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11.ステラの物語

ステラ目線の話です

アーサーの提唱した予防対策のおかげで、今年の流感はそれほど広まることなく収束していった。


しかし罹患する者がゼロということはなく、ステラは運悪く病気をもらってしまった。


彼女の住まいは病院の寮だ。当然、同じ病院に勤める多くの同僚もそこに住んでおり、感染力の強い流感にかかったステラが自室で療養することは許可されなかった。


他の患者と同じように入院させることもできたが、今度はステラがそれを嫌がった。


「みんなにお世話されるなんて恥ずかしいわ」


そう言うステラをわがままだと評する人もあれば、分からないでもないと同情を示す人もいた。プライベートな部分を仕事仲間に知られるのは気恥ずかしいものがある。



結局、ステラはアーサーの屋敷に引き取られることになった。


彼の家政婦であるマーサは既に罹患している。


「わたしはもう今年の流感にかかることはありませんからね」


マーサは喜んでステラの看病を申し出た。


「ご面倒をおかけしてすみません」


アーサーに連れられて屋敷にやってきたステラの謝罪にマーサは母親らしい笑みを浮かべて、

「病人がそんなことを気にしちゃいけません。さぁさぁ、ベッドの用意はできてますよ。まずはひと眠りなさってください」

と言い、彼女を用意した客間に案内した。


体がつらいこともあってステラはそのままおとなしく眠った。アーサーの屋敷についたのは昼間だったが、次に目を覚ました時は外はすっかり暗くなっていた。


マーサはステラにお粥を出し、少しでもいいから食べてください、と言った。


「お食事を済ませたらこのお薬を飲ませるように先生から言われています、そしてまた眠るように、と」

「先生はまだ病院ですか?」


ステラの問いにマーサは呆れた口調で答えた。


「今夜もミス・トランドのお宅に泊まるそうですよ。まったく、いつまでこうやってお互いの家を行き来するおつもりなのかしら。ミス・トランドの家政婦さんだってわたしと同じことを思ってるに違いありません」


ステラさんだっておかしいと思うでしょう?とマーサは彼女に問いかけたが、彼女の顔色がひどく悪いことに気づいておしゃべりを止めた。


「また熱が上がったんですね、先生のお薬はここですよ。ひと眠りすればきっと良くなります」


マーサはステラに薬を飲ませるとベッドを整えてから、なにかあったら遠慮なく呼んでください、と声をかけて部屋を出て行った。



ひとりになったステラは病気で気弱になっていることもあってか、声を上げて泣き出した。


「どうして先生がミス・トランドの家に泊まるの?先生に必要なのはわたしであって彼女じゃないわ」


ステラはかつてマダム・フェロウに言われたことを思い出していた。



フェリシティをリカルドの妃にと考えていたマダムは病院に来た患者を装ってステラに接触していたのだ。


アーサーとステラが素晴らしいチームであると噂を聞いてこの病院に来たと言い、

「ドクター・ブライトンを支えられるのはあなたのような優秀で気配りのできる女性しかありえない」

と焚きつけた。


一目見て貴族だとわかる風格を持ったマダムから後押しされたステラは、アーサーに釣り合うのは自分しかいないと自信を持ってしまった。



アーサーの診察室からフェリシティを追い出したのもマダムの入れ知恵だ。


「この病院はしっかりしているから、関係ない人が診察室をうろつくなんてことはないわよね」


アーサーに社交マナーを教えてほしいとねだったのもマダムから招待状が届いたからだ。


夜会に出たことがないと参加を渋るステラにマダムは、

「ドクターにエスコートしてもらえばいいじゃない」

と言い、手始めに彼にマナーを教えてもらいなさい、と助言した。



ステラを見つめる彼が自身の指先に口づけを落としたあの瞬間は天にも昇る思いだった。


やっぱり彼はわたしに恋をしているんだわ。


物語のお姫様になったかのような気分でうっとりと彼の口づけを受け取っていたのに、フェリシティの登場でドラマティックな場面は呆気なく幕を閉じた。


彼女と婚約している手前バツが悪くなったのだろうが、女性からのエスコートのお願いを断るなんてひどいと思う。


あの場に残されたステラは彼の秘書にくすくすと笑われた。彼女たちはフェリシティになついている。うなるほど持っているお金でフェリシティは病院のスタッフに差し入れをし、彼らを掌握しているのだ。


お菓子なんかでつられるほうもつるほうも低俗だと思う。どんなに珍しくて高級なお菓子でも、絶対に食べるもんかとステラは突っぱねてきた。


頑なに断るステラに秘書たちはいい顔をせず、だからアーサーにエスコートを断られたことを意地悪く笑ったのだろう。



翌日、再度、アーサーにエスコートを頼んでみた。夜会はもう明日にせまっている、今から誰かを捕まえるには遅すぎる。


「僕の婚約者はフェリシティだよ、どうしてもエスコートをねだるのなら彼女も連れて三人で参加するしかない」

「でも招待状は二人分しか頂いてません」

「それなら話は無しだ」


昨日、うっとりと自分を見つめてキスをしたひとと同一人物とは思えない冷たい物言いに、ステラは反論する。


「昨日の先生はなんだったんですか?まるで恋人を見るかのような視線でわたしを見つめてくださったのに」

「あれは、すまない」


アーサーは言いにくそうに口ごもりながらも理由を告げた。


「最近フェリシティと夜会に出かけてなかったから、こんなふうに彼女の手を取ることができたらいいのにと考えてしまったんだ」


なんてことだ、アーサーは彼の目の前に立っていたステラではなく、自身の婚約者を思い浮かべて、甘く微笑んでいたというのか!


あまりの仕打ちにステラは怒りを抑えることができなかった。


「ひどいわ、先生はわたしの気持ちに気づいていらっしゃるくせに!」


アーサーを怒鳴りつけてステラは彼の診察室から飛び出した。


その日以降、アーサーとは仕事以外の会話はしていない。





王族歓迎のパーティにはマダムも来ていて、フェリシティが王弟殿下に口説かれているところを見たと聞かされた。


今思えばマダムは最初から怪しかった。彼女は、アーサーにはステラがお似合いだと言ったが、貴族である彼女にドクター・ブライトンの価値がわからないわけがない。


貴族なら価値ある男性に平民の自分をあてがったりはしない。彼らは選民思想が強く、価値の高い者には同等のパートナーが相応しいと考える。


マダムは、フェリシティのほうがアーサーには過ぎた代物だと言っていたのだ、彼のような男には平民のステラがお似合いだ、と。


ステラの推測通り、マダムはアーサーを見限っていた。



アーサーとステラが英雄として歓待を受けたあのパーティで、倒れた婚約者を放っておいて他の女とダンスを踊ったアーサーはマダム曰く『紳士の風上にも置けない不届き者』であり、リトル・プリンセスの伴侶に相応しくない男性と認識された。


だからマダムはステラを利用して彼がステラと浮気をするように仕向け、彼の有責でフェリシティとの婚約が解消となるように動いたのだった。


彼女が王弟とフェリシティの関係をほのめかしているのは、ステラを使ってそれをアーサーの耳に入れ、ふたりの仲を裂きたいからだ。


そんなことをしても無駄だということをマダムは気づいていないのだろうか。


アーサーはフェリシティに溺れていると言ってもいいくらい、心の底から彼女を愛している。





それでも流感にかかって行き場をなくしたステラをアーサーは受け入れてくれた。


歓迎パーティでアーサーとフェリシティが言い争っていたと噂を聞いた。マダムは計画通りフェリシティの浮気をアーサーに告げ口することに成功して、ふたりの仲が壊れたのかもしれない。


だから彼は自分を屋敷に招き入れてくれたのだ、そう思ったのに、彼はフェリシティの家に入り浸っているという。


フェリシティが病院に現れなくなったから、別れ話にでもなっているかと思ったのに、実際にはふたりの仲は深まっていた。

そういえば最近のアーサーは帰りが早い。彼はシフトを終えても病院に居残っているのが普通だったが、シフト通りの勤務に変わった。


仕事を終えた彼はフェリシティに会いに行っていたのだ。ふたりは毎晩のようにデートをし、互いの愛を確かめ合っていたのだろう。


ステラの入り込む隙などどこにもなかった。マダムにいいように利用されていたと気づいても尚、ステラは彼女の言っていた言葉を信じていた。



『ドクターにはあなたが必要よ』



それはただの願望であり、現実ではなかったのだ。

お読みいただきありがとうございます

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