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地下二階のシンデレラ  作者: 田中
一章 名のなき始動
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1話 掴んだチャンス

 勢いに任せた橘の考えに、加賀は顔をしかめた。


「アイドルグループを作る? お前は何を言っているんだ。ゼロから作るってことか?」


「はい。これから作ります。スターの原石をスカウトして最高のアイドルグループを作ります」


「順番が逆だろ。何もないのに曲を望んでどうする」


「たしかに逆かもしれませんね。でもですよ、曲がないのにアイドルグループ作っても仕方がないって気もしません? スカウトするにしても、曲は作れないけど来てね、って言われて参加する奴はいないと思います。先にあったらそれを口実に出来る部分もあるんで、合理的かなって」


「こんな交渉をしてくるぐらいだ。事務所に所属しているとも思えないが、宛はあるのか? 勝算は?」


「宛は無いです。でも勝算はあります! 加賀さんの天才的な楽曲があれば問題ないです!」


「はぁ……。頭が痛いよ。馬鹿馬鹿しい。私が協力すると思うのか?」


 ――よし。


 加賀は呆れかえった様子でため息をついた。侮蔑ぶべつするかのような大げさなため息を見て、橘は内心でガッツポーズをする。


 無茶苦茶なことを言っているのは承知していた。無茶苦茶なことを意図して言ったのだから。


 脅迫行為に論点が行ってしまえば話は進まない。それ以外に焦点を向けるためにあえて軽薄な理想を語った。


「加賀さん、俺あとがないんですよ。ハッキリ言って何もないですし、失うものもないんですよ」


 軽薄な笑みを消し、覚悟の決まった声で告げた。

 

 加賀の表情が曇る。


「脅しか?」


「違いますよ。だから腹くくってやりますって話です。宛も勝算もないですよ実際。でもやるしかないんです。こんな方法とったことは謝ります。本当にすみませんでした。でも何もないから、やるしかないんですよ。チャンスと見たら強引にでも掴みに行かないと、俺みたいな奴は成り上がれないんです。無茶苦茶なことを言っているのはわかってます。でもどうかこんな馬鹿に夢見させてくださいよ。俺、加賀さんが作った曲が好きなんです。ラブリーズの二枚目のシングルとか最高でした。過去の人みたいになってる現状もやるせないです。俺に任せてください。加賀さんが作る最高の曲を、俺が作るアイドルに歌わせて、加賀さんのことを認めさせてやりますから」


 真剣な眼差しで加賀を射抜きながら橘は宣言した。


 根拠のない理想を語るのは橘の十八番おはこだ。


 周りの同世代を見れば、結婚や出産、マイホーム購入といった人生の大きなイベントを迎えている。仕事では成果を上げて出世していく者もいるだろう。SNSを開けば幸せの押し付けかのような情報が押しよせてくる。一般人でもそうだが、成功者はもっと顕著けんちょだ。自身がいかに有意義な人生を送っているかをまざまざと見せつけてくる。


 見なければいいのはわかっている。それでも橘は引き寄せられてしまう。自分が思い描いた成功を遂げる人間を見て、鬱屈うっくつした嫉妬の感情を燃やしてしまう。


 なににもなれなかった。なにも無かった。


 自分が空虚くうきょであったことを叩きつけられてなお、いまだに認めたくなかった。自分は特別で、今はまだ成功への道中なんだと信じたかった。


 成功への執着が、根拠のない宣言に熱を帯びさせる。


 それを受けて加賀は再度ため息をつく。


「はぁ……。本当に馬鹿馬鹿しい。きっとお前は本物の馬鹿だ。よくそんなに堂々と言えるな。普通なら恥ずかしくてそんな根拠のない自信は見せない。……だけどな、そういう馬鹿は嫌いじゃない」


「え、ってことは?」


「一週間やる。それまでにスターの原石とやらを連れて来い。それができたら話は聞いてやる。できなかったら話は無しだ。写真をバラまきたければ勝手にしろ。妻との関係はとっくに冷めきっているし、世間は今の加賀文明に興味はないし、大した痛手じゃない」


「あ、ありがとうございます! でも一週間はちょっと厳しいんでもう少しいただけたら嬉しいとか思ったり」


「ふざけるな。その程度もできなくて何が成り上がるだ。覚悟を見せてみろ」


「わかりました」


 その返事を聞いた加賀は、ゆっくりとグラスを口に運ぶ。氷の音が静かに鳴る。橘は気付かなかったが、グラスに口をつける加賀の表情は今日初めて緩んでいた。


******




 バーを出た橘は、冷たい夜風を浴びながら息を吐いた。


「よっしゃ……」


 震える拳を握りしめてガッツポーズをする。その手には汗がにじむ。なめられないようにと、余裕めいた態度をつとめたつもりだが、本心は緊張に占められていた。一歩間違えれば脅迫罪で逆に立場が危うくなるリスクもあった。それ以上に人の弱味を握って交渉にのぞむこと自体がストレスだった。良心が自身の行動の不当性を責めていた。


 それでも橘は行動を起こした。社会的地位も信頼もない、貯金どころか借金がある。底辺で這いずりまわり続ける現状に耐えられなかったからだ。


 強引にチャンスをたぐり寄せた。

 初めてなにかを自分の力で成したかのような錯覚に襲われ、達成感を覚えそうになる。しかしその瞬間、現実が追いかけてくる。


 ――アイドルを見つける? 一週間で?


 スキャンダルを掴んだ相手の職種に合わせて、その路線を思いついただけだった。宛も知識もない。こういう行き当たりばったりな部分が過去の失敗原因なのだろう。


 ――無理だろ。けど、やるしかない。もう後戻りはできない。


 橘の目の奥に、消えかけていた光がもう一度灯ともった。



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