護衛騎士から見た景色
メリア王女の護衛騎士エリアスから見た景色
「アルテシア。私が愛するのは君だけだ」
「信じられませんわ。貴方様はちっともわたくしに会いに来てくださらないではないですか。もう半年も……わたくし待ちくたびれましたわ」
そう言われて、マルディス伯爵家から婚約解消を申し入れられた。
エリアス・バルテルロ公爵令息。
この王国の英雄とまで言われたエリアスの強さは、王国騎士団一だった。
金の髪に碧眼のエリアスは、姿形もそれはもう美しくて。
エリアス25歳。エリアスは7歳下のアルテシア・マルディス伯爵令嬢という婚約者がいた。
アルテシアは茶の髪の清楚な感じのおとなしい女性で。
両家による政略による婚約だったけれども、エリアスはアルテシアを一目見て気に入った。
「私は王宮騎士団に勤めるエリアス・バルテリロだ。いずれは騎士団を退職し、君の家に婿に入る。ただ今すぐ騎士団を退職する訳にはいかない。だから待っていて欲しい」
「解りましたわ。エリアス様」
アルテシアを婚約者として大事にし、いずれは良き夫婦になれればいいと、エリアスは思ったのだ。
だが、その事を聞きつけたメリア王女が、エリアスを護衛騎士にと国王に頼み込んだ。
そしてその望みが通ってしまい、エリアスはメリア王女の護衛騎士となった。
メリア王女はエリアスの事を片時も離さない。
どこへ行くのにも連れ歩き、王宮にエリアスの住まいを用意させた。
「貴方はわたくしの護衛騎士。わたくしが必要な時は傍にいないといけないわ」
アルテシアと会う事が出来なくなった。
手紙を書いても、返事が来ない。多分、手紙がメリア王女の手によって握りつぶされているのだろう。
護衛騎士なんてやめたい。だが国王の命には背けない。
メリア王女が口づけをせがんでくる。
「ねぇ、キスして下さらない?」
「貴方様は隣国の王太子殿下の婚約者。それはいけません」
「あのチビの?嫌よ。あんなのとわたくし結婚したくないの」
「両国の為です。だから私と不貞を働いてはまずいのでは?」
「今だけよ。貴方の事、愛しているわ」
そう言ってメリア王女はキスをしてきた。
拒むことなんて出来なかった。
褥に誘われるようになる。
「わたくしの命令をきけないなんて、貴方、婚約者がいたわね。王家の影に頼んで亡き者にしようかしら」
「それだけは……彼女には手を出さないで下さいませんか」
「だったら、わたくしと褥を共にしてほしいの」
メリア王女が望むままに、その身体を抱いた。
アルテシアに会いたい。
あまり交流することが出来なかったアルテシア。
愛しているのは君だけだ?いや、愛することすら許されなかった。
交流する時間すら王女に奪われた。
アルテシアと一緒に過ごした未来はきっと、幸せに溢れていただろう。
その未来が潰されたのだ。
王女に対して憎しみが灯った。
そんな中、隣国のオリオ王太子の元へ、メリア王女が婚約者として訪問する事となった。
メリア王女はエリアスに、
「貴方は国の英雄なのだから、竜を討伐して頂戴。竜の首をお土産に持っていくわ」
竜の討伐は危険を伴う。
それでも、エリアスは、
「承知しました。竜を討伐しに行って参ります」
その自由になった僅かな時間に、婚約者だったアルテシアの元を訪問した。
婚約は解消されてしまった。
謝りたかった。
「アルテシア嬢に会いたい。私はエリアス・バルテルロだ」
アルテシアは会ってくれるという。
通された客間でアルテシアに会った。
「今更、何用でしょうか」
「申し訳なかった。メリア王女様の護衛騎士になって、時間が取れなくなってしまった」
「いいえ、過ぎた事です。メリア王女様の褥に侍る仲なんですってね」
「何でそれを?」
「社交界では有名な話ですわ。それに、わたくし新たなる婚約の話が持ち上がっておりますの。ですから、もう貴方様とは関係ございません。お帰り下さいませ」
冷たくそう言われた。
全て、あの王女のせい……どんなに、あの王女が憎い事か。
竜を討伐して、メリア王女に従って隣国へ行った。他の付き添いの家臣達も一緒だ。
竜の首を土産に渡したら、メリア王女の婚約者のオリオ王太子が真っ青な顔をしていた。
返しの土産が大変だからだろう。同等、もしくはそれ以上の土産を返さなくてはいけないのだから。
ああ、事故を装ってこの女を殺してやりたい。
殺して……
殺意が膨らむ。
だが、メリア王女の周りには今、色々な人がいて、機会が作れない。
もし、自分がメリア王女を殺したと知られたら、バルテルロ公爵家に迷惑がかかる。
そうこうしていたら、日程が過ぎて、帰国する日になってしまった。
土産返しは、見事な黒竜の魔石20粒。
エリアスは驚いた。竜一頭を退治するのも大変なのに、黒竜20頭退治したとはどういう事だ?
オリオ王太子の王国は小国だ。騎士団にもそれ程、強い人間がいると聞いてはいない。
疑問に思っていたら、庭に呼び出された。
筋骨隆々の男達がこちらを囲むように見ている。
奴らは噂に聞いたことがある辺境騎士団か……
身の危険を感じた。
エリアスはにやりと笑って、
「オリオ王太子殿下は私が邪魔という訳か」
オリオ王太子は両腕を組んで睨みつけ、
「王家に他の種を入れる訳にはいかない。かといって、メリア王女と婚約破棄をする訳にもいかない。だったら魔を払うしかあるまい」
「私は魔かっ」
辺境騎士団四天王が現れて、エリアスを囲む。
その四天王を制して、辺境騎士団長がエリアスに対峙し、
「お前達では力不足だ。私が相手をしよう」
二人はにらみ合い、大刀を持って互いにぶつかった。
二人はさんざん打ち合って、戦っていたが、辺境騎士団長の手によりエリアスの刀は折られ縛られて転がされた。
辺境騎士団員達がエリアスを担いで行く。
辺境騎士団長は汗をぬぐって、
「ひさびさに手ごたえを感じた。魔を払う事が出来た。この魔は貰って行くぞ」
エリアスは辺境騎士団へ連れて行かれた。
辺境騎士団へ行って、騎士団長に直談判した。
「私を屑だと言うのなら、私を傍に置いて婚約者から引き離したあの王女は屑だとは言わないのか。私は婚約者と良好な関係を築きたかった。それなのに、あの王女に邪魔されて、私は婚約解消されたのだ。私は悔しい。仕返しがしたくてもバルテルロ公爵家にかかる迷惑を考えたら出来なかった。この身はどうなってもいい。だが、あの王女だけは許せない」
騎士団長はソファに座りながら、
「あの王女、お前を思って泣き暮らしていると言うぞ。素行の悪さで、国王もあの王女を離宮に閉じ込める事にしたそうだ。どこにも嫁にやれないとな」
外は雨が降って来た。
黒髪黒目の美男が、紅茶を出してくれた。
それを一口飲んで、ふうと息を吐く。
離宮に閉じ込められる事になったのなら、もう手は出せない。
諦めるしかなかった。
翌日、辺境騎士団から出て行けと言われた。
迎えの馬車が来ていて、乗り込んだら見知った顔の女性が座っていた。
「アルテシア……」
「お迎えに参りましたわ」
「私達の婚約は解消になった」
「そうでしたわね。わたくし、やりたい研究があって、隣国へしばらく滞在したいと思っておりますの。女性一人では心細くて、わたくしの護衛をして下さいませんか」
「私でよければ喜んで」
嬉しかった。アルテシアが護衛をしてくれと、自分が傍にいてもよいと言ってくれているのだ。
二人で隣国へ渡った。
珍しいマソン草の研究をアルテシアはしていて、その採取を共に手伝った。
マソン草は、エマル草と混ぜて使えば風邪の病によく効く事が解り、オリオ王太子にその研究結果が評価され、表彰されることとなった。
そして、アルテシアに付き添って現れたエリオスを見て、オリオ王太子は叫んだ。
「辺境騎士団へ行ったんじゃなかったのか???」
「行ったその日に迎えが来て、アルテシアの元で働いております」
「そ、そうなのか」
そして、来月にはアルテシアと結婚式を挙げる。
エリオスは思う。
こうして愛するアルテシアと結婚出来てなんて幸せなんだろう。
「アルテシア。迎えに来てくれて有難う」
「あれからの貴方はわたくしの為に一生懸命、愛してくれた。今、わたくし幸せだわ」
そう、研究に励むアルテシアの為に、精一杯、力になった。
研究だけではなく、沢山の時間を共有した。
二人だけの思い出も作った。
愛しいアルテシアを抱き締めて、エリアスは幸せを感じながらその唇にそっと口づけを落とした。