表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8



「ウチの……俺達の会社は危ないネタに蓋をして、無かった事にする気かよ!?」


 己の職場をこよなく愛し、上司を信じて来た男の叫びに哀しみが滲んだ。


「国にも、富武にも、原発は必要だ。復興庁の交付金が四年前に廃止され、県の財政は逼迫してる。これは地域住民の為にもなる事なんだよ」


「結局、俺らを騙すだけだろ!」


 裏切られた思いが堰を切ってしまうと、もう常田には勢いを止められない。


「あんたらにとって、俺達ゃ何よ? いいとこ、放射能のどぶさらいか」


 答えの代りに冷笑を浴びせられ、富田の中で何かが切れた。怒りのまま、綿部の襟首を掴んで力任せに振り回す。


「く、クビにするぞ、お前。いや、警察だ。警察を呼んで逮捕させてやる!」


 常田は右手の拳を握り締めるが、綿部を殴る寸前、後ろから公平が羽交い絞めにして動きを封じた。


「おい、離せ、コラ!」


「仕事の邪魔しないで下さい」


「何っ?」


「僕、そういうの迷惑なんですよ。前に言いましたよね。妹の入院費を、どうしても稼ぎたい」


 吐き捨てる様に言い、羽交い絞めを解いて突き飛ばす。


 床へ膝をつく常田が見上げた若者の顔は、感情を消す仮面、初めて会った時と同じポーカーフェイスに覆われていた。


「公平、お前だって、今のは許せねぇだろ? 妹さんの無念、忘れちまったか!」


「感情的になった所で、国や企業が演出する大きな流れに個人は抗えません」


「……それ、本気で言ってんの!?」


「何より、証拠の裏付けが無いあなたの言葉に誰も耳を傾けない。無駄に職を失い、路頭に迷うのが関の山です」


 元々、口下手の常田には何も言い返せなくなった。滾る怒りが急激に醒めていく。






 強い熱を伴わない、ささやかな絶望。


 優しく、穏やかな時の流れと共に積み重なっていく忘却。


 この国の、どれくらいの人が、似た様な諦めを抱え、時流に流されてきたのだろう?






「常田君、私はさっきの君の言葉を聞かなかった事にする」


 落ち着きを取り戻した綿部に対し、常田の目は虚ろで、半ば光を失っていた。


「この調査について秘密を守ってくれれば、クビにもしない。いずれ、配置転換は受け入れて貰うけどね」


 俯く常田に背を向け、綿部は公平へと向き直る。


「三矢君、私は彼を施設の外へ送っていく。その間、調査を任せていいかい?」


「はい、その代り」


「何?」


「原子炉の損壊部へ近づけば、おそらくロボットは使用不能になります。その補償を現金で請求しますが、構いませんか?」


「良いさ、私が払う訳じゃない」


 どうにもやりきれず、常田は胸に残る最後の怒りを公平へぶつけた。

 

「……お前、手塩にかけた大事なロボットまで、金の為に投げ出すんだな」


「はい」


「それで入院費払って、妹さんが喜ぶのか!」


「余計なお世話です」


 冷たく言い放ち、公平は常田のすぐ側まで歩み寄って、耳元で何か囁いた。

 

「お前……」


 どんな挑発をされたのか、常田は愕然と目を見開き、年下の相棒を見つめる。


「オイ、何時まで睨めっこしてんの? マキで行きましょうよ、マキで」


 綿部に言われるまでも無い。


 常田は公平から目を逸らし、足元の床へ唾を吐いて、上司と共に免震棟の外へ出て行く。






 二人が去った小部屋では、公平がノートパソコンに向い、画面上のアバターへ優しく語り掛けていた。


「さぁ、いよいよ始めるよ」


 アバターが頷くと同時に、ロボットが移動を開始。真っすぐに原子炉へ向うかと思えば、その手前で横へ逸れる。


 しばらく進むと、半壊状態のまま建屋内に放置されている調整室の入り口が見えた。


 素早くドアを潜ると、常田が言っていた「ホッタラカシ」の従来型端末が奥に並んでおり、ロボットのカメラ・アイが入出力部を鮮明に捉える。


 ふっ、と公平は笑った。

 

 彼の真の目的は最初からここなのだ。計画決行のチャンスが、こうも唐突な形で巡って来るとは思わなかったけれど……

 

 プルートゥの頭頂部が変形、細いマニュピレーターがスルスル伸び、端末の電源を補って、起動スイッチを押す。


 二台は反応せず、三台目でやっとОSが立ち上がった。間も無く、昔懐かしいコマンドラインのメッセージが出る。


「よし、この端末は生きてるな。何とか、メインのデータベースへ侵入できそうだ」


 公平の独り言に、アバター少女が頷く。


 すかさずマニュピレーター先端に付いているUSB端子を従来型端末へ挿入。液晶画面に膨大なデータの文字列が現れ、上から下へ高速で流れ始めた。


 放棄された端末だけに、地震以来全く整備できておらず、セキュリティの壁は存在しない。


 お陰で難なく、公平とプルートゥは富武原子力発電所を統べるメインフレームのハッキングに成功した様だ。






 その頃、常田は綿部に連れられ、帰宅用のマイクロバスが停まった駐車場へ歩を進めている。


 免震棟を出る直前、公平が彼の耳元へ囁いた言葉が、今も繰返し胸に響いていた。


「家族がいるあなたは、ここで潰れちゃいけない」


 あの若者は確かにそう言い、綿部から死角になる位置で邪気の無い笑顔を見せたのだ。

 

 あいつ、何か企んでやがる。

 

 金が目当ての守銭奴を演じながら、綿部には知られたくない何かを……

 

「あの、室長さん、休憩所でお茶でも飲まねぇか? 俺、さっきのお詫びも、ちゃんと言いてぇし」


 戸惑う綿部の肩を今度は常田が抱き寄せ、強引に休憩所の方へ向う。


 狙いは、ちょっとした時間稼ぎだ。






 免震棟の小部屋では、建屋の端末から情報を盗む作業をロボットが終えつつあった。


 後はデータを持ち帰り、秘められた真実を世界のマスコミへ向け、発信するだけ。

 

 部外者の公平が原発の極秘データを盗む以上、この行為は内部告発と言えず、悪質極まるサイバーテロに過ぎない。


 即ち、ただの犯罪だ。


 極東電力から協力を打診された時、この計画を思いついたものの実行をずっと躊躇っていた。


 心が決まったのは、病院から麻耶の脳死を知らされ、人工呼吸器を外す同意をした瞬間である。


 公平にとって、憎むべきは人でも企業でも無い。


 長きにわたって、この地を包む情報の淡い霧。真実を隠したまま、全て押し流す曖昧さこそが妹の仇に思えていた。


 だから、どんなデータが見つかるにせよ、そのまんま何一つ脚色は加えない。


 真実だけを武器に戦う。どれだけ時が過ぎようと、妹の死を、哀しみを、忘却に埋もれさせはしない。


 俺の故郷で起きた全て、光と闇を何一つ、無かった事になんかさせてたまるか!






 大量に放射線を被曝し、最早、回収不能のプルートゥに対して、公平は最後にねぎらいの言葉をかけた。


「ありがとう」


 プルートゥの返事もシンプルだ。


 在りし日の妹を再現したアバターが柔らかく微笑み、液晶画面が暗くなっていく。


「おやすみ、コウヘイ」


「おやすみ、麻耶」


 ロボットに託す妹の意思が、この時、二度目の死を迎え、今度こそ安らかに天へ旅立つ事を祈らずにはいられない。


「ご安全に……」


 まだ覚えたばかりの言葉を呟き、公平はノートパソコンを両手に抱えて、暗く、静かな小部屋を出た。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


書くのが怖い題材でした。私程度の知識、関わりで書くのは間違いでは無いかと思いました。

それでも、拙いなりに向き合いたい。

いわゆる「有識者」だけしか言葉を発しない状況も、正しいとは思えず、やるだけやって自分の力の無さを痛感しましたが……

何時か又、もう少しマシな書き手になって「故郷」へ取り組みたいと思います。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  拝読しました。  公平と常田のバディな感じがいいですね。一見クールな公平。粗暴にもとれますが、実は熱い常田。ラストではそういうことだったのか……と。    先日、プルートゥと同じように、…
[良い点] 胸が一杯になり、しばらく言葉が出ませんでした。 非常に繊細なテーマ。小説として扱われることに、どれ程の勇気が必要だったか……書いていただき、感謝しております。 心に残った言葉は沢山あるの…
[一言] このような素晴らしい物語をお書きになっても自戒手を緩めないちみあくた様のご著書を遠くない未来に書店で手に取れると信じております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ