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◆14 問題は、これからよ

 白い壁に、家具はナチュラルな茶色で統一。

大理石の冷たい床を中心から円形に遮っているのは、柔らかく毛足の長い薄い萌葱色の絨毯。

その上にはこれまた白い皮張りのソファと、その前のガラスのローテーブル。

部屋の端には大きめのベッドが置かれている。

大きな窓には、絨毯と揃いの萌葱色のカーテンと、その脇にはひょろっと緑の葉を伸ばす観葉植物。

まだ暗い夜明け前の外に対して、室内にはしっかりと明りが灯されている。

 舞台は一転、ここは私の部屋である。

ふうー…、やっとこさ、戻ってきました我がお部屋。

やっぱしここが一番落ちつくわね。

…例えそれが、どんな状況だったとしても、ね。

 ついさっき、家族に見つからぬようこっそりひっそり帰宅して。

現在私の部屋には総勢5名。

私に、アルに、エイラ。

それから気絶したままのルクスと、精霊の少女。

とりあえず、ルクスはアルが運び込んで、ソファの上へと転がした。

そのルクスの横、心配そうに絨毯に腰を下ろしてエイラ。

運ぶのが重かったのか、絨毯に座ったまま何やら柔軟体操をしているアル。

ベッドでは、私が抱いて連れてきた精霊がまだ目を覚まさずに横たわっている。

私は、同じように絨毯の上に腰を落ちつけながら、一つ息を吐き出した。

「――で、事態は飲みこめたかしら?」

 ルクスの顔を眺めているエイラに、ベッドに背を預けながら尋ねる。

彼女には、キツネ憑きの話を改め、ここにつくまでの間に事実を話して聞かせたのだ。

ルクスに憑いてたのは、キツネではなく精霊だという事。

推測だけど、その精霊がルクスを夜毎呼び出して、その糧としていただろう事。

こちらを向いたエイラの表情は、釈然としないものだった。

「精霊、の話…ですよね。――話としては分かった…つもりなんですけど、なんていうか…精霊ってあの『精霊』ですよね…?」

 ベッドの上の膨らみへと視線を投げながら首を傾げる。

言葉を引き継いで、柔軟体操を継続しながらアルが答えた。

「そう。あの、神話やら古い伝承やらに出てくる、人間の敵『精霊』だよ」

「それって、実在するものなんですか…?」

「――実際、あんたの目の前でぶっ倒れてるのが、その『精霊』なんだけど」

 私が肩を竦めながら言うと、エイラの困惑した顔がこっちを向いた。

「ですけど…、その子、見た感じ普通の子供みたいですし…」

「…普通の子供が、突如泉の中からフワフワと出てくると思う?」

 私が首を傾げて聞き返せば、エイラがゆるゆると首を振る。

「やっぱり、普通じゃないですよね…」

「それに、実際私達だって不思議な体験もしたしね。滅多にできる事じゃないと思うわよ、テレポーテーション」

 きっと、今ごろエイラと彼のお宅には、精霊の能力の残り香・フェアリーサークルがでかでかと残されている事だろう。

…まあ、普通の人には見えないから、問題はないだろうけど。

「――ほんと、どうなる事かと思ったよ」

 一つ欠伸を漏らしつつ、アルが首をこきこきと鳴らした。

エイラがぶんぶんと大きくそれに頷きを返す。

「そうですよね!私、もう絶対兵士さんに捕まって、地下牢で拷問三昧だと思いましたよ!!」

「拷問三昧…」

 そ、それは、考えてなかったわ…。

今更ながらに、ほっと胸を撫で下ろす。

「それもこれも、あのちょっと変わったお姫様のおかげよねー…」

 顔を仰向けて、ベッドに後頭部を乗っけながら呟き。

アルが一通りの柔軟を終えて、両足をゆったりと組んで座り直す。

「ああ。イーリア様、だよ。…感謝しないとね」

 小さく笑みながらそう言った表情は、しかしすぐに欠伸で崩れた。

「綺麗な方でしたよね。…ちょっと天然そうでしたけど」

 のんびりと、回想するようにエイラ。

頷きながら、私はゆっくりと目を閉じた。

なんか、いろいろな事が短い間に立て続けに起きた気がするわ…。

しかも、事態は解決に向かっているとは、やっぱり言い難い。

目を明けると、白い天井に淡く物影が映し出されて揺らめいている。

ゆっくりと、私は頭を起こした。

「――さて。問題は、これからよ」

 気をとりなおして二人に視線を向ける。

エイラの彼に関する浮気疑惑はもうおしまい。

こうして元凶である精霊さんも見つかってるし、エイラも納得済みだしね。

だけど、新たな重要問題がここにある。

その、精霊さん、である。

「…彼女がどうしてこんな街中に居たのかは分からないけど、ここで彼女が生体エネルギーに頼らず生きていくのは、大変なんだろうね。実際、それでルクスを餌食にしてたんだろうし」

 アルの言葉に、エイラが不安そうに寝ているルクスを見遣る。

「そんな目立って元気がなかったとか、フラフラしてたとか、そういう事はなかったんですけど…」

 私も視線をルクスへと向けて、小さく頷く。

「そうね。昨日初めて見た時も、別に普通だったもの。…ちょっと目の下にクマがあるくらいで」

「毎日のように夜な夜な出歩いてれば、それはね」

 アルが相づちを打って、エイラが軽く眉を上げた。

「その言い方、なんだか誤解を招きます」

 その誤解をひたすらしていた彼女だが、今はすっかりルクスの良き彼女に戻っているらしい。

「もともと彼女がどこにいて、どうして今この街にいたのか。それが分からなければ、僕達にはどうしようもない気もするね」

 ふあ、と何度目かになる欠伸と共にやや涙声になるアル。

「結界の外から、こんな所まで迷い込んで来たのなら、迷子精霊って事になるし。その場合は…、もう結界の外に戻ることはできないだろうから、ナッシェに頼ることになるかもね」

「ナッシェに…」

 しばし考える私と、眠そうなアルの間を、エイラの視線が往復している。

――あ、そうか。

彼女に精霊の話はしたけど、結界やらナッシェやらの話まではしてないものね。

「あー…、エイラ。今はほとんど伝説になってるけど…精霊エルフレアの話は知ってるわね?」

「…はい。教会の女神さまでしょう?」

 王国内といわず、この地で広く信仰されている聖エルフレア教。

各地に教会を持ち、エルフレアを唯一神とする一神教である。

「女神じゃなくて、実際は精霊なんだけどね。…教会で言われているエルフレアは、多分、史実のエルフレアとは少し違っているわ」

 かく言う私は、宗教には別段興味はなく、エルフレア教の信者でもなんでもない。

これはおそらく、神様なんてもんはいない、が信条の商売人・父様の影響なんだろうけど。

「エルフレアは、神じゃなくて精霊よ。お伽話に、大昔、人間と戦ったとされている、万能の精霊」

 言うと、エイラが首を傾げたまま私の背後、寝ている少女を見た。

「私達の歴史の中に出てくるエルフレアは教会の女神としてだけど、実際の彼女は人間と精霊を…、世界を二つに分けた、精霊なの」

「世界を、分けた…?」

 エイラの不思議そうな視線が戻って来る。

知らなくても、無理はない話だ。

というか、私自身も半ば信じられない話でもあるのだから。

これは、ナッシェからの聞きかじりの知識に過ぎない。

「そう。彼女は争いを止めるため、世界を二つに分ける結界を張ったそうよ。人間と、精霊の住む世界を分けたの。結界の中には私達、外側には精霊」

「…つまり、今私達が世界だと思いこんでるココは…、実はその結界とかいうのの中で。本当の世界はもっと広いって事ですか…?」

 飲み込みの早いエイラが、ゆっくりと聞き返した。

私は頷く。

「そうなるわね。…といっても、まあ、私も直接その結界とかいうものを見たわけでもないし。これはある人に聞いた話なんだけど」

 受け売りよ、と笑み返す。

「…な、なんだか、途方もないお話ですねえ」

 実感が湧かないのだろう。エイラの返事は間延びしている。

「私もそう思うわ。実際これが、その人に聞いた話じゃなかったら、信じられないところね。ねえ、アル」

 話を振った相手、当のアルは黙ったまま、無表情に壁の一点を見つめている。

お得意の、欠伸の一つも出ない。

「……」

 私はベッドの上にあったクッションをむんずと掴むと、何の前触れもなく、思いっきりアルの顔面目掛けて投げつけた。

ひゅ、と空気を切ってクッションが飛び――。

「…!…っなに、するんだい、リィン」

 顔面直撃の寸前、アルの両腕で見事にブロックされてクッションは絨毯に落下した。

…ち。外したか。

「だってあんた、今、目ぇ開けたまま寝てたでしょ」

「――なんのことだい」

 即答。

目を白黒させているエイラをよそに、私とアルはしばし無言の戦いを繰り広げた。

アルの得意技、それは、目を開けて寝ること。

そのくらい、知ってるわよ?

腐っても幼馴染、16年の腐れ縁なんですもの。


  


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