-始まる舟の夢-
ある日ある時、ある家で…
ダダダダダダッ!!ズドゴンッ!!ガラガラ…
「ねーちゃーん!!姉ちゃん姉ちゃん!姉ちゃんと兄ちゃんってどうやって会ったんだよ!元々違う種族何だろ!?なーなーどーなんだよー!!」
扉を破壊し、目を輝かせながら中に入ってそう騒ぐのは1人の青年
「…わ〜、唐突だね〜」
破壊された扉を弾く風の結界を消しつつ、紅茶の入ったコップを持ちながら緩く返答するのは一人の女性
「私も気になる!ねぇねぇお姉ちゃん!この天才に話して話して〜!!」
青年の後ろから二ヒヒと笑って現れたのは一人の少女
「一言余計。けど、姉さん達の馴れ初めには興味はある」
その後ろから静かに現れ、ゲーム画面に視線を落としたまま真顔で言うのは一人の女性
「姉様と兄様の馴れ初め…。悲惨な音がしていると、昔ババ様から聞きましたね」
女性の向かい側で違う柄のコップを持ちながらそう言うのは一人の女性
「なーなー良いだろー!?きーかーせーてーくーれーよー!!!」
「あはは〜、良いよ〜」
「いよっしゃー!あんがとよー姉ちゃーん!!」
「フフフ、お姉ちゃん達の秘密…唆るわね!」
「何言ってんの此奴…」
「ムカッ!何よ!ナズナだって気になるって呟いてたじゃない!!」
「確かに気にはなるけれど…」
「じゃあ聞くしかな…」
ズッと場の空気が重くなれば少女の口からヒュッと息の止まる音がする
「…過去を詮索するのは構わないが、其の前に、先に扉を壊した事を気にしろ御前等。Denreggorthu?(首を飛ばされたいのか?)」
青年と少女の首根っこを掴みながら淡々と言うのは一人の男性
「ゲッ!?あ、兄貴いつの間に…!?」
「ちょっ、この大天才に対して何をしてるのよにーさま!!」
「騒ぐな。黙れ。Rwennjkorr([自主規制])」
男性が低い声で言いながら軽く睨めば2人ともしゅんとする
「まぁまぁ〜。話す事ぐらい良いじゃないのザクロ〜」
「ユリ…此奴等を甘やかしても仕方無いだろ」
「でも話した所で特に影響は無いでしょ〜?私も貴方も、アレは過去の事だからね〜」
(間)
「……はぁ、」
パッと両手を離せば両方とも情けない声を上げて床に顔をぶつける
「いっ、たぁ〜い!!この超天才のクルル様の鼻を床に叩きつけるだなんて何すんのよお兄ちゃん!」
「いっつつ…めっちゃ鼻痛ぇ〜」
「…良いから扉を直せ。話を聞きたいんだろう」
「「!!」」
高速で扉が直されていく様子を残りの4人が見ている
10分後…
「ゼェッ、ゼェッ…ふ、フフンッ!完っ璧に直せたわよ!さっすが私!天才クルル様だわ!」
「いやっほーい!やっと聞けるぜ〜!」
「調子に乗ってるとまた怒られるわよ…」
「ふふ、カイもクルルも嬉しそうだね。ねっ、お姉ちゃん」
「あはは、嬉しいね〜」
「はぁ…早く座れ。とっとと話すぞ」
「「わーい!」」
「ふふ、じゃあ何処から話そっか〜」
「最初から。省略は却下。途中だけ話されても、ストーリーを知らない人からしたら何も分からない。ゲームも現実も同じ事よ」
「うーん、それもそうだね〜」
「…はぁ、長くなるぞ」
「良いぜ!」
「良いわよ!」
「別に。」
「良いですよ〜」
「…はぁ」
「ふふ、じゃあ話すよ〜」
キラキラした赤と紫の目で少年少女が、ゲームの電源を消して気だるげに2色の目を向ける女性が、緩く細められる青色の目が、黄緑の瞳を持つ女性と片目が髪で隠された紺色の瞳を待つ男性を見つめる
「ふふ、じゃあ話すね〜」
楽しそうに女性が笑えば、一瞬の間の後言葉が紡がれる
「…これはね、神様の悪戯で不死返りしたハーフエルフの女の子と、屍人から生まれた半死神の青年のお話何だ〜」
「…聞いて面白いもんじゃないがな」
「ふふ、そうだね〜。面白い訳では無いけど、きっとアレがあったから今があるんだよ〜」
「…勝手に言っとけ」
男性は舌打ちをした後そう言い、ため息をつく
「…最初から話すなら、俺からだな」
その後、ため息をついた後口を開く
「…昔の会社にいた時とかは、御前等に話す理由が無いと思ってたんだが…」
それが、この話が語られる始まり
さぁ、お話の、始まり始まり……
夢
それは本来、人間の脳が記憶を整理する際に映される奇妙な現象だと学んだ
実際はその中に感情も混ざっており、様々な姿を表すことから、『心の鏡』とも呼ばれている
…だが、それは人間である場合だ
なら、人でないものが見る『夢』とは何だろうか?
…それに答えるとするならば、俺はこう言うだろう
【夢病】、と
・プロローグ:夢見る死者・
視界の先に広がる真っ暗な景色を見て、自分はどう思ったのだろう?
視線を動かした先で、水平線の彼方まで真っ黒な水しか広がっていないこの状況をどう話すだろう?
それについての答えは一つだ
(…またか)
軽く体を起き上がらせれば、ザバッと音を立てて俺に纏わり付いていた水が落ち、後になればなるほど少しづつ水滴を落とすだけになる
だが服が濡れた感覚は全く無い。と言うより、そもそもこれが水だという認識も薄い
だが、この夢ではこれが始まり、必ずここから始まるのだ
どんな事が起きる前だとしても、この何も無いように見える空間だとしても
「…はぁ」
小さくため息をつく
別にこれが初めてでは無い。数えるのは昔辞めたが、覚えている限りでも既に1268回程見ているので、常人であっても、流石に慣れる事だろう
そのまま寝間着の袖を揺らしながら立ち上がれば、またザバァッと水の動く音がし、その後幾つかの水滴の音の後、またシンとした静かな空間に戻る
聞こえるのは…まぁ、自分の呼吸音程度だろう。別に確認は必要では無いんだがな
(…行くか)
軽く頭をかきそう思えば、ザバザバと水を押し退けるように、…否、普段歩くのと変わらないように目の前へと歩き続ける
早く"アレ"を見てこの夢を終わらせよう。今の俺が思う事は、それぐらいなものだった
…どれだけ歩いただろうか、精々十分ほどだろうか?
それとも、一時間ほど動いていたのだろうか?
そんな疑問を頭の隅に追いやりながら、ただ淡々と真っ直ぐに歩く
既に足元の水の感覚は無くなっており、足元、正確には足の裏か。そこにはコンクリートの様な感覚があり、気がついた時には、足元でサリサリと歩く音を出していた
(コンクリート…人間界にはあるらしいが、こっちじゃ手に入らないからな…)
建築屋の奴らが狂ったように作ろうとしている産物だが、そんな事より別支部の修理はどうしたんだとラリクにドヤされていたな、と思い出す
別に奴らがどうなろうとも俺には関係ない事だが
パシャッ
「……、」
そんな考え事をしている間に、足元に水が弾けたような音がする
その音に導かれるまま足元を見れば見えたのは、
"足の先に広がり続ける大きく真っ赤な血だまり"
何故それを血と断言出来たのか?答えは簡単だ
別に仕事で見慣れているから。その程度の事だ
それに、この夢に赤い水なんてこの前見た研究者のゾンビ生成薬ぐらいなものだ。だから基本、予想は必要ない
そのまま視点を足元から正面に戻せば、先程まではなかった血の道が奥まで続いている
「…今回はやけに多いな」
小さく零す
普段であれば少人数の量なのだが、今回は、流石に二人や三人程度の数の量では無いだろう
まぁ、この真っ暗な夢に彩りがある
…と言えば聞こえはいいが、ただ考えから逃げたいだけの奴が考えている話だ
そう思いため息をつけば、そのまま真っ直ぐ血の道を進む
パチャパチャと水音がうるさいが、起きた時に聞く(聞かされる)同僚の朝の挨拶よりかはずっと静かだ
いや、本当に比較できないほどあっちは五月蝿い。何で蹴り入れて首飛ばしてもあんな声量出せるんだ、おかしいだろおい
(…彼奴もいい加減懲りてくれると助かるんだが)
そんな愚痴を零したこともあったが、『キミはおねぼークンだから、イイんじゃないノ?』と笑われてしまった。埋め直してやろうかあの上司
ひぐ…ぇぐ……
「…!」
そんな馬鹿なことを思っている間に、どうやら夢の原因の近くまで来ていたらしく、辺りに泣き声が響いていた
(…今度は子供か)
何となくそう思う
別に大人が泣いている時もあったが、あっちはあっちでもっと下品な泣き方だったから、むしろわかりやすい
かと言って子供が上品な泣き方をしている訳が無いが。普通に五月蝿い
ぐすっ…どこぉ……ぇぐっ……
そのまま歩いていれば、声は段々と大きくなっていき、目と鼻の先にある一際大きな血溜まりの中央に誰かが居るのが見えた
(…ようやくか)
そんな安堵とも疲れとも取れる事を考えながら人影の元へ行けば、段々とその姿が明らかになっていった
「おとおさん…ひぐっ…おかあさん…ぐすっ……」
多分幼い少女であろうそれは一際大きな血溜まりの真ん中にぺたりと座り込み、所々に銀色の装飾がついた豪華なクリーム色のドレスを着、珍しい黄緑色の長髪は青いリボンにより一部だけ結ばれている髪型をしていた
わんわんと泣き続ける目元からは大粒の涙が零れ続けており、涙のせいか口紅とめいくと言うものが崩れていた。多分7歳かそこら程度の容姿だなと思う
だが一つだけ奇妙な部分を指すとすれば、髪の隙間から除く耳の形が、やや尖っている事だ
(…エルフ…否、精霊の類か)
基本耳が尖っているのはエルフか精霊、またはそれと混じった存在のみであり、多分少女もそういう存在なのだろうと思う。ただそれだけだ
ある程度観察し終わったがとりあえず言えるのは、子供で、精霊かそれ混じりで、多分人間達の世界で言う貴族とかいう奴。情報はその程度だった
それだけ分かればここに居る理由は無い
くるりときびすを返せば、スタスタと元来た道を歩いていく
そうすればこの夢は覚め、俺は現実世界に帰ることが出来るということだ
(…帰ったらレノ先生に報告か)
そう思いながら歩けば、後ろで泣いている少女は最後に、よく聞きなれた声で言う
「ぐすっ…だれか…ぇぐ、だれか、たすけて…」
今回はこれを聞かせるために見させられたんだなと、頭の隅でそう思った