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◆11 あ。いえ、おかまいなく…

 真夜中の、真っ暗闇の森の中。

木々の合間を縫って零れ落ちてくる月の明りのみが映し出す光景。

少女が一人に少年が一人。

加えて男装の麗人が一人と、ぐったりと横たわる青年が一人。

さらにはネグリジェ姿の幼い少女が、これまたぐったりと死んでいるかのように目を閉じていて。

何より奇怪なのは、こんな森の中にででんと陣取ったこのベッドの存在だろう。

極めつけに、ベッドカバーは目にも鮮やかなピンクのイチゴ。

――断言できる。

私がこのシーンをまかり間違って見掛けたとしたら、瞬時に記憶操作で見なかった事にするだろう。

明らかに、変だもの。

明らかに、おかしいでしょ…?

もんっのすっごーく、怪しいでしょうっ…!?

…なのにっ!!

なのに、なんでっ!!!

なんで、声なんてかけてくるのよーっ!!?

 ものの見事に全員がその場に縫い付けられている。

誰も動けなかった。

…いや、二人ほど、動きたくても動けないのもいるけど。

気を失ってる二人以外、私とアルとエイラと。

三人全員が、今、間違いなく冷や汗をかいているに違いない。

何しろ、「声」が割り込んでくる前に思い浮かべた『ココ』の位置。

それは、シュヴァイツ王国の中心・王宮、なんだもの――。

 街中には、森と呼べるような場所はない。

もしこの街の中で、そう呼べる場所があるとするならば、それは、王宮の内部。

庭園の一角にある、「森の園」のみだ。

つまりは人口の森。

そんな所にこの状況でいるよりは、まだ郊外の森で迷子になっていた方が数段マシに違いない。

だけど、不運な事に。

おそらく、ここは…。

「あの…、私、お邪魔でしたかしら…?」

 先ほどかけられた声が、僅かに小さくなりつつも、再び空気を震わせる。

鈴の鳴るような、耳に心地よい澄んだ声音だ。

…いかん。

ここが王宮の「森の園」で、さらにはこんな状態で人様に見つかったとあれば。

これは間違いなく地下牢送りだ。

はっきり言って、言い逃れはできない。

ていうか、この状況で、何をどう言い逃れすりゃいいのよ…?

「あの、あの…、ごめんなさい。私、つい…」

 なおも声が、やや狼狽を含んだ様子で言葉を紡ぐ。

おおかた、城仕えの女官か何かだろうか。

でも…。

…それにしては、こう…、態度が不審者を発見した時のものじゃない、わよね?

ふと、私はそれに気付く。

普通、こんな不審な集団を城の中で見かけたら、「きゃーっ、衛兵さーん、お助けーっ」とかってなるもんなんじゃないのかしら…?

そもそも、こんな悠長に声なんてかけてこないわよ、普通。

…もしかして、寝惚けてんのかしら?

 ようやく、私は重い首を巡らせて声の出所を探る。

「いつも、よく言われますの…、その、空気が読めないって。私は、そんなつもりはないんですけれど…」

 声が発せられる場所、それは、私達から数mほど斜め前方。

木の幹に凭れるように片手を添えて、足元まである長い夜着を羽織った少女がこちらを覗っていた。

ただでさえ月明かりのみの暗い中、さらに木の影になっていて、はっきりとはその姿は見えない。

「昨夜だって、わたくし、なかなか寝つけませんでしたの…。それで、その、昔ばあやがよく読んでくれていたお伽話の本を読み返していましたら…、どこかから微かに声が聞こえた気がして…」

 身振り手振り、何故か慌てた様子で一生懸命に彼女。

…え、ええっと…?

どうして、なんでまた、そんな話を私達に…???

もはや、頭の中はクエスチョンマークで一杯だ。

「聞き間違いかとも思ったのですけれど、どうしても、気になって…それで…」

 言葉を止めて、彼女が緩く小首を傾げた。

途端、月の明りが、彼女の顔を映し出す。

隣で、アルの息を飲む音が聞こえた。

…はぁー、いるもんなのね、こんな女の子…!

 そこに佇んでいる彼女は、本当に、息を飲むほどに綺麗だった。

同じ女の私が見ても、思わず見惚れてしまいそうだ。 

白い肌と、細い輪郭、瞳は大きく潤んでこちらを見つめている。

無造作に後ろで束ねられた金の髪と、長い丈の夜着。

まるでたった今、絵画の中から抜け出てきたかのような、美少女。

私の表現じゃ、上手く伝わらないかもしれないけれど。とにかく今、私達の目の前にいるのは、とんでもない美人さんだって事。

な、なんか後光まで見えてきちゃいそうだわ、私…。

「最悪だ…」

 途端、小さく。

ほんとにほんとに小さく、ぽつりと。

隣にいた私だから聞き取れたであろう程の声量で、アルが毒づいた。

…へ…???

驚いてアルへと顔を向けようとした途端、美女が言葉を続ける。

「あの…、私、声をお掛けして、ご迷惑…だったでしょうか…」

 しょぼん、といささか俯いて彼女。

こんな美女のほろりん攻撃をかわせるツワモノが果たして何処にいるというのか。

「あ。いえ、おかまいなく…」

 反射的にひら、と手を振ってそう答えた私は、エイラにすかさず肘鉄をくらった。

…な、何すんのよっ!!

顔だけを向けて抗議すると、エイラが口をぱくぱくとさせる。

『お嬢様っ、何親交を深めてるんですかっ』

『だって!他にどう言えってのよっ』

 負けずにパクパク、顔を突き合わせながら応戦する私。

「…あら…?」

 途端、さっきより数段近くから、のほほんとした美女の声が響いた。

――――はわ!?

ぎょっとして見遣った先、いつの間にやら数歩先まで歩み寄ってきたらしい美女が、こちらを見て不思議そうに首を傾げている。

な、な、な、何…!?

もしかして、今更ながらに私達の底抜けの怪しさに気がついちゃった…!?

「……貴方は…」

 冷や汗ダラダラな私の隣、アルをじっと見つめたまま、彼女が首を傾げた。

…うん…?

……し、知り合い…???

チラ、と見遣ったアルの横顔が、一瞬わずかに歪んだのを、私は見逃さなかった。

表情を訳すとすれば、それは『しまったな』、といったところか。

しかし次の瞬間、アルは私の予期せぬ行動に出た。

すなわち――。

「――は。王国騎士団・青竜騎士団所属、アルフリード・グライアンと申します」

 優雅に片膝をついて頭を垂れ、澱みない口調で、そう言ったのである。




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