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「おばあちゃんっ子だった妹は、母と共に繰り返し富武を訪れ、完全介護の入院先が見つかるまで世話をする予定でした」
「そこで被災したんだな」
「村は山中にあり、津波の心配は無い。でも、原発の半径5㎞圏内で風下にあった為、避難勧告が出たんです。
祖母は退去を嫌がり、母と麻耶も……あ、妹の名前、麻耶って言うんですけど、ぎりぎりまで避難区域へ留まって、祖母の面倒を見ていました」
公平の口調は、元通り、淡々とした物に戻っていた。
でも、明らかに前とは違う。
感情を隠す為では無く、こみ上げる思いを抑え込む為、敢えて静かに振舞っていると常田には感じられる。
「その婆ちゃん、今は?」
「仮設住宅で痴呆症の患者が暮すのは辛い。徐々に体調を崩し、最後は肺炎で亡くなってます」
「……そう」
「直接、震災で死んだ訳じゃなく、関連死とも言い難いから、マスコミには取り上げられません。記録に残る事なく、只、世間から忘れられていく人が凄く多いと、妹は泣いていた」
公平は唇を噛む。
常田にとっても他人事では無い。似た境遇に陥った病人、要介護の老人を数えきれない程、知っている。
仮設住宅の中だけで収まる問題でも無いのだ。
岩島県では現在、24年間連続で人口が減少している。若い人が他県へ流出し続けている影響が大きい。
都会への人口集中は他県でも見られるが、職場の減少で若い働き手が去ってしまう傾向は、特に顕著と言えるだろう。
若年層に対する高齢者の割合を示す老年化指数にせよ、100を超える時点で十分危険値なのに、2015年時点で200を突破。更に急上昇を続けている。
他に行き場のない老人が増えた。
交通インフラの減少による孤立が認知症のリスクを高め、ケアをする医療施設も減り続ける最悪のループが延々と続いていく。
やりきれない思いで常田はため息を漏らし、気を取り直して、公平に訊ねた。
「それから……妹さんは?」
「しばらく仙台で暮らし、東京の大学へ進学しました」
「不謹慎な言い方かもしれんが、本当についてなかったな。そんな目にあった後、交通事故とは」
公平はしばらく沈黙し、次の言葉が出るまで、又、一分弱の時間が必要だった。
「警察は、妹が自分から大型トラックの前へ飛び出したと言ってます」
「じ、自殺だってのか!?」
「わかりません。その可能性があるとだけ、聞いてる」
常田も次の言葉を見失った。
昼間は様々な年齢の作業員が集い、活気に溢れる休憩所がこの時は静寂に包まれ、二人の息遣いがはっきり聞こえる。
「原因に心当たりは?」
公平は小さく頷いた。
「あるんだな」
「大学で妹に初めて恋人ができ、今年の春、入籍する予定でした。でも、先方の家へ招かれた後、いきなり破談になった」
「え?」
「僕……僕は、どうしても納得できなくて」
「会いに行ったのか、そいつと?」
「路地で待伏せ、問い質したんです。すると、嫌いになった訳じゃない、でも親の反対で結婚できないと繰返し……」
「はぁ!? 何だよ、ソレ! 惚れてンのに何で別れる?」
「問題なのは、ごく僅かな可能性ですよ」
ふと公平は自分の被曝チェックシートを見下ろし、片手で無造作に握り潰した。
「初めて相手の親に会い、頭を下げた瞬間、チラチラ首筋を見る視線に妹は気づいたそうです」
「……お前……それ、もしかして」
「高校一年の時、あいつ、甲状腺がんの疑いを告げられ、手術していました」
これも又、常田にとって他人事ではない。親族に、同じ境遇の子供がいる。
岩島県は震災時18才以下の者を対象に繰り返し検査を行い、これまで300人以上が「がん」、或いはその疑いを指摘された。
その八割が甲状腺摘出手術を受け、手術後の十年生存率は極めて高い。必要以上に恐れる理由は無い筈だ。
しかし、彼らの負担は小さくない。
幼くして「がん」宣告を受けた心の傷、首筋に残る手術跡、服薬や食事制限、更に様々な後遺症や再発の恐怖と、彼らは生涯戦い続けなければならない。
県が把握したのはあくまで「がん」患者に限られ、原因不明の体調不良を訴える若者の数も考慮した場合、氷山の一角に過ぎないという見方もある。
にも拘らず、行政の公共支援は腰が引けており、極めて不十分だ。
原発事故との関連性を県の専門者会議が否定し、その見方に国連の科学委員会まで賛同した影響が大きいのだろう。
著名な研究者や患者の間で、強く異議を唱える声は決して少なくないのに……
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