◇13.5 〜閑話〜
◇◇◇閑話と書いて、コーヒーブレイクと読む。読み飛ばしても本編には支障ありません。ちょっぴり息抜き(笑)
今は暗闇の中に沈む、王宮庭園内「森の園」。
侵入者たちがカイルに連れられて去っていくのを、イーリアはその姿が見えなくなるまでゆったりと手を振って見送っていた。
「さ、姫」
「戻りましょう。風邪を召されてしまいます」
全身を鈍く銀色に光る鎧に包まれた2人の衛兵が、口々にそう言った。
春を目前にしているとはいえ、この時間に森の中ではさすがに寒い。
薄い夜着を羽織っただけの格好で、思えば少し長く居過ぎたかもしれない。
指先は凍えるように冷たくなっている。
「…ええ、そうね」
一つ頷いて、イーリアはもと来た方へと引き返すために踵を返し。
ふと、目の前にあるベッドの存在に目を奪われた。
「あら」
小さく呟くのに、彼女を急かそうと先に歩を進めていた衛兵の一人が足を止める。
「…どうしました」
「忘れ物のようだわ」
ベッドを指差しながら小さく笑うイーリアに、彼女の背後を守るように付き従ったもう一人の衛兵が、首を傾げた。
「というと、先ほどの侵入者らの…」
「侵入者ではありません。私の、お友達、ですのよ」
訂正されて、背筋を正す衛兵に目許を緩めて笑むと、イーリアは気まぐれにそのベッドへと歩み寄り、ひょいとそこに腰を下ろした。
「…しかし、どうやってコレを運び込んだんでしょう…」
先に行っていた衛兵が、イーリアの行動に歩を戻しながら首を捻った。
イーリアはどこか楽しそうに、派手な柄のベッドカバーをその掌で撫でている。
「さあ。不思議な人達だったから、ぴょーん、と空から飛んできたのかもしれませんね」
衛兵が、彼女の戯言に顔を合わせる。
そんな彼等をベッドに腰掛けたまま、やはり楽しそうに眺めると、イーリアはぽんと手を打った。
「そうだわ。あなたたち、知っていますか…?」
「?」
何のことか分からずに、二人の衛兵が同時に彼女を見返す。
得意そうに、イーリアが首を傾げた。
「この泉、伝説の泉ですのよ」
「…」
言われた言葉に、二人は今度は顔を見合わせる。
彼女の背後には、静かに月明かりを反射する小さな泉。
『…ご冗談か?』
『…いや。姫がそんな冗談を言うと思うか?』
目で会話を交わし、見遣った彼等の姫君の表情は、とても冗談を言っているようには見えない。
「それは、その…初耳です」
一人が、どう返答したものか、と迷ったふうな言い方でそう答えた。
満足そうに、イーリアが頷く。
「貴方達、どこか痛いところ等はありませんの…?怪我をしていたり、病気だったり」
話についていけず、衛兵たちはしばし黙り込む。
が、イーリアの瞳に見つめられれば、答えないわけにはいかず。
「はあ…、私は少々肩が凝っております…」
とまどい気味に衛兵1。続いて、衛兵2。
「私は、そうですね。先日少し手首を捻ってしまいました…」
「まあ、それは可哀相に…」
僅かに眉の寄せられたイーリアの慈しむような表情に、衛兵二人は顔を見合わせるとポリポリと兜の上から頭を掻く。
――しかし、姫君は、こんな事を尋ねて一体なんのおつもりだろう?
二人の疑問は、続く姫君の台詞で解決した。
「安心して頂戴。そんなものは、この泉にかかれば、たちどころに治ってしまいますのよ」
善意に満ち溢れた天使の笑顔が告げる。
「大丈夫、簡単ですわ。まずはこの泉の水を一口飲んで…、そうして呪文を唱えますの」
言いながら、背後の泉を見遣って。
「3回回って『ワン』と」
再び顔を戻せば、衛兵が二人、イーリアを見つめたまま固まっている。
「…?さ、ほら。すぐに楽になりますわ」
どうしたの?とでも言うように、彼等の愛すべき姫君が泉を指差した。
「……」
「さあ」
天使の微笑みと、天使の声が、彼らをいざなう。
こんな健気な姫君の天使の誘いを拒否できるツワモノが、果たして何処にいるというのか。
翌日、彼等が二人して腹を下して病欠したのは、語るまでもない――。
◇◇◇前話後書きの答えは、ベッドでした(笑)では、次話14話より再び本編・リィンにバトンを戻します。いつも読んで下さり、ありがとうございます。