騎士団長子息が相談しなかったら大事になっていた
逆ハーが起きたら国荒れるよね
週に二回のデート。今日はわたくしのために最近はやりのケーキ屋さんを調べて連れて来てくれたわたくしの婚約者だったが、なんというかその婚約者の様子がおかしいので、のんびりストロベリータルトを堪能している場合ではなさそうだ。
「ノワールさま。何か気になることがあるのなら相談してくださいな」
そっと促すと、
「ジェネッタ……。ああ、そうだった。頭まで筋肉な俺がいくら悩んでも解決しないしなっ」
あっけらかんと自分の欠点を明るく告げる。頭まで筋肉……確かそれは騎士団長のご子息であるノワールさまを嫉んだ輩が悪意を持って告げてきたのだが、
『そうか。なら、頭も鍛えられるな!!』
と良い方に解釈して頭を効率よく鍛えるためにお薦めのやり方を教えてくれと相談されて実地訓練とか領地の視察をして回った。
書類だけでは理解できないだろうから作物の作り方も実際育てたりした方が身について、数字こそ苦手だが、書類の間違いもなんとなくで見抜ける才能まで開花させた自慢の婚約者だ。
「実はな……最近女性に言い寄られていてな」
「あら、モテ自慢ですか? 嫉妬させたいのですか?」
本気ではないが、つい揶揄うように告げてしまうが、もともとノワールさまはモテる。嫉妬していたら限がないくらいだが、ノワールさまがわたくし一筋だと理解しているので揶揄う程度ですんでいる。
「ち、違うぞっ!! 愛しているのはジェネッタだけ………………また策中にハマった……」
「ふふっ」
愛していると言わせるためだけにわたくしが言ったのだと気付いて顔を赤らめて机に臥せってしまうノワールさまに嬉しく微笑んでしまう。
「――で、何が気になっているのですか?」
「それが…………マイヤ嬢って知っているか?」
マイヤ嬢。確か聞いたことある。
「確か……珍しい光魔法を持っていたから学園に入学した平民の方でしたわね」
話の流れからするとマイヤ嬢に迫られているということなのでしょうかと続きを待っていると、
「ああ。光魔法の持ち主は稀有な存在だからと慎重に接しろと言われていたのだが、そのマイヤ嬢が親しげに声を掛けてくるんだ」
「まあ、おモテになりますね」
「だから、ジェネッタ一筋……。じゃなくて、俺は殿下の側近で、騎士団に入って、実力と運と人と上手く関わり続けていけばたぶんそれなりの地位に行くと思っている」
「まあ」
それなりというがノワール様なら次期騎士団長になると思われてもおかしくないだろう。ただし、その騎士団長になる前に超えないといけない素晴らしい方々がいると常に目を輝かせているからその方々が騎士団長になると思っていて、自分は退職前になれたらいいな程度の考えだが、野望というか野心が無いと思うべきかそれだけ尊敬をしている人が居ると思えばいいのか。
「いっ、言っておくが自慢じゃないからっ!!」
「ええ。ノワールさまが慢心せずにそのまま成長すれば確かにそうなりますね」
順調にいけば騎士団長になれるだろう。だけど、どこに落とし穴があるか分からないので釘を刺しておく。
(ノワールさまが慢心するとは思えないけど)
ああ、後怪我と病気にならなければも追加しておくべきか。
「だからな。正直、玉の輿狙いの女性とか略奪婚狙いの女性。恋の火遊びをしたい女性とかが群がってくる。……そして、中には俺を通して殿下や殿下の側近と親しくなりたいからと踏み台にしようとする女性もな」
正直、そんな女性ばかりだから疲れると疲労感が顔にしっかり出ている。ちなみに今この場でもノワールさまに秋波を向けている女性はいるのだが、わたくしがいるのに気づくとすぐに引っ込んでいく。
……引っ込まない方々は裏で手を回せるようにしておくが。
「最初、マイヤ嬢が近づいてきたのも殿下狙いの感じがあったんだ。だから、殿下を守るために対応をしていたのだけど……」
途方に暮れたように。自分の今までの感覚とのずれに迷ったように、
「マイヤ嬢は俺に秋波を向けて来て、殿下を諦めたのかと思ったけど、殿下にも相変わらず向けていて、そして、友人たちにも……」
だから理解できないと悩んでいる様に、疲労感がしっかり現れているので労わるつもりで頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。
もっとと催促されるかのように頭を強く押し付けてくるので仕方ないわねと絆されて撫で続ける。
「……それなのに、こちらを見る目がまるで観賞用の動物を見ているようなぞっとするような悍ましく感じる時もあって」
警戒をし続けるけど、疲れるし、今までない感じなのできついと弱音を吐くノワールさまに、
「お疲れさまですね。――甘いものを食べると疲労も回復するそうですよ」
そっと口元にわたくしの食べかけのストロベリータルトを持っていくと恥ずかしそうに顔を赤らめて、次になんとなく嬉しそうに笑ってわたくしの手首を掴んでフォークを自分の口の中に突っ込む。
「美味しいな。――苺の甘さとジェネッタの甘さが感じる」
その言葉に自分のしたことが恥ずかしいことだったと今更気付く。
いわゆる間接キスをしてしまったと言われて、食べるのを再開しようとしていたのにこのままわたくしの持っているフォークで食べていいものか、それとも新しいフォークを頼めばいいのかと混乱してしまった。
(それにしても……マイヤ嬢ね)
少し調べてみますか。
「乙女ゲーム……。逆ハー……」
調べさせたらそんな意味不明な単語を良く呟いていると報告が上がった。
「かの者がよく見ているメモ書きを見付けたので模写してきました」
「ありがとうございます。騎士団長さまに助かりましたとお伝えください」
「団長はおそらく、ジェネッタ嬢が『お義父さまありがとうございます♪』と伝えるのが一番喜ぶと思われますが……」
そのメモ書きを見せられて、知らない言語で書かれていたから正確に書き写せていないかもしれないと申し訳なさそうに騎士団の一人が頭を下げていたが、私にとっては関係ない。ここまで手に入れてくれただけでも助かるのだ。だけど、さすがに、
「まだ、正式な娘になっていないから恥ずかしいですね」
その呼び方は勘弁してくださいと告げると、
「それは残念です。ジェネッタ嬢が甘えてくれれば鍛錬が少し厳しくなくなるのですが……」
心底残念そうに呟いて騎士はすぐに去って行く。
騎士団長さまはそんなことで訓練を甘くしてくれるような方でしたっけと首を傾げつつメモに向かって魔力を紡ぐ。
「【解読】」
わたくしは伯爵令嬢で、騎士団長子息のノワールさまとは少し身分の差があり、婚約するのに支障があった。だが、私には特殊魔法が使えて、それがどんな文字であってもそれが誰かに通じる意味で書かれていれば解読できる魔法。
つまり、もし戦争とかになって敵の暗号文を手に入れたならそれがどこの国の言語でどんな方言であっても読めてしまうのだ。
だからこそ、ここで騎士団長であるノワールさまのお父さま――未来の義父に協力して信頼できる隠密行動に長けた部下を借りることにして件の令嬢のメモ書きを模写してくれたのだ。
「乙女ゲーム……」
解読をしていくが幾つか不明な言語も出てくる。
殿下含める側近たちを【攻略対象】
全員【クリア】して【逆ハー】
殿下含む、側近の方々の婚約者を【悪役令嬢】
「………これは放置してはいけない内容ですわね」
わたくしでは手に負えない。
「他の方のお力を借りないと……」
そうこのメモに書かれている【悪役令嬢】
我が国の王女。公爵令嬢。辺境伯令嬢などの権力者に。
「ちょっ、何よここっ⁉」
マイヤ嬢が喚く。
「あっ、もしかして誘拐フラグっ!! これで攻略キャラが助けに来てくれるのっ♪」
さっきまでの怒りの喚き声が一転して理解できない嬉しそうなことを言っている。
「――そこまで好感度? というのを上げられたのですか?」
尋ねるのは公爵令嬢。
「来たわね悪役令嬢!! ということは王太子ルートね!!」
実際に会うのは初めてだが、ここまで理解できない方だとは思わなかった。
「あら、ではわたくしも居たらどうなるのでしょうか?」
扇で口元を隠して現れるのは我が国の王女。
「あっ、王女までっ!! ということは留学してきた王子も!!」
いまだ理解できないことを言っている。
「さっさと尋問した方がいいでしょうか?」
「辺境伯令嬢も!! ということは逆ハールート!! いや~ん嬉し~♪」
一人で気が狂ったように喚いているが、
「――なるほど、あの【逆ハー】とやらは複数の男性を自分の夫にするというもの……ということですか」
「やっぱり、伯爵令嬢も!!」
わたくしの姿を見付けて感極まったように叫ぶ。それに眉を顰めるのは王女殿下と公爵令嬢。
「光魔法の使い手だと思って丁重に扱いすぎた様ね。まさか、国を滅ぼすつもりなどと」
公爵令嬢の言葉に辺境伯令嬢がマイヤ嬢の身体を持ち上げて、
「どこの間者だ。大人しく言え!!」
「何言ってんのよっ!! かんじゃ? 病人じゃないわよっ!!」
「……間者と患者を間違えているようですね」
いや、わざとそんなことを言っているのか。
マイヤ嬢のメモを目で通して彼女の危険性に気付いた。
名前が書かれていたのは、王太子殿下。宰相子息。騎士団長子息。彼らは手玉に取るつもりという時点で国を内部から荒らすのかと警戒したが、それに加えて、我が国の王女殿下と同盟のために婚姻が決まっている大国の王子の名前も書かれていた。
婚姻が失敗したら同盟が破棄されて最悪の場合戦争が起きる可能性もある。そんな大国の王子と我が国の王太子を秤に乗せる。いや、両方手玉に取る。
同盟を破棄させたい国の回し者か尋問するのも仕方ないだろう。
「ノワールのお手柄ね」
王女殿下の言葉に頭を下げる。
ノワールさまが警戒して相談してくれなかったらとんでもない事態になっていただろう。
あのメモを解読していくとノワールさまの紹介で王太子方と知り合って、【好感度】とやらを上げるとか。
未然に防げてよかった。
「光魔法の使い手は王都で勉強するよりも戦場で実地に学んだ方がいいでしょう。わたくしが国王陛下に進言しておきました」
好きなようにしなさい。
「感謝します」
王女殿下の言葉に辺境伯令嬢は片腕でマイヤ嬢を引っ張っていく。
光魔法は治癒も結界も張れる便利な魔法だ。消すのは惜しい。
だからこそ、わたくしの一存で彼女を処分できなかった。
「助かりました」
公爵令嬢にお伺いをして、王女殿下に繋ぎを取って、陛下の許可を取った。
「いえ、ジェネッタのおかげで国家の未曽有の危機を防げました」
感謝しますと王女殿下直々感謝されるが、それもすべて、
「ノワールさまのおかげなので褒美は彼に」
相談してくれたおかげなのでそう未来の夫に手柄を与えてくださいと頼んだのだった。
女性陣無双(後半)