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コウモリ、英雄を決める

作者: 兼子雨弓

 もうすぐ日が沈み、辺りを夕闇が支配しようとする頃、洞窟の中では、天井からぶら下がったコウモリたちが、おしゃべりに花を咲かせていました。

『この中で一番の英雄は誰かな』

『一番強い仲間ってこと?』

『一番速く飛べる仲間ってことじゃないかな』

『一番多く虫を食べるのは?』

 みんなが口々に案を出します。

『う〜ん、どれもいいけど、何かもっと面白い決め方はないかな』

『今まで誰も思いつかなかったような?』

『そうそう』

『そういえば』

 ここで、コウモリの長老が、ふと思い出したことを口にしました。

『ニンゲンの世界には、声で窓ガラスにヒビを入れる者がいるそうな』

『えっ!声でですか?』

『どうやって?』

 辺りが一斉にざわつきました。

『どうもこうも、窓ガラスに向かって高い声を出すだけで、ガラスにヒビが入るらしいぞ』

 長老はいったいどこからそんな話を聞いてきたのでしょう。

 しかし仲間内で一番の年長で物知りな長老の言うことを疑う者はいません。

『ニンゲンはそんなことができるのか』

『あの固い板にヒビを入れるなんて』

『まてよ、ニンゲンの声なんかでヒビを入れられるなら、我々にもできるんじゃないか?』

『そうだそうだ!我々の超音波の方が、ニンゲンの声なんかよりずっとすごいはずだ!』

『我々なら、ヒビどころか粉々に割ることだってできるだろう』

『よし、それにしよう!みんなで同時に窓ガラスに超音波をぶつけて、一番最初にガラスを割った奴が英雄だ!』

『面白い!』

『やろうやろう!』

『英雄になるのは俺だ!』

『いいや、俺だ!』

『僕だって自信はあるよ!』


 時は夕暮れ、ちょうどみんなで虫を食べに洞窟から出発するところでした。

 しかし今日は虫取りそっちのけで、全員が村に向かいます。

 そして村につくと、ありとあらゆる窓ガラスにコウモリたちが群がりました。

 これにニンゲンが驚かないはずがありません。

 全ての家々の窓ガラスにびっしりとコウモリが貼り付くように飛んでいて、どのコウモリも口を開けながらこっちを観ているのです。

 あっちこっちの家から、女性の悲鳴や子どもの泣き声が響いてきました。

「キャーッ」

「気持ち悪い!」

「怖いよ〜!」

「なんだこれは?」

「いったい何が起こっているんだ?」

 どの家の中も大騒ぎ。

 しかしコウモリたちはどこ吹く風で口を開けて家の中を覗き込んでいます。

 コウモリたちはいつガラスが割れるかと必死にガラスを見ていただけで、家の中を覗き込んでいるつもりはありませんでしたが。


 夜更けになると、コウモリたちは少しずつ減っていきました。

 みんなお腹が空いたのです。

『意外と割れないもんだな』

『俺たちの超音波がニンゲンの声に劣るっていうのか?』

『まさか』

『それはないだろう』

『今日は初めてだったからじゃないかな』

『そうだな、また明日もやろう』

 こうしてコウモリたちは虫をお腹いっぱい食べてから洞窟に帰って行きました。


 朝になって、ニンゲンの大人たちが広場に集まってきました。

「ゆうべのあれは何だったんだ?」

「天変地異の前触れじゃないかな」

「そんなの聞いたことないぞ」

「うちの子は夜泣きして大変だったよ」

「うちもだ」

「あんな不気味なもんを見たら、夜泣きもするだろう。可哀想に」

「今日も来るかな」

「どうだろう」

「猟銃でも用意しておくか?」

「原因が分からないのにいきなり殺すのは寝覚めが悪い。今日はとりあえず空砲でどうだ?」

「そうだな、それで様子を見てみよう」

「じゃあ、コウモリが現れたら、ここに集合だ。俺が合図を出したら、一斉に撃つぞ」

「分かった」

 大人たちはそれぞれの家に帰っていきました。


 夕方になるとやはり、コウモリたちはものすごい数の集団でやってきました。

 そして昨日と同じように、窓ガラスに向かって一斉に口をあけました。

 またしてもあっちこっちの家から叫び声や悲鳴が聞こえてきました。

 大人たちは猟銃を持って広場に集まりました。


 その頃、ある家の物置小屋の中で、いたずらっ子のジョシュアが棒を持って立っていました。

 物置小屋の窓ガラスにも、コウモリたちがびっしりと群がっています。

「僕はコウモリなんて怖くないぞ。こうしてやる!」

 と言いながら、持っていた棒で窓ガラスを叩きました。

 コウモリたちは口を開けてこっちを見るのに必死で、窓ガラスが叩かれたことに気付いていないようでした。

「こいつら気づかないフリをしているな。だったらこれでどうだ!」

 ジョシュアはさっきよりも強く窓ガラスを叩きました。

 やはりコウモリたちは無反応です。

「だったらこうだっ!」

 ジョシュアは思いきり窓ガラスを突きました。

 棒の先端からガラスにヒビが入ったと思った途端、ガラスの一部が砕けて床に散らばりました。

「あっ」

『あっ』

「割れちゃった!」

『とうとう割ったぞ!』

「どうしよう」

『割ったのは誰だ?』

『俺だ!』

『ビリーか?』

『ビリーさんが英雄だ!』

『英雄はビリーに決まったぞ!』


 コウモリたちが歓喜の声をあげ始めた途端、

「行くぞ!3、2、1、撃てっ」

 という声と共に、パンパンパンパンパンッとたくさんの銃声が響き渡りました。 

『何だ?』

『何の音だ?』

『聞いたことない音だぞ』

『これは祝砲の音だな』

 長老が言いました。

『しゅくほうって何ですか?』

『ニンゲンは何か祝い事があると、この音を鳴らすそうだ』

『えっ、ということは、ニンゲンがビリーさんを祝っているということか』

『ビリーさんはすごいな』

『ニンゲンにまで祝われるなんて、真の英雄だ!』

『さあ、洞窟に帰ってお祝いするぞ』

『その前に食事だ』

『そうだな、お腹が空いたよ』

 コウモリたちはワイワイと騒ぎながら去って行きました。


「やった!空砲が効いたぞ」

「コウモリめ、音だけで恐れをなしたか」

「意外と簡単だったな」

「明日もまた来たら、これで追い返そう」

 大人たちは嬉しそうにそれぞれの家に帰って行きました。


 次の日の夕方、大人たちは猟銃を片手に窓ガラスを見張っていましたが、夜になってもコウモリは一羽もやって来ませんでした。

 英雄が誰なのか決まったコウモリたちは、村の方には目もくれず、お腹いっぱいになるまで虫を食べて、洞窟に帰って行ったのでした。

 天井からぶら下がったコウモリたちの間では、昨日の興奮がまだ続いています。

『ニンゲンは窓ガラスにヒビを入れるのがやっとなんだろう?』

『その点、ビリーさんは完全に割った』

『しょせんはニンゲンさ。コウモリの超音波にかなうはずがない』

『そうだそうだ』

 コウモリたちは楽しげに朝の眠りにつきました。


 その頃、村の広場には大人たちが集まっていました。

「コウモリは来なかったな」

「おとといの空砲に恐れをなしたんだろう」

「よっぽど怖かったんだな」

「いくら大群でやってきても、しょせんはコウモリさ」

「まったくだ」

 わはははは、と大人たちは笑い合いました。


 洞窟の中も、村の広場も、笑顔で溢れていました。

 

 ただひとり、ジョシュアだけは、物置小屋の割れた窓ガラスの前に立って、これをいつお父さんお母さんに打ち明けようかと頭を抱えていたのでした。

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