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7.アーサーの病院へ

夫人の乗った車が学園の門から出ていくのを理事長室から確認したフェリシティは飛びつくように受話器を取り上げ、弁護士へと連絡した。


「ハロー?」


出たのは老齢の弁護士でフェリシティは早口でまくし立てた。


「フェリシティ・トランドです。先生、婚約解消の件、どなたかにお話になりましたの?弁護士には守秘義務があるはずなのにどうなってますの?」


フェリシティの非難に弁護士はため息をつき、あきれたような口調で言った。


「もちろんわたしは誰にも話してないよ、わたしの助手もね。それでも必要な情報を調べたり、書類を取り寄せたりしていたら勘づく者はいるだろうさ」

「そんなことって」


準備がすっかり整ったところでブライトン家に話を持っていき、考える隙を与えることなく婚約白紙を勝ち得るというフェリシティの計画は狂ってしまった。


言葉を失ったフェリシティに弁護士は、

「ミセス・ブライトンにからかわれたのかな?あのご夫人はすこぶる勘がいいからね、敵対するより味方に引き入れておいたほうが無難だよ」

と愉快なものでも見つけた風に言った。


「ご子息との婚約を白紙にしたいから手を貸してほしいだなんて言えませんわ」

「正当な理由があるのならためらうことはないさ」

「理由ならあるわ。彼はステラという看護師と、その」


そこでフェリシティは口ごもった。彼がステラと肉体関係にあると伝えればいいだけなのに、どうしても言葉が出ない。


そんなフェリシティに対して弁護士は再度、ため息をついた。


「アーサーと会って話をしなさい。これは弁護士として言ってるんじゃない、友人の娘に対する助言だよ、いいね?」


まるで幼い子供に言い聞かせるように言われ、フェリシティは情けないやら恥ずかしいやらで、小さく、わかりました、と返事をするのが精一杯であった。









フェリシティはアーサーと話をしたくはなかったが、彼の生家を使わせてもらうのだから謝意を伝えなければならないことはわかっていた。


幸か不幸か、その夜はなんの打ち合わせも入っていない。

フェリシティは自らの秘書にアーサーの病院を訪問するアポイントを入れさせると、のろのろと支度をし、もたもたしながら車に乗り込んで病院へと向かった。




前回、アーサーの診察室へ顔を出したときはステラに追い払われてしまった。その反省を活かして今日は病院の来客用受付へと向かった。


「すみません、ドクター・ブライトンとお会いしたいのですが」


フェリシティが言い終わらないうちに受付係の男性は言った。


「ミス・トランド、どうかなさいましたか?」


知らない男性が自分のことを知っているとはどういうことだろうといぶかしく思ったフェリシティは遠慮なくその思いを表情に表した。


すると男性は少し困ったような顔をしながらも言った。


「ドクター・ブライトンの婚約者である貴女のことを知らないスタッフはいませんよ」

「どういう意味ですか?」

「ミス・トランドはいつもブライトン先生の秘書に差し入れをなさいますでしょう?ミス・トランドと同じように彼女たちも善良な人たちでね、わたしのような別のセクションのスタッフにもおすそ分けをしてくれるんです。

ああいうお菓子は、わたしたちの給金でも買えないことはないのでしょうが、贅沢であることには変わりありませんからね。いつも感謝しています」


なんということだろう!確かに、婚約者の秘書たちとは仲良くしておいたほうがいいだろうと差し入れはしていた、それがまさか病院全体にまで広がっているとは知らなかった。


別に悪いことをしているわけではないのだから、堂々としていればいいのだが、変なことで有名人になっていたとはなんだか気恥ずかしい。


「それで、今日はどのようなご用件で?」


ニコニコと応じる彼にフェリシティは小さな声でアーサーに面会に来たと伝えた。


「そういうことでしたら先生の診察室へ直接どうぞ」

「でも、わたしはスタッフではないし、診察を望む患者でもないし」

「待合室でしたら問題ございませんから、どうぞ」


彼は言うが早いがさっさと受話器を取り上げ、アーサーの秘書に連絡をしてしまう。


「総合受付です、ミス・トランドがドクター・ブライトンへの面会の為に来院されました。そちらにご案内しますのであとはヨロシク」


連絡はしましたよ、と言いたげに満面そうな笑みを浮かべる彼にフェリシティは反論することはできず、ありがとうと礼を言ってアーサーの部屋へと足を向けた。




が、待合室に一歩入ってすぐに、ここへは来なければよかったと思った。



ちょうどステラがアーサーのエスコートで診察室から出てきたところで、あろうことか彼はステラの指先に口づけをしていたのだ。


その様子に絶句していたのはフェリシティだけではなかった、アーサーの秘書たちも自らのボスの振る舞いに驚き、固まっている。

そのうちのひとりが待合室の入り口で立ち尽くすフェリシティに気が付いた。


「ミス・トランド、ご機嫌よう!」


わざと発したのであろう場違いなほどの大声にステラとアーサーはフェリシティの存在に気が付いた。


「リティ、来てくれたんだね、会いたかった」


アーサーはステラの手をさっと離すとフェリシティに近づき、その身体を抱きしめようとした。


が、先ほどまでステラに触れていた手に嫌悪感を感じたフェリシティはハグしようとするアーサーの腕をとらえ、ふたりの間に空間を確保した。


「ごめんなさい、ちょっと問題が起きていて。その件であなたに話があったのだけれど、今はお忙しそうだから夜にでも電話をするわ」


嫌味を込めたフェリシティの言葉にアーサーは一瞬目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。


「君とランチをしたくて時間をあけて待っていたんだよ、すぐに出よう」


アーサーは来ていた白衣を素早く脱いで秘書のひとりに手渡した。


「すまないが、ハンガーにかけておいてくれるかな。リティと外に出てくる、今夜のミーティングまでには戻るよ」


そう言ってフェリシティの肩に手をまわして、彼女を抱き寄せるとその肩越しに言った。


「ステラ、君のマナーに問題はないよ。存分に夜会を楽しみなさい」

「そんな!わたしのエスコートは?」

「僕はリティのエスコートしかしないよ、僕たちは婚約しているのだからね」


アーサーの最後のひとことはステラにではなくフェリシティに向けられて発せられた。


その強い視線から逃れるようにフェリシティはさっと目を反らし、


「そうだったわね」


と返事をすることしかできなかった。



そのあともステラがなにか言っていたがアーサーは取り合おうとはせず、そのままフェリシティを連れて病院を出た。


秘書のひとりが気を利かせたのだろう。彼の車は正面玄関に用意されており、それをここまで運んできたのであろうドアマンにアーサーは上機嫌でチップを渡した。


「リティ、乗って」


アーサーが助手席のドアを開けフェリシティを促した。少しためらったものの抵抗は無意味だと考えたフェリシティはおとなしく乗り込み、彼の運転で病院を離れた。



「どこへ行くの?」


普段からそれほど饒舌でもないアーサーではあるが、この日は特にだんまりで、その沈黙に耐えかねたフェリシティが口を開いた。


「郊外のホテルでゆっくり食事をするのはどうかな。ずっと忙しかったんだろう?」


その口調は極めて穏やかなものであったが、彼が内心では怒っていることが容易に想像ができた。


王弟殿下のホステス役をアーサーに相談しなかった、その上、婚約を白紙にしようとしている。


でもそれは彼がステラと関係を持ったからだ。結ばれる運命のふたりを邪魔したくない、いや、違う。惨めに捨てられるわけにはいかない、そう思った。


でも、父の友人でもある老齢の弁護士は言った、アーサーと話をするように、と。

なにを話せばいいのか、あの夜、ステラが電話に出た理由を問いただせというのか。


関係を認めたらどうすればいい?


認めなかったらどうしたらいい?


フェリシティは自らがどう振る舞うべきなのか、正解を見失っていた。



気まずい雰囲気の中、目的のホテルに到着し、ふたりはバルコニーに用意された席で少し遅いランチを食べた。


「僕の提唱が王族の目に留まるとは思わなかったな」

「そうね、今年の流感は特に質が悪そうだってあなたも心配していたから、王家もそう思っていたのかもしれないわ」

「そのせいで君に王家のもてなし役が回ってきて忙しくさせてしまった」

「元貴族という肩書が役に立ったと喜ぶべきなのかしら」

「僕は嬉しくないね、君との時間がなくなった」


だからステラに心変わりしたの?


フェリシティはそう口走りそうになり、慌てて口をつぐんだ。


「相手は王族だもの、準備をし過ぎということはないわ」


彼女の当たり障りのない返答を聞いたアーサーがため息をついたことにフェリシティは気が付かなかった。

お読みいただきありがとうございます

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