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 常田は何も繋がれていない机上のモニター画面へ目をやり、被った埃を指先で撫でた。


「この部屋に来るのは久々だが……えらく貧相になったな」


「ひんそう?」


「前は職員用パソコンが並んでたのによ。対策室のワークステーション、それと汚染域にホッタラカシの従来型端末以外は残らず撤去されちまった」


「サイバーテロ対策ですね」


「はぁ?」


「国や企業のコンピューターにアクセスし、情報を盗んだり、システムを破壊したりする犯罪行為ですよ」


「へッ、これまた、マンガみてぇ話」


「イランの原発に工作員が侵入し、持参したUSBメモリのウィルスをPCへ感染させて、麻痺させた事例が実際にあります。もっとも、ここのパソコンを撤去したのは、情報漏洩を避ける為でしょうけど」


「情報って、何の?」


「ホラ、少し前に又、不祥事があったじゃないですか」


「ん……何の事?」


 常田はとぼけて見せたが、昨年、放射能浄化水の海洋放出が始まってからでも、色々と起きている。


 作業員が廃水を浴びたり、処理を施していない水が海へ漏れ出てしまったり、と例を上げたらキリが無い。

 

 地震対策の穴も指摘されている中、原発再稼働への動きは加速する一方だ。


 反対世論が盛り上がらないのは、行政と電力会社が力を合わせたマスコミ・コントロールの賜物だろうが……

 

 正直、常田にはどうでも良い。

 

 何が正しく、何が間違っているか、真実が言論のカオスへ埋没している以上、興味を持つ事自体が虚しく思える。

 

 富武で働く作業員の多くがそうだろう。ギャラは良いし、悪戯に不安を膨らませるより、頭から会社を信じた方が気は楽だ。

 

 とは言え、施設の外には違う思惑も渦巻いており、

 

「原発反対派が内部情報を欲しがってる。上が漏らしたくない事、それなりに有るのでしょうね」


 呟く公平へ常田が肩を竦めて見せた時、ドアが開き、今度は四十代の太った男が入って来た。






 全面マスクを覆う透明なフードの下に汗が伝っている。


 防護服は断熱性が非常に高く、初夏を迎えたこの時節はやたらと暑いし、すぐ蒸れるのだ。

 

「あ~、ごくろうさん。三矢君、検査機器の立ち上げは終わったみたいだね」


 こいつは体調不良の前任者に代り、極東電力本社から異動、対策室長に就任したばかりの綿部善之だ。


 噴き出る汗に辟易しつつ、二人へ親し気な眼差しを向け、

 

「常田君、一応確認する。今夜の作業について、他の職員に一切口外してないな?」


「はい」


「では、一般職員、作業員が全て退所した後、作業を開始する事にしよう」


「俺ら古参は皆、会社を信じてます。別段、警戒しなくても大丈夫と思うンだが」


「何、念の為だよ」


 常田の疑念を受け流し、綿部が廊下へ出ようとすると、今度は公平が呼び止めた。


「まだ何か? 私ね、汗っかきだからね。休憩所でアンダーシャツを着替えて来たいんですよ」


「お約束の報酬について、もう一度、確認させて下さい」


「ソレ、今じゃないとダメ?」


「何しろ秘密重視で話が進みましたから。手当の詳細がイマイチはっきりしない」


「お前さ……ボランティアにゃ見えねェと思ったけど、やっぱ、金目当てか?」


 常田の挑発的な物言いを受け、小さく首を振る公平の代りに、綿部が答える。


「三矢君は兼光重工から派遣された研究員さ。ロボット工学の最先端を行く天才だと聞いてる」


「へん、俺らは毎日、復興目指して体張ってんのに、天才さんは金儲けしか興味無ぇのな」


「えぇ、綺麗事や建前にも全く興味ありません」


 さらりと言い返す。鉄仮面を思わす若者の無表情に神経を逆撫でされ、今度は常田が机へ平手を叩き付けた。


 その音が静まり返った免震棟内に響き、険悪な空気を察した綿部が、慌てて二人の間へ割り込む。

 

「まぁ、仲よくやりましょう。調査の助っ人として、特別に来てもらったんです。それに彼、苦労してるんだよ。妹さんが交通事故に遭い、ずっと昏睡状態だとか」


「え!?」


「人工呼吸器付けたままだと、大変でしょ、治療費とか?」


「……その話、仕事に関係ありませんよね」


 不用意に私的な事実を持ち出され、不快だったのだろう。公平の眉間に刻まれた皺が一層深くなる。


「おや、失礼。働き次第でボーナスが上乗せされる旨、私も上へ掛け合ってみます」


「……宜しく」


 険悪になるばかりの空気へ背を向け、綿部はせわしない足取りで免震棟の小部屋を出て行った。

読んで頂き、ありがとうございます。


又、急に寒くなって、おまけに花粉症はそろそろピーク。

HP削られっぱなしの毎日です。皆様、くれぐれもご自愛ください。

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