誰も瀬川の言うことなど信じない
「君、随分と恨まれているようだね」
憑りつかれているよ。早くお祓いしないと大変なことになる。
同級生の瀬川が僕の背後を指差し、見えざる者の存在を口にした。長く垂れた前髪からうっすらと覗く瞳が、訴えかけるように僕と”いるであろう霊”へ交互に視線を移す。大真面目な様子だが、そばで話を聞いていた学部の連中は嘲りながら囁いた。
また始まったぞ、瀬川の「霊感あります」アピール。
遅咲きの厨二病ってやつじゃね?
こないだは悪魔、その前は守護天使、入学当初は妖精と話せるとか言ってなかったか?
もはや本人に聞こえてもいい具合に、心底馬鹿にした言葉を口々に吐き出す。しかし当の本人は気にする素振りもなく「一体何をしたらそんなに憑りつかれるんだ」と僕への忠告を続けた。
瀬川の噂は僕も耳にしていた。視えるものが変わる度に「ほら吹き野郎」だの、「変人アピールがイタい奴」だの、散々な評価で煙たがれているのも知っていた。もちろん教授たちの中でもすこぶる評判が悪い。
絡まれた相手は大体無視を決め込むか、調子を合わせる素振りを見せながら話半分に聞き流す。
誰も瀬川の言うことなど信じない。僕もその一人であることは確かだ。
しかし僕は無視を決め込むほど、無慈悲にはなれない。多少話を合わせてやることくらいのコミュ力はある。
「そうなんだ。ちなみにどんな霊? 男? 女?」
「女だよ。それも一人じゃない」
「そんなに? 凄いな」
「私が視えるかぎりで一、二、……六人はいるね。全員両目がないけど君を睨んでいるのは分かる。何をしたか分からないけど、早くお祓いした方がいい」
深刻な声音に抑えきれない笑いが周りでどっと沸いた。盛り過ぎた嘘にみんな付き合いきれないと手を叩いている。
「あはは。それは怖いなぁ」
笑い声に紛れさせるように、乾いた笑いをこぼしながら瀬川の目を見つめる。
誰も瀬川の言うことなど信じない。
例え僕が殺した女の数や犯行方法などが可視化されていても。