第十三話 事件
昼過ぎのことだった。
農作業もひと区切りつき、軽トラックで自宅へ戻ろうとしていたとき、港の方角に見慣れない船が停まっているのが見えた。
白と青の船体。
県警の船だった。
「……何かあったのか」
嫌な胸騒ぎがした。
港を過ぎ、島の中心へ差しかかったところでさらに異様な光景が目に入る。
移住してきた女性の家の前に、人だかりができていた。
島の駐在。制服姿の県警職員。私服らしき男たちまでいる。
そして玄関先で、あの女性が事情を説明していた。
車を通り過ぎかけて、私はブレーキを踏んだ。
関わらない方がいい。
頭ではそう思った。
だが、体は先に動いていた。
軽トラックを停め、近づく。
「どうかされたんですか」
女性はこちらを振り向いた。
顔色が悪く、明らかに怯えていた。
「こんなものが」
差し出された手のひらには、小さな黒い箱が載っていた。
四角く、薄い。手のひらに収まる程度のサイズ。
何に使うものか一瞬わからなかった。
「これは?」
女性は震える声で答えた。
「自転車のサドルの裏についていました……」
「気味が悪くてネットで調べたら、GPS発信器みたいで……」
全身の血が逆流するような感覚が走った。
GPS。
位置情報を追うための機械。
誰かが、この女性の行動を把握しようとしていた。
「それで、駐在さんに連絡したら……こんな騒ぎに」
女性は申し訳なさそうに周囲を見た。
駐在がこちらへ歩いてくる。
「あなた、この方と知り合いですか?」
「同じ移住者です。港で迎えに行ったので」
「なるほど。少しお話を聞かせてもらうかもしれません」
形式的な口調だったが、その目は真剣だった。
県警の男たちは自転車を調べ、周囲の写真を撮っている。
島民たちは少し離れた場所から、その様子を無言で見ていた。
誰も驚いた顔をしていない。
ただ、見ている。
その光景が何より恐ろしかった。
事情聴取を受け、私はその場を離れた。
軽トラックに戻っても、しばらくエンジンをかけられなかった。
狂っている。
ただ監視するだけでは足りないのか。
行動を追い、居場所を把握し、生活の導線まで監視する。
誰の指示なのか。
古老か。長谷川か。近所の老人か。
それとも、誰の指示でもないのか。
この島では、誰か一人が命じなくても、皆が“やるべきこと”を察して動く。
以前ポストに入っていた紙切れが脳裏をよぎる。
よそ者同士、かばい合うな。
あれも忠告だったのかもしれない。
静かに見て。
静かに追って。
静かに記録する。
異常がないか。
外れた行動はないか。
共同体に従う意思はあるか。
そして、少しでも違えば――
異常者にする。
その夜、自宅へ戻ると玄関前に泥のついた足跡が残っていた。
一人分ではない。
いくつもあった。
窓の外では、畑仕事をしていた老人たちが、車を目で追っていた。
誰も手を振らない。
誰も話しかけない。
ただ、新しい住人が来た家の方向を見ていた。
値踏みするように。
その視線の意味を、今の私は知っている。
そして、自分が何も言えなかったことも知っていた。
不具合にて次章、第十四話が下方に飛んでいます。改善までの間気を付けて読んで頂ければと思います。




