表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/36

◆16 …案外、可愛いんじゃない

 寝不足と、普段とは違った体験の連続による疲れと。

私は、ベッドへと入るなり、泥のように眠ってしまった。

夢さえも見ない、深い深い眠りを貪って――。


 きし、と。

何かが小さく軋む音。

意識の端の、どこか遠いところで、私はその音を認識する。

身体がだるい。

「ぅ…」

 自分の小さな声は、自分のものでないかのように遠い。

僅かに感じる寝苦しさに、布団の中で身体をずらす。

きし、と。

再び、小さく先ほどと同じ音が響いた。

――ああ、ベッドだ。

目を閉じたまま、半覚醒のままに思う。

これは、ベッドが軋んでいる音。

断続的に届くその音に、耳が馴染んできた頃。

ふと、私は気付く。

…私は寝返りをうってもいないし、動いてもいない。

「…?」

 重い瞼を薄く開くと、飛びこんでくるのは、萌葱色のカーテン。

外の明るい陽の光に焼かれて、それ自体がまるで発光しているかのように目に眩しい。

私は薄く開けた瞳を、さらに細くしてそれを眺める。

何時だろうか。

太陽はもう高く上っているのかもしれない。

だけどまだ、身体は眠りを求めていた。

 きし。

まただ、この音。

足元から…?

私はゆっくりと、まだ寝惚けたままの視線で音の元を辿る。

「――…!」

 瞬時に、私の頭は活性化した。

私の腰元、布団の上に一塊の影があった。

カーテン越しの淡い光に照らされて、浮かび上がるのは、細い少女の――。

「!!!」

 悲鳴は声にはならない。

予想外の事態に、驚きよりも恐怖が勝った。

生気を吸う精霊が、目の前にいる。

吸い込んだ息が喉の奥に詰まって、どくどくと全身を脈打たせる。

恐怖のままに布団を蹴って跳ね起きようとして、しかし、私の動きは時間とともに停止する。

少女の瞳と、空中で視線が絡む。

紅い二つの瞳が、私以上に驚愕を浮かべて私を見下ろしていた。

小さな身体に見合わぬ大きな瞳は、驚きにさらに大きく見開かれていて。

それは私の目の前で、徐々に、怯えの色に侵食されていく。

「…」

 私は、まるで金縛りにでもあったかのように動けない。

揺れる朱の瞳が映し出すのは、怯えと恐怖だ。

少なくとも、敵意や攻撃性を、そこに見出すことはできない。

少女の瞳を真正面から受け止めて、そこでようやく思い至る。

怖がっているのは、私だけではないのだ。

私が彼女に恐怖しているのと同様、彼女も私に怯えている。

出会った時にも、怯えて固まってしまっていた少女の様子を思い出す。

そう気付くと、僅かながら恐怖は和らいだ。

生気を吸い取られるかもしれない、と、構えていた体の緊張を少し解す。

そのまましばし、互いを探るように視線を絡めて。

 どのくらいの間、そうやっていたのかは、分からない。

詰めていた息を、私はことさらゆっくりと吐き出した。

同時に、身体からさざ波のように恐怖の感情も薄れていく。

…大丈夫。

動かなかった指先の感覚が戻って来る。

私は、静かに冷静さを取り戻す。

一つ瞬いて、改めて少女を見返した。

 この子は精霊で、人の生気を糧にしていて。

それは、私達にとって、恐ろしいことには違いない。

少女の揺れる瞳の中に、私の姿が映し出されている。

だけど…。

小さくなって細い肩を震わせる、青白い顔の少女。 

私の中の思いは、確信へと変わっていく。

この少女の存在自体が、そう恐ろしいものだとは、思えない…。

その確信は、私の中の少女に対する恐怖を打ち消していく。

『精霊』の彼女は、しかし、今は怯えて震える、ただの小さな子供だった。

僅かな逡巡。

「ねえ」

 小さく呼び掛けると、少女の瞳がまた大きくなった。

逃げるか、気を失うか、そう思ったけれど、彼女は瞠目したままに私を見つめている。

こうして見れば、喋らない彼女の目は、その感情をよく表している。

怯えから、不安。

私の中に不思議な感覚が去来する。

そこにしゃがんだままの少女に、私は彼女を驚かせぬよう、ゆっくりと動く。

軽く自分の布団の端を捲って、少女に視線を向けた。

「…入る?」

 言葉も、なるべく静かに、優しく。

少女の瞳がゆっくりと一度瞬いた。

不安から、戸惑い。

そんな少女を、私はしばらくそのままに見つめていた。

動かない少女に、さすがに無理だったかと諦めかけた頃。

少女がそっと、ベッドを軋ませてこちらへと近寄った。

僅かに驚く私に、少女は恐る恐るといった感じで少しづつ、移動してくる。

かと思ったら、驚く程の早さで捲った布団からスルリと中に潜りこんだ。

「……」

 そのまま、私の顔も見ずに膝を抱えて丸くなる。

冬眠する仔グマのように、丸まってぴくりとも動かなくなった少女を眺めて、私は思わず小さく瞬いた。僅かに重なる身体が、冷えている。

捲った布団を、静かに降ろして、彼女を布団の巣の中に匿う。

閉じられた布団の中、かすかに少女が動いて、私の身体に寄り添った。

「…案外、可愛いんじゃない」

 ぽつりと呟いた自分の言葉に、自分で苦笑しながら私も寝位置を整える。

起きる頃には少女に生気を吸い取られてご臨終、という想像は不思議と全く湧いてこない。

…我ながら、何だか奇特な行動をしてしまったような…。

思いつつ、開いた口からは、アルの特権・大欠伸。

 明るいカーテン越しの外の光に目を細めてから、私は再び目を閉じた。

もう少し…。

まだ、寝不足分を取り戻せてはいない。

目を瞑ればすぐに這い寄ってくる睡魔に、私は意識をゆっくりと手放した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ