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温泉旅行編2日目1

もう一度、あの人を出したかったのです。

「先生!お土産買いに行きましょう!」


朝早くから騒いでいる春は、布団にくるまる私の体をユサユサと揺らしてきた。


「もう少し…寝かせてくれ」


「何言ってるんですか!早くしないとお土産屋さんが閉まっちゃいますよ!」


春よ。確かに一日の終わりには店は閉店するだろうが、その逆に開店という言葉があるのだよ。朝5時から開いてる店は数えるほどしかないぞ。


「こんなに朝早くに行って何を買うんだ?」


「木刀です!」


ガバッ!


私は、めくられかけていた毛布をもう一度被った。


「あっ!」


「そんなもの買っても使い道は無いだろう!なら、私はもう少し寝る!ただでさえ、昨日の騒ぎでまともに寝られていないんだ」


そう、昨日の事件で私は心身共に、まだ疲れは抜けきっていないのだ。

そんな時に起こされては、たまったものではない。


「何を言ってるんですか先生!旅行ときたら、お土産はやっぱり木刀でしょう!」


「私は知ってるぞ!そういうやつは、帰りに必ず木刀が邪魔に感じて結局いらなくなるんだ!だったら初めから使い道のあるものか、食べ物を買うべきだろう!」


「木刀がいらなくなる訳ないじゃないですか!」


ほっほー、ならばこの質問をしてみようじゃないか。


「なら、君は今まで何回旅行に行った?修学旅行などを含めてだ」


「5回です!」


「その内、木刀は何回買った?」


「5回です!」


「ならその木刀は今どこに?」


「無くしました!」


ほら見ろ、やっぱりいらなくなったんじゃないか。


「本当に木刀が必要なら家の中から漁るんだね」


「いいじゃないですか別にぃ~!」


なら、もう1つ質問してみようではないか。


「因みに、買った木刀の使い道は?」


「私の背後に立った者に一撃くらわせて「私の後ろに立つな」と一言」


「絶対ダメ」


そんな犯罪じみたこと絶対にさせてはならない。

というか、させないからな。


「誤解です!やるのは知り合いにじゃありませんから!赤の他人にです!」


もっとできるか!

誤解もへったくれもないじゃないか。

こーなったら、私は意地でも動かんぞ。


「なら、散歩にでも行っておいで、気分転換と時間潰しにはなるだろう」


本当は、今日まわる予定だった絶景スポットやパワースポット巡りだが、先に春に見てきてもらって、後で案内してもらうのもいいかもしれない。1度目じゃ気付かないことも春が見つけてくれるかもしれないしな。


「もう行きました!」


こんな早くに!?


「因みにどこまで?」


「行けるところまでです」


なんか、熱血スポーツ選手みたいなことを言ってるし…

それから、私は春の説得を否定し続け、なんとか朝食の時間まで抵抗し続けることができた。


「朝食をお持ちしました…って何してるんですか?」


「先生に必死の説得をしてました!」


「必死に抵抗してました…」


「相変わらず面白い方達ですね。ささ、冷めない内に朝食をどうぞ」


斎藤さんは、机の上に朝食を次々と並べていく、昨日の夕食といいとても美味しそうだ。

私は、重い腰を上げながら机の前に移動する。


「わぁー!美味しそー!」


「喜んでいただけて何よりです。それでは、私は他にも仕事がありますのでこれで」


斎藤さんが部屋を出ていくのを見送った後、私は手を合わせて合掌をした。


「いただきま…」

「ごちそうさまでした!」


はやっ!いつにも増して食いっぷりがすさまじくなっているな。

私も、冷めない内に食べてしまおうと料理に手を伸ばす。


じーーっ…


…食べづらい……食事を終えた春がずっとこちらを見てくるからだ。


「…足りなかったのか?」


「…はい」


仕方ない…こんなこともあろうかと、私は秘密兵器を持ってきているのだ。


私は持ってきた鞄に手を伸ばして、ガサゴソと漁りあるものを取り出す。


「春、これが欲しいかい?」


「!」


私が持ってきたジャーキーを見せると、春の目の色が変わった。

…まさか本当に欲しがるとは…冗談のつもりで持ってきた物だったんだけど、徐々に犬に近づいてきてるなこの娘は


「欲しいかい?」


「ワン!」


前言撤回、もうこの娘は犬だ。

私は、袋からジャーキーを取り出して春の目の前でフラフラと振ってみる。


じーーーーっ


すごい…ものすごい目力でジャーキーを見ている。


「…はい、どうぞ……」


耐えきれなくなった私は、春にジャーキーを差し出した。


「わぁーい!」


ジャーキーにがっつく春をよそに、私は用意された朝食を頂いた。


「ごちそうさまでした」


私も朝食を食べ終え、部屋に用意されていたポットでお湯を沸かしてお茶を作る。

湯飲みに注いだお茶を堪能していると、ジャーキーを食べ終えたのか、春が満足気な顔をしていた。


「美味しかったー!」


「君はもうアレだね、唸るわ吠えるわで、完全に犬になっているね」


「じゃあ、私の種類は何になるんですかね?」


私は、春の顔を見ながら考える。


「先生~、そんなにジッと見られると照れちゃいま…」

「雑種?」

「ヒドイ!?」


まぁ、雑種は冗談としても、ホントに行動が犬みたいになってきてるのは間違いない。


「まぁ、何にしてもそろそろお土産屋も開店する頃だろう。散歩がてらに見に行ってみるか?」


「行く!行きます!」


そうして、私達は着替えを済ませてお土産を探しに行った。

今日1日は今度こそ完全なオフだ。ゆっくりと楽しませてもらうとしよう。


「お土産は荷物になるから帰りにね」


「ヒドイ!裏切り者!」


ヒドイ言われようだ。

だって行きから帰りまで荷物を持ち歩くなんて絶対に嫌じゃないか。それなら、帰りにでもお土産を買った方が効率的というものだ。


今日は絶景スポットを見に行って、その後昼御飯をこの辺りで有名な蕎麦をいただく予定だ。そして、旅館に戻る時にでもお土産屋に寄れば充分な買い物ができるだろう。


「さてと、行こうか」


「お土産~」


「帰りにちゃんと寄るってば」


私は春を連れて、旅館を出発した。

出発したと言っても、車やバスでの移動ではなく基本徒歩での移動だ。近くに商店街などもあるため、車で移動するより効率がいいのだ。

お土産は、その商店街で買わせてもらうとしよう。


私達は、最初にとある公園に来ていた。

なぜ公園かと言うと、ここが絶景スポットの1つだからだ。

今の季節は秋、秋と言えばやはり紅葉、そしてこの公園には紅葉の木が有名なスポットの1つなのだ。


実際に来てみると確かに綺麗だ。一瞬我を忘れて紅葉に見惚れるほどに、その証拠に先程までお土産と騒いでいた春でさえ


「わぁー!キレー!ステキー!」


この通りだ。やはり、来てみて正解だった。


「先生!この場所すごくいいですね!」


「そうだな、確かに綺麗だ」


「私がですか?」


「残念ながら君のことじゃないよ」


なぜ、この流れで君を綺麗だと言う流れだと思ったんだこの娘は?

因みに、なぜこの公園を一番最初のスポットにしたかと言うと、この公園を抜けた先に、もう1つの絶景スポットがあるからだ。


この公園を抜けた先は綺麗な川があり、目と鼻の先に滝が流れているという、日本の高知県で有名な仁淀川にそっくりな光景が広がっているのだ。


「スゴーイ!絶景だぁ!」


どうやら春も喜んでいるようだ。


「先生!ここで泳ぎましょう!」


「ダメ」


「なぜに!?」


当たり前だろう。絶景スポットとは見て楽しむものだ。泳いだり触ったりなんて、もっての他だ。


「あっ!先生もしかして私が裸で泳ぐと思ってるんですか?大丈夫ですよぉ~、ちゃんと水着つけてますから!」


なぜか、全力の笑顔でサムズアップしてくるし…


「そーゆー問題じゃないの」


ってか、何で水着着てるのさ。海やプールに行く予定なんてないのに。


実は私は、この光景を一番楽しみにしていた。

こういう綺麗な水辺は心を癒してくれるようで、とても落ち着くのだ。

春がここまで騒がしくなければもっと落ち着けたかもしれないが、背に腹は変えられない。


何にしても、周りに他の見物人もいるんだから常識はずれな発言はやめて欲しい。


その後も、私達はいくつかのスポットをめぐり、時計の針が12時になりそうなのに気が付き、お昼ご飯を食べに行くことにした。


この辺りで有名なのは、そば粉に桜エビを粉末状にしたものを一緒に練り上げて作った桜蕎麦というものが有名だ。

ただ桜エビを混ぜただけで風味くらいしかしないのでは?と思う方もいるかもしれない。だが、コレが意外としっかりとした桜エビの味がついており好評で、瞬く間に有名になったのだ。


「先生!ここの蕎麦スゴく美味しそうです」


「そうだね。でも、頼むから他の人が食べてる蕎麦を見ながら言うのはやめてくれ」


「すいませーん!桜蕎麦のわんこスタイル一人前!」


わんこスタイル!?なにそれ?何か嫌な予感がするんだが…


私たちの前に蕎麦が運ばれて来たが、私は普通にどんぶりに入った暖かい蕎麦にかき揚げの乗った通常の桜蕎麦だが、春のは小さな器に蕎麦の入った、まさにわんこ蕎麦状態…つまりここからの展開は、もう目に見えてるわけで


ズズッ


「おかわり!」


ズズッ


「おかわり!」


ズズッ


「おかわり!」


完全にわんこ蕎麦だ…しかも春の器に新しく入れられてるハズの蕎麦が一瞬にして消えてるし…あそこだけブラックホールでもできてるのだろうか?

私は、ただ黙って目の前で行われている、フードファイターのごとき春の食事の光景を見ながら、自分の分の蕎麦を食べていた。


ズズッ


「おかわり!」


ズズッ


「おかわり!」


うるさい…まぁ、仕方ないと言えば仕方ないが、もう少し静かに食べられないのだろうか。

私が蕎麦を食べ終えても、未だに春は蕎麦を食べており、気がつけば私と春の間に器が山のように積まれ、もはや私と春を遮る壁と言ってもいいほどに積み上げられていた。


ズズッ


「おかわり!」


ズズッ


「おかわり!」


オォ~


っていつの間にか、観客が出来ているし!?

なんか私まで見られてるみたいで恥ずかしくなってきた。


それから、10分ほど春はノンストップで蕎麦を食べ続け、ようやく春の箸を持つ手が止まった。


「ふぅ、ごちそうさまでした!」


オオォォォ~!


「すごいねーお嬢ちゃん、今までチャレンジしてきたお客さんの中で一番の記録だよ」


「ホントですか!?やりましたよ先生!…ってあれ?先生?」


「いるよ…目の前に…」


器に隠れてしまっているだけで、ここから一歩も動いてないよ。


「何してるんですか?」


「なにもしてないんだが」


本当に何もしてないのだ。ただただ春が食べた器が目の前に積まれて行き、そのまま私が見えなくなった。本当にただそれだけなのだ。


ガラガラ


「いらっしゃいませー!」


どうやら、新しいお客さんのようだ。


「こんにちは~…って何?この人混みは」


随分と、聞き覚えのある声だな…つい最近何処かで聞いたような。


「ちょっとごめんなさいねぇ~何でこんなに皆集まってるのか気になっちゃって…ってあら?春ちゃんに夢見ちゃん。何してるの?こんなところで」


スッゴく聞き覚えのある声が、人混みを掻き分けてやってきて、私達の名前を呼ぶ…ってか夢見ちゃんって…


「あっ!金持ちさん!」


「兼松よぉ~、そっか、この人混みの中心はあなた達だったのねぇ」


声の正体は兼松さんだったのか、どうりで聞き覚えのある声な訳だ。昨日聞いたばかりじゃないか。


「兼松さんもここに食事をしに?」


「えぇ、そうよ。私、今日で旅行は終わりなの。だから、帰る前にここで桜蕎麦でも食べてから帰ろうかしらって思って寄ってみたんだけど、まさかあなた達と会うなんてね…これは、運命!?」


ゾクゾク


不吉なことを言いながら私の顔を見るのはやめて欲しい…背中に、虫が這ったような寒気を感じたぞ。


「先生モテモテですねぇ~」


ニヤニヤしながら言うんじゃない。


「是非ともご遠慮させていただきたく」


「あん!冷たぁい!春ちゃん慰めてぇ~」


「よしよし」


兼松さんが抱きついて来るのを気にもとめずに、春は兼松さんの頭を撫でている。

君たちが付き合えばいいんじゃないか?とも思ったが、後が怖いので口に出すのはやめておく。


「さてと、私達はそろそろ行くとしようか」


「先生」


私が席を立つと、春がいきなり声をかけてくる。


「?どうした?」


「お腹が苦しくて立つ事しか出来ません」


「食べ過ぎだ!!」


というかその割には苦しそうに見えなかったのだが…もしかしてポーカーフェイス?


「なら、私に付き合ってくれない?」


「お付き合いは、ご遠慮させていただいているのですが…」


「違うわよ、私の話し相手になってって事よ。春ちゃんが動けるようになるまででいいから、ね?」


なんだそんな事か、その程度ならお安いご用だ。

私は席に戻ると、もう一度椅子に座り、食休みがてらに兼松さんの話し相手になることにした。


話の内容は、いたってシンプルで、今回の旅行でどの観光スポットに行ったか、前の彼氏の愚痴など、基本一方的に話してくる兼松さんに、こちらが合わせて会話をするだけだったので、そこまで難しい用件ではなかった。


「はぁー、元カレの愚痴を言ったらスッキリしたわ。ありがとね春ちゃん、夢見ちゃん」


「いえ、この程度のことなら何てことありませんよ」


「とりあえず、金持ちさんは思った通り強い人だなって思いました」


確かに強い…主に腕力が


「アッハッハ!そりゃそうよ。男は度胸、女は愛嬌、両方兼ね備えたオカマは最強なのよ。覚えておいてねぇ~」


「つまり、皆オカマになると格闘技に革命が?」


「ないない」


そういう意味じゃないと思うんだけど、兼松さんを見てると意外と否定しきれないかも。


「あら、もうこんな時間、ごめんなさい長いこと引き止めちゃって」


「構いませんよ。じゃあ行こうか春」


「はい!もう消化も済みました!」


そういえば、先程まで少しポッコリしていた春のお腹も今では引っ込んでいる。動いてもいないのに食べ物を消化するなんて、便利な身体だな。


「あらぁ、便利な身体ね春ちゃん。羨ましいわぁ」


兼松さんも、私と同じ事を思ってたみたいだ。


「ふっふっふ、私の隠れた特技の1つです」


確かに便利だが、私からすれば、そこまで欲しいとも思えない微妙な特技だな、隠す必要性もわからないが。


「アーソウダネ、スゴイヨハルハ」


「まさかの片言で、スゴく興味なさそう!?」


だって、本当に興味がないから仕方ないじゃないか。


「ほら、じゃあもう行くよ」


「先生~もっと私に興味を持ってくれてもいいんじゃないですかぁ~?」

「無理だよ」

「即答!?」


席を立って、お会計をしようとする私の後ろを、春が追いかけてくる。


「あっ!ちょっと待って」


会計に向かう私達を、兼松さんが呼び止めた。

一体なんだろうか?


兼松さんは、持っていた手帳にサラサラと文字を書くと、紙を二枚破って私と春にそれぞれ手渡してきた。


「はいこれ、私の電話番号、何か困ったらいつでも言ってね。春ちゃんには今度美味しいお店も教えなきゃだし」


「わーい!やったー!」


「有難うございます。困ったときは是非とも頼らせていただきますよ」


こういう人との付き合いは、とてもありがたいものだ。今後とも、この人とは仲良くやっていきたいと思う。


「なんなら違う目的で呼び出してくれても良いのよ♪あなたの元になら、いつでも駆けつけてあ・げ・…」

「今日は本当にありがとうございました!私達はこの後の予定が詰まってますのでこれにて!」


危ないことを口走る兼松さんだが、私は最後まで聞くことなく、足早で会計に向かった。


「ウフフ、可愛いわねぇ、春ちゃんもまたね」


「はい!ご飯いつでも待ってますからね!」


「ええ、勿論よ」


「では!失礼します!」


春は、兼松さんに頭を下げた後、小走りで私の下にやって来た。


「帰ったら連絡ちょうだいね~!」


「はーい!」


兼松さんと別れた後は、残っていることは、あと1つだ。


「さてと、お土産を買いに行こうか」


「行きます!」

特に事件も起こらないただのコメディ回。一応、桜蕎麦は、思い付いた物を書いただけで実際にあるかどうかは知りません。

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