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第3話「始業式」

 佐藤さんはこの日以降、プールの授業が終わった後は必ずと言っていいほど、ソックスを履かずに、素足で上履きを履いて過ごしていた。それが2時間目であっても、最後の授業であっても、同じように。そして帰りの会が始まろうという頃に、いつの間にかまたソックスを履きなおしているのだった。これはかなりきっちりしていて、素足のままで帰ることは結局一度もなかったように思う。また、朝登校するときも、佐藤さんはソックスを欠かさなかった。一度プールの授業がある日の朝、佐藤さんの後ろをついていくときがあったけれど(たまたまだ)、ハイソックスにしっかりとスニーカーを履いていた。夏っぽい恰好をしているのに、足元はしっかりとソックスを履いているのがもどかしくって、けれどプールの授業のあとは佐藤さんはこれを脱いでくれるんだという期待もあって、僕は毎日がとても楽しみだった。


 そして大事件は夏休みが明けた新学期、最初の始業式で起きた。久しぶりの登校ということで、僕は少しばかり遅く登校していた。校門のところで、久しぶりにクラスメイトの一人の姿を目にする。まぎれもなく、佐藤さんだった。夏休み中に髪を切ったのか、肩にかかるくらいの長さに切りそろえられて、前髪にはカチューシャをつけていた。水色の半そでのシャツに、7分丈の黒いパンツ、そして足元はスニーカーや運動靴ではなく、いわゆるペタンコシューズを履いているのだった。僕の性癖柄、靴や靴下の名前には詳しくて、かかとのないパンプスタイプの靴をそう呼ぶらしい。そして甲の部分が完全に見えていて、一目で素足とわかるものだった。あの佐藤さんが、登校時にはソックスを欠かさなかった佐藤さんが、朝から素足履きで登校!?僕は一気に目が覚めてしまった。

 けれどここであまり過剰に期待してはいけない。僕たち素足フェチにとっての天敵、フットカバーの存在があるからだ。プールの後は必ず素足履きという光景を見せてくれた佐藤さんだったけれど、夏休みの間に心変わりして…とか、オトナになって…という可能性も少なくはある。どちらにしても、佐藤さんがそのシューズを脱がない限りははっきりとしたことはわからない。僕は佐藤さんと距離を取って、昇降口を目指した。後ろから見ていても、かかとがシューズから浮き上がるようなことはなく、シューズの端からフットカバーのようなものが見えることもなく、僕はもんもんとしながら来る時を待った。

 佐藤さんはそのまま昇降口へ入り、自分の靴箱へ。そして手に持っていた上履き入れから真新しいのか、洗い立てなのか、真っ白な上履きを取り出すと、ついにぺたんこシューズを脱いだ。足同士のかかとをすり合わせて、かかとを浮かせる。そこから出てきたのは、まぎれもない、素足だった。2学期の始業式の日、同じクラスになって初めて、佐藤さんが朝から、ソックスを履かずに登校してきたのだ。佐藤さんはソックスを履いていないことを気にするふうでもなく、ごくごく当たり前の動作であるように、その素足を上履きに突っ込んだ。一度素足でかかとをふんづけて、そしてまたあらためて履きなおす。少し上履きがきついのか、それとも汗で滑りが悪いのか、手を使って半ば強引に上履きを履いていた。そしてとんとんとつま先を床にあてて、校舎内へと入っていったのだ。すらっと白い素足から続く、赤く火照った足の裏。佐藤さんの足元を、僕はばっちりと目に焼き付けた。

 どういう心境の変化なのだろう。夏休み前はあんなに登校時にはソックスを履き続けていたのに、夏休みが明けたらこの変化だ。僕は教室に行くのがとても楽しみになった。

 教室につくと、僕は佐藤さんと通路を隔てて隣の席に座る。おそらく今日席替えをするだろうから、こんなに近くで佐藤さんの様子を見られるのも最後になるだろう。かなり残念だけれど、しっかり今のうちに目に焼き付けなければ。朝の会前の佐藤さんは、前の席の女子と楽し気に話をしていた。夏休み中のことをいろいろと。横からだと、佐藤さんの足元はよく見える。僕は思わず息をのんだ。さっきしっかりと履いた上履きだったけれど、佐藤さんはすでにそれを脱いでしまっていたのだ。机の下に揃えておかれた素足。その下に、上履きはふんずけられるようにして存在していた。そしてふんずけられたまま、佐藤さんは足を前後に動かしている。やがて、上履きから素足が離れると、今度は椅子の下で組まれて、右足の先は完全に床についてしまった。ぺちゃんこになった真っ白な上履きは、机の下に寂しそうに脱ぎ置かれている状況だ。1学期の時に比べて、佐藤さんの足グセというものが一層悪くなっちゃったように感じる。僕にとってこれほどうれしいことはなかった。

 やがて担任の先生が入ってきて、朝の会が始まる。先生が入ってきたとたん、佐藤さんは素早い動作で素足を上履きに突っ込んだ。ただ突っ込んだだけなので、かかとまでは履けていない。そのまま挨拶をしなければならないので、佐藤さんはかかとを踏んだまま立ち上がって、礼儀正しく挨拶をしていた。一日の流れを簡単に説明されて、朝の会は終了。佐藤さんはいつの間にか、手を使ったのか上履きをかかとまできちんと履いているのだった。やはり授業中などの先生が前にいるときは、上履きを脱がないようにしているのだろうか。脱いじゃっていいのにな…!

 今日の1時間目は始業式だ。今日はそのあと、大掃除、学級活動をして、午前中には終わる予定だった。始業式は体育館にみんな集まる。廊下に男女別に出席番号順に並んで移動だ。残念ながら、僕の方が佐藤さんより列が前の方になってしまい、その様子を見られなくなってしまう。体育館についても、そのままの列で座るため、後ろを意味もなく振り向くなんて僕にはできず、悶々とした時間を過ごしていた。

 けれどその時は唐突にやってくる。保健の先生の話が終わって、教頭先生が始業式を終わらせると、それぞれクラスごとに教室へ戻る。つまり、後ろをみんな振り向くということだ。僕はいち早く後ろを向くと、まだ佐藤さんは床に座って、近くのクラスメイトと話をしていた。足元は…、なんと裸足だった。僕の学校の体育館は、上履きのまま入ることができる。体育も、上履きのままやる。なので周りを見ても誰も、上履きを脱いでいる子はいなかった。けれど佐藤さんだけは、上履きを脱いで横に並べて置き、素足をペタっと床に着けて、体操すわりをしているのだった。足先は蒸れているのか赤くなって、足の指が話をするごとにくねくねと動いている。やがて、ほかの子から移動することを伝えられると、あわてて立ち上がって上履きを履いていた。ここでも、手を使ってしっかりかかとまで履く。汗のせいか、やはり上履きが小さくなったのか、少しばかり履きにくそうにしていた。


 始業式を終えて教室に戻ってくると、次は大掃除。先生から担当場所が出席番号順に指定される。なんと運よく、僕と佐藤さんは同じグループになった。場所は「多目的ルーム」というところ。どこだろう…?と思っていると、どうやら4年生の2学期か3学期になって使うようになる教室みたいで、先生に連れられてやってきた。入り口には靴を置く棚があって、教室の中にはカーペットが敷かれている。…これはつまり…!

「あなたたちはここをお願いね。あ、土足禁止だから、上履きは脱いでここにおいて。道具は準備室にあるから。掃除機とコロコロ、そして机を拭くのと窓の周りの掃除をお願い」

「はーい!」

というわけで、僕と佐藤さんを含めた5人は、それぞれ上履きを脱いで中へ入る。男子2人、女子3人。もちろん、裸足になるのは佐藤さんだけだった。男子も含めて靴下を履いているが、佐藤さんはそれを気にしていないのか、ほかの女子と楽し気に話をしていた。足の裏で多目的ルームのじゅうたんをなでるように、足をごしごしと動かしていた。

「あ、掃除機が2個と、コロコロ?がひとつあるよ」

いち早く掃除用具入れを見た、グループの子の一人が言う。誰が何をするかは、じゃんけんで決めることに。結果は…。僕と佐藤さんが、机ふきと窓の担当になった!

「…えっと、よろしくね、甲斐くん」

「う、うん」

もう4年も始まってしばらく経つけれど、あまりコミュニケーション力が高くない僕なので、女子と話すのはあまりなかった。佐藤さんとも、以前図書室前で話をしてからは、話をしたかどうか、記憶がない…。

「じゃあ、私、窓の掃除をしていくから…」

「僕は机をふいていくよ」

そうして2人で掃除用具入れから雑巾を取り出す。濡らさないといけないので、一度廊下の水道へ。上履きを脱いでいるけれど、多目的ルームから水道へは目と鼻の先なので、そのまま行くことにする。すると佐藤さんも、裸足のままペチペチ、とついてきてくれた。お互い何も言わないまま雑巾を濡らして、また部屋へ戻る。ほかのグループの子の掃除機の音を聞きながら、黙々と机をふきふき、同じく窓周りの掃除をする佐藤さんの足元をチラチラ眺めながら、進めていった。

「上のほうもしたほうがいいのかな?」

「えっと、そう、だね…」

一通りの窓の掃除を終えた佐藤さんが、雑巾を手に近づいてきた。多目的ルームの窓は下の大きいものと上に小さいものがあって、佐藤さんは上の窓の掃除もしたい様子。

「でも高いし、そこはいいんじゃないかな?」

「ちょっと見てみるね。よいしょっと」

そう言うと佐藤さんは、恥ずかしがる様子もなく、近くにあった机に乗ってしまった。まず膝をついて、からだをその上に乗せる。いわゆる、ハイハイの姿勢になったので、僕のほうからは佐藤さんの足の裏がばっちり見えてしまったのだ。暑いせいか、赤くなった足の裏に、掃除をしているせいでかすかにゴミがついていた。細かなほこりや、消しゴムのかすなど…。僕は見ちゃいけないものを見た気がして、けれどそれがとてもうれしくて、その日一番ドキドキしたような気がする。

「うん、意外と汚れてないな!」

佐藤さんはそれから、机の上にべったりと足の裏全体をつけて立ち上がって、窓枠を雑巾で拭いていた。スカートだったら危なかったけれど、パンツスタイルで良かった。確認を終えると、今度は一度机に座って、ゆっくりと体を下ろしていった。

 掃除を終えて教室に戻って、学級活動。夏休みの宿題が集められ、そしていよいよ席替えの時が来てしまった。佐藤さんは僕のことを何も思っていないかもしれないけれど、僕からしたらかなり重要なことで、なんとか佐藤さんの近くに、せめて見える位置に…!と願いながら席を移動する。すると…、運が味方してくれたのか、かなりいい位置に持ってきてくれた。僕が教室の一番後ろ、佐藤さんはその斜め前の、窓際の席になったのだ。授業中、佐藤さんの様子がとてもよく見える絶好のロケーション。話をする機会はあまりないかもだけれど、それだけでもとてもありがたい。神様にたくさんお礼を言っておこうと思った。


つづく

 

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