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9.歓迎パーティー

王族一行が到着したその夜は彼らの宿泊先であるブライトン邸で歓迎のパーティが催された。

病院関係者はもちろん、この街の有力者も集まっての大規模なものである。


貴族だとしても王族のお近づきになれる機会などそうそうあるものではない。

第一王子とリカルドの周囲には人だかりができており、想定以上の盛況ぶりにホステス役のフェリシティは胸を撫でおろした。


「グラスが足りなくなりそうよ、準備を急がせて。それからご婦人方が休憩できるようにもっと椅子を出してちょうだい」


フェリシティは会場を回りながら給仕係に指示を出す。


フェリシティの母もこうやって客のもてなしをしていた。優雅に、それでいてキビキビと動く姿は子供だったフェリシティにとっての憧れだった。


「いつかお母様のように立派な女主人になりたいわ」


幼いフェリシティが口にしていた願いである。


しかし爵位を返上したトランドの娘にその機会が与えられることはなかった。


転生した自分がそれを叶えるなど皮肉なものだと思うが、ともかく王族相手の夜会で余計なことを考えている暇はない。

声をかけてくる客の相手をしながらも会場の不備を見つけ給仕させる。


頃合いを見計らってダンス曲を演奏させ、料理に群がっていた客をホールへと誘導すると、その間に料理スペースを減らしデザートを並べさせた。


「取り皿はたっぷり用意してね、紅茶とコーヒー、それにブランデーも切らすことがないように」

「かしこまりました」


王族が手配した給仕係ではあったが、平民のフェリシティの指示にもきちんと従ってくれる。

そういったところも教育が行き届いている人たちなのかもしれない。


「軽食の支度を始めておいてください、ダンスを楽しんだ後に空腹を感じる方もいるかもしれないわ」

「料理長に伝えます」


一礼してフェリシティの側から離れていく給仕のメイドを見送ってから、フェリシティは一息つこうとバルコニーへ出ることにした。


途中、すれ違った男性給仕からシャンパンを受け取り、自分の居場所を伝えておく。


「バルコニーで少し休憩させて頂きます、確認事項があれば遠慮なくお声掛けください」

「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ」


彼の笑顔に見送られてバルコニーに出たフェリシティであったが、そのあとを追いかけるようにアーサーがやってきた。



「素晴らしい采配だね、君の夜会は大成功だ」

「王族がいらしてるんですもの、完璧なおもてなしをしなければ不敬だわ」

「君が彼らに敬意を抱いているとは知らなかったよ、やはり貴族は我々と違うのかな」


アーサーらしくないどこか棘のある物言いにフェリシティは驚きながらも返事をする。


「分別があって地位もある人物に失礼をしないのは当然のことでしょう?」

「本当にそれだけ?」

「どういう意味?」


アーサーはおもむろにフェリシティの髪に手を伸ばすとそれに口づけをした。


「尊敬する相手になら君はこんなことも許すのか?」


彼の眼には明らかな怒りの感情がこもっており、フェリシティは思わず息をのんだ。


エレベーターという密室でリカルドがしでかしたことだ、誰にも見られてはいないだろうと高を括っていたがそれは間違いだった。

彼は王族で常に注目されている、彼の一挙手一投足が誰の目にも触れないなどありえないことだったのだ。


「あれは殿下にとってはただの挨拶よ」

「あちらにはそうだとしても僕にはそうは思えない」


こちらの言い訳にも間髪入れずに反論するアーサーにフェリシティはカチンときた。


「それならステラの手をとって、口づけをしていたあなたはなんだっていうの?」

「あれはただの挨拶だよ。ステラがエスコートに不安があると言ったから教えてあげてたんだ」


先日、彼の診察室を訪れた時、アーサーはステラをエスコートし、恭しいという表現がぴったりな仕草で彼女の指先に唇を寄せていた。

あんなふうにうっとりと彼女を見つめておきながら、なんの感情も伴わない挨拶だと言うのか。


「だからって彼女を崇拝する男性役を仰せつかる必要があって?少なくとも婚約者であるわたしの前でするべきじゃなかったわ」

「僕はステラをそんな風に見たことは一度もない、君にそう見えていたとしたらそれは」


そこでアーサーはハッとして口をつぐんだ。


「それは、なに?」


フェリシティの問いかけにアーサーは口元を隠すようにそこに手をやって、


「いや、なんでもない」


と口ごもる。


なにがなんでもないのか。不貞を問われてそれに答えることもできないような男が自分の婚約者だったとは情けない。



「王弟妃のお話を頂戴したわ」



フェリシティの投下した爆弾にアーサーは目をむいた。


「なんだって?それで君は承諾したのではないだろうね?」

「殿下のお話をお受けするつもりはないわ。でもそれとは関係なくあなたとの婚約は考え直したいの、そのための準備を始めていることはもう知っているのでしょう?」

「何故だ、リティ。僕たちは愛し合っているんじゃなかったのか?」

「あなたがステラさんに惹かれていることはわかっています、でも自分から婚約を申し込んだから解消を言い出しにくいのでしょう?

だからわたしがあなたの恋を後押してあげる。あなたはあなたの望み通り、ステラさんと幸せになってください」

「僕の幸せはリティの側にしかない。僕にとってのステラは仕事仲間というだけだ、そこにプライベートな感情が入り込むことはない」


必死に言い募るアーサーにフェリシティは少し同情した。


「わたしに気を使ってくれているなら気にしなくていいわ、あなたとの婚約がなくなってもわたしには仕事が残るもの」

「そうだろうね、君は社会的地位を持つ女性だ。君の価値の前には僕との婚約なんて些末なことだ。

君と僕の婚約を解消したら、君に結婚を申し込む男性が列をなすだろうね。でも僕がそんなことを許すと思うかい?僕が君を手放すとでも?」

「あなたにはステラさんがいるわ」

「彼女とはなんでもない。そういう噂があるのは知っていたが、僕は一度だって彼女を愛しいと思ったことはない」


これだけはっきり言ってもアーサーはステラへの想いを認めようとはしないのか。


ステラはともかく、アーサーは本当に彼女のことをなんとも思っていないのかもしれない。だとしても噂を耳にした時点でステラとは距離を置くべきだったと思う。


少なくともフェリシティは不愉快な思いをしてきた。ステラがアーサーへの恋心を隠しもせず、彼の右腕を務める以上は、これからもきっと変わらない。


ステラは優秀な看護師だ、同じく優秀な医師であるアーサーと組めば、最高の医療が約束されるだろう。

婚約者の悋気でそれを手放してはならないことはわかっている。でも今後もステラに勝ち誇った笑みでアーサーの診療室を追い出されるのは我慢ならない。


アーサーがステラとの関係を断ち切ることができないのなら、自分から離れるしかない。フェリシティはそう考えて婚約を解消することにしたのだ。


「君の想いはよくわかった、それに僕の想いが伝わっていないということもね。つまり僕はやり方を変える必要があるということか」


アーサーは自身を納得させるような言葉を呟いているが、それはどことなく怒りを含んでいてフェリシティは落ち着かない気分になる。


「別に変わらなくてもいいんじゃないかしら、あなたは今のままでも十分素敵だわ」

「でも君はその素敵な僕と別れようとしている」


それはステラのことがあるからと言いたかったが、水掛け論を繰り返したところで無意味だと思い、口をつぐんだ。


アーサーはフェリシティのそばに寄ると顔を覗き込んできた。長身な彼がそうするにはかがみこむしかなく、自ずと彼に覆い被さられたような感覚になる。


「アーサー?」


その体勢が落ち着かないフェリシティは視線を泳がせるも彼はしっかりとその瞳をとらえて言った。


「覚悟しておいて」

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