キモチの図形
二作目つくっちゃいましたー。
二人称……を書くつもりだったんですが。
ところどころおかしいような気もしますが、どうかお楽しみください。
あなたは成績優秀だ。学年で一番を取ったのだから。
教室であなたは立っている。数学の授業で図形の問題を出され、解けなかった人から座っていくという方針で授業は進んでいる。もちろんあなたの頭は学年一、最後まで残るのは目に見えている。
問題も佳境になって難しくなっている。立っているのはあなたともう一人、山下士鶴の二人だけ。山下は図形に関しては自信があるようで、時折闘争心溢れる熱々の視線をあなたは向けられていた。あなたは気付いていないことを装い、淡々と問題を解いていく。そうすることで山下の存在を頭から追い出す。
「山下、頑張ってるな。加藤と張り合うとは、図形が得意と豪語するだけのことはあるじゃないか」
先生が山下を冷やかしている。
山下は頭は悪くない。ただあなたより悪いだけで普通に良いほうだ。あなたはそれを知っている。
あなたはずっと山下を見ていたのだから。
「では次の問題を出すぞ、次は難しいからな」
先生が黒板に図形を描く。あなたにとっては簡単な問題。もちろん山下も同じだと思っている。山下ならやってくれる、と。
一瞬、あなたにだけ夏が訪れたように熱くなった。気付かされたのだ、山下がどれだけあなたの思考を埋めているのか。もう、追い出せないくらいいっぱい考えていたのだ。
ハッとすると、頭が混乱して解けるはずの問題が解けなかった。だからあなたは座った。山下は立っているだろう、見なくてもあなたには分かった。
クラスがどよめき、山下に賛辞が送られている。学年一のあなたを破ったのだ、当然、山下は数学の図形に関してはヒーローになったに違いない。
「ほお、加藤は座ったか。山下、凄いじゃないか」
先生が山下を誉める中、あなたはノートに問題の図形を描いた。あなたはチャイムが鳴るよりも早くその問題を解いていた。
休み時間、あなたはクラスの友達と会話していた。話題はもちろん数学の話。
「加奈ちゃん、今日は惜しかったね。でも図形以外は加奈ちゃんの方ができるんだから自信を持ってね」
「大丈夫よ。落ち込んだりしてないから。それよりも、男子の誘い方知らない」
あなたは教室の中で、特に聞かれたくない男子に聞こえないくらい小さな声で美結に話している。
斎藤美結はあなたの親友であり、頭こそ良くないが中学生に似合わない大人びた容姿で、その手のことを助言するには事足りる経験を積んでいる。
驚いた顔をされたが、早く早くと急かす。
「そうね。うん、やっぱり煽てれば良いと思うよ。ほら男子って馬鹿だし、加奈ちゃん綺麗だからひょいひょい捕まるよ」
「そう。煽てる、ね。ありがと、美結」
「どういたしまして。っで、誰誘うの。山下、それとも」
「山下」
「え、本気なの」
言われて、あなたは当然と言うように頷いた。
「好きなのね」
「どうしてそうなるのよ」
「だって誘うんでしょ。加奈ちゃんのことだからどうせ家とかに。普通そんなことしないわよ」
美結に言われるとそうなのかと納得してしまう。恥ずかしくなったあなたは、それでもあまり声を大きくせずに美結に言った。
「違うわよ。あいつ図形だけは出来るから教えて貰おうと思ったのよ」
「え、加奈ちゃん。ノートに答え書いてるから分かってるんでしょ」
あなたは自分のノートを見た。確かに答えはかかれてあったのだった。
休み時間が終わり最後の授業は英語。あなたには簡単であまり聞かないでもいい単元なので、目は自然と山下の方に向けられる。
数学であなたに勝ったことが嬉しいのか、板書をノートに書きながら時折にやっと笑っているのが見えた。
あなたは前に向き直り、それからノートから一枚ページを引き抜き、ごそごそと図形のような地図を書き始めた。
放課後。あなたは直ぐに山下の下へ向う。
「山下」
あなたが呼ぶと山下は少し間を置いてから振り向いた。しかし緩んだ頬が何をしていたかを如実に表している。あなたは面白くないと感じながらもそれを隠す。
「どうしたの」
「今日の数学の授業のことなんだけど、図形得意なんだね」
「うん、図形だけだけどね」
なんだか警戒されているように感じたあなたは、心を落ち着けて、出来るだけ優しく、煽てるように言う。
「もしよかったら、図形教えてくれない」
言外に図形に関してはだけは負けを認めると言っている。
「へ?」
山下は言葉の意味を分かりかねると言うように目を丸くして、あなたを凝視している。
「明日学校休みだし、私の家で一緒に勉強しようよ」
「ちょっと待って」
山下は頭を押さえて落ち着かせるように深呼吸を一回、二回、三回してから、椅子に座り直した。
「家って、何」
あなたは混乱から出てきた言葉と分かりながら、おかしくって堪らないというように笑った。
「家は家よ。それ以外に何があるのよ。それとも犬小屋でするの」
笑ったまま言った。
「そんなに笑うなよ」
「じゃ明日お昼に私の家に来てね」
山下は口を開けたまま硬直、アホみたいな声を漏らしているのに気付いていない。
「じゃこれ家の地図。図形得意だからこれで家分かるでしょ」
あなたは作ったばかりの地図を山下に押しつけるように渡し、颯爽と教室を飛び出した。
げた箱には美結が待っていてくれていた。
「誘えたよね」
「当たり前じゃない」
「押し付けて来たわけないよね」
「勉強の為なんだからそれでいいのよ」
「山下を食べちゃって良いよね」
「ダメ」
即答したあなたはハッとして美結を見ると、にやにやとした笑みであなたを見つめている目が二つあった。
あなたはふんっと強気を装い、歩き出した。美結も遅れないよう付いてくる、相変わらず笑顔のままで。
寒い外界があなたを冷やすまでかなりの時間がかかったことだろう。
次の日。昨日の寒さが嘘のように暖かい日差しが遮るもののない青空から降り注いでいた。「良い天気ね」
あなたは起き上がり、のけぞるようにして体を伸ばし、窓を開けて新鮮な外の空気を体に浴びる。少しだけ暖かくなっているようだ。
あなたはリビングに出た。そこに一人の女性がいる。両親は休みを使って二人でラブラブ旅に出掛けていていない。だからそこにいるのは、一人しか考えられない。
おそらくチョコが包まれているであろうピンクのリボンで装飾された赤と白のストライプの箱を前に呆然と立っている。
「お姉ちゃん、どうしたの。今日出かけるんでしょ。今日は買い物行くって言ってたよね。まだ行かないの」
あなたの矢継ぎ早な質問を受けても、姉、加藤香穂は動く気配がない。
「お姉ちゃん、それバレンタインのチョコよね」
「うん、そうなんだけど」
香穂が言葉を濁した。
バレンタインは明日、今日チョコを前に何をしているのか、あなたには分かっている。
「もしかして日にち間違えたの。部活ばっかりして呆けちゃったの」
「間違ってないわよっ。そんな馬鹿な人いるわけないでしょ」
顔を真っ赤にして恥ずかしがっている香穂を見ていると、あなたまで赤くさせられる。
「中途半端に豪華だけど、もしかして」
「言っとくけどギリなんだからね」
「私にそんな力強く否定しなくても」
あなたはバツの悪そうな顔で見られて少し申し訳ない気をさせられた。でも早く香穂に出て行って欲しくて、今はそれだけしか考えていられない。
香穂はあなたから見ても大胆な服装に着替えて、チョコをポーチに入れて、出て行った。
時刻は十一時を少し過ぎたあたり。約束は昼からなので、そろそろ山下が到着するころだろうか。
「やばい、早く準備しないと山下が来る」
あなたはいそいそと部屋を片付け、名目を保つ為に勉強道具を準備する。
全て整い、完璧だと納得したあなたは一つ頷きキッチンに入る。
「そんな馬鹿な人いるわけない、かあ」
冷蔵庫を開ける。さらにいろいろと押し込んであるものを元の場所に戻すと、その奥から一箱表れた。
淡いブルーの箱。あなたはそれを取り出して冷蔵庫を閉める。
箱の中にはチョコがあった。綺麗な直方体の無骨なものだが、見ただけで手作りと分かるくらいには失敗している。
「姉妹でここまで似るものなのかな」
ふとした疑問を声に出して箱を閉じる。あなたはそれをジッと見て、ややあってキッチンを少し離れ、直ぐに戻ってきた。手にはピンクのリボンが握られている。
あなたは鼻歌混じりにそのリボンを箱に結びつけた。準備は万端整った。
時間は十二時少し前、そろそろ山下が来てもおかしくないが、チャイムはまだなっていない。
窓から玄関先を見ると、山下が何故か玄関先でもじもじとしていた。あなたはドキッとさせられた。つまりあの行動はあなたを意識しているということだからだ。
あなたは深呼吸を二三回した後、顔をキリッと整えて玄関の扉を開けた。
「玄関でなにもじもじしてんのよ気持ち悪い。さっさと入りなさいよ」
山下がびっくりしておずおずとしている姿にどきどきさせられながらも、いかにも平静を装った形で言う。
「上がって」
まだ引き気味だが山下は玄関から入った。
あなたについて部屋にまできた山下は、やはりまだ緊張しているようだった。
あなたは先に座って、向かいの席を山下に勧めた。
「じゃ早速勉強しましょ」
「ああ」
あなたは部屋を見られるのに気恥ずかしいさを感じさせられたので、早速勉強に入ろうと言う。山下は逆らわずにあなたに倣った。
それから黙々と勉強をこなしながら、あなたはどきどきさせられている心臓を必死に抑えながら勉強していた。同時に勉強に身が入っていないと分かる。
チラッと分からないように山下を見たが、勉強に集中しているのか、顔を全くあげずにいた。
少しムッとさせられた。この嬉し恥ずかの状況をなんとも思わないのか、と。
そんなこんなで時間は早くもう香穂が帰ってきてもおかしくないような状況になった。なのであなたは外面には出さずに気持ちを落ち着け、決意を確認してから言い出す。
「ありがとう。勉強になったわ」
すると山下は少し驚いたように顔を上げた。というより焦っているようだったが、あなたは帰りたくないのかなと勘違いして喜ぶ。でももう香穂が帰ってくるので、山下には帰ってもらう。
「今日はここまで、また今度教えて」
時間を見るとかなり押している、いつ香穂が帰ってきてもおかしくない。あなたは内心で焦らされる。
「ああ、じゃ、僕は帰るよ」
あなたは山下を玄関まで送り、素早くキッチンから例のものを取り出して戻る。心臓が高鳴っている。
例のもの、装飾までばっちりなチョコの入った箱。明日渡したらきっと美結あたりにからかわれるから、出来るだけ人目に付かない場所で渡そうと思っていたもの。
山下があなたのことを見た。おそるおそるなのが何故かあなたには分からないが、あなたはチョコの箱を差し出した。
「何これ」
「今日勉強を教えてくれたお礼に」
あなたは予定通りの言葉を言う。
「もしかしてチョコレートか」
ドキッとさせられたが、まだ予定通り。あなたは自己主張が激しくなっていく心臓を無視した。「言っとくけどバレンタインとか関係ないんだからね。ただのお礼だから」
「あ、ありがとう」
「言っとくけど、義理とかじゃないからね」
あなたは念を押した。
「義理じゃないって」
「違う、バレンタインは関係ないって意味、本命じゃないから勘違いしないでよ」
あなたは山下に見られるのに恥ずかしくて顔をそっぽ向けた。
山下が怪訝な顔をしているが、あなたはその顔により一層恥ずかしさを覚えさせられた。
「とにかく、今日はありがとう。帰っていいよ」
矢継ぎ早にそう言って山下を玄関の外に追いやる。
「じゃあね、ばいばい」
短くそう言ってから、扉を閉める。
あなたはまだどきどきとさせられている心臓に手を当てて、ゆっくりと深呼吸。
それから、一応念のために山下がちゃんと帰っているかを確認する為に玄関から顔を覗かせた。
山下はちゃんと帰っている。これで香穂が帰ってきても安心だと思い、しかしもうちょっと山下を見ていようという気にさせられて見る。
未だにチョコを怪訝な顔で見ているのはちょっと後悔させられるが、あなたとしてはよくやった方だろう。
あなたはそうして胸をなで下ろしていると、振り返った山下と目が合わさった気がした。
扉を力強く閉める。
「やばい。本当に恋しちゃったかも」
あなたはどきどきさせられっぱなしの胸を押さえて家の奥に戻り片づけを始めた。
山下が帰ってからしばらくして香穂が帰ってきた。
あなたは平然としながら迎え入れる。
「お帰り、お姉ちゃん。良いアクセサリは見つかったの」
「うん。見つかったよ。今日から宝物になったよ」
「ふーん。あ、チョコは戻しておいた方がいいよ」
あなたが言うと、驚いた香穂がいた。
「チョコ、もう渡したよ。加奈子はチョコ作らないの」
「私は良いよ。お姉ちゃん、おめでとう」
あなたは嬉しそうな香穂を見てから、部屋に戻る。
明日からはもう少し女の子らしくしてみようかなと思わされたあなたは携帯電話を取り出した。
美結なら女の子の心得を知っているだろうと思ってだ。
外を見ると雪が降っているのが見えた。
誰かの心のように純色の清い白だった。