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18. 工房

 車体が跳ねるたびに、お尻を荷台に強く打ち付けて、悲鳴を上げてしまう。舗装されていない山道はでこぼこだから仕方がない。軽トラックの荷台に乗せてもらう、という貴重な経験も、お尻の痛みの前では、何にも楽しくなんかない。

 隣に座るヨンちゃんが、痛みに耐えかねたのか、荷台から身を乗り出すようにして、運転席でハンドルを握る小父さんに尋ねた。

「あの、あとどのくらいで着くんですか?」

 すると、小父さんは、ぶっきらぼうに「もうすぐだ」とだけ答えて、運転に集中するかのように、ヘッドライトが照らし出す、夜道を睨みつける。

 小父さんの第一印象は、すこし怖かった。藍色の作務衣(さむえ)に、みかんの花をあしらった手ぬぐいを頭に巻き、岩のようなごつごつした顔には無精ひげと、狼のような鋭い目つき。その人が、あの優しい乃木さんの弟の、留守冬男だとはまだ信じられなかった。

 留守さんは、ぼくたちが危険な崖で遊んでいると勘違いしたらしい。確かに、再会を喜ぶぼくたちの声は、楽しげにはしゃいでいる声に聞こえたかもしれない。だから、留守さんは大きな声を出して、ぼくたちを叱った。もちろん、ぼくは事情をかいつまんで説明した。

 すると、留守さんは納得してくれたのか、

「ああ、なんだ、姉さんが電話で言ってたガキどもっていうのは、お前たちのことか……だったら、さっさと乗れ」

 と言って、山道に止めてある白い軽トラックを指差した。ぼくたちは遠慮なく、その荷台に乗り込んだ。留守さんの住む、陶芸工房へ案内してもらうためだ。留守さんは、どうやら悪い人ではないみたいだけど、子どもは嫌いだと、顔に書いてあるみたいだった。

 もう夜も遅い、今夜は留守さんの家に泊めてもらうことになるだろう。ぐずぐずしていられないが、幼なじみたちとお互いの無事を喜ぶ暇も欲しかったし、何より、無理して夜道を進む勇気はなかった。またあの男の子に出会ったら、なんて考えると背筋がぞわぞわする。あれは夢だった、と思いたいけれど、水筒のカップはなくなっている。あの男の子が持って行ったんだ……。

 そうこうしているうちに、軽トラックは激しく揺れながら、山道の分かれ道に差し掛かる。一方は、軽トラック一台分がやっとと折れるほどの道幅しかなく、どうやらそちらが工房へと続いているみたいだった。山道の分かれ道を登っていくと、やがて、高台にもくもくと煙を出す煙突が見えてくる。

 煙突があるのは、家屋の方ではなく、その隣に造られた、築山のようなものの方だった。築山は人工の小山が階段状に三つ連なり、煙突はその一番奥の一番高い山の天辺から突き出ている。それが巨大な窯だということに気付いたのは、一番手前の低い山に扉があって、そこから真っ赤な火の粉が噴出していたからだ。そういう窯のことを「登り窯」といい、焼き物を作るための窯だということを、当時のぼくが知る由もなかった

 軽トラックは登り窯の手前で止まる。すぐさま留守さんは、運転席から降りて、家屋の方に大声を掛けた。

「おおい、伸由っ!! 帰ったぞ!」

 すると、家屋の入り口から、両手に薪を抱えた、青年が飛び出してきた。ぼくたちより十歳ぐらい年上だろうか、留守さんと同じような長袖の作務衣を着込み、まだ少年のあどけなさが残る顔で伸由さんは、留守さんを迎えた。

「お帰りなさい、師匠っ! 軽トラ借りられたんですか?」

「見ての通りだ。役場の古いダチに掛け合ったら四日の期限付きで、貸してくれた。それよりも、窯の温度はどうなってる?」

「今、千度を越えたところです。薪の一部が湿気てるみたいで、上手く温度が上がりません。やっぱり安物はダメですね……」

 と言いつつ、伸由さんは軽トラックの荷台にいる、ぼくたちのことに気付いた。

「あれ? 何なんです、あのお土産は?」

「ガキどものことか。俺の姉さんが、一晩預かってくれって」

 留守さんはぶっきらぼうな言い方で、ぼくたちの方をちらりと横目で流した。

「この大事な時期にですか?」

「仕方ないだろう。姉さんも無理を言ってることは承知してる。かといって、このガキどもをそこらに、放り出すわけにも行かない。伸由、窯の方は俺がやるから、こいつらを母屋に案内して、何か食わせてやれ。俺はガキが嫌いだ、悪いが子守は任せた」

「はあ、かまいませんけど」

 そう言うと、伸由さんは留守さんに薪を預けて、ぼくたちを手招きする。ぼくたちは、それを確かめるように、軽トラの荷台を降りた。

 乃木さんは「大丈夫だ」と言っていたけれど、師匠と弟子の会話からも、全然大丈夫には見えなかった。伸由さんの言う、大事な時期が何なのかは良く分からなかったけれど、それと登り窯から煙が上がっていることは無関係ではないようだ、と子どもながらに思案をめぐらせながら、伸由さんの後ろをついて行く。

 母屋は、母屋と呼ぶにはあまりに簡素で、生活観に乏しかった。つまり、生活用品がほとんどなくて、あるものといえば、古びた戸棚と壁に立てかけられた卓袱台くらい。親子三人暮らしの小さな我が家よりも、ずっと、殺風景だ。

 ぼくがそういう感想を持ったことを、伸由さんは見抜いたのか、自嘲気味に笑い、「普段は、工房の方にいて、あんまりここを使うことはないんだ」と言いつつ、ぼくたちの為に部屋の隅から丸い卓袱台を取り出した。そして、「残り物で悪いけど」と付け加えて、卓袱台の上に、晩ご飯を並べてくれる。

「あの、お世話になります。わたし、高瀬梨花。こっちの男の子が、野崎秋人くんで、そっちが、杉浦四郎くんです」

 一番最初にその言葉を口にしたのは、リーダーたるリコだった。ぼくとヨンちゃんも、お腹がすいていて目の前に並べられた食事に、垂涎をこらえながら、伸由さんにぺこりと頭を下げる。

「ぼくは伸由。ノブってよんでくれ。事情は知らないけど、賑やかなのはキライじゃない。むしろ大歓迎さ。だから、ゆっくりしていくといいよ。後で、寝床に案内するから、まずは夕飯を召し上がれ」

 ニッコリと、ノブさんが微笑む。師匠の留守さんとは違い、弟子のノブさんには人懐こさがあった。それで、ぼくたちは安心することが出来た。ノブさんが、母屋を出て行くと、ぼくたちは足を伸ばし、夢中で夕飯を口に運んだ。お世辞にも美味しいとはいえない煮物も、塩辛いお味噌汁も、冷たいご飯も、お昼から何も口にしていないぼくたちにとっては、ご馳走以上のものだった。

「ここ、焼き物の工房だよ。あの外にあった窯で、花瓶とかお皿とかを焼くんだよ。前に、テレビで同じような窯を見たことあるよ」

 ヨンちゃんが口をもごもごさせながら言う。

「食べながら喋らないでよ。見っともないな、ヨンちゃんはっ」

 すかさずリコが合いの手を入れるように、キッとヨンちゃんを睨みつけた。リコだけは、きちんと正座してお行儀良く箸を伸ばしている。だけど、そんなリコの注意も空しく、対照的に行儀の悪いヨンちゃんは、箸先で僕のほうを指しながら、

「それよりも、シュウちゃん。乃木さんって誰なのさ?」

 と、話題を逸らした。ぼくは、とりあえず箸を置いて、ここに至る経緯を話して聞かせた。それは、リコとヨンちゃんの二人とはぐれてしまった後のこと。

 川で溺れたぼくは、意識がなくなって、みかん農家の乃木さんに助けてもらったこと。そして、麦藁帽子と麦茶の詰まった水筒を貰ったこと。

「この帽子、女の子のだよね。ほら、ここに『はるみ』って書いてある」

 ヨンちゃんが、麦藁帽子のリボンをいじりながら言う。

「うん、多分。でも、家から被ってきた帽子、川に流されたときになくしちゃったから」

「そうなの? あれ、シュウちゃんのお気に入りだったのに……」

 他人事なのに、リコが残念そうにする。

「仕方ないよ、生きてただけでも運がよかったんだって、小母さんにも叱られた。それでね、子どもの足でこおろぎ山へ行くのは大変だから、留守さん……あの怖い顔の小父さんに連れて行ってもらいなさいって、進められたんだ」

「なるほどね。でも、ホントに怖い顔してるよね。わたしも、あの小父さんが、『こらーっ』って現れたときは、ホントにびっくりしたよ」

「俺も!」

 ぼくたちは顔を付き合わせて笑い合う。どうやら、留守さんのかもし出す雰囲気や、顔つきが怖いと思っているのは、ぼくだけではないみたいだ。

「でも、ホントに、シュウちゃん無事でよかった……」

 笑い合っていると、ようやく人心地ついた気持ちになって、改めて、幼なじみとの再会を喜び合う。リコは、心底ホッとした様子で、胸をなでおろしてぼくの顔を見つめる。

「リコたちこそ」

「うん。わたしたちは、あの後すぐに手近な岸に上がれたの。それからシュウちゃんを探したけど見つかんなくて、とりあえず街に帰ったの」

「あのときの、リコ、泣きそうだったよね。シュウちゃんが死んじゃった! って……」

 ニヤリ、ヨンちゃんが薄く笑って、リコの方を見る。すると、突然リコはキッと目を吊り上げて、ヨンちゃんの顔面目掛け、端を投げ飛ばした。

「ぎょ、行儀悪いなぁ、リコちゃんっ!」

 ヨンちゃんは、箸の形が付いた顔を撫でながら、ここぞとばかりに反撃の一手を送ったが、リコはますます怒り心頭といった具合になる。慌てたのはぼく。流石に、こんなところで喧嘩なんかしたくない。

「えっと、それで、どうしたの?」

 とぼくが言うと、リコは床に落ちた箸を拾い上げ、もう一度鋭くヨンちゃんを睨みつけてから続けた。

「騒ぎになってた。当然だよね、札付きの不良を伸して、あげく電車止めちゃったんだもん。それで、行方不明状態のわたしたちを探すため、うちの親たちが、捜索隊を組んで、出発するところだった」

「それで、このままじゃ、シュウちゃんのことも探せなくなるし、こおろぎ山にもいけなくなっちゃう。電車とめたのも、神野をやっつけたのも俺たちだから。叱られる前に、シュウちゃんを探さなきゃって思って、逃げた」

「神野をやっつけたのは、わたしとシュウちゃんでしょ? ヨンちゃんは後ろでビクビクしてただけじゃない」

「そうだけど……まあいいじゃん。俺たちの手柄は、みんなで分けなきゃ。とにかく、大人に叱られるのは後にしたかった。んで、とにかく下流までいくか、それともこおろぎ山を目指すか悩んで」

「で、シュウちゃんならきっと、こおろぎ山を目指すって、ヨンちゃんが言い出したの。ヒメを助けたいって、最初に言ったのは、シュウちゃんだから。それで、シュウちゃんが無事なら、シュウちゃんもきっとこおろぎ山へ向ってるって思って、急いで後を追いかけたの」

「もう一度、線路を使うのは怖かったから、ずっと道沿いに。おかげで、時間掛かっちゃって。やっとシュウちゃんらしき人影を山道で見つけたら、突然走り出すから、びっくりしちゃって……」

 なるほど、あの男の子に出会う前に聞こえてきた足音は、二人の足音だったんだ。なんだ、逃げる必要なんかなかったんだ、と得心する。

「ともかく、色々あったけど、みんな無事でよかった。これって、冒険だよね」

 リコが言う。隣でヨンちゃんが、うんうんと頷きながら、やっぱり口にご飯を運ぶ手を休めない。

「でも、時間は残されてないんだ。ヒメはこうしてる間も、きっと苦しんでる。ぼくはヒメを助けたい」

「わかってるわよ。シュウちゃんが、ヒメのこと好きだってことくらい。好きな子のために、冒険なんて、ロマンチックじゃない?」

「それに、俺はつき合わされてるってわけだ」

「文句いわない、ヨンちゃん! 幼なじみでしょ、わたしたち。それに、ヒメはわたしたちの友達でもあるんだから」

 三度、リコの鋭い視線を受けたヨンちゃんは、ぐっと言葉を飲み込んで「わかってるよ。言っただけ」と返した。

 きっと、ぼくは、この友人たちに感謝しなければならない。ヒメを助けたいと言い出したのは、ぼくのわがままだった。ヨンちゃんの文句も、心からの声ではないだろう。ヨンちゃんは、とても気のいいやつだということを知っているのは、ほかならぬ親友であるぼくなんだ。それらをひっくるめても、目の前の親友たちは、自らの危険も顧みないで、ぼくに付き合ってくれている。

 でも、面と向ってそれを言葉にするのは、とても恥ずかしくて、代わりにぼくは、

「明日は、ぜったい世界樹の葉っぱを持って帰ろう。ヒメがぼくたちを待ってる!」

 と、新たな誓いを言葉にした。リコとヨンちゃんは、そんなぼくの顔を見て頷き「おーっ!」と声をあげる。それは、さながら三銃士のようにも思えた。

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