狐の仮面少女は夜に現れる
初作品でPixivとの重複投稿になります。
よろしければ感想などお願いします。
1章 仮面少女に出会う
最近、思うようになったのは 悩み事が多くなった。これに尽きるだろう。理由は色々とあるが、毎日の生活がとにかくつまらない。
幼馴染の親友に相談するため、放課後に寄り道しようと提案しても軽い返事で断られてしまった。俺への対応が冷たいのかそれとも、面倒臭いだけなのか、わからない。
「はぁー。俺は何をしたいのか。家に帰ったら、学校の予習と復習しなきゃな……」
憂鬱に感じながら重い足取りで家に帰宅した俺は、手洗いを済ませて自分の体を重力に任せベッドに倒す。
やる気が出ない。特に勉強は。高校2年生になり、勉強内容が難しく感じるようになったのも原因の一つだと思うが昔に比べ、勉強の意欲は少なくなりネガティブな思考を持つようになった。
趣味はあまり無い。少し小説や漫画を読むくらい。他にもあったほうがストレス解消にはなるだろうが飽き性なので長くは続かない。一応、剣道部だが、大会で結果を残せるほど強くはない。
自分の自己肯定感の低さに呆れつつ、どうにもならないこの状況にため息を出す。
とりあえず今は、誰かにこの気持ちを相談したい。誰かと話したい。両親は毎日、仕事で忙しいし自分で言うのも変だが思春期でもあるから無理。こういうときに顔が広いと便利だといつも思う。
結局、いつもどおり過ごしてその日は終わった。
「そんな悩み事があるお前に朗報だ! これ見てみ」
翌日になり、学校に着いたときに第一声を発したのは俺ではなく、この前相談しようと思っていた友人の悠陽 陽翔である。
陽翔は、学校の昼休みの時間にある情報が載っているチラシを俺に見せてきた。
前の時は都合が合わなかっただけなのか、今回は悩んでる俺に救いの手を差し伸べてくれるらしい。やはり持つべきものは友である。
「どれどれ、ん? 『悩み事全て解決します!』相談所いや、スクールカウンセラーの紹介か?」
全て解決するなんて胡散臭く感じるが、一応目を通すことにする。
かなり大きな字で書かれているそのチラシの詳細を見たところ相談所の広告などではなく、おそらく学校の生徒が書いたものだろうと思われる。
なぜそう断言できるのか。色々とおかしな点が見つかったからだ。それは、手書き(狐のイラスト付き)で書かれていて、集合場所が学校の屋上と記入されている。
たしかうちの学校使用禁止だった気がするが……。
最後に、このチラシが怪しいものだと決定的になった証拠が開始時間だ。十九時からでこの時間帯はほとんどの人は下校している。それに、夜の学校の屋上を想像してみてるが明らかにホラーだろ。怖いわ。
「明らかにヤバいだろ、というかどこで見つけてきた?」
「だよなー。昨日、部活帰りに学校の掲示板で見つけたんだけどやっぱり生徒のいたずらか!」
さっき、優しい友人とか言ったな……。あれは嘘だ。こいつは、ただいたずらのチラシを見つけてからかいにきただけだった。そういえば、昔からそういう奴だった。
「わかってるなら、わざわざ俺のとこに持ってくるなっての」
「ごめんって、今度はちゃんとした情報持ってくるからさ」
「本当か?」
「がちで、おおマジで! じゃ、俺そろそろ自分のクラスに戻るわ」
「おおマジってなんだよ……」
笑いながら謝り、からかいに来ただけの陽翔は足早に去っていった。俺もなんだかんだ、からかってくる陽翔をいつも許してしまう。いつもどおりの日常だ。しかし、このチラシのことが何故か気になった。いたずらという話でこのことは済んだにも関わらず。
なぜ集合時間が夜なのか。いたずらなのにここまでする必要とは。真面目に考える必要もないのにそればかりに時間を費やす。
「…………」
俺はその事がずっと頭から離れず、午後の授業は集中できなかった。
午後の授業が終了し、昨日は授業が終了次第すぐに帰宅していたが、今日は剣道部の練習日なので武道場に来て準備をしていた。
最初は慣れなかった防具の装着も今となっては簡単にできるが、初めて練習した新鮮な気持ちや部活動への意欲も失いつつあった。
ある程度練習して休憩していたときに、声をかけられた。
「浮かない顔してるね〜。そんなとこで休んでどうしたの?」
「ん? ああ、沙月先輩! ……いや何でもないです。 部活で疲れただけですから」
嘘は言っていない。疲れたのは本当のことだ。しかし、あのいたずらのチラシのことが気になって集中できてないという別の理由の方が大きいのも確かだ。
心配そうに俺のことを気遣ってくれている彼女、朝日野 沙月は俺の部活動の先輩だ。彼女は防具の一つである面を頭から外して、茶髪のショートカットがあらわになった姿で俺を見つめている。
弟がいると言っていたので面倒見がいいのだろう。俺が悩んでいることに気づき、声をかけてくれる優しい性格の人だ。
俺はこの先輩に悩みを相談できたらどれほど幸せだろうか。それなら、相談すればいいと選択肢は一択だが、そんな先輩にも短所がある。
それは、先輩はアドバイスが度が付くほど下手である。そう、先輩はアドバイスが下手だ。大事なことだから一応、2回。
失礼だから直接は言わないが、俺は過去に別の件で相談したことがあり、その事実は明らかである。説明するのが難しいがとにかく擬音ばかり使い、具体的な内容がほとんどわからない。それに先輩は、説明するよりも行動で解決しようとするため、今回もそろそろ……。
「そう、ならいいけど。でも悩んでそうに見えるから、私と練習試合しない? 体動かして嫌なこと忘れちゃおうよ!」
ほら来ましたよ。練習試合のお誘い。
「え! ……先輩、話聞いてました? 俺、疲れてるから休んでるんですけど」
ここは何としてでも誤魔化さなければ。理由は、もちろんスパルタだからだ。
「もう十分に休んだろ! あいにく誰も私と練習してれる子がいなくてね。なぜかみんな断るんだ」
ほら、もういつもの柔らかな口調じゃなくなってるし。先輩、練習の時は人が変わるというか、当の本人は真面目にやっているだけ、と宣言してるが。
過去に『練習の時の先輩、鬼!』という練習試合をした剣道部の部員全員が発した言葉があり、剣道部を担当している教師も『確かにな! ははっ!』など愉快に笑っていた。先生のリアクションそれだけかよ。
俺が先輩に相談しようとしないのも説明が下手で、熱くなると我を忘れるという短所が原因である。
「はぁ、わかりました。俺でよければですけど」
しかし、俺はとうとう根負けしてしまい、 仕方なく試合をすることにした。沙月先輩からの熱血指導で俺のネガティブな思考をふっ飛ばしてほしいという願いも少なからずある。
こうなってしまった以上やるからには全力を出さないと先輩に申し訳ないし、本気でやらないといつまで付き合わされるかわからない。
「よし、じゃあ先輩よろしくお願いします!」
俺は久しぶりにやる気を出して試合に取り組んだ。そのおかげなのか、その時には、いたずらのチラシのことはすっかり忘れるくらい練習にのめり込むことができた。
「先輩。強すぎる。一体、どこまで強くなる気なのか……」
俺は沙月先輩との練習試合やスパルタ特訓で部活終了時間……までかと思いきや先輩が先生に追加練習をすると伝え、日がすっかり暮れて夜になるまで練習に付き合わされていた。
大会も近いため先生が許可したのはわかるが、なぜ真面目にやったのに俺だけ追加特訓に付き合わされたのかは理解できない。おかげで、疲労感はとてつもなく筋肉痛確定コースだ。
そして、それもようやく終わり帰ろうとした時だった
ガシャン!!
どこかの扉が閉まる大きな音がした……。しかし! この階より上から音がするということは屋上の扉しかない。
「凄く気になるな。もしかしたら……」
疲れが溜まっているし、普段の俺なら別に気にせずに帰っていただろう。しかし、この時の俺は既にいたずらのチラシのことを思い出していたため、好奇心を抑えられず気づけば屋上のドアノブに触れていた。
「ここまで来たら、開けるしかないよな……」
夜の冷え込んだ寒さか、恐怖心なのか、わからないが身震いしている俺はいよいよ決心して、屋上の扉を開けた。
ガチャ。
そこには、人がいた。正確には、綺麗な黒いロングヘアーを夜風になびかせた一人の少女が立っていた。月の明かりしかないため顔はよく見えない。
その少女はこちらに気づいたようで振り向いてこう言った。
「お、いらっしゃい〜」
まるで俺が来ることを知っていたかのような余裕な振る舞いに俺は困惑を隠しきれない。普通は驚くだろう。
「えっと……君は誰なんだ? どうして学校の屋上に?」
聞きたいことは山ほどあるが、この少女が例のいたずらのチラシをつくった子かどうかもわからないし。何か理由があって屋上にいるのかもしれない。色々と考えていたところ、少女が先に口を開けた。
「ダメダメ〜。初対面でいきなり質問しちゃ〜」
「とりあえず、色々困惑してるみたいだし1つだけ質問に答えてあげる! っと、その前に明かりの確保だね」
少女は手に持ってる携帯型のランタンの明かりをつけた。
初対面でいきなりフランクに話すのはいいのか。という普段、積極的に会話をしない俺のツッコミはさておき、俺はまたしても困惑した。なぜならランタンの明かりで少女の顔がわかるかと思いきやその顔は狐の仮面で隠されていたからである。
もうこの時点でキャパオーバーだし、整理が追いつかない……。とりあえず、考えるのをやめ、彼女がせっかく1つ質問に答えてくれるらしいので俺が一番聞きたいと思っていたことを聞くことにした。
「じゃあ、このチラシを作ったのは君か?」
まずは、この少女が例の人物かどうか知る必要があるため、俺は自分の鞄から今朝、陽翔からもらったチラシを彼女に見せた。
「え……。そのチラシ。もしかして君! 本当に相談に来てくれたの!?」
ということは、どうやらこの少女が例の人物で間違いないらしい。しかし、勝手に決めつけるのはよくない。なにせ、俺の質問に対する答えはまだ返ってきてない訳だし。
「まてまて。俺の質問に答えてもらってないぞ。 1つ答えてくれるんだろ?」
「はっ! ごめんごめん! 少し驚いちゃって!」
今の彼女は、最初の余裕そうな振る舞いとはかけ離れていて慌ただしく興奮している様子である。
「そのチラシを書いたのは確かに私だよ。でもまさか本当に信じてくれる人がいたなんて! 今まで誰も信じないで『いたずら狐のチラシ』なんて呼ばてたのに」
やはり誰もがいたずらだと思うだろう。あと、その名前考えた奴、安直すぎだ。
「というか最初のあの余裕そうな振る舞いはなんだ? まるで人が来ることわかってたような言い方だったよな?」
「ここに人が来たら絶対に最初に言う言葉を考えていたんだよ! 決め台詞ってやつ。かっこいいでしょ!」
「…………。まぁいいや。それで、君が相談にのってくれるってことでいいんだよな?」
「そそ。そして私の名前は沙夜! 君の悩みを完璧に解決してあげる女神だよ!」
そう言ってよくわからないポーズをとって自信げに彼女は言った。というか『いらっしゃい』は別にかっこよくないだろ。当然心の中でツッコむ。
「…………」
「無視はやめてよ! 恥ずかしいから」
「すまん、すまん」
沙夜のノリは全く理解できないが、いたずらのチラシは本当であることが判明した。
そして俺もようやく相談にのってくれる人を見つけることができた。頼りになるかどうかは別として話を聞いてもらえるだけでも余裕のない俺にとってはありがたいことだ。
「君、なんか今、失礼なこと考えてなかった?」
「い、いや、別に」
「ふーん、まぁいいや」
どうしてこういうときに鋭いのか。
「自己紹介しとくよ。俺は、星乃 蓮夜。実は相談にのってもらいたい事があるんだが聞いてもらってもいいか?」
「もちろん!! 私にまかせてよ!」
彼女はとても嬉しそうな顔をしているのかもしれない。声から想像できる。狐の仮面が彼女の顔をしっかりと隠していたため実際にはわからないが声を聞いたただけでも案外、気持ちが伝わるものかもしれない。
「ふふっ! 君はこれから、毎日私に会いに来るよ!」
「…………は?」
今の発言……。俺の聞き間違いだよな。
2章 仮面少女に相談
「あ、毎日はないか。まぁ、そんなことよりも君はどんなことで悩んでるの?」
どうやら俺の聞き間違いではなかったが毎日はありえないし、無理に決まってるだろう。
それでも、悩みは聞いてもらうため、俺が今、一番悩んでいることを話始めた。
「あぁ、俺の悩みは……」
こうして夜の学校の屋上で偶然にも見つけてしまった悩み事を完璧に解決してくれる(本当かどうかわからないが)という少女、沙夜は俺の悩みの相談に乗ってくれた。
季節的には、初秋でかつ夜の時間帯。昼間はまだ暑いが夜は多少冷え込むため手短に話した。
話をしてる時の彼女の声色は、凄く楽しそうで俺の悩みの相談を真剣に聞いていないでバカにしているのではないか、と思ったりもしたが的確にアドバイスをしてくれたり、解決方法を一緒に考えてくれたのですぐにその疑いは晴れた。
そして、夜の学校の屋上で二人だけなんてシチュエーションは俺が読んでるライトノベルでもアニメでも知らないからか気持ちが高ぶっていた。
ちなみに、理由は聞けなかったが先生から屋上にいく許可はもらっていたらしい。
話が一段落ついたところで、既に鉄鎖のように重苦しく縛られていた俺の気持ちが軽くなったように感じた。やはり、誰かに話を聞いてもらえるだけで全然違うものだ。
「ありがとう。相談したら気が楽になった気がする」
「ふふっ。こんな事で解決した気になってるなら明日、楽しみだね〜」
相談にのってもらっている間いくつか気になることがあった。
ひとつは、彼女は何やら意味深なことを時々口にしていたことだ。『明日になると変わるよ』、『明日驚くよ~』などと。確かに解決方法を明日から実践すれば月日が経つたび効果は出てくると思うが、すぐに効果が現れるとは思わないし現実的に無理だろう。
また、相談しているときにやたらとボディータッチが多かったことだ。そのせいで恥ずかしくなって沙夜にからかわれ……ってこの話はもういいか。
「なぁ、沙夜。さっき言ってた『明日になると変わる』ってどういうことだ?」
「ちょっと待って!」
「どうしたんだよ?」
「呼び名だよ! 今、沙夜って言ったよね?」
確かに言ったが、名前を呼ぶのは別に普通のことだし、何かおかしいことがあっただろうか。
「あぁ。だって名前、沙夜だろ?」
「私。君の先輩だよ。高3!」
「…………。まじか。初対面の時から後輩だと思ってた。」
「失礼だな! 君は!」
これは本当に驚いた。まさか先輩だったとは。身長は俺より低く(俺もそんなに高くない)し、話し方も先輩らしくないというか。
それとも俺は沙月先輩しか関わりがないからからもしかしたらこれが普通なのか?
正直よくわからない……。一応、敬語にしておいた方がいいだろう。今更だが。
「すみません。沙夜先輩でいいですか?」
「え!? いや……。やっぱり、沙夜でいいよ〜。それと敬語もいらないよ」
沙夜先輩改め沙夜は下に俯きながら手を後ろに組み、ぎこちない話し方で言った。
じゃあ何故、呼び名を指摘したんだ、ということは聞かないでおこう。
「わかった。俺も相談者としてタメ口の方が気が楽だし」
「うん! ごめんね〜。私ってば後輩しか仲のいい子いないから、呼び捨てで呼ばれるの初めてで」
「そういうことか。……って忘れるところだったが俺の質問の答えは?」
大事なことを忘れるところだった。
「そうだった! ふふっ。それなら明日になったらわかるよー。だから今は秘密だよー」
「…………。結局、全て明日か」
「さぁさぁ、後輩くん。もう遅いし帰らないと! 続きは明日!」
「え? 確かにそうだけど、沙夜も帰るんだろ? いつまでここにいるんだ?」
体感三十分も経っていないが、出会った時間が遅かったのもあり、学校に他の生徒は残ってないだろう。
沙夜だってここの学校の生徒だ。一応、先生から許可を得ていても、こんな夜遅くまで居ていいはずがない。それに先輩ではあるが女の子が1人で帰るのは危ないだろう。
「私は大丈夫! 家は学校から近いから。だからまた明日〜」
そういうと俺の背中を押して急かすように屋上の扉まで誘導し、お悩み相談が終了した。
そういえば、沙夜のことについては教えてくれなかったな。
色々とあり、疲れていた俺は、すぐに家に帰宅し普段と変わらずいつものように過ごした。しかし、いつもより気持ちが晴れ晴れとしていたのはまぎれもなく相談したおかげだ。
相談相手が見つかって良かった、と改めて思い、明日に期待するようにしてベッドに向った。
翌日になり普段と変わらず学校へ行く。変わったことといえば、昨日の夜の出来事で興奮した気持ちが残っているのか朝から少しソワソワしていていたことくらいだ。それに、紗夜が言っていた『明日になればわかる』ということが気になる。
「本当に今日、何か変わるのか?」
昨日のことを思い出しながら自分のクラスにたどり着いた俺は、自分の席に座り、一限目の準備する。すると近くで話し声が聞こえた。
盗み聞きなんてよくないが話が耳に入ってくるためしょうがない。
「なぁ、お前テスト勉強したか? 今日は小テストの大盤振る舞いだぞ……」
「いや、やるわけねーだろ。ノー勉だぜ!」
「マジか……。大丈夫かよ? うちの学校、小テスト地味に難しいぞ」
「終わったわ」
彼らが話しているのは、今日行われる小テストのことだろう。大盤振る舞いというのは英語、漢字、数学など他にもあるが小テストを行う科目が多いということだ。
小テスト。確かにうちの学校は小テストにも力を入れている気がするがしっかり勉強すれば点数も取れるし、満点を取っている生徒ももちろんいる。俺もたまに満点を取れることがあったが今は全く取れていない。
「勉強方法も別に一年のときと変えていないのにな……。やっぱりやる気か? わからないからあいつに相談したわけだけど」
独り言だからもちろん返事は返ってこないはずだが、
「誰に相談したわけ?」
「あぁ、それは……って陽翔?!」
「よっ! 独り言聞こえてるぜ」
友人の陽翔にはしっかり聞かれてたみたいだ。
「あのなぁ、いきなり話しかけられると驚くだろ。ただでさえ、お前神出鬼没だから」
「え? 俺って神出鬼没なの? よっしゃ~。俺にそんな能力があるとは」
「はぁ……。そんなことよりお前がもってきたチラシ、いたずらじゃなかったぞ」
「いたずらのチラシ? え、まさか、お前屋上行ったの?」
「あぁ、行ったよ。まさか、本当にいたとは思わなかったけど」
「どんなことがあったか教えて!!」
陽翔が目をキラキラさせて、聞いてくる。こいつはほんとに好奇心旺盛だな。
「わかったよ。じゃあ……」
俺は昨晩の出来事を思い出しながら陽翔に簡単な説明をした。
「なるほどな〜。まさかあのチラシ、いたずらじゃなかったなんてな」
「まぁ、そうだな。それに偶然、出会っただけだし」
「で? 何を相談したんだ?」
「あぁ、それは……」
俺が一番困っていたこと。最初に相談したのは学習面だ。そう、俺はスランプ状態に陥っている。確かに、やる気は失いつつある。しかし、予習と復習を欠かさずにしているのにどうも定期テストや小テストで点数が取れない。
別に最初は悩むほどでもなく2年になって勉強が難しくなったくらいだと思っていた。
しかし、テストの成績は悪くなっていく一方で沙夜に相談する前は、毎日がとても憂鬱でネガティブな気持ちだった。今は、少し軽減されたが。
普通に点数が落ちるならわからなくもないが、勉強してるのに結果が変わらないのが理解できなかった。
今日から沙夜のアドバイスを実践するつもりだ。
「……ていうことを相談した」
「そうかー。そんなに悩んでたなら俺にも相談しろよな〜。あっと言う間に解決してやったのに」
「…………」
「ん? どうした?」
「お前は最初断ったし、いい情報提供かと思いきやいたずらのチラシだし」
「でもいたずらじゃなかったから結果オーライ」
「いたずらじゃないってわかったのは偶然だからな」
「おっと、そろそろ自分のクラスにもどらねーと、じゃあなー」
陽翔は自分のクラスへ逃げた。あいつも色々と忙しそうなのは知ってるし、俺の相談に乗ってくれる余裕もないのかもしれない。
俺も小テストに備えるため1限目開始の合図とともに意気込む。
3 章 仮面少女の秘密
「ウソだろ……」
学校の授業が終わり、今日やった小テストの結果を確認していた俺の第一声である。
「全部、満点」
これがあの少女の仕業であると気づいたときには屋上に急いで向かっていた。自分でも沙夜がまた屋上にいるなんて確信はなかった。
別に急ぐ必要もなかったがとにかく沙夜に色々と聞きたい気持ちを抑えられなかったのかもしれない。
彼女が昨日の夜に何をしたのかはわからない。そもそも本当に沙夜の仕業なのか今更、不安になってきたし関係しているのか確信が持てない。不確定要素多すぎだろ、と自分でツッコミをする。
とにかく全部、沙夜に聞けばいいだけだ。
「『また、私に会いに来るよ』ってこういうことか」
彼女が昨日言っていたことが脳裏にフラッシュバックしその言葉の意味が今になって理解できた。
「ちょっと君! そんなに、急いでどこに行くの? その階段の上は屋上だよ」
誰かに声をかけられた。黒髪ポニーテールの女性だった。学年で分けられているシューズの色を確認すると先輩だったことがわかり、俺は一旦冷静になる。
「えっと、少し屋上に用がありまして……」
「うちの学校は屋上、使用禁止よ。あなたも2年生なら知ってるでしょう?」
「え……。あはは、そうでしたネ。忘れてマシタ。では、失礼しまーす」
先輩はまだ階段の近くにいる。これでは、屋上に行けない。なんとか今は、下手な誤魔化しで先輩と距離をおくことができたが……というか、屋上使用禁止は俺の勘違いではなかったらしい。
しかし昨日は、確かに屋上の扉を開けて沙夜とも話した。
使用禁止というのは嘘なのか、夜なら使っていいのか。
さまざまな考えをするがいくら考えても今の時間帯では、屋上に行くことはできないから考えるのをやめて俺は仕方なく、部活後にまた屋上に寄ることにした。
部活後、すぐに屋上に向かうはずだったがまたしても沙月先輩の練習に付き合わされ、もう日が暮れてあたりが暗くなっていた。
屋上に行かずに、彼女のクラスに行けばいいとも思ったが、彼女とは昨日初めて会ったばかりで俺は彼女のことを何も知らないのだ。それに彼女は屋上で『また、私に会いに来るよ』と言った。 それを信じるしかない。
俺は再び彼女に会うために屋上の扉を開けた。
そこにいたのは、初めて会ったときに見入っていた黒髪のロングヘアーに、理由はわからないが狐の仮面をつけている少女。
そう。俺が今、一番会いたがっていた彼女だった。
「本当にいた……」
まさか、本当にいたとは。いや、信じていないわけではなかったが可能性は限りなく低いと思っていたから驚いた。
その言葉を聞いて彼女は俺に気がついたのか、こっちに振り向いて
「ね? 君はまた私に会いに来たでしょ!」
まるですべてお見通しかのように彼女は言った。
「あぁ、そうだな。お前に会いに来たよ」
彼女はまた屋上にいた。会うのは二回目だが、彼女は、初めて出会ったときと全く変わらず俺と同じ学校の制服、そしてやはり理由はわからないが顔に狐の仮面を付けている。
そして彼女は、俺が屋上に着いたのとほぼ同時にランタンの電源ボタンをおした。
「君は知りに来たんでしょ? テストのことについて」
「……! やっぱりお前だったのか。じゃあ、早速だけどどういうことか教えてくれ」
やはりこの摩訶不思議な現象は沙夜が原因だったことを知り、俺の実力じゃなかったことを残念に思う気持ちとこの現象が何なのか、知りたいという好奇心が混ざり俺の心の中は複雑になっている。
「むー。私はお前じゃなくて沙夜ね! やっぱり君、私のこと年下のように接してくるよね」
「……。あぁ、すまん。別に年下のように接してたわけじゃないよ。ただ、色々と不思議なことで頭が一杯だったんだ」
質問の答えが返ってくるかと思いきや全く別のことを指摘されたため戸惑った。
確かに、初対面のときは完全に年下扱いだったけど今はそんなつもりで接してはいない。
「ホントかなー? まぁ、そういうことにしといてあげる!」
「それより、今日はちょっと寒いから、中で話そっか!」
「え? でも、どこも鍵が掛かってて空いてないぞ?」
「大丈夫! 私が鍵持ってるから」
「…………」
どうして鍵を持ってるのか、とツッコミたくなるが沙夜の毎回、予想不可能な行動に慣れつつある俺は我慢して沙夜の後についていくことにした。
「ここって、空き教室か?」
沙夜の後についていった俺は、多分学校にいる生徒は誰も使ったことがないであろう空き教室に着いた。
「そう。私の部室みたいなものかなー」
「この空き教室が?」
「うん」
「何の部活やってるんだ?」
「う〜ん、お悩み相談?」
「なぜ疑問形? しかもそんな部活ないだろ」
「あはは、バレちゃた?」
空き教室が部室になるなんて話は、少なくともこの学校ではありえないから当然だが、中は思ったよりもきれいに掃除されていて部室と言われても納得するくらい普通に使える状態だった。
「中は、結構きれいなんだな」
「まぁね〜。私がいつも掃除してるから」
彼女が一体何者なのか、どうしたら空き教室の使用許可を得ることができるのか、さっきから俺の頭の中は疑問ばかりだが、こうして再び会うことが出来たのでこれから聞いていけばいいと心の中で思い、俺は本題に入ろうとした。
「さて、沙夜。さっきの質問に答えてもらうぞ。まずは、このテストを見てくれ」
俺は、今日やった小テストを全て見せた。
「おお〜。全部満点だね〜」
「誤魔化さないでくれ。沙夜が何かしたんだろ」
「うん。 でもアレが効果あるってことは相当悩んでたんだねー」
「ん? アレって何だ?」
「なんだと思う?」
「いや、質問を質問で返されても……」
そんな事ずっと考えていたが、何も思いつかない。というか、相談に乗ってもらったの昨日だし。勉強がすぐにできるようになるなんてまるで……。
「まるで、魔法じゃないか」
「お! 正解! よくわかったね」
「は?」
可能性はゼロに等しいと思っていたことを小さく呟いた俺の言葉に沙夜は大きく反応して興奮してるのか、顔を近づけてきた。というか、いつまで仮面つけてるつもりなのか。それに何か甘い香りもして、変に緊張してきた。
「ちょっ、沙夜。近い、近い。」
「あ、ごめん」
「そんなことより、魔法が正解ってどういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ。私が君に魔法をかけたの」
「いや、全然理解できない。そもそも、魔法なんてアニメや漫画の中の話だけだろ」
「アニメとか観ないからよくわからないけど、私は嘘はついてないよ」
真剣な声色でそう言う彼女。
「そう! 私は魔法が使えるのだ!」
「いや、そんな決め台詞みたいに言われても」
「本当だよ! 逆に君は魔法以外に、なんだと思ったの?」
確かに、それを言われると何も返せない。俺がたまたま、今日のテストで実力が発揮できたという希望は無いし。信じるしかないのか。
「……。確かに。魔法も信じられないがテストのことも説明ができない。全ての教科のテストが俺の得意な範囲で運良く満点なんてことはありえないだろうし」
「でしょー。私は君に解決策を教えた。けどそれはただのアドバイスに過ぎないんだよ」
「ただのアドバイス……」
「アドバイスは意味がないわけじゃないよ! でも本当に効果があるのは魔法だよ。まぁ、私は魔法じゃなくて《おまじない》って呼んでるけどね」
《おまじない》。沙夜が昨日の夜に俺の相談を聞いてそれを解決出来るような効果のある《おまじない》をしたということか。まだ、信じられないな。
「まぁ、急に言われても信じられないよね! ごめんねー」
「本当だよ。混乱してきた」
「ふふっ、《おまじない》についてはまた詳しく教えるね〜」
「あと、もし時間が空いてるなら明日放課後ここに来て!」
「あぁ、沙夜には聞きたいことたくさんあるからな。」
いつも明るくて、よく笑う沙夜は相変わらず、仮面のせいで表情はわからないが楽しそうなのはよくわかる。
「そういえば、いつも思うんだどその仮面は外さないのか?」
「…………」
その時、空気が一瞬で凍るような、急に真夜中の夜になったような静寂な時間になった。
聞いてはいけない質問だっただろうか。俺は少し後悔する。
「……っ。まぁ、この仮面好きだからね。それよりも今日は昨日より遅い時間帯だし。これで解散ね! 《おまじない》の効果も日が立つにつれて実感できるよ。きっと」
「あぁ、そうなのか」
そう言って昨日よりも短い時間で沙夜と別れた。まだ聞きたいこともあり、《おまじない》とかいう信じられないことも起きてまた1つ疑問が増えていく。
しかし、明日も学校があり俺も頭を整理する必要もあるため明日の夜に空き教室いや、『お悩み相談室』で会う約束をして学校を後にした。
翌朝になり、目が覚めた。昨日の夜のことは夢だったのではないかとまだ半覚醒状態の俺は思ってしまうが、テストの満点を示す赤いペンで書かれた数字の100が現実であるということを再認識させる。
そしてそのテストの隣には、沙夜の《おまじない》についてメモしたプリントが置いてあった。
「あぁ、これを書いてたら眠くなったのか」
昨日の夜、家に帰宅した俺は沙夜の《おまじない》についてネットなどで調べた。
そもそも、悩みを完璧に解決する方法があったとしてもネットの信憑性は薄く、俺は過度な期待はしなかったが好奇心もあるためスマホをの画面をスクロールしていた。
しかし、案外調べてみるものだ。気になる見出しを見つけた。
『夢の中で狐が願いごとを叶えてくれた話』
その内容は、タイトルどおりで夢の中に狐が出てきて悩み事を聞いてもらったらその悩み事が本当に解決できた。という話である。その後も夢に出てきて、もちろん、限度はあるが願い事たくさん叶えてもらったらしい。
「ん? もう更新されてないな」
個人が書いたブログであったため、信憑性は全くなく、コメント欄にも
『嘘で草』
『妄想でしょ』
『これはオリジナル小説ですか?』
など、大体は誰も信じてないわけだか、俺は違った。いや、いつもの俺ならコメント欄同様に思っただろう。しかし、このブログを書いた人の話の内容と沙夜に深い関係があるのではないかとどうしても思ってしまった。
「このブログを書いた人に連絡は……。できないか。」
もう誰にも信じて貰えないからブログを書くのをやめてしまったのだろか。それともただ単に飽きてしまったのかどうかわからない。
俺はその人が書いたことを自分なりにプリントでまとめた。
「そして、まとめてたら急に睡魔が襲ってきて寝てしまったわけか」
沙夜に悩みを打ち明けてから最近は、不思議と夜もぐっすりと眠れるようになったため朝も快適に起きることができた。これも《おまじない》の効果なのだろうか。
「《おまじない》はまだよくわからないが沙夜に感謝しないとな」
今日も学校があるためゆっくりとしていられる時間はない。
「よし、支度して学校行くか」
自分の朝のルーティンをこなして学校に行くことにした。
もちろん、小テストは毎日あるわけではないが今日は偶然、昨日に引き続き2日連続でテストがある日で、沙夜の《おまじない》の効果を知っていても勉強はもちろんしてきた。
《おまじない》をしてもらう前はいくら勉強をしても満点は取れなかったが。
「また、満点か。これは信じるしかないかもな」
放課後に本日やったテストを確認したところやはり、満点。難易度的にはいつもと変わらず普通だったが手応えは感じることができた。
「よっ! 蓮夜!」
急に後ろから声をかけられる。
「なんだ。陽翔か」
「なんだってひどくね?」
「何か用か? 俺は今から行くとこあるから」
「無視かよ……ってあれ? 蓮夜って今日部活?」
「違うけど、別の用。前言ってた相談の奴」
「あぁ〜。あれね!」
「そういえば、その子の名前は?」
「……。聞いてどうする?」
「いや、この学校の生徒なんだろ。誰かなって思っただけ。」
そういえば、沙夜はここの制服だったから間違いなくここの生徒だろう。違ったら大問題だけど。
「沙夜って子だけど。あ、一応、先輩」
「ふ〜ん。…………。え!? 沙夜!?」
急に大きな声を出した陽翔に驚く俺だが沙夜のことを知っていそうな陽翔にすぐに質問することにした。
「なんだ。知ってるのか?」
「知ってるも何もピアノの天才で超有名な先輩だよ! お前は知らなかったのか?」
「そ、そうなのか。全然知らなかった」
「最近、学校に来てないって噂されてたから気になったけど良かった〜」
俺は、沙夜のことを全然知らなかったのか。そして沙夜に俺の話ばかり付き合わせていることに申し訳なさを感じた。
「でも、あのクールで冷たそうな沙夜先輩が相談か〜何かギャップがあっていいな」
「は?」
耳を疑うようなことが陽翔の口から出てきた。沙夜がクールで冷たい? そんな訳ないだろう。どう考えても明るくてよく笑う一人の女の子だ。
「誰とも話す人じゃないって思ってたんだけどなぁー」
「……」
あのあと、陽翔が言った衝撃的なことについて深く問うことはできなかった。
急ぎの用事を思い出したようですぐに去ってしまった。結局、知ることができたのは、沙夜はかつてピアノのコンクールで賞を取るほどの腕前であり周りから称賛されていたということだけ。
衝撃的なこととは、沙夜の性格が俺の知っている沙夜と全く違うということだ。別人ではないかと疑いもしたが沙夜という名前の人物はこの学校に一人しかいないらしい。どこでそんな情報知ったのか……。
性格がクールで冷たいというのは、信じられないが陽翔は嘘はつかない性格ということを長い付き合いで知ってるから本当なんだろう。気になることが聞けず、もどかしさを感じるが何故かこのことは陽翔に聞くよりも自分から沙夜に聞いて知るべきだと思った。
こうして俺は《おまじない》に加えて沙夜のことを知るという目的ができた。
そして今、俺は例の相談室の扉の前で立ち止まって考えている。
正直、陽翔から沙夜のことを少し聞いて困惑しているがこの話を沙夜に聞くのは、《おまじない》についてもっと知ってからでもいいだろうと思い、扉に手をかけようとした。
「あ、待っててくれたんだね。じゃあ、今から開けるね〜」
どうやらまだ空いていなかったらしく沙夜は鍵を使って扉を開けながら、そう言って俺の手を取り、部屋の中に入る。
「お、おい。引っ張るなって」
「あ! ごめん。楽しみでつい……」
「楽しみって別に普通に会話するだけだろ」
「それでもなの!」
陽翔の言ったことは嘘ではないかと疑いたくなるくらい沙夜はいつもどおり明るく楽しそうにしている。
あまりにも嬉しそうにしている様子に俺はある提案をすることにした。
「そっか。じゃあ、これからもお互いに時間がある時に話さないか?」
「いいね! 私、いつでもいいよ」
「いや、俺は部活とかあるからいつでもは無理」
「えー、そんなぁー」
「他の友達はいないのか?」
「う〜ん。後輩の子はそこまで親しいわけじゃないし、やっぱり君と話すをほうが好きだし」
「……はぁ。さいですか」
急に好きなどと言われて不意をつくかれた。異性にそういうことを言われたことがない俺にとっては十分すぎるほど恥ずかしく感じ照れて顔を熱くなっていることに気がつく。そして同時に、こんなことで沙夜のことを知っていけるのかと、先が思いやられる自分にため息をつく。
「え!? ため息つくほど変なこと言った?」
「いや、そうじゃないけど……。まぁ、時間がある時は連絡するよ。スマホで連絡先交換しよ」
「あぁ〜。ごめん、スマホ今は持ってないから」
「え? そうなのか。学校は禁止……してないよな。もしかして家庭のルールとかか?」
「うん。まぁ、そんな感じかな」
まさか、学校にスマホを持ってきてないとは思わなかった。家のルールで駄目と言われていたりするのだろうか。理由はどうであれ持っていないなら仕方がない。
しかし、連絡手段がないのはこれから関わっていくのに痛手となるなだろう。どうするかと考えていたところ、沙夜から話かけてきた。
「私はいつでも暇だから、君が空いてる日を教えてくれたらその日だけここを開けるよ!」
「あぁー。そうだな。俺が部活はない日は……」
「いつでも暇は突っ込まないんだ」
「ん? だんだん沙夜の対応に慣れてきたよ」
雑談を交えながら俺は沙夜に予定が空いている日を伝えた。大体一週間に3回くらいで、部活のようになってる気がするがあまり気にしないことにした。
これからも相談に乗ってくれたりしてくれるのはとてもありがたいし友人の少ない俺にとっては楽しみの時間になるだろう。
「あ、集合時間は絶対、放課後ね」
「そうだよな。流石に休み時間は短すぎるし……。そういえば、沙夜は何組?」
「教えないよ! 恥ずかしいし」
「いや、恥ずかしいって……。これからかなりの頻度で会うんだからそれくらい……」
「だめ〜! バレないように顔も隠してるんだから」
「あぁ、その仮面……。そういうことか。もっと深い理由があると思った」
前の沈黙した場の空気は一体何だったのか。そして仮面のことを誤魔化したりプライベートに介入するのを嫌がったりする沙夜はもしかしたら陽翔が言っていた本当の性格を隠すためかもしれない。深く考えすぎだったかもしれない。それに、クールな性格が沙夜の本当の性格かどうかはわからないが。
「別にいいでしょ〜。理由は何でも。とにかく、プライベートの介入は禁止」
「それに秘密ってワクワクしない?」
「いや、別に」
「君はつれないなぁ」
「まぁ、沙夜がそうしたいならいいけどさ。それはさておき、今日もテストで満点取れたけどやっぱり《おまじない》の効果だよな」
「うん! そうだよ。じゃあ今日は《おまじない》について教えてあげる!」
「やっとか。なんかここに至るまで長かったな……」
「はは……。なんかごめんね」
本当に長かった。今まで不思議に思っていたことが聞けるからだろうか俺は少しソワソワして落ち着きがないように感じる。一方、沙夜はそんな俺の反応を楽しんでいるかのように見える。表情はわからないが。
「よし! じゃあ、教えるよ」
「お、おう」
「っとその前に……」
「いや、なんで!?」
「だって今、思い出したことがあるんだもん」
ここまできて、また話の話題が変わったせいで大きく声を上げてしまったが沙夜が笑い声を出しているからわざとやったとわかる。
今回知ることができたのは、沙夜は自由気ままな性格ということだけになるのはごめんだ。
「で? 思い出したことは?」
「ん〜。やっぱりいいや。あんまり大事なことでもないし」
「そう言われると、気になるんだが」
「これから話せる時間増えるし」
沙夜が思い出したことも気にはなるが優先度は《おまじない》のことを知るほうが高いと考えて、部活帰りの生徒が部屋の窓から見える時間帯まで話を聞いていた。
そしてわかったことを自分なりにまとめた。
《おまじない》は人のもっている負の気持ちやネガティブな思考をプラス思考に変える力である。沙夜が負の感情をもつ体に手を触れるだけでその力は使える。
また、《おまじない》には適正者でないと効果がない(俺は適正者の中でも最も効果の効く人)らしい。
「まぁ、結局、私も詳しくはわからないんだけどね」
話を整理していると沙夜が口を開いた。そして俺もだいぶ整理できたため質問することにした。
「この力で他の人を助けようと思ってお悩み相談を始めたのか?」
「うん……。当たり前だけど誰も信じてくれなかったし、もう終わりにしようと思ってたんだけどね」
いつもの明るい沙夜の声が急に低くなり、テンションが下がり気味なのが感じ取れる。こういうときにどうしたいいかわからない俺はただ黙って聞くことしかできなかった。
「そっか……」
「でも! 君が来てくれた」
一瞬の沈黙のあと、沙夜が先程とは変わって明るい声で言った。
「誰も信じてくれなかったけど、君が信じて屋上まで来てくれた!」
「まぁ、友人からポスターもらったからな」
「それでもいたずらだと思うでしょ」
「ああ、そうだな」
「即答!? そこは思ってても言わないでよ」
「ホントのことだし」
「うぅ……。まぁいいや」
実際に本当のことで、最初は、ほぼいたずらだと陽翔と決めつけていた。だけどあの日の夜、確かに俺は沙夜に出会い、話して、《おまじない》の効果を受けた。
「でも、いたずらだと思ってても来てくれた。だから、ありがとう! これからもよろしくね!」
立ち上がって俺に握手を求めてきた。俺も立ち上がって彼女の顔をみる。仮面で隠されたその素顔。
彼女は今、心の底から笑えているのか俺には、まだわからない。これから、彼女のことを知っていく。まだ出会ったばかりにも関わらず俺の悩みを真剣に考えてくれた彼女のことを。陽翔の言ってることがもし本当なら彼女の悩みを解決できるのは俺しかいない。
そう思って沙夜の手をがっしりと握った。
「あぁ! よろしく!」
「…………」
「ん? どうした?」
「君って結構大胆なんだね」
「え? いや、ちがっ」
真剣に考えてすっかり忘れていたため、急に照れくさく感じた俺を沙夜はさらにからかってくる。
「ははっ。あれ? 照れてる? 私もこんなにがっしりと掴まれたのは初めてだよ〜」
「からかうのは勘弁してくれ」
そして、俺と沙夜は雑談などをして時間を過ごした。もはや相談というよりはただの雑談会になっていることに気づき苦笑する。しかし、そんなことを考えることができるくらい心に余裕ができたと思うと改めて〈おまじない〉の影響力に驚かされる。雑談中に沙夜のことをいくつか質問したが恥ずかしいと一点張りで何も知ることかができなかった。
かなりの時間話していたため、そのまま解散となった。
4章 仮面少女の後輩
沙夜と何回も会い、くだらない事を雑談したり一緒に勉強したり(仮面をつけて勉強する器用さには関心した)する中で沙夜と馬が合うように感じた俺は相談室に行くのがあたりまえになり日常となった。
授業が終了し、いつもと同じように相談室へと向かうが一件のメールが俺のスマホに着信していることに気がついた。無論、俺は親しい友人は陽翔くらいしかいないためこの時間に連絡してくるのはもちろん陽翔しかいない。
ところがチャットアプリのアイコンは今まで見たことがなく、可愛らしい猫のイラストだった。『ひなか』と女性だと思わせるような名前に俺は驚きを隠しきれない。そして、早速内容を確認する。
『初めまして! 星乃先輩ですよね? 急に連絡してすみません。連絡先は陽翔先輩から教えてもらいました。実はどうしても聞きたことがありまして今日の授業後お話できませんか? よかったら私のクラスまで来てほしいです! よろしくお願いします!』
どうやら後輩の子が俺に聞きたいことがあるらしい。初めて会う子だから少し緊張するがそれでは先輩としての威厳がなくなり格好がつかないのでなるべく冷静さを保つことにする。
それにしても勝手に連絡先を教えた陽翔には文句の一つや二つ言っておきたいところだ。
「おーい、蓮夜」
どうやら神様は今、俺に味方してくれているみたいだ。まぁ、相手にとっては最悪のタイミングかもしれないが。
「おい陽翔。お前、勝手に後輩の子に俺の連絡先を教えただろ」
俺は陽翔に問い詰めつつ、暇を持て余した手で陽翔の頬をつねる。
「いてて。わ、悪かった、謝るから許して」
「ったく、どうして教えたんだ」
「いや、最初は教えるつもりはなかったよ。けど凄い真剣な顔で言うから断われなくて……」
「……そうか。でも俺はその子と接点ないぞ」
どうやら思ったより深刻なことかもしれない。
「そこだよなー。俺も気になって聞こうとしたけど、連絡先教えたらすぐに自分のクラスに戻っちやってさー」
「まぁ、一応聞くだけ聞いてみるか。力になれるかわからないけど」
かつて俺も沙夜に相談にのってもらい、助けてもらった。もちろん俺は、沙夜のように〈おまじない〉は使えない。が話を聞くことくらいはできる。
「おぉ。何か……お前変わったな。 すごい前向きになった」
「ん? 確かにそうかもな」
「よし! じゃあ、その子の話聞いてこい」
「だな。あ!」
「どうした?」
「この子。どこのクラスか、チャットに書いてない……」
「ははっ。天然ちゃんかな?」
そして、陽翔に『ひなか』という子のクラスを聞き、俺はすぐにそこに向かった。
授業後ということもありクラスにはほとんど人が残っておらず、教室に入った瞬間、小柄な体型に明るく可愛らしい声の一人の生徒が俺に話しかけてきた。
「あ! 星乃先輩ですよね? 来てくれて嬉しいです!」
「そういう君は、メールをくれたひなかさんだよね」
「そうです! 改めまして、間昼 陽菜香です。呼び捨てで大丈夫ですよ」
「俺は、星乃 蓮夜だ。名前は好きに読んでくれ」
「わかりました! 蓮夜先輩!」
「お、おぅ。」
呼び方を好きにしていいとは言ったが、いきなりの名前呼びに少し恥ずかしく感じた。そういえば、沙夜には呼んでもらったことなかったよな。いや、今そんなこと考えてどうする。
「あの、蓮夜先輩? 早速本題に入ってもいいですか?」
「あぁ。ごめん。大丈夫だよ」
「じゃあ、沙夜ちゃん……知ってますよね。沙夜ちゃんのことを知りたいです」
どんな質問がくるかあらかじめ考えておいたが全く意味がなかった。なぜなら沙夜のことについて聞かれるとは微塵も思っていなかったからだ。
少しの沈黙の後、俺は答えた。
「あぁ、知ってる。ということは沙夜の知り合いの後輩か?」
「そうです。小さい頃から沙夜ちゃんにピアノを教えてもらってました」
「そうか。でも、なんで俺が沙夜のことを知っていると思ったんだ?」
「それは、陽翔先輩に聞きました」
再び陽翔の名前が出てきて、口が軽いのは昔から変わらないな、と呆れてる自分がいる。
「私、陽翔先輩の話を聞いて、すごく驚きました。沙夜ちゃんが相談にのるなんて……」
「でも実際、俺は相談にのってもらったぞ。というか、そんなに驚くことか?」
「驚きますよ。『私は、誰とも関係をもたない冷たい人間』。……これは沙夜ちゃんが自分で言っていた言葉ですよ」
「うそだろ……」
「本当です」
真剣な表情の陽菜香。綺麗な茶髪のツインテールが窓から入ってくる外の風で優しく揺れる。
俺は、沙夜のことを知ろうと決意したが彼女が頑なに話さないため、あまり触れない方がいいのではないかと思い始めていた。しかし、それは間違いだった。後輩の陽菜香の本気で沙夜のことを心配している声色。沙夜の過去に何があったのかは陽菜香しか知らないだろう。
本当は、心の中の片隅に陽翔の話を聞いてから沙夜の過去の事や性格について聞きたくないという気持ちがあった。部外者が人の過去に踏み込んで沙夜に嫌な思いをしてほしくはなかった。
俺は、沙夜と握手を交わした日、助けになろうと決意した。しかし、実際は言葉だけで何も行動では変えることができなかった。ただ口だけの綺麗事を吐いていただけだった。
負の思考しか考えられなくなった俺は再び、昔と同じように重い鉄鎖に縛られたような気持ちになった。
随分、忘れていた辛く苦しい思い。
「…………先輩」
「……蓮夜先輩」
「しっかりしてください! 蓮夜先輩!!」
はっ、と我に返る。
「ごめん、どうした?」
「先輩……。急に苦しそうな顔して黙り込むので心配になって……」
後輩にも心配をかけてしまい、自分の情けさに心底腹が立つ。とりあえず、気持ちを落ち着かせて陽菜香の話を聞くことにする。
「大丈夫。落ち着いた。急に黙ってごめんよ」
「大丈夫です。きっと、先輩も色々思うことがあるんですよね」
「そうだな……。話の続きを聞くよ」
「はい……。私の予想だときっと蓮夜先輩と話してる沙夜ちゃんは昔の頃の性格だと思うんです」
「昔? 幼い頃ってことか?」
「そうとも言えますけど、正確には沙夜ちゃんの性格が変わる前の状態ということです」
「過去に何かあったんだよな」
「そうです……」
「話。聞かせてくるか?」
「はい。お願います」
そして、沙夜の過去のことを俺は知った。俺の知ってる沙夜とかけ離れすぎていて正直信じられなかった。いや、俺は沙夜のことを何も知らなかった。知った気になっていただけだった。
最初は俺の悩み相談から始まり、徐々に会える頻度が増え、今では雑談を気軽に話せる仲の良い友人になった。
沙夜は悩んでいる素振りなんか一切見せないで俺の話に付き合っていた。本当は苦しかったはずなのに。
それなのになんで……。
「なんで、俺の悩みなんか聞いてくれたんだよ……」
一番、悩みを抱えていたのは沙夜じゃないか。
俺の悩みを解決するよりもなぜ自分に〈おまじない〉を使わなかったのか理解できなかった。
〈おまじない〉が自分に使えなかったとしても俺に相談してほしかった。力になりたかった。
「蓮夜先輩」
「ん?」
「私からのお願いはただひとつです。沙夜ちゃんを助けてください!!」
沙夜は後輩の子に慕われていると思った。必死になって頭をさげお願いしてくる陽菜香の姿。沙夜のこと心配しているのだろう。
「話を聞く限り、明るい性格の沙夜ちゃんは蓮夜先輩の前でしか現れません」
「俺の前だけか……」
思えば、沙夜が頑なにプライベートの話をしたがらないのも仮面をつけているのもこれが原因か。
陽菜香に頼まれなくても、俺がする行動はとっくに決まっている。
「私は、昔の沙夜ちゃんに戻って欲しいとはいいません。ただ沙夜ちゃんに楽しく学校生活を送ってほしいんです」
「うん。分かってる。俺がなんとかしてみるよ」
「蓮夜先輩!!」
「まぁ、頼りにならないかもしれないけどな」
「そんなことないです! ありがとうございます」
陽菜香は、今日話した中で一番の笑顔になり、そう言った。
そろそろ向き合おう、本当の彼女と。
「おそーーい」
陽菜香と話していたため、沙夜と会う時間帯はもちろん、いつもより遅くなった。
しかし、沙夜はずっと相談室で待っていたようで暇そうに外を眺めていた。
「ごめん。大事な用事があって」
「大事な用事って?」
「あぁ……」
実際に言い出そうとすると中々難しく感じるのは仕方ないだろう。今から話すことは俺と沙夜の関係を壊すかもしれないから。
やはり、言い出すのは怖い。俺の性格なら尚更だ。でもそれ以上に沙夜の過去のことを無視してこれから楽しく関わっていくことなんてできるわけがない。
俺は、今どんな顔をしているだろう。悲しいのか、不安なのか、真剣なのか。色々な感情が複雑に交じる。
彼女の仮面をじっと見つめ、軽く深呼吸をして言う。
「沙夜。本当のことをすべて教えてほしい。」
5 章 少女の過去 (沙夜視点)
相談者は、男の子で蓮夜と言う名前だった。
正直、自分で言うのも変だがあのチラシを信じてこの屋上に来たのなら彼はかなり変人かもしれない。
でも彼が来てくれたおかげで諦めようとしていた私の人生を変えてくれた。
〈おまじない〉のことを彼に話した。中々、信じてもらえなかったけど彼は最終的には信じてくれた。最初に会ったときはクールな子だと思ったけど、性格のわりにはよく表情が変わる子で面白かった。
君に本当の私を見せたらどんな顔するのだろう。きっと、私と関わるのをやめるよね。
私は、自分の性格を変えてしまった。きっかけはいくらでもあったかもしれない。でも、一番辛いと思ったのは大好きだったピアノで人を傷つけてしまったことだ。
幼い頃からピアノを練習してきた私は、沢山の賞をとり、両親を笑顔にさせるのが大好きだった。やがて、両親を喜ばせることから色々な人へと対象を増やして自分の演奏で幸せな気持ちになってほしいというのが夢になった。
しかし、そんなに夢は容易く潰れてしまった。
同じピアノ教室に通っていた親友に言われた言葉。
「沙夜ちゃんはいいよね……。私と違ってピアノ上手くて」
きつく冷たくそう言った彼女の瞳は嫉妬なのか、恨みなのか、分からなかったが私とは二度と関わってくれないということだけは理解できた。
友達を傷つけてしまった。
それからは、ピアノを演奏することが怖くなった。でもコンクールに無理やり出て賞をとった。いっそのこと賞に入らなければ、とっくにピアノを辞めることができて楽になれたかもしれないのに。
演奏することが楽しくなくなり、家族や周りから性格が変わったとよく言われた。昔の性格がどうかなんて覚えてもないし、どうでもよかった。
私は、誰とも関わらないように生きることにした。ただひとつ心残りだったのは、昔からピアノを教えていた陽菜香という少女とも縁を切ってしまったことだ。自分勝手なことで何も悪くない彼女を傷つけたことは許されるわけがない。
陽菜香を傷つけてしまった。
高校3年になった春の頃に変な夢を見た。狐が私の願い事を叶えてくれるというなんともオカルトチックな話である。最初は信じないで適当なことをお願いした。明日の夕飯はカレーがいいとか、明後日の体育が休みになるとか。でもそれら全て叶ってしまった。きっとこれは私へ、人生最期の神様からのプレゼントだと思った。
私は、最後の一つのお願いを、他人の悩みを解決する力と願った。本当は自分の力で、ピアノで色々な人を幸せにしたかったが今の私では不可能だった。せめて、最期くらい誰かの力になりたかった。だからこの力〈おまじない〉を望んだ。
私はすぐに準備をした。〈おまじない〉を使う条件として仮面をつけることと、夜に使うことが絶対だった。仮面は、なんでもいいと思ったけど狐に願いを叶えてもらったので狐の仮面にした。
後は、誰を助けるかを決めるだけだった。ブログを書いたり、ポスターやチラシも書いた。しかし、誰も信じてくれなかった。
そんな中で、蓮夜が来た。初めは、なるべく明るく話かけようとして頑張った。仮面で顔が隠されていたおかげで緊張してるのがバレなくてよかった。
彼の願いを叶えたら死ぬつもりだった。私は生きる意味を失ったから。でも初めて話す男の子の会話は楽しく、嫌なことを忘れることが出来た。
もう少しだけ生きようと思った。このまま私の性格を偽って友達ができるならそれでもいいと思った。
なのに、どうして君は本当の私を知ろうとするの?
最終章 沙夜の未来
「どうして……。そんなこと聞くのかな?」
「本当の沙夜を知りたいからだ」
「知ってどうするの?」
明らかにいつもと違う沙夜の雰囲気に押し負けそうになるがここが正念場であるため簡単に引き下がるわけにはいかない。
「それから、また沙夜と友人になる」
「無理だよ!!!!」
静かな教室の中で、今まで聞いたこともない沙夜の怒号が響いた。きっとずっと我慢していたのだろう。
「いや、そんなことはない」
「本当の私も知らないのによくそんなことが言えるよね……」
「……確かに。俺一人じゃ、沙夜のことを知ることができなかったけど陽菜香が教えてくれた」
「え……? 陽菜香?」
「知ってるだろ。お前の大事な後輩だ。お前のことを心配して俺に頼ってきたんだ」
「そ、そんなありえないよ。私……。陽菜香にひどいことしたし」
「話をしてわかったよ。陽菜香は沙夜のことを嫌ってなんかない」
「う、うそだよ……。それに本当の私の性格なんて知ったら君は絶対嫌いになる」
そうか。沙夜も俺と同じ気持ちだったのか。嫌われたくなくて、自分の本性を隠してた。俺も沙夜に嫌われたくなくて、沙夜のことを知ろうとしなかった。
「ははっ」
「なんで笑ってるの……」
「いや、俺達って似てるなって思って。俺が沙夜のことを嫌いになる? なるわけないよ」
「どうして?」
「あの夜、沙夜は俺を助けてくれた! 相談にのってくれた。 友達になってくれた。あとは……」
「も、もういいよ。わかったから」
「そうか? それに、俺は沙夜のことを知らないからこそチャンスだと思う。」
「どういうこと?」
「これから、本当の性格の沙夜を好きになる事ができる」
「好きって……」
「あぁーー。いや友達としてだぞ」
「ふふっ。わかってるよ。必死すぎ」
彼女はようやく笑ってくれた。辛い思いを少しでも俺に吐き出してくれただろうか。
「わかったよ……。君を信じてもいいんだね? 急に冷たくなるかもしれないよ」
「大丈夫だ。気にするなよ」
「うん。ありがとうね。なんだかすっきりしたよ」
こうして、彼女は俺の前で本当の自分をさらけ出してくれるようになった。確かに前のように明るくはないが、これで良かったと思う。
何よりも沙夜との関係が崩れなくて良かった。
「緊張するな。沙夜もだろ?」
「別に。というか、なんで君が緊張してるの?」
「陽菜香には久しぶりだろ。聴かせるの」
「うん。でも楽しみかな」
「そっか」
沙夜の提案で陽菜香にピアノを聴いてもらうことになった。なんでも、陽菜香に感謝の気持ちを伝えたるためだとか。
俺も沙夜の演奏を聴くのは今日が初めてで少しそわそわしている。
「おまたせしました〜!」
「おー。俺達も今来たところだ」
「沙夜ちゃん……。久しぶり!」
「……! うん。あのときはごめんね」
「沙夜。 謝るんじゃなくて、ピアノで感謝を伝えるんだろ」
「そうだった。じゃあ、聴いててね」
沙夜は、ピアノの前に立って、息を少し吐いて、演奏を始めた。賞をもらえるのも納得の上手さで心地よい音色が音楽室に広がる。
「蓮夜先輩。ありがとうございます」
「ん? あぁ。俺はあいつを救えたのかな?」
「もー。そんなところで卑屈にならないでくださいよ」
「ごめん」
「蓮夜先輩のおかげですよ」
陽菜香は沙夜の演奏を聴いて泣いていた。もしかしたら二度と聴くことができなかったかもしれない。そう考えるとあたりまえか。
俺の方こそ陽菜香に感謝したい。彼女のおかげで、きっと沙夜は演奏できている。
俺達は沙夜が思う存分ピアノをひくまで鑑賞していた。そして、音が鳴らなくなったので心配して沙夜の方を見つめると、
「蓮夜! 陽菜香! ありがとう」
仮面を外した少女の顔は泣いていた。けれど最高の笑顔をしていた。
「あぁ。というかようやく名前呼んでくれたか」
「う、うう。よ、よがったですね。ぜんぱいー」
「うぉ。お前、凄い泣いてるぞ。あと何言ってるかわからん」
「び、びどいですぅー」
「陽菜香泣きすぎだよ」
「ははっ。だな」
「陽菜香。聴いてくれて良かったな」
「うん。蓮夜もありがとうね。あと〈おまじない〉のことごめん」
「いいんだよ」
仮面を人の前で外したことで、もう〈おまじない〉は使えなくなったらしい。しかし、俺にとっては既にそんなことどうでもよかった。
本当の沙夜と向き合うことができて、一緒に過ごすことができている。それだけで十分だ。
「なぁ。〈おまじない〉なくなったけど、相談会続けない?」
「いいけど、今度は本当に話を聞くだけになるよ」
「それでいいよ。お互い困ったら助けあっていけば」
「……」
「どうした?」
「蓮夜って、たまに照れることストレートに言うよね」
「え! ごめん」
「ふふっ。いいよ! これからもよろしくね」
「あぁ。よろしく」
「あ、あとピアノで皆を幸せにしような」
「うん。そうだね」
不思議な力を持った仮面少女はもう夜には現れない。しかし、これからは一緒にいる。
一人の少女として。
完
最後までお読みいただきありがとうございました。