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◆12 今日は厄日なのかしら…?

 …やればできるじゃないの。

片膝をついて、恭しく頭を垂れている幼馴染、その仕草の優雅さに私は目を丸くする。

目が合えば欠伸を欠かさないアルの姿を見慣れている私にとって、こういうアルはものすごく新鮮だったりする。

そりゃ、日ごろは騎士団で騎士様のお仕事をしてるわけだから、こっちの方が普通なのかもしれないけど。

それにしたって、ねぇ?

…。

……で、なんでアンタ、頭なんて下げちゃってるわけ?

 跪いたアルの前、これまた優雅に歩み寄った美少女が、優しげな微笑をその顔に称えると、僅かに腰を屈めた。

「そんなに畏まらないで、アルフリード」

 軽くその手で顔を上げるように促しながら、柔らかくそう言う。

「貴方とは、騎士の宣誓の儀でお会いして以来かしら…。お勤め、ご苦労様です」

「…は。ありがたきお言葉」

 促されるままにスッと立ち上がったアルが、言葉と共に頭を下げる。

 宣誓の儀。

年に一度、新たに騎士団に正式に所属する者が、国にその忠誠を誓う儀式だ。

アルの場合は、去年の春ごろだったはずだけど…。

二人のやりとりを、かやの外状態で眺めていた私。

ふと、ひっかかりを感じて、首を傾げる。

宣誓の儀で、お会いした…?

…確か、儀式に参加できるのは、騎士団の面々と…あとは国のお偉方だけじゃなかったかしら?

そう大人数で行なう行事ではない。

この平和なご時世、そう武力も必要とされていない昨今では、年に登用される騎士の数も少ない。

せいぜい、謁見の間に収まる程度の人数で行なわれる儀式だったはずだ。

特に、こんな少女がおいそれと儀式に参加できるものではなく。

そこにはごくごく限られた人間しかいないはずで…。

 例えば…、例えば、そう。

思わず、まじまじとすぐ近くに佇む美少女を眺める。

柔らかい表情を浮かべていても、そこには凛とした気品が漂うように纏わりつく。

――王族、とか。

「…?」

 私の視線に気付いたらしい彼女が、こちらに向き直ると天使の微笑みを浮かべる。

ふよ、と私も笑みを返した。

…まさか、よねえ?

私は即座に自分の考えを否定する。

だってそうでしょ…?

いくら王城の中でも、こんな夜中にこんな場所に、お供の一人も連れずにフラフラと王族が現れるなんて有り得ないわよ。

いくら何でも、そんな無用心な…。

「リィン」

 小さく、アルが私を咎めるように名を呼んだ。

「…アルフリード」

 途端、優しげな笑みのままに、ゆるゆると首を振って美女が口を挟む。

私は交互に二人を見遣った。

…でも、これってば、まるで。

『リィン、お主、こちらをどなたと心得るか』

『アルフリード。よいのじゃ、よいのじゃ、ふぉっふぉっふぉっ』

…てなノリじゃない?

――いや、でも、だけど…っ。

 私は必死に、頭の中に眠っている王族に関する知識を引っ張り出す。

たしか、たしか、今の王様にはお妃様が二人いて…。

それぞれにお子様が二人づつ。

正妃の二人の子供は、上が姫君、下が王子。

側妃の子供は…、あああ、何だったかしら…!?

だいたい、商人上がりの弱小貴族の次女である私が、王族を間近に見る機会なんてのは、はっきり言ってほとんど皆無なのよっ!

せいぜい、遠くからお城のバルコニーで手を振っている王様やらを眺めるくらいで。

女官仕えなんかするつもりも、毛頭ないもんだから、王室関連の知識なんてのも特には取り入れてないし…。

 むしろ、こういう事はエイラの方が知ってるかも…?

期待を込めて顔を向けた先、ばっちしエイラと視線が合う。

その顔には、さらにばっちし書いてあった。

『こちらはどなたですか?アルフリード様のお知り合い…?』

…だ、だめだわ。

二人して、顔を見合わせたままふるふると首を振る。

「それにしても、貴方達、どうしてこんな所に…?」

 私の頭の中はさておいて、美少女が再びアルへと顔を向けた。

当然といえば、当然なこの問いかけ。 

彼女の瞳に、しかし、疑っているような色は見受けられない。

不思議そうに私達を順に見つめて、首を傾ける。

…つ、ついに来たか、この質問。

「――…はい。それが…」

 アルの声が僅かに曇った。

こればっかりは、いやいやちょっと花摘みに、じゃ済まされない。

この状況を、どうやって打開するつもり…!?

私が息を飲んで見守る先。

ぐったりと気を失ったままのルクス、そして私の腕に抱かれている精霊を順に見遣って、アルが沈んだ声で話しはじめた。

「実は、この者達が…。…古の呪いを、受けてしまったのです」

 しごくさらりと言ってのける。

…い、古の呪い…?

突拍子もない話に目を丸くする私には目もくれず、アルはしごく真面目、真摯な瞳で美少女を見つめている。

そ、それはいくらなんでも…、ちょっと無茶苦茶なんじゃ…?

思わず助け舟を出そうかと、口を開き掛けたその途端。

「まあ…」

 美しい眉を潜めて、それは大変、とばかりに美少女が頷いた。

――ええっ!?

そんなまさかのナチュラルアクション…!!?

ちょっと、あなた…!!

アルは、呪いって言ったのよっ、呪い!

そんなもん、ある訳ないでしょ…!?

心中ツッコミの嵐な私は、口をはくはくと動かしながら二人の遣り取りをはらはらと見守る。

「様々な解呪法を試したのですが、全く効果はみられず…。困り果てていたところに、この伝説の泉の噂を聞きつけたのです」

 切々と語るアルが、自然な仕草で背後へと視線を投げた。

美少女と、私、エイラの視線が後を追う。

そこには水面を泡立たせる、しょぼい泉。

…これが、伝説の…。

……いや、それ以前に、ここって人口の森じゃなかったっけ…?

心中冷静につっこみを入れる私とは対照的に、美少女は驚いたように胸の前で両手を組んだ。

「まあ、知りませんでしたわ…」

 もちろん、心底アルの話を信じきっているらしい様子。

目を瞬いて、目の前の「伝説の泉」を眺めている。

アルは一つ、意味ありげに頷いてから先を続けた。

「伝説によれば…。深夜、この泉の水を飲んだ後、3回回ってワンと唱えれば、たちどころにどのような病も呪いも消え失せると…」

 ……3回回って…ワン?

あまりの事に開いた口が塞がらないまま見遣った先、アルの表情は、先ほどまでと変わらずのしごく真面目なもので。

いや…、もはや、何も言うまい…。

「…」

 黙ってしまった美少女が、こくりと一つ喉を鳴らす。

…さすがに、おかしいわよね…これは。

着々と地下牢への道を歩む私達。

もはや逃れるすべはなく――。

「…それで」

 心配そうにルクスの閉じられた瞳を覗きながら、美少女がようやく口を開いた。

「どうなりましたの…?」

 小首を傾げて、アルに話の続きを尋ねる。

一瞬、私は自分の耳を疑った。

…て!!

――お、お待ちなさいな、おじょーさん?

もしかしなくても、今ので納得したってーの、あなた!!?

ていうか、このベッドは気にもならない…!?

アウトオブ眼中!!?

 会話は、なおも私の目の前で大真面目に展開していく。

アルが、僅かに笑みを称えると美少女を見返した。

「はい。おかげさまで、このような状況ではありますが、解呪は無事成功いたしました」

「…そうですか。それは、本当に、良かった…」

 つられたように、笑顔になる美少女。

慈しみに満ち溢れたその表情で、私へも微笑みかける。

引き攣った笑みで、私は彼女を見返した。

「ありがとうございます。…ただ、ここが姫のご寝所近くとは知らず…大変な失礼を…」

 項垂れるアルに、美少女がゆるゆると首を振って答える。

「いいえ、そのようなことは構いません。それよりも、解呪が成功して良かったですわ」

 ――今。

もんっのすごーく、聞き逃しそうになったけど。

言ったわよね…?

…この突き抜けた会話の後ではインパクトも薄いけど。

間違いなく、「姫」って。

この、妙におとぼけな、美少女の事を、「姫」って…言ったわよね?

「では、解呪も終えましたし、我等はこれで…」

「お帰りは、どうなさいますの?もしよろしければ…」

 もはや驚く気力も、『なんでこんな所に単身姫様が』とまっとうなツッコミを入れる気力すらも失われたまま、私は二人のやりとりを先ほどの引き攣った笑みのまま傍観している。

どうにかこうにか、話は一段落したようだけど。

 …姫様…、この子が、この国のお姫様…。

な、なんか、いろんな意味で、頭が痛くなってきたわ…。

 ふいに、二人の話し声に重なって、私の耳にかしゃかしゃと金属がぶつかり合う音が届いた。

音を辿って視線を巡らせる私の目は、おそらく多分すわっている。

「姫――――っ!!」

――あぁ…。

間を置かず、大きな声とともに視界に現れた3人の人影に、私は盛大にため息をついた。

…なんとなく、こうなるような気はしたのよ…。

視線の先。

騎士らしき軽装備の青年を筆頭に、金属の鎧を装着した衛兵が2人、闇を突っ切って、木々の間をしゃかりきこちらに走ってくる。

…はあ。

もしかして…今日は厄日なのかしら…?


 

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