に欠伸を交えながら説明してくれるアルを、むんずと引っ掴んで身を潜めていた路地から飛び出す。

「そういう事は早く言いなさいよ!!」

 こうなっては隠れていても一緒である。

「…だから、さっきから…」

 何やら言っているアルを引き摺って、私はさっきまで影が歩いていた通りをズカズカと突き進む。

冗談じゃないわ!

これじゃ何の為にこんな夜中にアルまで連れて尾行なんて真似をしたのか分かんないじゃない!

というか、見失ったら私の苦労が水の泡よ!!

夜更かしは、お肌に悪いのよ!?

 ズカズカズカズカ。

自然、歩くのも乱暴になる。

「リィンの大声に気付いて、逃げてなきゃいいけどねー…」

 間延びした声が後ろから聞こえて来て、私はさらに足早に通りを突き進むのだった。



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