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◆9 ――ついに出るか、黒幕!?

 ――――…?

――――あれ…?

気が付けば、浮遊感は消えていた。

私は、いつの間にかきつく閉じていた瞳を薄く開く。

「……」

 目の前にはベッドに張り付いたまま、すっかり大人しくなったルクスの身体。

隣には、アル。

そしてエイラ。

ゆっくりと見遣った二人の表情は、間抜け、としか形容のしようがない。

口はぽかーん、目もぱかーっと開いたまま。

「……?」

 何?

何が起こったの?

 口を開き掛けて、しかし。

私の口もそのままかぱっと開いて停止した。

さわさわと木ずれの音が耳に優しい。

そう、木ずれ、だ。

私達の周囲には、冬なお緑の葉を繁らせて、立派に枝を張った木々が並んでいる。

見上げれば、生い茂る葉の合間から、暗い空に小さく瞬く星が見える。

そうして、ルクスを乗せたベッドの前にあるのは…これ、小さな泉…よね?

透明度の高い水が、面を僅かに泡立たせながら静かに湧き出ている。

 …ちょっと。

…何処なのよ、ここは…?

「…アル」

 名を呼びながら、にゅっと手を伸ばしてアホ面下げてるアルの頬を引き伸ばす。

「…痛いよ、リィン」

 古典的手法に、しかしいち早く正気を取り戻したらしいアルが、こちらに向きながらも迷惑そうに顔を歪めた。

…夢じゃない、と。

「どこよ、ココ」

「…僕に聞かないでよね。…森、みたいだけど」

 言いながら、ゆっくりと周囲を見渡す。

「…ダーリン!!」

 ワンテンポ遅れて正気に戻ったらしいエイラが、静かになっているルクスの様子に気付いて声を上げた。

足元から枕もとへと移動して、その顔を覗きこむ。

「大丈夫だよ、エイラ。気絶してるだけさ」

 視線を戻して、アルが安心させるようにゆったりとした声で言った。

言葉に、その手をルクスの頬に宛がった彼女は、しばしそのまま心配そうに彼の様子を見守っていたが、定期的にその口元から漏れる静かな息遣いに肩の力を抜くと、そそくさと縄を外し始める。

彼に、再び動き出す気配はない。

「…何が、どうなってるのかしらね…?」

 横目にその様子を映しながら、まだ半分霞みがかかったような頭で考える。

私達がいたのは、間違いなくエイラと彼の愛の巣である一室で。

間違っても、こーんな自然満載レッツアウトドアな森の中じゃなかったはず。

 あの時。

暴れ出したルクスを必死に押さえて…。

身体が浮くような感覚と、白く視界を染め上げた光。

そうして気が付けば、私達はここにいる。

…はて?つまり、これって、どうなってるわけ…?

「推測するに…」

 ぽつり、と隣でアルが独り言のように口を開いた。

周囲へと顔を巡らせてから私に向きなおると、僅かに目を細める。

「毎夜彼が消えてたのと、同じなんじゃないかな」

 そう言う表情は、どこからどうみても楽しそうだ。

「テレポーテーション、だよ」

「…テレポー、テーション…」

 言葉を反復して、私はアルを見返した。

ていうと…あれね?

ぴょーんと空間をすっ飛ばして別の場所まで跳んでいくっていう、あの。

もちろん当然、私達4人には、そんな能力は備わっちゃいない。

…ということは、つまり。

「…それって。私達まで一緒くたに、ご招待されちゃったって事?」

 おそるおそる、口許を引き攣らせながらアルを見遣る。

「そうなるね。…ここは例の精霊サンのお食事処ってわけだ」

 な、なんでそんなに楽しそうなのよ、アンタ。

例の精霊サン、なのよ?

私達の推測によれば、その精霊サンの目的は!生気ちゅー、なのよ、生気ちゅー!!

「あ、あのう。…良く分かんないんですけど…。ここってつまり、彼に憑いてるキツネの住処って事ですか…?」

 ベッドの上の彼を気遣うようにその手を握りながら、不安そうにエイラが私達を交互に見遣る。

そうだった、エイラにはキツネ憑きの話しかしてないんだわ。

「…残念ながら、そうなるわね」

「そのキツネさんの、登場のようだよ」

 私の言葉を引き継ぐように、アルの僅かに緊張した声が重なった。

「…!」

 私とエイラの視線が、アルの視線の向けられる先を追う。

小さく泡立って、水面を波立たせていた小さな泉。

その水面が、今、泉の中心に向かってぐるぐると渦を巻いていた。

水音さえもなく、滑らかに、渦は大きくなって泉全体を飲み込んでいく。

そう、それは異様な光景だった。

こんなに大きく渦巻いているというのに、一つの水音すら聞こえてはこない。

今まで通り、私達の耳に届くのは風に揺れる葉の音ばかり。

その静けさに、いやがおうにも緊張は高まる。

 渦の中心が、かすかにせり上がって見えた。

――――!!

――ついに出るか、黒幕!?

私は小さく喉を鳴らす。

そうしながら、足元に力を入れて僅かに構えを取った。

こうなったら、どうにでもなれ、よ!

むしろ、ヤられる前に、ヤる!!!

気合十分、だんだんとせり上がってくる泉の中心へとガンを飛ばす。

喧嘩の基本、まずはともかくガンを飛ばせ、よっ!

「………」

 思わず息までも止めて睨む先の泉。

中心から徐々に現れるのは、球体のようだった。

淡い色に光る薄い膜で覆われた、まるでシャボン玉のような球体が、渦の中から水を押し分けつつ、ゆっくりと浮かび上がってくる。

球体の直径は、大人が両手を広げたくらい…だろうか。

 その中に、何かが、いた。

球体の膜の七色の淡いヴェールに遮られて、よくは見えないけれど。

そう大きくはない球体の中で、さらに小さく身体を縮めて、膝を抱えているような。

…そう、身体だ。

球体の中にいるのは、人の姿をした何か、だった。

 球体が完全に水中から出て、泉の上で停止する。

泉で渦巻いていた水は、まるで何事もなかったかのように元通りの穏やかさを取り戻していく。

ふわり、球体が、質量を伴わぬような動きで私達の方へと距離を縮めた。

隣で、エイラの息を飲む音。

近付いて、そして、停止――――。

泉の縁、私達の数歩手前で、球体が動きを止める。

一瞬、すべての音が遠ざかるような、静寂。

そして、私達の目の前で、淡い光が四散した。

「!!」

 球体は霧散し、視界から消え失せる。

――――代わりに、そこには。

「…お、女の子…?」

 緊張の為に震える、乾いた声で、エイラ。

私達の視線の先。

ふわりふわりと波打つ髪は白く、淡く発光しているように闇に浮かび上がっている。

こちらを見つめる大きく見開かれた瞳は、朱。

絹の光沢を持つネグリジェのような白い衣装、その裾から伸びる脚は、折れそうな程に細く。

華奢な肩から伸びる腕も、脚同様に細くて白い。

 そこには、幼い少女が一人、立っていた。

素足のままに、草の生い茂る大地を踏みしめ。

呆然と、こちらを見つめて目をみはりながら――――。



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