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2. 呪われた皇子



 迎えた婚約お披露目パーティー。その主役の一人であるラウルは、まだ見ぬ婚約者を待っていた。

 ラウルの装いはシックなスーツだった。白のシャツと瞳と同じ紺碧色のベスト、漆黒のスラックスにジャケット。ネクタイは銀色で一部に漆黒のラインがデザインされている。ジャケットの裏地も銀色である。全体的にラウル自身の色彩が意識されており、アリアが選んだセットとなっている。尚ラウルよりも乗り乗りだった模様。


「ていうかなんでセルさんも居るの·····」

「俺も一応上流階級の貴族だ。居るに決まってるだろ。にしてもお前かっこつけてるな」

「アリアさんが選んでくれたんだよ······。てか素直にかっこいいって言えよ」


 調子乗るな、と頭を叩かれそうになるのを避け、セルシオの腕にパンチを食らわす。すかさずセルシオはラウルに(すね)へ蹴りを入れる。しばらくじゃれ合っていると、背後の会場がざわめいた。


「――お前の婚約者殿がお見えだぞ。」


 セルシオがラウルにそう言う前に、既にラウルはざわめきの中心――己の婚約者を真っ直ぐと紺碧の瞳に捉えていた。


 おっとイケメンすぎるんだが?こんなの聞いてないが??


 初見の感想がこれとは、ラウルの語彙力を疑ってしまうが、それも頷ける容姿だった。

 夜空で染めたような美しい黒髪。整った顔立ち。引き締まった体躯は、髪と同色のスーツに身を包まれている。そして何より、紅と金に輝く瞳。


「かっこよすぎんか?」

「心の声漏れてるぞ」


 セルシオから冷静な突っ込みが投げかけられるも時すでに遅し、彼に聞かれてしまったようだ。こちらへと向かって来る皇子の道を、人がぱっと避けて空ける。その間にラウルは気を取り直し、目の前の婚約者を見据えた。


「お初にお目に掛かります。アルヴァ殿下の婚約者となりました、ラウル・リーヴァンと申します。不束者ではありますが―――」

「知っている。無駄な口上はいらん。·······お前がどんなに変人だろうと、俺は知らない。好きにしろ。」


 挨拶を遮られた上、初対面だと言うのにこの態度。そこらの貴族令嬢ならば憤慨するところだが、やはりと言うべきかラウルは違った。

 一瞬きょとんとした後、「わっはっはぁー!」と豪快に笑い飛ばした。目尻に浮かんだ涙を拭いながらラウルは答えた。


「じゃあ好きにさせてもらいますね、っ、あっはっはっ。あっ、じゃあアルヴァって呼ぶね?」

「ぅえ?······いや、じゃなくて!普通怒るところだろう!なんなんだ君は!」

「なんなんだと言われましても······、ただただ、『僕』っていうだけですよ。」


 君は俺の想像以上に変わっているようだ·····と呆れたようなアルヴァの呟きに、ありがとうございまーすと緩く返事をする。周りでこのやりとりを見ていた観衆は、ざわりとした響きをする囁きで噂を始めた。


 ラウル様に向かってあの態度とは。やはり彼女は懐が深い。だが仮にも皇族の婚約者が変人で良いのか。まあ、大丈夫だろう。


 ラウル様の化け物じみた強さなら、アルヴァ殿下の呪いだって恐いものはないからな。


 はっはっは、と、耳朶を打つ嗤い声は噂に群がる蝿のようだ。




 ラウルは、いつもの彼女からは想像もつかない程、険しい顔をした。そして重い溜め息を吐く。

―――くっっだらない。

 それは一瞬で、すぐに表情を元通りにし、にっこりと笑みを浮かべる。


 さて僕の婚約者はどんな気持ちなのかと、隣のアルヴァをちらりと見上げる。彼は果実酒の入ったグラスを片手に会場を見回しており、何をしても絵になるイケメンだなぁとラウルは思った。が、先程と変わらぬイケメンぶりでも、ラウルはアルヴァから諦念と怒りと孤独感を感じた。

 ラウルはアルヴァと同じ果実酒を手に取ると、ぐびりと飲んだ。林檎の爽やかな甘みと細かな気泡が喉を通っていき、酒に強くないラウルでもとても飲みやすく美味しかった。それが裏目に出て少し調子に乗って酔ってしまったのはラウルの間抜けな所である。


「え、お前まさか·····酔ったのか?あんな果実酒で?」


 セルシオがバルコニーのソファに座るラウルを見下ろし、呆れとドン引きといった様子で顔を引き攣らせた。


「んぁー?セルさんー、なんかふわふわするー。なんでぇー?」

「それは酔ってるからだ。はぁ·····。殿下、こいつは放っておいて良いです。酔っていたとしても死なないので。」

「そうか······。というか下戸なのか·····。」


 馬鹿みたいに強いのに酒だけは弱いんですよ、というセルシオの呆れの言葉など聞いておらず、ラウルはアルヴァに絡んでいった。


「アルヴァぁー。まだまだ飲んでないんじゃないのぉー?ほらほらぁー」

「ぐっ·······、めんどくさい絡み方しやがって······!」


 セルシオはいつの間にか消え、ふたりだけでわちゃわちゃと平和な戦いを繰り広げていた。緩い交流のおかげか、アルヴァもラウルも自分のことをたくさん話した。

 二人は同い年だということ。ラウルは虫が苦手で、アルヴァは勉強が好きだということ。ラウルの好きな空は夕焼けと夜の混ざった瞬間、アルヴァは真夜中の、雲が月に薄っすらと掛かったとき。


「········なんで俺は呪われて生まれてきたと思う?」

「その瞳が?僕はそれ、呪いだと思わないけど?むしろめっちゃ綺麗だしかっこいい!」


 ラウルは心の底からそう言った。

 アルヴァの瞳が揺らぐ。と思ったら手で顔を覆ってしまった。


「おいおーい、泣いてんのかー?」

「·········黙れ」


 口ではからかいつつも、ラウルはアルヴァのことを優しく見守っていた。

 何故自分は生きているのか、その問いは誰しもが持ってもおかしくないものだ。ましてやアルヴァは「呪いの子」とずっと疎まれてきた。不安、恐怖、孤独、疲弊、諦念、そういったものでいっぱいだっただろうに。ラウルはアルヴァに「よくここまで生きてくれたね。ありがとう」と言ってあげたかったが、まだ言うタイミングではない。まだ関係は浅い。きっとお世辞だと思ってしまうだろう。そこで嫌われるのは嫌だった。


 僕があたたかさってものを教えてあげなきゃね。


 ラウルはアルヴァの隣にぴっとりと座る。顔を手で覆い俯いていたアルヴァは肩を跳ね上がらせ、すかさず逃げようとするがラウルはすぐに追いかける。顔を上げ若干なんやねんという目でこちらを見遣るアルヴァは、もうラウルに対する懐疑心や拒絶は見られなかった。


「寂しかったらいつでも会いに来ていいからね。大抵ギルドの任務で忙しいけど。」

「会いに行く訳ないだろ。」

「おやおや、そんなこと言って良いのかい?その時が来たらたくさん可愛がってあげようじゃないか」

「········ほんと、変な奴」



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