第1話「再会」
「西中学校からきました、佐藤凛子です。よろしくお願いします。部活は、吹奏楽部に入ろうかなって思ってます」
入学式の翌日、高校に入って2日目。シンプルな自己紹介ののち、その女子生徒はさっと席に着いた。そのあとも、クラスの女子の自己紹介が続く中、僕は彼女の名前がずっと引っかかっていた。佐藤凛子さん。さとう、りんこ…。どこかで聞いたことある、ような…。有名人や、僕の好きなマンガやアニメのキャラクターではなく、もっと現実的な場面で。昔、会ったことのある気がする。そうなると可能性があるのは、中学校か小学校。幼稚園は、さすがにないだろう。どこで会ったんだっけ…、と思っていると、その女子生徒、佐藤さんが僕の横をすすっと通っていった。いつの間にか最初の学級活動が終わって、休み時間に入ったらしい。入学したてできれいな冬の制服。紺色のブレザーに白いシャツ、赤いリボンに、ひざ上丈のスカートはチェック柄。茶色ががった長い髪を後ろで一つにくくっている。ポニーテールっていうのかな。そして顔立ちは、かわいい部類に入ると思う。美人というより、かわいいという形容詞がぴったりだ。きっと人気のある子なんだろうなと思う。男女ともに靴下に指定はないようで、彼女はブランドの刺繍が入った紺ソックスを履いていた。上履きは、こればかりは学校指定で、形は一般的なもの。学年色は赤色だった。制服屋さんかもしくは校舎1階の購買店で買うことができる。制服はほかの女子と同じような、特にこれと言って際立った特徴のない着こなし。かく言う僕も、特に制服をいじることなく、ネクタイやシャツなど、校則通りに着用している。入学式初日から注意されて目立ちたくはなかった。廊下へ出ていく、そんな佐藤さんの後ろ姿をみても、一向にどこで出会ったか思い出さない。僕の記憶違いなのかな。
そんな彼女について、僕はふとしたきっかけで思い出すことができた。入学式の翌々日、身体測定の時間。男女それぞれ体操着に着替えて、体育館下の柔道場へ向かう。保健室は狭いので、測定はいつもここでするらしかった。中央に大きな衝立が置かれて、男女別に測定していく。ふと女子の方を見ると、ちょうど佐藤さんが並んでいるのが見えた。みんなと同じ体操服に着替えて、髪を後ろで一つにくくっている。そして身長や体重も測定するからか、裸足のままだった。僕はその姿を見て、ようやく思い出したような気がした。あれは、僕が小学4年生くらいのことだったと思う。
回想に入る前に、ここで重大なカミングアウトをすると、小学校の3、4年生当たりから、いやそのもっと前から、僕は、女子の足元を見てドキドキする性格をしていた。もちろん、そんなの他人に知られたら気持ち悪く思われるのは、幼心ながらになんとなくわかっていて、誰にも話したことはないし、自分から誰かにアプローチをかけたこともなかった。そんな僕が特に好きだったのは、女子が裸足になる場面。そして裸足のまま上履きや靴を履く場面や、裸足のままあちこちを歩いたりする場面だった。
当時、クラスメイト達の中にそんな子はなかなかおらず、かなりのレアケースだったように思う。しっかりした子が多かったのか、週明けの上履き忘れもいなかったし(男子には数人いたけれど)、かろうじて1学期半ばにある運動会で、ダンスの時に裸足が見られたくらい。あと楽しみだったのは、6月終わりから始まるプールの授業だった。
学校のプールは体育館の隣にあって、小学4年生だった僕たちは男女別々に教室に分かれて着替えると、バスタオルをかぶって、上履きを素足で履いて、プールまで移動していた。いつも決まって男子の方が早いので、僕もその流れに乗って、女子が移動する前にプールについてしまっていた。
けれどその日、僕はプール前にちょうどトイレに行きたくなって、着替えを済ませると、クラスメートを先に行かせて、教室近くのトイレに入った。用を済ませて出てみると、ちょうど女子が教室から出てくるところだった。まだ4年生なのでそんなに恥じらうこともなく、みんなバスタオルを羽織って移動していく。中には水着のまま、タオルを手に持って行く活発な子もいた。もちろんみんな靴下は脱いでいるわけで、普段絶対に靴下を脱がないような大人しい子も、もれなく素足で上履きを履いているのだった。
中でも特にひかれたのが、同じクラスの「佐藤さん」。当時は茶色がかった髪を肩につかないくらいのショートにしていて、けれど顔立ちは整っていて、かわいい子だと思っていた。同じクラスにはほかに目立つ女子が何人かいて、男子人気はそちらに偏っていたせいで、佐藤さんはそれほど目立たない女子だった。けれど僕の中では、トップクラスに好きな女の子だった。かわいくて大人しい子が好き、というのもあるかもしれない。そんな性格の子なので、いままで靴下を脱いだところなんて見たことはほとんどない、と言っていいほどなかった。それこそ、運動会のダンスや、このプールの前後くらいのものである。プールの授業中は男女で反対側で行うため、誰が誰だかわからなくなってしまうし、水着に裸足という格好は当たり前で何となく好みではなかったのだ。おまけに、僕は水泳が、というか運動系がほぼほぼダメで、水泳の授業は自由時間以外はあまり楽しいものではなかった。寒いときも入らなきゃいけないし、冷たいシャワーを浴びないといけないし…。そんな経緯もあって、プールの授業後、私服に着替えた僕が何の気なしに教室に戻ると、そこには思っても見ない、素晴らしい光景があったのだ。
教室の席は毎月の席替えで決まる。そして6月は、僕から通路を挟んだ隣に、その佐藤さんが座っているのだった。話すことはほとんどないけれど、席だけでもお近づきになれたことがとてもうれしかったことを覚えている。着替えの場所は、僕たちの教室が女子の部屋だったので、男子は女子の着替えが終わるまでしばらく待たされていた。そしてようやく入ることができて、自分の席に行くと、隣に座る佐藤さんの様子がいつもと違うことに気付く。これまで数回プールの授業はあったけれど、佐藤さんや僕の近くのほかの女子たちはプールが終わった後はすぐに靴下を履きなおしていた。女子の中には何人か、数時間だけ素足のままで上履きを履いている子もいたけれど、席が遠くだったり、あまり好みじゃない子だったりして、少しばかり残念に思っていた。
けれど今日は、これまでと大きな違いがあった。通路を挟んで隣の席に座る佐藤さん。その足元を見てみると、プール前には履いていた、白いソックスがなくなっていたのだ。あの鉄壁の佐藤さんが、素足のままで上履きを履いていたのだ。素足ではあるものの、佐藤さんらしくかかとまでしっかりと履いている。今日の佐藤さんの服は、小学生らしく半そでのTシャツに7分丈のズボン。そのズボンから、なにも履かない素足が上履きまで伸びていた。佐藤さんの周りの女子は前と同じようにすでにソックスを履いていて、その場にいる女子では、素足のままなのは佐藤さんだけだった。それを気にする様子もなく、他の女子と楽しそうに話をしている。ソックスが何かの事情でなくなったのか、履けなくなったのかな…?と思って、しばらく佐藤さんの様子をひそかに観察することにした。
プールの授業は3時間目で、その後教室でもうひとつ授業があって給食と昼休み、そして掃除の時間が終わるまで、佐藤さんはずっと素足のままで上履きを履いて過ごしていた。授業中なんかはもう注意がそっちの方へ行ってしまって、得意な算数の授業だったけれどほとんど手に付かなかったくらいだ。少しばかり期待していたけれど、そこはやはりまじめな佐藤さんなので、授業中に上履きを脱いで素足をさらすなんてことは一切なかった。ただ、足は前の方に伸ばしたり、机の下でそろえられたり、椅子の下で組まれたりと、授業中はせわしなく動いていたように思う。素足のまま履いていて、たとえ佐藤さんでも蒸れないはずはない、と思う。それが気になって、足を余計に動かしてしまったのだろうと考えた。ソックスを履いている時は、そんなに動かしていた記憶はない。
僕と佐藤さんはそれぞれ別の掃除場所が担当で、僕が掃除を終えて教室に戻ると、教室掃除担当だった佐藤さんはすでに席に着いていた。そして足元にはいつの間にかソックスが戻ってきていた。ソックスに事情があったわけではなかったらしい。昼休みの前にはまだ履いていなかったのに、僕がいない間に履いてしまったようだ。少しだけ残念だった。
つづく